(平成29年3月3日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、納税者医療法人社団Gの滞納国税を徴収するため、審査請求人(以下「請求人」という。)に対し、請求人が当該納税者から譲り受けた診療報酬債権が譲渡担保財産に当たるとして、譲渡担保権者の物的納税責任に関する告知処分、債権の各差押処分及び換価代金等の各配当処分をしたところ、請求人が、当該診療報酬債権の譲渡は担保を目的とするものではなく、真正な譲渡であるから、当該診療報酬債権は譲渡担保財産に当たらないとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令の要旨

  • イ 国税徴収法(平成26年法律第69号による改正前のもの。以下「徴収法」という。)第24条《譲渡担保権者の物的納税責任》第1項は、納税者が国税を滞納した場合において、その者が譲渡した財産でその譲渡により担保の目的となっているもの(以下「譲渡担保財産」という。)があるときは、その者の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められるときに限り、譲渡担保財産から納税者の国税を徴収することができる旨規定している。
  • ロ 徴収法第24条第2項は、国税局長(同法第184条《国税局長が徴収する場合の読替規定》による読替え後のもの)は、同法第24条第1項の規定により徴収しようとするときは、譲渡担保財産の権利者(以下「譲渡担保権者」という。)に対し、徴収しようとする金額その他必要な事項を記載した書面により告知しなければならない旨規定している。
  • ハ 徴収法第24条第3項は、同条第2項の告知書を発した日から10日を経過した日までにその徴収しようとする金額が完納されていないときは、徴収職員は、譲渡担保権者を第二次納税義務者とみなして、その譲渡担保財産につき滞納処分を執行することができる旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人は、平成25年12月20日、a県e市内及びg県f市内で各歯科診療所の経営を業とする納税者医療法人社団G(以下「本件滞納者」という。)との間で、要旨別紙(略語は本文中の例による。)のとおりの「診療報酬債権譲渡契約書」と題する書面(以下「本件譲渡契約書」という。)に基づき契約(以下「本件譲渡契約」という。)を締結し、本件譲渡契約書第2条の定めにより、平成25年12月請求分から平成28年5月請求分までの各診療報酬債権(以下「本件各診療報酬債権」という。)を譲り受けた。
     また、請求人は、本件譲渡契約書第6条の定めにより、平成28年6月請求分から同年11月請求分までの各診療報酬債権につき、取立委任債権(本件譲渡契約書第1条第15号に定める取立委任債権をいう。以下同じ。)として本件滞納者からその債権回収事務を受任した。
     本件各診療報酬債権は、いずれも本件滞納者を債権者とし、債務者を債権ごとにそれぞれ社会保険診療報酬支払基金○○支部、社会保険診療報酬支払基金○○支部、a県国民健康保険団体連合会及びg県国民健康保険団体連合会(以下、これらを併せて「基金等」という。)とするものである。
     本件譲渡契約書において、請求人が本件滞納者に支払う債権譲渡の対価は、基金等に対する将来の請求見込額等を基に算定される一次払金と、基金等から現実に支払われた回収実績額等を基に算定される調整金に分割して順次支払うものとされており(第3条第1項)、一次払金については、その初回支払日である平成25年12月24日に、譲渡対象債権のうち平成25年12月請求分から平成26年5月請求分に係る6か月分の一次払金合計額から、買取手数料等所定の費用を控除した残額が請求人から本件滞納者に支払われ(同条第2項)、その後は、平成26年6月請求分に係る債権の一次払金から所定の買取手数料を控除した金額を平成26年1月の支払日に、平成26年7月請求分に係る債権の一次払金から所定の買取手数料を控除した金額を平成26年2月の支払日に、というように順次支払が行われることとされている(同条第3項)。また、調整金については、その初回支払日である平成26年1月に譲渡対象債権のうち平成25年12月請求分の債権につき請求人から本件滞納者に支払われ、その後は、平成26年1月請求分に係る債権の調整金を平成26年2月の支払日に、平成26年2月請求分に係る債権の調整金を平成26年3月の支払日に、というように順次支払が行われることとされている(第3条第4項)。
  • ロ 請求人は、本件滞納者と連名で、平成25年12月20日、本件譲渡契約書第5条第1項の定めにより、第三債務者である基金等に対し、確定日付のある「債権譲渡通知書」と題する各書面をそれぞれ郵送した。
  • ハ 請求人は、平成26年2月19日付で、本件滞納者との間で「診療報酬債権譲渡契約変更覚書」と題する書面を作成の上、本件譲渡契約について、本件譲渡契約に係る譲渡対象債権に、平成25年12月請求分から平成28年5月請求分までの介護報酬債権を加えること及び本件譲渡契約書に定める平成25年12月請求分から平成26年5月請求分までに係る一次払金には、介護報酬債権に係る金額を含むこと等の変更をした。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 原処分庁は、国税通則法(平成26年法律第69号による改正前のもの。以下「通則法」という。)第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、平成25年8月27日までに、本件滞納者に係る別表1記載の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)について、H税務署長から徴収の引継ぎを受けた。
  • ロ 原処分庁は、平成28年1月29日付で、本件滞納国税を徴収するため、基金等を第三債務者とする本件各診療報酬債権のうち平成28年1月請求分から同年5月請求分までの各債権(以下「本件各債権」という。)について、徴収法第24条第1項に規定する譲渡担保財産にいずれも該当するとして、請求人に対し、同条第2項の規定に基づく告知書により、本件各債権から本件滞納国税を徴収する旨の告知処分(以下「本件告知処分」という。)をした。
  • ハ 原処分庁は、平成28年2月10日付で、本件告知処分に係る告知書を発した日から10日を経過した日までに本件滞納国税が完納されていなかったことから、徴収法第24条第3項の規定に基づき、本件各債権を差し押さえた(以下「本件各差押処分」という。)。
  • ニ 原処分庁は、本件各差押処分に基づき、平成28年2月15日に○○○○円、同月22日に○○○○円、同年3月15日に○○○○円、同月22日に○○○○円及び同月23日に○○○○円を、本件各債権の第三債務者である基金等からそれぞれ取り立て、その給付を受けた。
  • ホ 原処分庁は、上記ニの給付を受けた金銭を配当するため、別表2の「年月日」欄の各日付で、同表各欄に記載したとおり、各配当処分(以下「本件各配当処分」という。)をした。
  • へ 請求人は、平成28年3月28日、本件告知処分、本件各差押処分及び本件各配当処分に不服があるとして、通則法第75条《国税に関する処分についての不服申立て》第1項第2号ロの規定により、審査請求をした。

