(平成27年9月28日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の相続税について更正処分をしたところ、請求人が、更正処分の理由の提示に不備があるとして、その全部の取消しを求めた事案であり、争点は、原処分に理由提示の不備の違法があるか否かである(なお、原処分の理由提示以外の課税要件事実については、請求人と原処分庁との間に争いがない。)。

(2) 基礎事実

以下の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。

イ 請求人の養父であるD(以下「本件被相続人」という。)は、平成20年12月26日、公正証書による遺言をした。その後、本件被相続人は、平成22年10月1日、公正証書により上記遺言の一部を変更・追加する旨の遺言をした(以下、当該一部変更・追加後の遺言を「本件遺言」という。)。
 本件遺言の要旨は、次のとおりである。

(イ) 本件被相続人が所有する不動産の一部を請求人に相続させる。

(ロ) 金融機関に預託している預貯金、株式等の金融資産及びその他一切の金融商品を適宜解約換金した手取額のうち、6分の3を被相続人の養子であるEに、6分の1を被相続人の養子であるFにそれぞれ相続させ、6分の1をEの長男であるGに、6分の1をEの長女であるHにそれぞれ遺贈する。

(ハ) J社の株式のうち、2分の1をEに相続させ、2分の1をその夫であるK(以下、E、F、G、H及びKを併せて「本件他の相続人ら」という。)に遺贈する。

ロ 本件被相続人は、平成22年11月○日、死亡した(以下、本件被相続人の死亡により開始した相続を「本件相続」という。)。
 本件相続における法定相続人は、請求人、E及びFの3名であり、本件遺言による受遺者は、G、H及びKの3名である。

ハ 本件他の相続人らは、平成23年8月26日、原処分庁に対し、本件相続に係る相続税の申告をした。なお、請求人は、当該申告には関わっていない。

ニ 請求人は、平成23年9月2日、原処分庁に対し、本件相続に係る相続税について、別表1の「申告」欄のとおり申告をした。なお、本件他の相続人らは、当該申告には関わっていない。

ホ 請求人は、本件遺言が請求人の遺留分を侵害しているとして、平成23年10月19日から同月28日にかけて、本件他の相続人らに対し、遺留分減殺請求の意思表示をした。

ヘ 請求人と本件他の相続人らは、平成24年8月27日、上記ホの遺留分減殺請求について、本件他の相続人らが請求人に対し別表2のとおり弁償金(以下、別表2の「合計」欄の金額を「本件弁償金」という。)を支払う旨を合意し、本件他の相続人らは、同日、請求人に対し、本件弁償金を支払った。

(3) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成26年7月8日付で、請求人に対し、1本件弁償金の価額を請求人の本件相続に係る相続税の課税価格に算入するとともに、2本件他の相続人らが本件遺言により相続し又は遺贈された財産の価額、3本件他の相続人らが取得した相続時精算課税適用財産の価額及び4相続税の課税価格に加算される他の相続人の暦年課税分の贈与財産の価額(以下、34を併せて「本件贈与財産」という。)を本件相続に係る相続税の課税価格の合計額に加算して、別表1の「更正処分等」欄のとおり、相続税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)をするとともに、2の増差税額に相当する部分について、過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

ロ 本件更正処分に係る相続税の更正通知書に記載された処分の理由は、別紙1のとおりである。

ハ 請求人は、本件更正処分及び本件賦課決定処分を不服として、平成26年8月18日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月18日付で、本件更正処分のうち、上記イの2の価額に相当する部分については、理由提示に不備があることを理由に、別表1の「異議決定」欄のとおり、本件更正処分の一部を取り消すとともに、本件賦課決定処分の全部を取り消す旨の異議決定をした。

ニ 請求人は、上記ハの異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成26年12月12日に審査請求をした。

