(令和元年5月28日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、サンゴ漁を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、サンゴ漁に係る所得は変動所得に該当し、平均課税制度の適用ができるとして、原処分庁に対し、所得税等の更正の請求をしたところ、原処分庁が、更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことから、請求人が、その処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令等

  • イ 変動所得に関するもの
    • (イ) 所得税法第2条《定義》第1項第23号は、変動所得とは、漁獲から生ずる所得、著作権の使用料に係る所得その他の所得で年々の変動の著しいもののうち政令で定めるものをいう旨規定している。
       上記規定を受け、所得税法施行令第7条の2《変動所得の範囲》は、所得税法第2条第1項第23号(変動所得の意義)に規定する政令で定める所得は、漁獲若しくはのりの採取から生ずる所得、はまち、まだい、ひらめ、かき、うなぎ、ほたて貝若しくは真珠(真珠貝を含む。)の養殖から生ずる所得、原稿若しくは作曲の報酬に係る所得又は著作権の使用料に係る所得とする旨規定している。
    • (ロ) 所得税基本通達2−30《漁獲の意義》(以下「本件通達」という。)は、所得税法施行令第7条の2に規定する漁獲とは、水産動物を捕獲することをいい、したがって、例えば、こんぶ、わかめ、てんぐさ等の水産植物の採取又はこい等の水産動物の養殖は、これに含まれない旨定めている。
  • ロ 平均課税に関するもの
     所得税法第90条《変動所得及び臨時所得の平均課税》第1項は、居住者のその年分の変動所得の金額及び臨時所得の金額の合計額(その年分の変動所得の金額が前年分及び前前年分の変動所得の金額の合計額の2分の1に相当する金額以下である場合には、その年分の臨時所得の金額)がその年分の総所得金額の100分の20以上である場合には、その者のその年分の課税総所得金額に係る所得税の額は、同項各号に掲げる平均課税の方法により計算する旨規定している(以下、同条の平均課税の計算方法による税額計算の仕組みを「平均課税制度」という。)。
     また、同条第4項は、同条第1項の規定は、確定申告書、修正申告書又は更正請求書に同項の規定の適用を受ける旨の記載及び同項各号に掲げる金額の合計額の計算に関する明細を記載した書類(以下「平均課税の計算書」という。)の添付がある場合に限り適用する旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 刺胞動物の仲間で骨格を持つものを「サンゴ」と呼び、その中で骨格が宝飾品に用いられるものが、いわゆる「宝石サンゴ」と呼ばれている。宝石サンゴは、生物学上は刺胞動物、花虫綱、八放サンゴ亜綱、ヤギ目に属している。
  • ロ d県の○○周辺海域では、岩礁地帯に生息する又は死亡して海底に堆積した宝石サンゴを網で絡め採る方法の漁業(以下「サンゴ漁」という。)が営まれている。
     請求人は、平成24年ないし平成27年の各年において、a市でサンゴ漁を営む個人事業者であった。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人は、平成26年分及び平成27年分(以下「本件各年分」という。)の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
  • ロ 原処分庁は、平成29年7月3日付で本件各年分の所得税等について、別表の「更正処分等」欄のとおり、各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
  • ハ 請求人は、平成30年2月26日に本件各年分の所得税等について、別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした(以下、これらの各更正の請求を「本件各更正の請求」といい、本件各更正の請求に係る各更正請求書を「本件各更正請求書」という。)。
     なお、本件各更正の請求に係る請求の理由は、サンゴ漁に係る所得は変動所得に該当するとして本件各年分の所得税等の額の計算について平均課税制度の適用を受けるというものであり、本件各更正請求書には平均課税制度の適用を受ける旨記載され、平均課税の計算書の添付がされていた。本件各更正の請求に係る本件各年分の総所得金額並びに平成24年分の総所得金額○○○○円及び平成25年分の総所得金額○○○○円は、全てサンゴ漁に係る所得金額である。
  • ニ 原処分庁は、平成30年5月30日付で本件各更正の請求に対して更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)をした。
  • ホ 請求人は、本件各通知処分に不服があるとして、平成30年6月20日に審査請求をした。