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2 本件各差押処分及び本件各配当処分に対する審査請求について

  • (1) 本件各差押処分に対する審査請求について
     審査請求によって行政処分の取消しを求めるには、その処分を取り消すことによって回復される法律上の利益が存在していることが必要であるから、処分の法的効果が消滅し、処分の取消しによって回復すべき法的利益が存在しなくなったときは、当該処分の取消しを求める請求の利益は消滅する。
     したがって、審査請求によって行政処分の取消しを求めるには、処分の効力が現に存在していることが必要である。
     原処分庁は、上記1の(4)のニのとおり、平成28年2月15日から同年3月23日までの間に、徴収法第67条《差し押えた債権の取立》第1項の規定に基づき、本件各債権の全額を取り立てたことから、本件各差押処分は、その目的を完了して既にその効力が消滅している。
     したがって、本件各差押処分の取消しを求める審査請求は、いずれも請求の利益を欠く不適法なものである。
  • (2) 本件各配当処分に対する審査請求について
     徴収法第171条《滞納処分に関する不服申立て等の期限の特例》第1項第4号は、換価代金等の配当処分に関し欠陥があることを理由としてする異議申立ては、通則法第77条《不服申立期間》の規定にかかわらず、換価代金等の交付期日まででなければ、することができない旨規定し、また、徴収法第171条第2項において、同条第1項の規定は、通則法第75条第1項第2号ロの規定による審査請求(始審的審査請求)について準用する旨規定している。
     これを本件についてみると、上記1の(4)のへのとおり、請求人は本件各配当処分について平成28年3月28日に審査請求をしており、また、本件各配当処分に係る換価代金等の交付期日は、それぞれ別表2の「換価代金等の交付期日」欄に記載したとおりである。したがって、本審査請求のうち、同年2月17日付、同月23日付及び同年3月16日付でされた各配当処分の取消しを求める審査請求は、それぞれの配当処分に係る換価代金等の交付期日を経過した後にされたものであり、いずれも法定の審査請求期間経過後になされた不適法なものである。