(4) 関係法令

関係法令の要旨は、別紙2のとおりである。

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2 主張

原処分庁 請求人
(1) 原処分の提示理由(以下本欄において「本件更正理由」という。)は、次のとおり、処分の根拠を法令の規定に沿って具体的に提示しており、適正である。
 申告納税制度の下においては、納税者は自ら把握する課税標準等又は税額等を申告し、その責任において、税額を確定するものであるところ、相続税の申告の際、他の共同相続人等に係る申告内容等を知らされなくとも、一義的には、納税者自らが他の共同相続人等の相続財産を把握し、課税標準等を確定する必要がある。
 一方で、課税当局が他の共同相続人等に係る申告内容等の詳細を当該納税者に知らせることは、守秘義務の観点から問題がないとはいえず、納税者に便宜を図る観点と第三者の秘密保持の利益との比較において、納税者にとって真に必要な程度にとどめるべきである。
 また、相続税法第49条の開示制度において、課税当局が他の共同相続人等に係る贈与税の課税価格の合計額のみを開示することとされていることに鑑みると、他の共同相続人等に係る「相続開始前3年以内の贈与加算漏れ」又は「被相続人から取得した相続税法第21条の9第3項の規定の適用を受けた財産の加算漏れ」について更正処分を行う際の理由提示の程度としては、贈与により取得した財産の価額の加算漏れを指摘するとともに、当該財産に係る贈与税の課税価格の合計額を記載すれば、納税者は課税当局が処分するに至った計算上の根拠を知り得るのであり、上記で述べた申告納税制度の趣旨に照らせば、納税者が処分の当不当を判断するに十分であると考えられる。
(1) 本件更正理由には、次のとおり瑕疵があり、取り消されるべき違法がある。
 本件更正理由においては、各人の課税価格の合計額について記載があり、その内訳として、1本件他の相続人らが本件遺言で相続し又は遺贈された財産の額、2本件他の相続人らが取得した相続時精算課税適用財産の額、3他の相続人の純資産に加算される暦年課税分の贈与加算額が総額で記載されているが、その取得した「財産」については何ら具体的な事実が記載されていない。
 このように、本件更正理由には、課税価格を構成する金額が抽象的に記載されるのみであり、課税要件事実たる「財産」に該当する具体的な事実は何ら記載されていない。かかる記載内容では、請求人において、他の相続人等がいかなる財産を取得したことで課税要件が充足されるのかという、処分の基礎となる具体的な事実について何も知ることができないから、これでは不服申立ての便宜を与えようとした理由提示の趣旨に反することは明らかである。
(2) 更正が複数の理由による場合において、一部の理由提示のみが不十分であるときは、更正はその理由に対応する税額部分についてのみ違法であると解される。 (2) 本件更正理由は、複数の項目にわたるものであるところ、本件弁償金に係る部分について適法な理由提示がされていたとしても、原処分に際しての理由提示全体としてみれば、その主要な部分について重大な瑕疵があることが明らかであり、その不備は著しいものである。
 これは、理由提示制度の趣旨を著しく毀損するものであり、原処分全体の理由提示を違法ならしめる程度に至っているというべきであるから、原処分はその全部の取消しを免れない。

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3 判断

(1) 法令解釈

行政手続法第14条第1項は、国税に関する法律に基づき行われる処分についても適用があり、同項本文により、行政庁は、不利益処分をする場合には、その名宛人に対し、当該不利益処分の理由を示さなければならない。
 これは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであると解される。
 そして、同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは、上記のような同項本文の趣旨に照らし、当該処分の根拠法令の規定内容、当該処分に係る処分基準の存否並びに公表の有無、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきものと解されるところ、不利益処分の理由を上記の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものであれば、同項本文の要求する理由提示として不備はないものと解するのが相当である。

