(令和元年5月14日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の滞納国税を徴収するため、請求人が所有する不動産について差押処分をしたのに対し、請求人が、当該滞納国税の徴収権は当該差押処分時において時効により消滅しているとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

  • イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第72条《国税の徴収権の消滅時効》第1項は、国税の徴収権は、その国税の法定納期限から5年間行使しないことによって、時効により消滅する旨、同条第3項は、国税の徴収権の時効については、同法第7章《国税の更正、決定、徴収、還付等の期間制限》第2節《国税の徴収権の消滅時効》に別段の定めがあるものを除き、民法の規定を準用する旨それぞれ規定している。
  • ロ 国税徴収法(以下「徴収法」という。)第47条《差押の要件》第1項第1号は、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押さえなければならない旨規定している。
  • ハ 徴収法第54条《差押調書》第2号は、徴収職員は、滞納者の財産を差し押さえたときは、差押調書を作成し、その財産が債権であるときは、その謄本を滞納者に交付しなければならない旨規定している。
  • ニ 徴収法第62条《差押えの手続及び効力発生時期》第1項は、債権の差押えは、第三債務者に対する債権差押通知書の送達により行う旨規定している。
  • ホ 民法第147条《時効の中断事由》第2号は、時効は、差押えによって中断する旨規定している。
  • へ 民法第154条《差押え、仮差押え及び仮処分》は、差押えは、権利者の請求により又は法律の規定に従わないことにより取り消されたときは、時効の中断の効力を生じない旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ D社(現、E社。以下「本件法人」という。)と請求人は、平成13年11月28日、賃貸人を本件法人、賃借人を請求人、賃貸借物件をa市d町所在の建物4階部分(以下「本件物件」という。)、賃料(消費税込み)を月額391,072円、共益費(消費税込み)を月額75,206円、賃貸借期間を同年12月28日から平成16年12月27日までとする賃貸借契約(以下「平成13年契約」という。)を締結した。
     なお、平成13年契約には、賃借人は保証金として3,724,500円を賃貸人に預託する旨の条項が定められており(以下「本件保証金条項」という。)、請求人は、平成13年契約の締結に際し、本件保証金条項に基づく保証金として3,724,500円を本件法人に預託した(以下、本件保証金条項に基づき預託した保証金を「本件保証金」という。)。
  • ロ 本件法人とF(以下「本件賃借人1」という。)は、平成16年6月28日、賃貸人を本件法人、賃借人を本件賃借人1、賃貸借物件を本件物件、賃料(消費税込み)を月額391,072円、共益費(消費税込み)を月額75,206円、賃貸借期間を同年7月1日から平成19年6月30日までとし、本件保証金条項と同内容の条項を含む賃貸借契約(以下「平成16年契約」という。)を締結した。
     平成16年契約に係る賃貸借契約書において、請求人は、本件法人との間で、平成16年契約に係る本件賃借人1の債務を連帯して保証する旨を合意した。
  • ハ 平成16年契約の締結に際し、請求人は、本件法人に対し、「保証金の返却として」3,724,500円を領収した旨を記載した平成16年6月28日付領収証(以下「本件領収証」という。)を交付していた上、本件法人も、本件賃借人1に対し、本件賃借人1から平成16年契約に基づく保証金として3,724,500円の預託を受けた旨を記載した同日付の「預り証」と題する文書(以下「本件預り証」という。)を交付していた。
  • ニ 本件法人とG(以下「本件賃借人2」という。)は、平成19年7月1日、賃貸人を本件法人、賃借人を本件賃借人2、賃貸借物件を本件物件、賃料(消費税込み)を月額391,072円、共益費(消費税込み)を月額75,206円、賃貸借期間を同日から平成22年6月30日までとし、本件保証金条項と同内容の条項を含む賃貸借契約(以下「平成19年契約」という。)を締結した。
     平成19年契約に係る賃貸借契約書において、請求人は、本件法人との間で、平成19年契約に係る本件賃借人2の債務を連帯して保証する旨を合意した。
  • ホ 本件法人とH(以下「本件賃借人3」という。)は、平成21年7月31日、賃貸人を本件法人、賃借人を本件賃借人3、賃貸借物件を本件物件、賃料(消費税込み)を月額391,072円、共益費(消費税込み)を月額75,206円、賃貸借期間を同年8月1日から平成24年7月31日までとし、本件保証金条項と同内容の条項を含む賃貸借契約(以下「平成21年契約」という。)を締結した。
     平成21年契約に係る賃貸借契約書において、請求人は、本件法人との間で、平成21年契約に係る本件賃借人3の債務を連帯して保証する旨を合意した。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ J税務署長は、別表1記載の請求人の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)について、同表の各「督促年月日」欄記載のとおり、平成21年6月26日から同年9月25日までの間に、請求人に対し、通則法第37条《督促》第1項の規定に基づき、順次、督促状によりその納付を督促した。
  • ロ 原処分庁は、本件滞納国税について、平成21年7月23日から同年10月20日までの間に、通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、J税務署長から、順次、徴収の引継ぎを受けた。
  • ハ 原処分庁所属の徴収担当職員は、平成22年1月26日付で、本件滞納国税を徴収するため、徴収法第47条第1項、同法第54条第2号及び同法第62条第1項の各規定に基づき、請求人の本件法人に対する本件保証金の返還請求権(以下「本件被差押債権」という。)を差し押さえ(以下「平成22年差押処分」という。)、本件法人に債権差押通知書を送達した上、滞納者である請求人に差押調書の謄本を交付した。
  • ニ 原処分庁は、平成30年3月28日付で、本件滞納国税を徴収するため、徴収法第47条第1項並びに同法第68条《不動産の差押の手続及び効力発生時期》第1項及び第3項の各規定に基づき、別表2記載の各不動産の請求人の各共有持分を差し押さえ(以下「平成30年差押処分」という。)、平成30年3月29日受付で、平成30年差押処分に係る差押登記がされた。
  • ホ 請求人は、平成30年差押処分を不服として、平成30年6月26日に審査請求をした。

