(平成26年6月2日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人A(以下「請求人A」という。)及び同D(以下「請求人D」といい、これら2名を併せて「請求人ら」という。)が、租税特別措置法(平成22年3月法律第6号による改正前のもの。以下「措置法」という。)第69条の4《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》第1項に規定する特例(以下「本件特例」という。)の適用を受けるため、原処分庁に対して、遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の各承認申請をしたところ、原処分庁が、同条第4項ただし書に規定する政令で定めるやむを得ない事情があるとは認められないとして、当該各承認申請をいずれも却下する各処分をしたことから、請求人らが、当該各処分の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人ら及びE(以下「相続人E」といい、請求人らと併せて「本件相続人ら」という。)は、平成21年4月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したF(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税に関し、分割されていない財産については、相続税法第27条《相続税の申告書》の規定による申告書の提出期限(以下「申告期限」という。)後3年以内に分割する見込みであるとして、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付した上で、平成22年2月4日、相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)を共同で原処分庁に提出して、相続税の期限内申告(以下「本件申告」という。)をした。
ロ 本件相続人らは、平成25年2月12日、まる1本件特例の適用を受けるための「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」(以下「本件承認申請書」という。)及びまる2平成21年3月法律第13号による改正前の租税特別措置法第69条の5《特定事業用資産についての相続税の課税価格の計算の特例》第1項に規定する特例(なお、当該特例は平成21年3月31日をもって廃止されている。)の適用を受けるための「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を、いずれも共同で原処分庁に提出して、遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の各承認申請をした。
ハ 原処分庁は、平成25年3月29日付で、上記ロのまる1及びまる2の各承認申請をいずれも却下する各処分をし、その却下書謄本は、本件相続人らに対し、同月30日に送達された。
ニ 本件相続人らは、平成25年5月23日、本件相続人らがした上記ロのまる1及びまる2の各承認申請に対する各却下処分を不服として、共同で異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年7月2日付で、いずれも棄却の異議決定をし、その決定書謄本は、総代であった請求人Aに対し、同月6日に送達された。
ホ 本件相続人らは、平成25年8月1日、異議決定を経た後の上記ロのまる1の承認申請に対する各却下処分(以下、当該各却下処分のうち請求人らに対する各却下処分を「本件特例各却下処分」という。)に不服があるとして、審査請求をし、同日、請求人Aを総代として選任する旨を届け出た。
 なお、相続人Eは、平成26年4月3日、上記審査請求を取り下げた。

(3) 関係法令等の要旨

 別紙2のとおりである(なお、略称等は本文の例による。)。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件相続に係る共同相続人は、本件被相続人の長女である相続人E、同長男である請求人A及び同二男である請求人Dの3名(本件相続人ら)である。
ロ 本件相続については、本件申告の時点(平成22年2月4日)では遺産分割が未了であり、本件申告書の第11表「相続税がかかる財産の明細書」の「遺産の分割状況」の「区分」欄には、「全部未分割」の項目に○印が付されていた。また、本件申告書に添付された「申告期限後3年以内の分割見込書」(上記(2)のイ)には、分割されていない理由として、分割協議が調わないためである旨が、また、分割の見込みの詳細として、速やかに分割協議の場を設ける旨が、それぞれ記載されていた。
ハ 平成25年2月12日に原処分庁に対して提出された本件承認申請書(上記(2)のロ)には、遺産が未分割であることについてのやむを得ない事由として、弁護士立会いの下で計11回の分割協議を行い、大筋で本件相続人らの間の合意がみられるが、いまだ分割が確定するに至っていない旨が記載されていた。
ニ 本件特例各却下処分の却下書(上記(2)のハ)には、その処分の理由として、請求人らが主張する要旨次の(イ)ないし(ハ)の各事情は、相続税法施行令第4条の2《配偶者に対する相続税額の軽減の場合の財産分割の特例》第1項に規定するやむを得ない事情があるとは認められない旨が記載されていた。
(イ) 相続財産が多数多額に上るため、各財産の評価方法の採用について時間を要した。
(ロ) 遺産分割協議の調停役を担っていた弁護士の不手際により、話合いの場が設けられたものの、約2年間何の進展もみられなかった。
(ハ) 弁護士を擁しての話合いの方法を選択した結果、遺産分割協議が遅延し、通常の家事調停でもまれな合計14回に及ぶ遺産分割協議を行ったが、遺産分割が調わなかった。