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3 争点

請求人が本件譲渡契約に基づき譲り受けた本件各債権は、徴収法第24条第1項に規定する譲渡担保財産に該当するか否か。

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4 争点についての主張

原処分庁 請求人
本件各債権は、次のことから、譲渡担保財産に該当する。 本件各債権は、次のことから、譲渡担保財産には該当しない。
(1) 徴収法第24条第1項に規定する「譲渡した財産でその譲渡により担保の目的となっているもの」とは、債権関係と結びついている狭義の譲渡担保(債務者が弁済すれば担保財産の所有権を回復するもの)に限られず、債権関係と切り離された売渡担保(担保財産を債権者に売り渡し、債務者が一定期間内に買い戻すもの)をも含むものである。 (1) 本件譲渡契約に係る取引は、将来にわたりキャッシュフローを一括して譲渡し、譲渡代金を分割払する形態のいわゆるファクタリング取引であり、本件各債権の譲渡は、担保目的のない真正な譲渡であって、本件各債権は確定的に請求人に帰属するものである。
(2) また、将来の集合債権の譲渡が売買又は譲渡担保のいずれの法的性質を有するかの判断については、契約条件、取引の経済的実質その他の要素を総合的に評価しつつ、合理的に当事者の意思を推測し、当該譲渡の契約が、形式のみならず実質においても担保取引として扱われるべきものか否かを判断することとなる。
 その際には、1清算義務の有無、2当事者の契約意思ないしは合理的意思の解釈、3会計上のオフバランス化の有無、4被担保債権の有無、5買戻条件、償還条件等の有無、6資金の流れ及び7真正売買性を判断の要素として、譲渡契約の締結時に存在する事実を基に、当事者の意思が売買又は譲渡担保と認められるべきものと推認させる各種の事実を総合的に考慮して判断するのが相当である。
(3) 本件譲渡契約に係る取引についてみると、下記ホのとおり、実質的な買戻権が設定されていることから、当該取引は売渡担保に相当する法律関係にあると認められる。
 また、本件譲渡契約に係る取引について上記(2)の判断の要素を当てはめると次のとおりであり、これらのことは、本件譲渡契約に係る取引が譲渡担保であることを強く推認させる。
 したがって、本件譲渡契約に基づく本件各債権の譲渡は、担保目的の譲渡であるといえる。
(2) 本件譲渡契約に係る取引は売渡担保には当たらず、また、当該契約において買戻権は存在しない。
 さらに、原処分庁が主張する判断の要素についてみても、次のとおりであり、本件譲渡契約に係る取引は、譲渡担保には該当しない。
  • イ 清算義務の有無

    本件譲渡契約書第6条第3項は、請求人が取立委任債権の回収時において、請求人の回収額の引渡債務と本件滞納者の未払債務とを相殺することができる旨を定めている。

    一方、本件譲渡契約書の別紙3(調整金支払基準)は、回収実績額から当該月の一次払金を差し引いた金額を調整金とし、調整金がマイナスの金額となった場合、当該金額を「調整後不足額」として次月に繰り越す旨を定めている。そうすると「調整後不足額」が平成28年7月以降に繰り越された場合には、本件譲渡契約書第6条第3項の定めに基づき、取立委任債権と「調整後不足額」の相殺がなされることとなるのであるが、下記へのとおり、請求人の回収額は、実質的には元金の回収額と認められるから、この場合、請求人は、取立委任債権から元金の回収不足額を回収した上で、残金の清算をしていることとなる。このことからすると、本件譲渡契約書第6条第3項の定めは、実質的には譲渡担保契約の特徴である譲渡担保権者に課される清算義務を定めたものといえ、本件譲渡契約には清算義務が存在するものといえる。

    なお、本件譲渡契約書の別紙3の定めを設けていることからすると、調整金のマイナス額が一次払金の減額要素となるのみであるとすることが契約当事者の合理的意思であったと判断することはできない。