2 争点

本件滞納国税の徴収権の消滅時効は、平成22年差押処分によって中断したか否か。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
国税の滞納処分として行う債権差押処分は、被差押債権の存在を要件とするものではないから、被差押債権が存在していなかったとしても、当該処分が違法又は無効になることはない。したがって、本件被差押債権の存否が平成22年差押処分の違法又は無効の判断を左右することはなく、平成22年差押処分は、適法に行われているから、本件滞納国税の徴収権の消滅時効は、平成22年差押処分によって中断した。
 なお、以下の事情からすれば、本件被差押債権は平成22年差押処分時に存在していた上、原処分庁もその認識であったことは明らかであるから、その点でも、請求人の主張は理由がない。
民法第154条は、差押えが取り消されたときは、時効中断の効力を生じない旨規定しており、差押えが適法に行われていなければ、時効中断の効力は生じないところ、以下の事情によれば、本件被差押債権は平成22年差押処分の時点で既に消滅しており存在しなかった上、原処分庁も、そのことを認識していながら、殊更に本件被差押債権が存在すると称して、平成22年差押処分を行ったものであるから、平成22年差押処分は、違法又は無効である。したがって、平成22年差押処分によって、本件滞納国税の徴収権の消滅時効が中断することはない。
(1) 本件領収証及び本件預り証は存在するものの、本件法人の代表者が、平成22年1月頃、原処分庁に対し、本件保証金の返還等は実際には行っていない旨などを申述した上、平成30年3月に面接した際にも、同趣旨の申述をするとともに、本件被差押債権に係る債務につき同年11月9日付で「債務承認(確認)書」と題する文書を原処分庁に提出したこと。 (1) 平成13年契約の合意解除及び平成16年契約の締結に伴い、本件保証金が請求人に返還され、本件賃借人1が新たに保証金を預託したことは、本件領収証及び本件預り証から明らかであること(なお、原処分庁が指摘する本件法人の代表者の申述等は、現金の授受をしていない事実を述べたにすぎない。)。
(2) 本件法人に対して交付された、請求人作成の平成21年8月1日付「確約書」と題する文書、請求人及び本件賃借人2作成の同日付「保証金預託に関する確認書」と題する文書並びに請求人及び本件賃借人3作成の同日付「保証金預託に関する確認書」と題する文書(以下、これらの文書を併せて「本件確約書等」という。)には、請求人が本件被差押債権を有していることを前提にした記載があること。 (2) 本件確約書等は、客観的事実を記載したものでも請求人の認識を記載したものでもなく、その記載内容から、請求人が本件保証金を預託した状態が続いているとは認められないこと。