2 争点

請求人のサンゴ漁に係る所得は、変動所得に該当するか否か。

3 争点についての主張

請求人 原処分庁
以下の理由から、請求人のサンゴ漁に係る所得は変動所得に該当する。 以下の理由から、請求人のサンゴ漁に係る所得は変動所得に該当しない。
(1) 一般に漁獲とは水産物をとることであり、水産物とは海洋・河川・湖沼などから産するものと解される。そして、宝石サンゴは海洋から産するものであり水産動物(水産物)であるから、サンゴ漁は所得税法第2条第1項第23号に規定する「漁獲」(以下、本表において、単に「漁獲」という。)に該当する。 (1) サンゴ漁で捕獲する宝石サンゴは、成長している段階において生物学上、動物に分類されるものの、その生態は岩場に付着し、プランクトンを採取しながら枝状に成長するものであり、自ら移動することはないから、本件通達において、「水産動物を捕獲すること」に含まれない旨定めている「こんぶ、わかめ、てんぐさ等の水産植物」と同様の生態である。したがって、サンゴ漁は、漁獲には含まれない。
(2) 漁獲の意義に関する本件通達には、「漁獲とは、水産動物を捕獲することをいう」との記載はあるが、「生死」に関する記載はなく、採取の目的物の生死は、変動所得の要件ではない。仮にその生死が当該要件であったとしても、生きているときに水産動物であったものが死んだことによって、水産動物でなくなることはなく、魚などを捕獲した場合には、全て生きているとは限らないが生死を問わず漁獲に該当するのであり、宝石サンゴを採取した場合も同様であるから、サンゴ漁は漁獲に該当する。 (2) 宝石サンゴの採取に当たっては、採取網を海底に入れて、生木及び枯れ木を一括して採取するもので、採取されたものの大部分は死滅した枯れ木であるから、サンゴ漁は、本件通達に定める「水産動物を捕獲すること」には該当せず、漁獲には該当しない。
(3) 採取の目的は、変動所得の要件ではない。仮に採取の目的が変動所得の要件だとしても、宝石サンゴは水産動物であり、サンゴ漁は、水産動物である宝石サンゴの採取を目的としているから、サンゴ漁は漁獲に該当する。 (3) サンゴ漁は、水産動物の捕獲を目的としておらず、宝石サンゴの骨軸(無機鉱物)の採取を目的としていることからも、サンゴ漁は本件通達に定める「水産動物を捕獲すること」には該当せず、漁獲には該当しない。
(4) 自然現象によって漁獲高が変動することは、変動所得の要件ではない。仮に自然現象によって漁獲高が変動することが当該要件だとしても、サンゴ漁は、潮の流れなどの自然の影響を多分に受けるものであり、採取者の意思によって獲りたいときに簡単に獲れるものではないから、サンゴ漁は漁獲に該当する。 (4) 宝石サンゴは、他の水産動物とは異なり、天候等の自然現象によって漁獲高が大きく変動するものではなく、その採取者の意思によってその採取量を決定することができるものである。サンゴ漁による所得は、その採取者の意思やその需要に伴う相場の変動によって影響を受けることはあるものの、自然現象によって漁獲高が大きく変動するものではないから、サンゴ漁は、自然現象によって漁獲高が変動することを前提とする漁獲には該当しない。

4 当審判所の判断

(1) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人が営むサンゴ漁は、d県から「さんご漁業」の許可を得て、漁船で○○まで移動し、水深○○メートルの岩礁地帯に生息する又は死亡して海底に堆積した宝石サンゴを網で絡め採る方法により行うものである。
     宝石サンゴを確実に採取できる漁場というものはなく、網を実際に引き上げてみて初めて採取できたか否かが分かるものであり、採取しても質の高いものもあれば、低いものもある。
     請求人は、採取した宝石サンゴを○○において、販売している。
  • ロ ○○周辺海域における「さんご漁業」は、「d県漁業調整規則」又は「○○」により漁業者数の限度や操業期間及び操業時間の制限、漁獲量の上限が定められている。