  • イ 清算義務の有無

    本件譲渡契約書第6条第3項は、主に契約解除時の原状回復債務を想定して設けられたものであり、譲渡担保の清算を意図したものではない。

    なお、本件においては、調整金がマイナスの金額となった場合、当該金額は当月支払分の一次払金から控除される(一次払金の減額要素)のみであり、一次払金の支払が終了する平成28年1月以降において、本件滞納者がマイナスの金額を請求人に償還する義務を負うことはない。

    また、清算義務に関する原処分庁の主張は、取立委任債権の実質が担保である旨を主張しているにすぎず、本件各診療報酬債権の性質とは無関係である。

  • ロ 当事者の契約意思ないしは合理的意思の解釈

    本件滞納者は、平成26年9月及び平成27年9月の各決算期の決算報告書の内訳書に、請求人からの借入金を46,000,000円と記載していること及び本件滞納者の理事長は「請求人に借換えし、月々の返済が750,000円となった」旨の発言をしていることに照らせば、本件滞納者は請求人に対して債務を負っていると認識している。

    また、請求人は、平成25年12月及び平成26年12月の各決算期の決算報告書の内訳書に、本件滞納者に対する売掛金(未収入金)について46,000,000円と記載していることから、請求人は、本件譲渡契約に係る初回の一次払金について、本件滞納者に対する貸付金であると認識している。

  • ロ 当事者の契約意思ないしは合理的意思の解釈

    本件滞納者の会計処理については、請求人は関知しない。

    請求人は、本件各診療報酬債権を、買取債権として資産の部に計上している。

    決算報告書の内訳書の表記については、保有債権の管理を債務者(基金等)ごとではなく、契約の相手方ごとに行う必要があって、便宜的な記載をしたものであり、また、勘定科目を「買取債権」としていることで、その趣旨は明らかであって、貸付金として処理していないことは明らかである。

  • ハ 会計上のオフバランス化の有無

    本件滞納者は、平成26年9月及び平成27年9月の各決算期の決算報告書の内訳書に、医業未収入金(診療報酬債権)としてそれぞれ20,000,000円及び13,000,000円と記載しており、基金等に対する売掛金を計上している。

  • ハ 会計上のオフバランス化の有無

    本件滞納者の会計処理については、請求人は関知しない。

  • ニ 被担保債権の有無
    • (イ) 本件譲渡契約書第7条第2項は、請求人の債権を人的に担保する旨を定めているが、本件譲渡契約が売買であれば、基金等を債務者とする債権において、債務者が無資力になる場合はおよそ考えられないことから、この定めは、請求人が本件滞納者に貸し付けた金銭の回収を担保するため、すなわち被担保債権の存在を前提としたものであると解される。
    • (ロ) 売渡担保における被担保債権の額については、目的物の最初の代金額が被担保債権の額であるところ、本件譲渡契約においては、請求人が初回の一次払金を支払い、その後も毎月、6か月後に発生が見込まれる本件各診療報酬債権について一次払金を支払うことにより、常に6か月先までに発生が見込まれる債権について代金を前払した状態となるから、その前払した一次払金を被担保債権の額とみなすことが可能である。
  • ニ 被担保債権の有無

    本件譲渡契約において、被担保債権となる貸付金は存在しない。なお、本件滞納者は、契約解除時の原状回復債務等を負担する可能性があり、本件滞納者の理事長は、当該原状回復債務等を連帯保証している。

  • ホ 買戻条件、償還条件等の有無

    本件譲渡契約書には、買戻条件、償還条件等を、直接、定めた条項はない。

    しかし、本件譲渡契約書第11条は、本件滞納者が原状回復債務の全額及び早期解約手数料を請求人に支払うことにより、本件譲渡契約を合意解約することができる旨を定めており、本件滞納者は、前払を受けた売買代金相当額及び手数料を支払うことにより、本件各診療報酬債権のうち基金等からの回収が未了である部分及び取立委任債権を買い戻すことができるのであり、また、請求人が正当な理由なく解約を拒絶することは信義則違反となる可能性があることから、本件譲渡契約には、実質的な買戻権が設定されていると認められる。