4 当審判所の判断

(1) 争点について

通則法第72条第1項及び民法第147条第2号の各規定によれば、国税の徴収権の消滅時効は、滞納処分による差押えによって中断するところ、請求人は、本件被差押債権が平成22年差押処分の時点で既に消滅しており存在しなかったことを理由にして、平成22年差押処分が違法又は無効であると主張する。
 そこで検討すると、徴収法等の関係法令には、被差押債権の存在を滞納処分による債権差押処分の要件とする旨の規定は存在せず、その存否を判断するために債務者や第三債務者を審尋すべきとする旨の規定も存在しない。また、仮に滞納処分による債権差押処分を行った場合に被差押債権が存在せず又は既に消滅していたとしても、それは結果的に債権差押処分の執行が功を奏しなかったというだけにすぎず、権利者による権利行使がなされたことに変わりはない。したがって、仮に被差押債権が存在せず又は消滅していたとしても、そのことによって債権差押処分が違法又は無効になるものではないと解するのが相当である。
 以上によれば、仮に本件被差押債権が平成22年差押処分の時点で既に消滅しており存在しなかったとしても、そのことによって平成22年差押処分が違法又は無効になることはない。そして、平成22年差押処分のその他の要件については、争点になっておらず、審判所の調査及び審理の結果によっても、平成22年差押処分は徴収法等の関係法令に基づいて適法に行われたものと認められるから、本件滞納国税の徴収権の消滅時効は、平成22年差押処分によって中断したと認めるのが相当である。

(2) 請求人の主張について

これに対し、請求人は、原処分庁が、請求人が本件被差押債権を有していないことを認識していながら、殊更にこれが存在すると称して平成22年差押処分を行ったことを理由にして、平成22年差押処分が違法又は無効であるとも主張する。
 確かに、本件領収証及び本件預り証がそれぞれ作成されているが、他方で、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、原処分庁所属の徴収担当職員は、平成22年差押処分を行うに当たり、本件法人の代表者と面談し、平成13年契約以降に賃借人が変更されたものの、本件保証金の返還は行っておらず、請求人が本件保証金を預託している旨の回答を受けたことが認められる上、他に原処分庁が本件被差押債権を存在しないことを認識しながら、あえて平成22年差押処分を行ったことを裏付けるに足りる証拠もないから、これを認めることはできない。
 したがって、請求人の主張は、その前提を欠くから理由がない。

(3) 平成30年差押処分の適法性について

上記(1)のとおり、本件滞納国税の徴収権の消滅時効は、平成22年差押処分によって中断したところ、当審判所の調査及び審理の結果によれば、その後に当該中断の事由が終了したことをうかがわせる事情も存在しないから、平成30年差押処分の時点で、本件滞納国税の徴収権の消滅時効は完成していなかったものと認められる。
 また、平成30年差押処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、平成30年差押処分は適法である。

(4) 結論

よって、審査請求は理由がないから、これを棄却することとする。

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