(2) 検討

  • イ 変動所得の意義と沿革
    • (イ) 所得税法第90条第1項は、平均課税制度を規定するところ、同項に規定する「変動所得」とは、同法第2条第1項第23号の規定により、「漁獲から生ずる所得、著作権の使用料に係る所得その他の所得で年々の変動の著しいもののうち政令で定めるものをいう。」とされ、さらに、同号の規定の委任を受けた所得税法施行令第7条の2は、上記にいう「政令で定めるもの」として、「漁獲若しくはのりの採取から生ずる所得、はまち、まだい、ひらめ、かき、うなぎ、ほたて貝若しくは真珠(真珠貝を含む。)の養殖から生ずる所得、原稿若しくは作曲の報酬に係る所得又は著作権の使用料に係る所得とする。」旨規定している。
    • (ロ) 変動所得に係る平均課税制度は、いわゆるシャウプ勧告を受け、昭和25年度の税制改正で創設された制度である。当初、変動所得は、漁獲から生ずる所得、原稿及び作曲の報酬、著作権の使用料による所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得をいうものとされ、このような所得については、損益が年によって大きな差があり、ある年に集中的に生ずることが多いため、所得が集中した年においては累進税率により著しく高い税負担となることから、平均課税制度は、このような所得を数年間に均分した額によって課税することにより、税負担の軽減を図る趣旨で設けられたものである。
       その後、昭和41年の改正により、変動所得の対象に「のりの採取から生ずる所得」が加えられた。これは、変動所得として定義される「漁獲から生ずる所得」には、のりその他の海草の採取を含め水産養殖業から生ずる所得は含まれないと解されていたところ、のりの採取による所得については、水産養殖業から生ずる所得のうちでも特に変動性が著しい所得であることから、「漁獲から生ずる所得」のほかに、当該所得が変動所得として追加されたものである。
       さらにその後、水産養殖業から生ずる所得については、昭和48年の改正により「はまち及びかきの養殖から生ずる所得」が変動所得とされたのをはじめ、昭和49年の改正では「うなぎの養殖から生ずる所得」、昭和57年の改正では「ほたて貝及び真珠(真珠貝を含む。)の養殖から生ずる所得」、さらに、平成4年の改正では「まだい及びひらめの養殖から生ずる所得」が、順次、変動所得に追加されるなどし、現行の所得税法施行令第7条の2の規定、すなわち「漁獲若しくはのりの採取から生ずる所得、はまち、まだい、ひらめ、かき、うなぎ、ほたて貝若しくは真珠(真珠貝を含む。)の養殖から生ずる所得、原稿若しくは作曲の報酬に係る所得又は著作権の使用料に係る所得」を変動所得とする旨の規定に至っている。
  • ロ 「漁獲」の意義
     漁獲とは、一般に「水産物をとること」(広辞苑第7版)をいうところ、所得税法は、同法の規定にいう「漁獲」の意義について、特段の定義規定をおいていない。もっとも上記イの平均課税制度の趣旨やその後の変動所得の改正経緯に照らすと、同「漁獲」とは、水産物の捕獲又は採取を意味し、海草等の水産植物の採取や養殖(水産養殖)はこれに含まれないと解するのが相当である。
  • ハ サンゴ漁に係る所得の変動所得該当性
     サンゴ漁に係る所得は、所得税法第2条第1項第23号に規定する「原稿若しくは作曲の報酬に係る所得」又は「著作権の使用料に係る所得」には該当せず、また、所得税法施行令第7条の2に規定する「のりの採取から生ずる所得」、「はまち、まだい、ひらめ、かき、うなぎ、ほたて貝若しくは真珠(真珠貝を含む。)の養殖から生ずる所得」のいずれにも該当しないから、サンゴ漁に係る所得が変動所得に該当するか否かは、当該所得が所得税法第2条第1項第23号に規定する「漁獲から生ずる所得」に当たるか否かにより決せられることとなる。
     この点、所得税法第2条第1項第23号に規定する「漁獲」とは、上記ロのとおり、水産物の捕獲又は採取を意味し、海草等の水産植物の採取や養殖(水産養殖)はこれに含まれないと解すべきであり、水産動物の捕獲又は採取を対象としていることにほかならないところ、宝石サンゴは、上記1の(3)のイ及び上記(1)のイのとおり、海中から採れる水産物(生物学上は動物に分類される。)であることは明らかであって、サンゴ漁は、水産動物の捕獲又は採取にほかならず、同号に規定する「漁獲」に該当する。したがって、サンゴ漁に係る所得は、同号に規定する「漁獲から生ずる所得」に該当するというべきである。 
  • ニ 小括
     以上によれば、サンゴ漁に係る所得は、所得税法第2条第1項第23号に規定する「漁獲から生ずる所得」として、同号が定義する変動所得に該当し、平均課税制度の適用対象とされるべきである。