  • ホ 買戻条件、償還条件等の有無

    本件譲渡契約において、買戻し及び償還の条項はない。

    なお、本件譲渡契約書第11条の定めは、両当事者の合意に基づく期限前解約の可能性を定めたものにすぎず、解約には請求人の同意が必要であり、本件滞納者の一方的な意思表示によって実行することができないという点において、いわゆる買戻権とは根本的に異なるものである。

  • ヘ 資金の流れからみた整合性の検討

    本件滞納者は、未発生の将来債権を請求人に譲渡し、初回の一次払金を得ていることから、初回の一次払金は、本件各診療報酬債権を担保とした本件滞納者への貸付金と同視できる。

    また、請求人が得る月次買取手数料は、実質的には利息相当分と認められ、基金等からの回収実績額について請求人が得ることとなる回収額は、実質的には元金の回収額と認められる。

  • ヘ 資金の流れからみた整合性の検討

    本件譲渡契約においては、未発生の本件各診療報酬債権を一括して買い取った上で、6か月先までの発生が見込まれる債権について代金の「一次払」を行い、後に実回収額との差額を売買代金の「調整金」として支払うという2段階の支払方法を採用しているにすぎない。

    なお、このような支払方法を採用する理由は、契約の相手方の経営努力に対するインセンティブを奪わないこと等にあり、譲渡担保契約における清算を意図したものではない。

  • ト 真正売買性について

    本件譲渡契約書には、1本件滞納者の月次の診療報酬債権請求額を○○○○円以上に維持する義務(第9条第4号)、2本件滞納者が原状回復義務を履行するまでは基金等に対し債権譲渡解除の通知を行わない旨の定め(第10条第6項)及び3清算条項(第6条第3項)があり、請求人が基金等から回収することとなる元金相当額が初回の一次払金を下回ることを防止し、本件滞納者が請求人に対して負う可能性がある債務は、請求人が相殺により優先弁済を受けられるようにされている。このように、本件譲渡契約には、一般的な売買契約には存在しないような定めが存在し、真正な売買契約とは性質が異なるものである。

5 当審判所の判断

(1) 争点についての検討

  • イ 譲渡担保設定契約の類型

    譲渡担保設定契約は、法形式に着目すると次の二つに大別される(大審院昭和8年4月26日判決・民集12巻767頁参照)。

    • (イ) 債権の担保の目的をもって担保の目的物を債権者に譲渡し、その担保に係る債務を履行した場合には債務者がその目的物の返還を受け、不履行の場合には債権者がその財産を換価して優先弁済を受けるか又はその財産を確定的に取得することができる旨の譲渡担保設定契約。
    • (ロ) 担保のための権利の移転につき売買の形式をとるもので、売主が将来対価を支払って目的物を売主に買い戻す権利を留保した売買(買戻特約付売買)の形式をとる譲渡担保設定契約又は売却した目的物につき売主が将来予約完結権を行使することによって再度売買契約が成立し、その効果としてその目的物が再び売主に戻る旨の予約(再売買の予約)の形式をとる譲渡担保設定契約。
  • ロ 本件譲渡契約について
    • (イ) 上記イの(イ)の譲渡担保設定契約においては、金銭消費貸借契約などに基づく被担保債権が存在することが前提となるところ、本件においては、金銭消費貸借契約などをはじめとする被担保債権は存在しないから、本件譲渡契約は、上記イの(イ)の譲渡担保設定契約には該当しない。
       次に、上記イの(ロ)の譲渡担保設定契約においては、買戻特約又は再売買の予約が債権譲渡契約に付されていることが前提となるところ、本件譲渡契約にはそのような特約ないし予約は付されていない。
       以上のことからすると、本件譲渡契約は、上記イの(イ)又は(ロ)のいずれにも該当しない。
    • (ロ) また、本件譲渡契約には、1本件滞納者に対して、第三債務者に信用不安等が生じた場合における本件各診療報酬債権の買戻義務が定められていないこと、2本件各診療報酬債権の譲渡対価の額(一次払金に調整金を加算した額)が譲渡の対象となった債権の価額を著しく下回ることはなく、本件滞納者に譲渡済みの債権を買い戻す誘因が認められないこと、3請求人が譲り受けた本件各診療報酬債権について、請求人の処分を禁止又は制限する定めがないことなどからすると、本件譲渡契約を譲渡担保設定契約とみることは相当でない。
    • (ハ) 以上のとおり、本件譲渡契約を譲渡担保設定契約とみることは相当でないから、請求人が本件譲渡契約に基づき譲り受けた本件各債権は、徴収法第24条第1項に規定する譲渡担保財産であるということはできない。