2 争点

 本件について、措置法第69条の4第4項ただし書に規定する「政令で定めるやむを得ない事情がある場合」に該当するか否か。
 具体的には、本件相続に係る財産が本件相続に係る申告期限の翌日から3年を経過する日(以下「本件申告期限3年経過日」という。)までに分割されなかったこと及び当該財産の分割が遅延したことにつき、租税特別措置法施行令(平成22年3月政令第58号による改正前のもの。以下「措置法施行令」という。)第40条の2《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》第11項の規定により準用される相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するか否か。

3 主張

請求人ら 原処分庁
 次のとおり、本件相続に係る財産が本件申告期限3年経過日までに分割されなかったこと及び当該財産の分割が遅延したことにつき、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するから、措置法第69条の4第4項ただし書に規定する「政令で定めるやむを得ない事情がある場合」に該当する。  次のとおり、本件相続に係る財産が本件申告期限3年経過日までに分割されなかったこと及び当該財産の分割が遅延したことにつき、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当しないから、措置法第69条の4第4項ただし書に規定する「政令で定めるやむを得ない事情がある場合」に該当しない。
(1) 相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するかどうかは、相続税法基本通達(昭和34年1月28日付直資10国税庁長官通達)19の2−15《やむを得ない事情》(以下「本件通達」という。)により判断すべきではない。すなわち、本件通達は、上記「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」とは、「次に掲げるような事情により客観的に遺産分割ができないと認められる場合をいう」と定めているが、法令の文理上「客観的」という文言はないのであって、税務署長は、一定の裁量権の下、個別具体的事案について一般に日本国民が常識的にやむを得ないと判断する程度の事情があれば、上記「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当すると判断すべきものである。 (1) 相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」とは、同項第1号に規定する「当該相続又は遺贈に関する訴えの提起がされている場合」などと異なり、税務署長が、個々の具体的事例に即し、客観的な事実に基づいて認定することとなるが、そのよりどころとする判断の基準が必要となることから、本件通達においてその判断基準が定められており、「客観的に遺産分割ができないと認められる場合」をいうものとされている。
(2) 本件については、次のとおり、一般に日本国民が常識的にやむを得ないと判断する程度の事情があったものである。
イ 本件相続人らが本件相続に係る遺産分割協議をするに当たり、相続人Eは弁護士を依頼したが、当初(平成21年7月)選任した弁護士の多忙、病気による別の弁護士への交代等の請求人らの責めに帰すことのできない第三者の事情と当該事情に基づく弁護士の解任により、本件相続に係る遺産分割協議は、最初の約2年間は何の進展も見られなかった。
ロ その後、相続人Eは平成23年6月に新たな弁護士を選任し直し、本件相続人らは、法律の専門家である弁護士を交えて本件相続に係る遺産分割協議を行っており、通常の家事調停に匹敵する時間や回数を重ねて協議を行ってきた。なお、本件相続人らが家事調停等の方法を選択しなかったのは、当該方法では早期解決が難しいと考えたためであり、法律の専門家である弁護士が間に入った任意の遺産分割協議は、家事調停と同様の法律的解決方法として妥当な選択である。
ハ 本件相続に係る財産が多数・多額に上ったため、各財産を把握した上で一つ一つの財産の事情を勘案し、本件相続人ら各人の納得のいく評価方法を採用するには、相当の時間を要した。
(2) 次のとおり、請求人らの主張する事情は、いずれも請求人らの自己都合すなわち主観的事情にすぎず、本件通達に定める「客観的に遺産分割ができないと認められる場合」には該当しない。
イ 本件相続に係る遺産分割協議において相続人Eが弁護士を代理人に選任し、当該遺産分割協議が進展しない中、何ら対応することなく、相当期間その状況を受け入れていたのは、請求人ら自身の判断によるものであり、それらのことが、当該遺産分割協議が遅延した一因である。したがって、相続人Eが当初依頼した弁護士の事情等により、本件相続に係る遺産分割協議が請求人らの思惑どおりに進まなかったとしても、請求人らの責めに帰すべき事情がないとはいえない。
ロ 本件相続に係る遺産分割協議が、通常の家事調停に匹敵する体裁を備えかつ実質的協議が行われたものであったとしても、家事調停は、公的機関である家庭裁判所において法律の規定に基づいて行われるものであるのに対して、任意の遺産分割協議は、法律家を交えた協議を行っているとしても、飽くまで任意の話合いにより行われるものであり、両者の性質が異なることは明らかである。

