国税審判官の1日(ある日の様子)

ペンネーム:リブロース

 迫力あるネーミングにもかかわらず、必ずしも知名度が高いとはいえない国税不服審判所。私はそのとある支部で「審判官」(正確には「国税審判官」)として働いている。今回、審判官である私の1日の様子を赤裸々に紹介させて頂くことで、少しでも国税不服審判所に興味を持って頂ける方が増えれば幸いである。
 審判官の朝は早い。ワークライフバランスを実践する私は、フレックスタイム制度を最大限活用し、午前7時半から仕事を開始して、午後4時15分には仕事を終える(終えたいと願う)。朝から颯爽と机に向かうその姿に、深夜まで仕事(及びその後暴飲暴食)をした翌朝、ほのかに香る酒臭さをマスクで隠し裁判官と向かい合っていた昔の自分(弁護士)はもういない。私は負の歴史のロンダリングに成功した。
 多くの職員が登庁する午前9時までの間に、担当事件の記録を読み返す。昨日、所長等幹部の面々に事件の進捗と処理方針を説明し、目から鱗のご指摘(宿題)を頂いた事件だ。幹部の構成は、支部によって様々であるが、タフな経歴を有する検事出身者・裁判官出身者、国税庁キャリア、特定税目の専門家などであり、その豪華な顔ぶれはエクスペンダブルズ(2010年に劇場公開されたシルヴェスタ・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガー、ブルース・ウィリス等主役級の俳優を揃えた贅沢の極み系アクション映画。)を彷彿とさせる。昨日の宿題を終えるにはまだ時間がかかりそうだ。
 気分を変えて、他の審判官が担当する事件(当該事件との関係では、私は合議体を構成する3名の審判官の1人であり、主担当の審判官を担当審判官と呼ぶのに対し参加審判官と呼ばれる。)の記録を読み込み始める。が、直ぐに躓く。難解な税務用語と複雑な構造の条文がこれでもかと羅列されている。分厚い六法全書や租税法(金子宏著)を開いてもよいが、隣の担当審判官はその道(特定税目)のエキスパート。出勤早々担当審判官に質問をする。そうこうしているうちに、担当審判官の机の回りにもう1名の参加審判官と分担者の審査官(審判官の命を受けて事務に従事する者)もやって来て、皆で担当審判官の説明を聞き意見を交換し討論が始まる。合議は時と場所を選ばない。午前の勤務終了を告げるチャイムが鳴る。
 45分の昼休み。昼食を取るため外出したお偉方が、午後の始業時間に間に合うよう庁舎目掛けて本気で走る姿を初めて見たときの衝撃は今でも忘れられない。
 午後のメインイベントは、自分が担当する事件の最終合議。その前に審理関係人に電話連絡をし、今後のスケジュールの相談等をする。短時間で終わると見込んだ電話が予想外に長引く。弁護士に戻ったら書面は提出期限までに提出しようと固く心に誓う。
 最終合議が始まる。今回の合議出席者は合議体を構成する3名の審判官のほかにも、その税目の精通者(審判官・審査官)、公認会計士、裁判官出身の審判官など総勢12名。エクスペンダブルズreprise。新任の頃から私の主担する合議は炎上すると言われて来た。本日の合議も、お約束のように、2時間以上に亘って激論が繰り広げられ、最後ようやく議決に漕ぎ着く。適度(あるいは過度)の疲労感と充実感に満たされる。
 午後6時、珍しく一杯やりたくなる気持ちを抑え、翌日の職権調査の段取りを考えながら庁舎を出て帰路に着く。明日の朝も早い。エクスペンダブルズを見ないで寝よう。

○ 本コラムは、すべて本テーマに関する執筆者個人の感想や視点に基づいて書かれたものであることをお断りしておきます。

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