(2) 原処分庁の主張について

  • イ 被担保債権の有無及び資金の流れからみた整合性について
    • (イ) 原処分庁は、本件における資金の流れからみると、請求人から本件滞納者に支払われた初回の一次払金は、本件各診療報酬債権を担保とした本件滞納者に対する貸付金と同視できる旨主張する(上記4の「原処分庁」欄の(3)のヘの前段)。そして、請求人が、初回の一次払金支払後も毎月、6か月後に発生が見込まれる本件各診療報酬債権について一次払金を本件滞納者に支払うことにより、常に6か月先までに発生が見込まれる債権について代金を前払した状態となるから、その前払した一次払金を、売渡担保における被担保債権の額とみなすことが可能である旨主張する(上記4の「原処分庁」欄の(3)のニの(ロ))。
       しかしながら、本件譲渡契約書第3条第1項では、債権譲渡の対価を一次払金と調整金に分割して順次支払うと明記しているところ、本件各診療報酬債権が将来債権であり、しかも一次払金の各支払時期においても将来債権であることからすると、上記条項は、見積額的な一次払金について、調整金の定めにより、基金等からの回収実績額に基づいて譲渡代金の額を確定させる趣旨のものと解するのが合理的である。よって、一次払金は、本件譲渡契約書記載のとおり、債権譲渡の対価である売買代金の一部と認めるのが相当であり、原処分庁主張のような被担保債権の額とみなすことはできない。
    • (ロ) また、原処分庁は、請求人が得る月次買取手数料は、実質的には利息相当分と認められ、基金等からの回収実績額について請求人が得ることとなる基金等からの本件各診療報酬債権の回収額は、実質的には元金の回収額と認められる旨主張する(上記4の「原処分庁」欄の(3)のヘの後段)。
       確かに、本件譲渡契約には、診療報酬債権を早期現金化するための金融の供与という一面もみられ、請求人が得る月次買取手数料及び基金等からの回収額は、この点において、金銭消費貸借におけるいわゆる利息と元金の回収額に似たような性質を有するといえるものの、本件滞納者と請求人との間でどのような法形式、どのような契約類型を採用するかは、両当事者間の自由な選択に任されているのであり、本件においては、本件滞納者が本件各診療報酬債権の早期現金化というサービスの提供を受け、そのサービスの対価として月次買取手数料を請求人に支払うという法形式が採用され、このような法形式が採用されたことについて著しく不合理な点も見出せない以上、当該法形式を無視して本件譲渡契約における月次買取手数料の実質を金銭消費貸借契約における利息とみることは相当でなく、本件譲渡契約を譲渡担保設定契約と評価し得るだけの裏付けとなるものでもない。
       さらに、原処分庁は、上記の主張のほか、請求人から本件滞納者に対する債権譲渡の対価の支払について、実際には、本件譲渡契約書において定められた報告書等に基づき適正に計算された金額ではなく、請求人による診療報酬債権回収額から月次買取手数料等を差し引いた金額が本件滞納者にそのまま振り込まれており、このことは、本件譲渡契約における表面上の「将来債権の売買」という趣旨とは異なり、契約当事者間においては、平成27年12月までは、診療報酬債権回収額の中から請求人が月次買取手数料及び振込手数料分を取得し、残額は本件滞納者に一次払金及び調整金として支払うという内容の暗黙の合意があったものと解され、このような実際の資金の流れから推測される当事者間の意図も踏まえれば、本件各診療報酬債権及び取立委任債権は、譲渡担保財産であるとも主張する。
       しかしながら、本件譲渡契約に定められた報告書等に基づいて債権譲渡の対価が支払われていなかったとしても、そのことをもって本件譲渡契約の真正譲渡性を否定するものではなく、本件各診療報酬債権及び取立委任債権が譲渡担保財産と認められるだけの根拠となるものではない。
  • ロ 清算義務の有無