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4 判断

(1) 法令解釈等

イ 本件特例が適用される場合について
(イ) 本件特例は、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた小規模な宅地等(措置法第69条の4第1項に規定する「特例対象宅地等」をいう。以下同じ。)については、一般に、それが相続人等の生活基盤の維持のために欠くことができないものであって、相続人等において事業の用又は居住の用を廃してこれを処分することに相当の制約があるのが通常であることから、相続税の課税上、政策的な観点から一定の減額をすることとしたものである。
(ロ) そして、本件特例は、特例対象宅地等を取得する者が当該宅地等の上で被相続人の事業を継続する者又は居住を継続する者等であるか否かによって減額割合を異にする(措置法第69条の4第1項、同条第3項)ので、本件特例が適用されるためには、その特例対象宅地等を誰が取得するかを確定しなければ、その減額割合がいくらになるのかを判定することができない。そのため、措置法は、本件特例が適用されるための要件として、原則として、相続税の申告期限までにその特例対象宅地等が相続人等の間で分割されていることを求めている(措置法第69条の4第4項本文)。
 もっとも、遺産分割については、実際上、相続税の申告期限までに特例対象宅地等を分割できない場合もあり、その場合に相続人等が常に本件特例による一定の軽減を受けられないというのは酷であるが、とはいえ、遺産分割ができ得る状態にあるにもかかわらず遺産分割がされないままでは、いつまでも相続税額が確定しないこととなって問題である。そこで、措置法は、これらの事情を総合勘案し、遺産分割がされていない特例対象宅地等が、まる1相続税の申告期限までに分割されなかったとしても、特別な事情がない場合において遺産を分割するのに十分な期間であると考えられる申告期限から3年以内に分割された場合と、まる2上記まる1の期間が経過するまでの間に分割されなかったとしても、分割されなかったことにつき、措置法施行令第40条の2第11項で定めるやむを得ない事情がある場合において、同項で規定するところにより納税地の所轄税務署長の承認を受けたときで、分割ができることとなった日として同項が規定する日の翌日から4月以内に分割された場合には、例外として、本件特例を適用することができることとしている(措置法第69条の4第4項ただし書)。
ロ 措置法第69条の4第4項ただし書に規定する「政令で定めるやむを得ない事情がある場合」について
(イ) 措置法第69条の4第4項ただし書に規定する「政令(措置法施行令第40条の2第11項)で定めるやむを得ない事情がある場合」について、同項の規定により準用される相続税法施行令第4条の2第1項は、まる1当該相続又は遺贈に係る申告期限の翌日から3年を経過する日において、まるア当該相続又は遺贈に関する訴えの提起がされている場合(同項第1号)、まるイ当該相続又は遺贈に関する和解、調停又は審判の申立てがされている場合(同項第2号)、まるウ当該相続又は遺贈に関し、民法第907条《遺産の分割の協議又は審判等》第3項若しくは同法第908条《遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止》の規定により遺産の分割が禁止され、又は同法第915条《相続の承認又は放棄をすべき期間》第1項ただし書の規定により相続の承認若しくは放棄の期間が伸長されている場合(同項第3号)を規定しているほか、まる2相続又は遺贈に係る財産が当該相続又は遺贈に係る申告期限の翌日から3年を経過する日までに分割されなかったこと及び当該財産の分割が遅延したことにつき税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合(同項第4号)を規定している。
(ロ) 上記(イ)のうち、まる1まるア相続税法施行令第4条の2第1項第1号の事情は、相続人又は遺産の範囲や遺言の効力など遺産の分割の前提となる事項について争いが存在し、解決のための法的手続(訴訟)がとられている場合が想定され、まるイ同項第2号の事情は、遺産の分割に向けた法的手続がとられている場合が想定され、まるウ同項第3号の事情は、遺産の分割が法的に不可能な状態にある場合が想定されているということができる。
 そして、まる2相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する、相続に係る財産が当該相続に係る申告期限の翌日から3年を経過する日までに分割されなかったこと及び当該財産の分割が遅延したことにつき「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」については、税務署長が個々の具体的な事実関係に基づいてやむを得ない事情の有無を認定することとなるところ、本件特例の趣旨(上記イの(イ))及び本件特例が適用されるのを一定の場合に限った趣旨(上記イの(ロ))からすると、同項第1号ないし第3号に掲げる場合と同視し得る事情があると認められる場合(すなわち、相続人又は遺産の範囲などの遺産の分割の前提となる事項について争いが存在し解決のための法的手続(訴訟)がとられている場合、遺産の分割に向けた法的手続がとられている場合、及び遺産の分割が法的に不可能な状態にある場合と同視し得る事情があると認められる場合)をいうものと考えられ、相続人又は遺産の範囲などの遺産の分割の前提となる事項について争いがなく、客観的に遺産分割ができ得る状態にあるにもかかわらず、相続に係る申告期限の翌日から3年を経過する日までに遺産のうち特例対象宅地等が分割されなかった場合には、本件特例の対象とすべきではないと考えられる。
 したがって、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するか否かの判断は、相続に係る申告期限の翌日から3年を経過する日において、客観的に遺産分割ができないと認められる状態にあったといえるか否か(本件特例の適用においては、遺産のうち特例対象宅地等の分割ができないと認められる状態にあったといえるか否か)により行うことが相当である。
(ハ) なお、本件通達は、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するか否かの判断を客観的に遺産分割ができないと認められる状態にあったか否かにより行うことを示すとともに、このような客観的に遺産分割ができないと認められる場合の具体例を例示的に示したものとして、当審判所においても相当であると考える。