(2) 当てはめ

イ 原処分は、上記1の(3)のイのとおり、本件弁償金の価額を請求人の相続税の課税価格に算入するとともに、本件他の相続人らが本件被相続人から贈与を受けた本件贈与財産の価額を課税価格の合計額に加算したものであるところ、その提示理由は、別紙1(2のイを除く。)のとおりである。
 このうち、本件弁償金の課税価格への算入に係る提示理由(別紙1の1の(1))に不備がないことは、その記載内容自体から明らかであり、当該部分については請求人も特段争ってはいない。
 また、本件贈与財産の課税価格の合計額への加算に係る提示理由(別紙1の2のロ及びハ)には、本件贈与財産について、それぞれ合計額が記載されているところ、本件贈与財産の合計額が分かれば、課税価格の合計額を算出することができるのであるから、上記記載により、原処分庁が相続税額を算出した過程を示したものといえる上に、そもそも、課税庁は、相続時精算課税適用財産の価額及び暦年課税分の贈与財産の価額を課税価格の合計額に加算するに当たっては、関係する他の共同相続人等から提出された申告書の記載又は同人等に対する更正処分の内容等を基に相続税額の計算をするのであるから、この点に課税庁の恣意が入り込む余地は乏しく、合計額のみの記載であっても、行政庁の恣意抑制という見地から欠けるところはない。さらに、相続時精算課税適用財産の価額及び暦年課税分の贈与財産の価額については、それぞれの合計額が記載されていれば、納税者は課税価格の合計額を算出することが可能であり、記載された合計額と納税者が認識しているこれらの合計額とを比較して、不服申立ての要否を判断することが可能といえるから、処分の名宛人の不服申立ての便宜という見地からも欠けるところはない。
 これらによれば、原処分の提示理由は、理由提示の趣旨目的を充足する程度に処分の理由を具体的に明示したものと認めることができ、行政手続法第14条第1項本文の要求する理由提示として不備はないというべきである。

ロ 請求人の主張について

(イ) 請求人は、原処分の提示理由には、本件贈与財産の具体的な内容の記載がなく、合計額が記載されているのみであり、かかる記載からでは、請求人は処分の基礎となる具体的な事実関係を知ることができないから、不服申立ての便宜という趣旨目的に反し、理由提示に不備がある旨主張する。
 しかしながら、原処分の提示理由に、不服申立ての便宜という見地から欠けるところがないことは、上記イで説示したとおりである。
 付言すると、通則法第126条の規定により、国税職員は、調査事務に関して知ることのできた秘密を漏らすことはできないとの守秘義務を負っており、行政手続法第14条第1項本文の要求する理由提示の場面といえども、第三者の個人情報をむやみに開示することが許されるものではない。
 また、相続税法第49条は、納税者の申告の便宜を図るため、上記守秘義務を緩和した規定であると考えられるところ、同条においても、納税者は、他の共同相続人等の相続時精算課税適用財産及び暦年課税分の贈与財産の課税価格の合計額の開示を所轄税務署長に請求することが可能とされているにとどまり、これらの財産の具体的な内訳等の開示請求が認められているものではない。
 これらの各規定の趣旨に照らしても、原処分の提示理由が本件贈与財産の具体的な内容を提示していないことをもって、理由提示に不備があるということはできず、請求人の主張は採用することができない。

(ロ) 請求人は、本件更正処分の提示理由には、その主要な部分である、本件他の相続人らが本件遺言により相続し又は遺贈された財産の価額の課税価格の合計額への算入について理由提示の重大な不備があることから、これが提示理由全体を不備とならしめ、原処分は違法となる旨主張する。
 しかしながら、処分の理由は、処分の対象項目ごとに別個に提示されるべきものであるから、その反面、ある項目の理由提示に不備があったとしても、他の項目の理由提示を含む全体が当然に違法性を帯びるものではないと解される。そして、本件更正処分の提示理由について、請求人が指摘する部分の不備が、他の項目を含む提示理由全体を不備とならしめるとみるべき事情はないから、請求人の主張は採用することができない。

ハ 小括

したがって、原処分に理由提示の不備の違法はない。

(3) 原処分の適法性について

以上によれば、原処分は適法である。

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