    原処分庁は、本件譲渡契約書第6条第3項の定めは、請求人が取立委任債権の回収時において、請求人の回収額の引渡債務と本件滞納者の未払債務とを相殺することができる旨を定めているところ、当該定めは、実質的には譲渡担保契約の特徴である譲渡担保権者に課される清算義務を定めたものといえ、本件譲渡契約には清算義務が存在するものといえる旨主張し(上記4の「原処分庁」欄の(3)のイ)、加えて、調整金の支払(控除)方法を定めている同第3条第4項の定めも同様に清算義務を定めたものである旨をも主張する。

    しかしながら、原処分庁の本件譲渡契約書第6条第3項についての主張は、一次払金が請求人から本件滞納者への貸付金元金に当たるとの前提に立った上で、貸付金元金の回収不足額を本件滞納者の未払債務とし、これを取立委任債権による回収額と相殺することが、また、同第3条第4項についての主張は、一次払金が本件譲渡契約における被担保債権であるとの前提に立った上で、基金等からの回収実績額と一次払金との差額を調整金の支払(控除)によって清算することが、それぞれ実質的には譲渡担保権者に課される清算義務に該当するというものであるところ、一次払金及び調整金が債権譲渡の対価の一部と認められることは上記イの(イ)のとおりであるから、これらの主張は、その前提を欠くことが明らかである。

  • ハ 買戻条件等の有無

    原処分庁は、本件譲渡契約書には、買戻条件、償還条件等を直接定めた条項はないが、本件譲渡契約書第11条は、本件滞納者が原状回復債務の全額及び早期解約手数料を請求人に支払うことにより、本件譲渡契約を合意解約することができる旨を定めており、本件滞納者は、前払を受けた売買代金相当額及び手数料を支払うことにより、本件各診療報酬債権のうち基金等からの回収が未了である部分及び取立委任債権を買い戻すことができるのであり、また、請求人が正当な理由なく解約を拒絶することは信義則違反となる可能性があることから、本件譲渡契約には、実質的な買戻権が設定されており、本件譲渡契約は売渡担保(担保財産を債権者に売り渡し、債務者が一定期間内に買い戻すもの)に相当する旨主張する(上記4の「原処分庁」欄の(3)のホ)。

    この点について民法は、不動産の買戻しについての詳細な規定を置いているものの、債権の買戻しについての規定はなく、債権の担保という点では、買戻しと実質的に同様の機能を果たす再売買の予約であると捉えることができるものとして、以下検討する。

    再売買の予約は、民法第556条《売買の一方の予約》の応用とされており、仮に、本件譲渡契約を再売買の予約であるとしたとしても、売主の予約完結の意思表示だけで、相手方の承諾なしに再売買が成立する売買の一方の予約の形をとるのが通常であるとされ、相手方の承諾(合意)により解約することを定めた本件譲渡契約書第11条の定めを再売買の予約の特約と同様にみることは相当ではない。

    仮に、相手方(買主)の承諾を要する再売買の予約が成立したとしても、そもそも、債権の本来の権利者(売主)が、債権の譲受人に対して債務の全額を履行して本来の権利者としての地位を回復しようとしたときに、相手方の承諾がないと回復できないというのであれば、到底、当該債権は担保の目的といえるものではない。譲渡担保は、実質的に弁済確保の手段として担保的に機能している制度として判例で認められているのであり、債務者がその債務を弁済して本来の地位を回復しようとしたとしても、譲渡担保権者の承諾なしには認められないのであれば、もはや担保的機能を果たすとはいえない。

    したがって、原処分庁の主張には理由がない。

    なお、原処分庁は、上記の主張のほか、1債権を目的とする売渡担保は、債権の取立権と弁済充当とを担保権者(買主)に与えるものであるため、債権の本来の権利者(売主)の買戻しはほとんど意味を持たないこと、2そのため、本件譲渡契約において、買戻条件が定められていないとしても、そのことのみをもって、売渡担保に該当しないこととはならない旨をも主張する。

    しかしながら、譲渡担保というためには、担保に係る債務を履行した場合に債務者がその目的物(譲渡担保財産)の返還を受ける権利、いわゆる受戻権が認められなければならないところ、売渡担保における買戻しはこの受戻権に相当するものであるから、譲渡担保の対象財産が債権である場合であっても買戻特約の有無が売渡担保においてほとんど意味を持たないとはいい難い。