(2) 認定事実

 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件相続の開始までの経緯について
(イ) 本件被相続人及び本件相続人らは、平成21年2月23日、平成19年9月○日に死亡したG(本件被相続人の妻であり、本件相続人らの母である。)を被相続人とする相続(以下「本件一次相続」という。)に関し、遺産分割協議を成立させた。
(ロ) 相続人Eは、上記(イ)の遺産分割協議に基づき本件一次相続により取得した預金の一部について、これを払い戻した請求人らから取戻しの必要があると考えていた(なお、相続人Eは、本件相続開始日(平成21年4月○日)までに、一部の取戻しは了したが、取戻し未了の額が残っていると考えていた。)。
ロ H法律事務所に所属する弁護士が関与した本件相続に係る遺産分割協議の経過について
(イ) 相続人Eは、平成21年7月1日、H法律事務所に所属するJ弁護士及びK弁護士に対して、本件相続に係る遺産分割協議の前提としての相続財産の調査等を委任し、その後、本件相続に係る遺産分割の交渉等を委任した(なお、上記の各委任に係る事務の処理については、H法律事務所に所属するL弁護士も関与することとなった。)。
 他方、請求人らは、本件相続に係る遺産分割の交渉等を弁護士に委任していなかった。
(ロ) M社(以下「本件不動産業者」という。)は、H法律事務所から、本件相続に係る遺産のうち、a県b市e町○−○所在の宅地を除く各不動産の評価の依頼を受け、価格時点を平成21年12月10日とする当該各不動産の不動産評価書(以下「本件評価書」という。)を作成した(なお、当該各不動産の中には本件被相続人と請求人らほかとの共有物件もあったが、本件被相続人の持分だけでなく他の者の持分も含む価額として評価されていた。)。
 なお、本件相続人らは、平成22年2月4日にした本件申告においては、本件相続に係る遺産のうちの各不動産について、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達。)の定めにより評価した評価額(以下「相続税評価額」という。)に基づき申告をした。
(ハ) L弁護士は、平成22年10月4日、相続人Eに対して、本件相続に係る遺産分割案及びこれに基づく遺産分割協議書案(以下、これらを併せて「本件H分割案」という。)を提示した。
 本件H分割案では、まる1本件相続に係る遺産として、本件申告書に記載されていた相続財産のほかに、まるア出資金10,000円(N信用金庫f支店)及びまるイ普通預金4,767円(P銀行g支店No.○○○○)が追加され、また、まる2本件評価書の対象の各不動産の評価額は、本件評価書に記載された評価額に本件被相続人の持分割合を乗じた価額とされていた。
(ニ) 請求人ら及びL弁護士らは、平成22年11月24日、本件相続に係る遺産分割協議を行い、代償分割の方法により分割することとなれば、今後は代償金の額が協議の焦点となるため、遺産のうち不動産についてのみ本件不動産業者に再評価を依頼するということでよいかといった点につき、本件相続人ら各自の考えを検討することとなった。
(ホ) その後、かねてより本件相続に係る遺産分割協議の進捗状況がはかばかしくないなどと感じていた相続人Eは、平成23年3月頃、本件相続に係る相続財産の調査等及び遺産分割の交渉等に係る委任について、J弁護士及びK弁護士を解任した。
 なお、その後、相続人Eは、Q弁護士会に対して、J弁護士及びK弁護士を相手方とする紛議調停を申し立て、平成24年○月○日、両弁護士が相続人Eに対して、着手金の一部及び預り金の精算金を支払う旨の紛議調停が成立した。
ハ R弁護士が関与した本件相続に係る遺産分割協議の経過について
(イ) 相続人Eは、平成23年6月3日、R弁護士に対して、請求人らを相手方とする、まる1本件相続に係る遺産分割の交渉と、まる2本件一次相続及び本件相続に係る相続債務の分担返済の交渉を委任した。
(ロ) R弁護士は、平成23年11月10日付の申入書により、請求人らに対して、相続人Eとしては、まる1請求人らが払い戻した相続人Eが本件一次相続により取得した預金の一部(上記イの(ロ))を請求人らから返済してもらう必要があると考えていること、まる2本件相続に係る遺産のうち、賃貸不動産からの収入を精算する必要があるところ、賃貸不動産の一部について予定されている改修工事の費用は、当該不動産を取得する者が負担する形で精算する必要があると考えていること、まる3本件相続に係る遺産は、同月8日現在の一覧表(評価額は本件H分割案と同額であり、以下「本件R一覧表」という。)のとおりであると考えており、そのうちの3分の1に相当する財産を取得するに当たり、まず、預金及び有価証券を取得し、次いで、3分の1に不足する分については不動産又は代償金の取得を希望することなどを申し入れた。
(ハ) その後、本件相続人らは、平成24年1月18日に第1回目、同年2月29日に第2回目、同年4月7日に第3回目、同年5月26日に第4回目、同年7月7日に第5回目、同年8月25日に第6回目、同年10月3日に第7回目、同年11月21日に第8回目、同年12月25日に第9回目、平成25年1月11日に第10回目、同月28日に第11回目、同年4月5日に第12回目、及び同年5月7日に第13回目の各協議を行い、同日付で、本件相続に係る遺産分割が成立した(以下、R弁護士が関与した後の第1回目の協議を「本件第1回協議」、第4回目の協議を「本件第4回協議」といい、本件第1回協議から第11回目の協議までの各協議を併せて「本件各協議」という。)。
 なお、請求人Dは、平成24年11月6日、本件相続に関する交渉対応等をS弁護士に委任し、同日以降の協議にはS弁護士も関与した。
(ニ) 本件相続人らの間で、本件相続に係る相続人の範囲についての争いはなく、また、本件相続に係る相続財産については、本件R一覧表に記載されていた財産のほかに、まる1本件第1回協議までに出資金70,000円(T農業協同組合)が追加され、また、まる2本件第4回協議までに普通預金1,215,876円(U信用金庫h支店No.○○○○)が財産から削除され(当該普通預金は、請求人Dが本件一次相続により取得したものであった。)、本件相続に係る遺産の範囲についての争いもなかった。
 本件各協議において協議された事項は、主に、まる1相続人Eが本件一次相続により取得した預金の一部に係る返済の問題(上記(ロ)のまる1)、まる2相続人Eが指摘した本件相続に係る遺産のうち賃貸不動産からの収入の精算や賃貸不動産の一部について予定されている改修工事の費用の精算の問題(上記(ロ)のまる2)、及びまる3本件相続に係る代償金の額の問題であり、まる3の前提として、本件相続に係る遺産のうち賃貸不動産の一部の評価等の事項も協議された(当該不動産の評価については本件相続人らの間に争いがあった。)。
(ホ) 本件相続に係る遺産は、不動産7物件(貸家及び貸家建付地3物件、貸宅地3物件及び自用地1物件)のほか、現金、預貯金、有価証券及び債権であったところ、本件相続人らは、平成25年5月7日、不動産の価額及び有価証券のうち同族会社の株式の価額について、不動産の一部を除き相続税評価額を基礎として代償金の額を決定して、本件相続に係る遺産分割をした(なお、貸家1物件及び貸宅地2物件については、価額を零として代償金の額を決定している。)。
ニ 相続税法施行令第4条の2第1項第1号ないし第3号に規定する事情の有無について
 本件申告期限3年経過日において、本件相続に関し、まる1訴えの提起、まる2和解、調停又は審判の申立て、まる3民法第907条第3項若しくは同法第908条の規定により遺産の分割が禁止され、又は同法第915条第1項ただし書の規定により相続の承認若しくは放棄の期間の伸長がされていた事実はなかった。