    また、仮に原処分庁の1の主張を前提とした場合でも、債権の譲渡担保というためには、担保であることの当然の帰結として、譲渡担保権者に清算義務(譲渡担保の目的物である債権の回収額が担保に係る債権額を超過するとき、譲渡担保権者が債務者にその超過額を返還する義務)が確立されている必要があると解されるが、この観点からみても、上記ロのとおり、本件譲渡契約には請求人の清算義務に該当するものは認められないから、本件譲渡契約を譲渡担保契約とみることは相当でない。

  • ニ 真正売買性について

    原処分庁は、本件譲渡契約書には、請求人が基金等から回収することとなる金額が、一次払金を下回ることを防止し、本件滞納者が請求人に対して負う可能性がある債務は、請求人が相殺により優先弁済を受けられるようにするための、第6条第3項、第9条第4号及び第10条第6項の定めがあり、これらは一般的な売買契約には存在しないような定めであるから、本件譲渡契約は、真正な売買契約とは性質が異なるものである旨主張し(上記4の「原処分庁」欄の(3)のト)、加えて、そもそも、本件譲渡契約における取立委任は、請求人に買取手数料などの収入をもたらすものでもなく、一次払金を担保すること以外に意義を見出せない旨をも主張する。

    これらの主張は、本件譲渡契約書第6条第3項において取立委任債権に係る引渡債務との相殺が可能となる本件滞納者の未払債務は、一次払金の各支払の終了後に調整後不足額(実際に発生した診療報酬債権の額が一次払金に不足する場合のその不足額)が生じ、同第9条第4号に定める誓約違反を理由に債権譲渡が一部解除された場合に同第10条第5項に基づいて生じる原状回復義務に係るものであることを前提にするものと思われるが、その前提に立ったとしても、請求人の示す各定めは原状回復義務の履行方法を定めたものとみるのが相当であり、本件譲渡契約が将来債権の譲渡契約であることからすれば、そのような定めの存在が売買契約であることと矛盾するものではない。

    したがって、原処分庁の主張には理由がない。

  • ホ その他の原処分庁の主張について

    原処分庁は、本件譲渡契約が譲渡担保の性質を有することを示す事実として、1本件滞納者及び請求人の契約意思ないし合理的意思の解釈(上記4の「原処分庁」欄の(3)のロ)、2会計処理方法(上記4の「原処分庁」欄の(3)のハ)、3人的担保に関する定めの存在(上記4の「原処分庁」欄の(3)のニの(イ))を主張し、本件各債権の譲渡は、担保目的の譲渡である旨主張する。

    しかしながら、1本件譲渡契約を譲渡担保契約として締結したとする本件滞納者及び請求人の契約意思を裏付ける根拠は乏しいものといわざるを得ず、また、2本件譲渡契約に係る本件滞納者の会計処理が譲渡担保を前提としたものであったとしても、単なる会計処理の誤り若しくは本件譲渡契約に対する認識の誤りにすぎないということもでき、さらに、3本件譲渡契約上の人的担保に関する定めの存在が、どのように本件譲渡契約を譲渡担保契約と裏付ける理由となり得るのか判然とせず、これら原処分庁のいずれの主張も、上記認定を左右するに足りない。

    したがって、原処分庁の主張は採用できない。

(3) 結論

本件告知処分は、本件譲渡契約が、その実質は譲渡担保設定契約であって、本件各債権が譲渡担保財産であることを前提にされているところ、上記(1)のロのとおり、本件譲渡契約を譲渡担保設定契約とすべき根拠は認められず、違法な処分であるから、その全部が取り消されるべきである。また、本件告知処分を根拠として、徴収法第24条第3項の規定に基づき譲渡担保財産に対する滞納処分として行われた本件各差押処分及び本件各配当処分は、本件告知処分が取り消されることにより、その前提を欠くことになることが明らかであるから、その全部が取り消されるべきところ、上記2のとおり、本件各差押処分の取消しを求める審査請求並びに本件各配当処分の取消しを求める審査請求のうち、平成28年2月17日付、同月23日付及び同年3月16日付でされた各配当処分に係る審査請求については、不適法であるから却下することとなる。

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