(3) 当てはめ

イ 上記(1)のロの(ロ)のとおり、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するか否かの判断は、相続に係る申告期限の翌日から3年を経過する日において、客観的に遺産分割ができないと認められる状態にあったといえるか否か(本件特例の適用においては、遺産のうち特例対象宅地等の分割ができないと認められる状態にあったといえるか否か)により行うことが相当である。
 しかるに、本件の場合、本件相続に係る共同相続人は、本件相続人らであり(上記1の(4)のイ)、本件相続に係る相続人の範囲についての争いはなく(上記(2)のハの(ニ))、本件相続に係る相続人の範囲は本件申告の時点で確定していたこと、本件相続に係る遺産は、本件申告後にその存在が判明したものは、N信用金庫の出資金10,000円(上記(2)のロの(ハ))、P銀行g支店の普通預金4,767円(上記(2)のロの(ハ))、及びT農業協同組合の出資金70,000円(上記(2)のハの(ニ))であり、また、本件申告後に遺産ではないと判明したものは、U信用金庫h支店の普通預金1,215,876円(上記(2)のハの(ニ))であり、本件相続に係る遺産の範囲は遅くとも本件第4回協議時までには確定していたことからすると、遅くとも本件第4回協議が行われた平成24年5月26日までには、本件相続について遺産分割の前提となる事項は争いなく確定していたものと認められる。
 そして、本件各協議において協議された事項は、主に、まる1相続人Eが本件一次相続により取得した預金の一部に係る返済の問題、まる2相続人Eが指摘した本件相続に係る遺産のうち賃貸不動産からの収入の精算や賃貸不動産の一部について予定されている改修工事の費用の精算の問題、及びまる3本件相続に係る代償金の額の問題(まる3の前提として、本件相続に係る遺産のうち賃貸不動産の一部の評価等の事項も含む。以上につき、上記(2)のハの(ニ)のとおり。)である。遺産分割手続とは、相続開始時に存在し、遺産分割時点でも存在する積極財産を相続分に応じて分配する手続であるところ、上記まる1は本件一次相続に係る相続財産に関する事項であり、上記まる2は本件相続に係る遺産から相続開始後に生ずる遺産収益等の分配等に関する事項であるから、いずれも遺産分割との関係では付随事項である(これらの点は、相続人又は遺産の範囲の問題のようなその問題を解決しない限り論理的に遺産分割ができない前提事項とは異なり、その問題が解決されなくても遺産分割をすることは可能である。)。それにもかかわらず、本件相続人らは、上記まる1及びまる2の各事項を本件各協議における主な協議事項としており、本件相続に係る遺産分割の協議に際してこのような付随事項に係る問題の解決を併せて図ろうとしたことが、遺産分割の遅延の一因であることは否めない。他方、上記まる3は正に本件相続に係る遺産分割の方法に係る事項であり、代償分割によるか否か、また、代償分割によった場合の代償金の額を協議するためには、共同相続人の間で遺産の評価について争いがないことが必要であるとはいえ、本件相続に係る遺産のうち、各不動産については、本件申告時までに相続税評価額による評価が存在し、その上、a県b市e町○−○所在の宅地を除く不動産については、本件評価書による評価も存在しており(上記(2)のロの(ロ))、本件申告期限3年経過日までに当該各評価のいずれかを基礎として遺産分割をすることは客観的に可能であり、代償金の額を決するに当たり本件各協議を重ねたのは、本件相続人らの中に上記2種類の評価では納得しなかった者がいたためである(上記(2)のハの(ニ))。
 そうすると、本件においては、本件申告期限3年経過日において、客観的に遺産分割ができないと認められる状態にあったとはいえない。
 したがって、本件は、本件相続に係る財産のうち特例対象宅地等が本件申告期限3年経過日までに分割されなかったこと及び当該特例対象宅地等の分割が遅延したことにつき、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」には該当しない。
ロ そして、本件相続に関し、まるア訴えの提起、まるイ和解、調停又は審判の申立てはされておらず、また、まるウ遺産の分割が禁止され又は相続の承認若しくは放棄の期間も伸長されていないこと(上記(2)のニ)からすると、相続税法施行令第4条の2第1項第1号ないし第3号に規定する事情もないから、本件については、措置法第69条の4第4項ただし書に規定する「政令で定めるやむを得ない事情がある場合」には該当しない。

(4) 請求人らの主張について

イ 請求人らは、法令の文理上「客観的」という文言はなく、税務署長は、一定の裁量権の下、個別具体的事案について一般に日本国民が常識的にやむを得ないと判断する程度の事情があれば、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当する旨主張する(上記3の「請求人ら」欄の(1))。
 しかしながら、本件特例の趣旨及び本件特例が適用されるのを一定の場合に限った趣旨からすると、遺産の分割の前提となる事項について争いがなく、客観的に遺産分割ができ得る状態にあるにもかかわらず、相続に係る申告期限の翌日から3年を経過する日までに遺産のうち特例対象宅地等が分割されなかった場合には、本件特例の対象とすべきではなく(上記(1)のロの(ロ))、このことは、法令の文理上、遺産分割が可能かどうかの判断について客観的に判断するとの文言がないからといって、左右されるものではない。また、請求人らの主張は「日本国民が常識的にやむを得ないと判断する」ものであるか否かをどのように判断するのかは必ずしも明らかではないが、仮に主観的に判断するというのであれば、法的安定性を損なうものである。
 したがって、請求人らの主張を採用することはできない。
ロ また、上記イの点をおくとしても、請求人らが相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当すると主張する根拠として挙げる事情については、次に指摘する点があるから、請求人らの主張には理由がない。
(イ) 請求人らは、相続人Eが当初選任した弁護士の多忙、病気による別の弁護士への交代等の請求人らの責めに帰すことのできない第三者の事情と当該事情に基づく弁護士の解任により、本件相続に係る遺産分割協議は、最初の約2年間は何の進展も見られなかった旨の事情を挙げる(上記3の「請求人ら」欄の(2)のイ)。
 この点、確かに、J弁護士及びK弁護士が、相続人Eに対して、着手金の一部及び預り金の精算金を支払う旨の紛議調停が成立していること(上記(2)のロの(ホ))からすると、H法律事務所に所属する弁護士が本件相続に係る遺産分割協議に関与している間、必ずしも協議が順調に進んでいたとは言い難いことがうかがわれる。しかしながら、まる1H法律事務所は、まるア本件相続に係る遺産のうち不動産の評価を本件不動産業者に依頼し(上記(2)のロの(ロ))、まるイ本件評価書に記載された評価額に基づき本件H分割案を作成しており(上記(2)のロの(ハ))、また、まる2平成22年11月24日の遺産分割協議において、今後は代償金の額が協議の焦点となるため、遺産のうち不動産について本件不動産業者に再評価を依頼するかどうかを検討することとなっていた(上記(2)のロの(ニ))ものである(なお、R弁護士の関与後の本件相続に係る遺産分割協議は、当初は本件H分割案を基礎として進められた(上記(2)のハの(ロ))。)。
 上記のとおり、H法律事務所に所属する弁護士により、本件相続に係る遺産分割協議の前提となる本件H分割案が作成され、その上で遺産のうちの不動産の再評価を検討していたことなどからすると、本件相続に係る遺産分割協議は、最初の約2年間は何の進展も見られなかったとの事情を根拠として、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するとする請求人らの主張は、前提事実を欠くものであり、理由がない。
(ロ) 請求人らは、相続人Eが新たな弁護士を選任し、法律の専門家である弁護士を交えて、通常の家事調停に匹敵する時間や回数を重ねて本件相続に係る遺産分割協議を行ったという事情があり、弁護士が間に入った任意の遺産分割協議は、家事調停と同様の法律的解決方法として妥当な選択である旨の事情を挙げる(上記3の「請求人ら」欄の(2)のロ)。
 この点、確かに、R弁護士が関与することとなった後本件申告期限3年経過日までの間に、計11回に及ぶ本件各協議が行われている(上記(2)のハの(ハ))。しかしながら、まる1遅くとも本件第4回協議が行われた平成24年5月26日までには、本件相続について遺産分割の前提事項は争いなく確定しており(上記(3)のイ)、まる2本件各協議において協議された事項の中には、本件相続に係る遺産分割との関係では付随事項(上記(3)のイのまる1及びまる2)もあった上、まる3本件各協議において協議された事項のうち、本件相続に係る各不動産については、本件申告時までに相続税評価額による評価が存在し、その上、a県b市e町○−○所在の宅地を除く不動産については、本件評価書による評価も存在しており(上記(2)のロの(ロ))、上記(3)のイで述べたとおり、当該各評価のいずれかを基礎として遺産分割をすることは客観的に可能であった。
 したがって、本件では弁護士を交えて通常の家事調停に匹敵する時間や回数を重ねた任意の遺産分割協議という方法は家事調停と同様の法律的解決方法として妥当な選択である旨の事情を根拠として、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するとする請求人らの主張には、理由がない。
(ハ) 請求人らは、本件相続に係る財産が多数・多額に上ったため、各財産を把握した上で一つ一つの財産の事情を勘案し、本件相続人ら各人の納得のいく評価方法を採用するには、相当の時間を要した旨の事情を挙げる(上記3の「請求人ら」欄の(2)のハ)。
 しかしながら、本件相続に係る遺産のうちその評価に争いがあったのは主に不動産である(上記(2)のハの(ニ))ところ、上記(3)のイで述べたとおり、本件相続人らが代償金の額を決するに当たり本件各協議を重ねたのは、本件相続人らの中に本件申告時までに存在した2種類の評価では納得しなかった者がいたためであり(このことは、請求人らが「本件相続人ら各人の納得のいく評価方法を採用するには、相当の時間を要した」旨の事情を挙げていることからも明らかである。)、かかる事情からすると、本件申告期限3年経過日において、客観的に遺産分割ができないと認められる状態にあったとはいえない。
 したがって、本件相続人ら各人の納得のいく評価方法を採用するには相当の時間を要した旨の事情を根拠として、相続税法施行令第4条の2第1項第4号に規定する「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するとする請求人らの主張には、理由がない。

(5) 本件特例各却下処分について

 上記(3)のとおり、本件相続については、措置法第69条の4第4項ただし書に規定する「政令で定めるやむを得ない事情がある場合」に該当しないことから、本件特例各却下処分はいずれも適法である。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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