(3) 原処分庁の主張について

  • イ 原処分庁は、上記3の「原処分庁」欄の(1)ないし(3)のとおり、宝石サンゴは自ら移動せず水産植物と同様の生態であること、採取された宝石サンゴのほとんどは死滅した枯れ木であること、また、サンゴ漁の目的は宝石サンゴの骨軸を採取するというものであることから、サンゴ漁は、本件通達にいう「水産動物を捕獲すること」には該当せず、漁獲には該当しない旨主張する。
     しかしながら、上記(2)のハのとおり、サンゴ漁に係る所得については、水産動物の捕獲又は採取から生ずる所得とみるのが相当であり、採取された宝石サンゴの一部が死滅していることや漁の目的が宝石サンゴの一部(骨軸)を採取することにあることを理由として「漁獲」又は「漁獲から生ずる所得」から除外することはできないというべきであり、原処分庁の上記主張には合理的な根拠は見当たらない。
     したがって、原処分庁の上記主張には理由がない。
  • ロ 原処分庁は、上記3の「原処分庁」欄の(4)のとおり、宝石サンゴは他の水産動物とは異なり、天候等の自然現象によって漁獲高が大きく変動するものではなく、その採取者の意思によってその採取量を決定することができるものであり、また、サンゴ漁に係る所得の変動要因はその需要に伴う相場の変動であるから、サンゴ漁は、自然現象によって漁獲高が変動することを前提とする漁獲には該当しない旨主張する。
     しかしながら、上記(2)のハのとおり、サンゴ漁に係る所得が変動所得に当たるか否かは、専ら「漁獲から生ずる所得」に該当するか否かによって決まるのであって、「漁獲」が水産物の捕獲又は採取を意味し、海草等の水産植物の採取や養殖(水産養殖)はこれに含まれないと解され、水産動物の捕獲又は採取を対象としていることにほかならないのであるから、その判断に当たって、採取高の変動の有無、採取量の決定方法、所得の変動要因等、その業種業態に特有の事情が考慮されなければならないとする合理的な理由は、上記(2)の変動所得に関する各規定の条文又はその解釈からは見出し難い。
     また、サンゴ漁に係る所得は、相場の変動に左右されやすいものであるとしても、上記(1)のイのとおり、請求人の営むサンゴ漁の実態を踏まえると、自然的条件や偶然性から来る品質の良し悪しも価格に反映し、所得の変動要因とならないとはいえず、また、同ロのとおり、サンゴ漁には、漁業者数の限度、操業期間及び操業時間の制限並びに漁獲量の上限に係る制約が定められており、漁業者の意思によって自由にその漁獲量を決定することができるものではない。 したがって、原処分庁の上記主張には理由がない。

(4) 本件各通知処分の適法性について

上記(2)のニのとおり、請求人のサンゴ漁に係る所得は、所得税法第2条第1項第23号に規定する変動所得に該当する。そして、本件各更正の請求に係る総所得金額については、当事者双方に争いはないところ、上記1の(4)のハのとおり、請求人の本件各年分の総所得金額は、全てサンゴ漁に係る所得金額であるため、請求人の本件各年分の総所得金額と変動所得の金額とは同額である。したがって、平成26年分の変動所得の金額○○○○円(平成24年分及び平成25年分の変動所得の金額の合計額の2分の1に相当する金額○○○○円を超える。)は、平成26年分の総所得金額の100分の20以上であり、また、平成27年分の変動所得の金額○○○○円(平成25年分及び平成26年分の変動所得の金額の合計額の2分の1に相当する金額○○○○円を超える。)は、平成27年分の総所得金額の100分の20以上であることから、同法第90条第1項の要件を満たしている。さらに、本件各更正請求書には、平均課税制度の適用を受ける旨の記載及び平均課税の計算書の添付があることから、同条第4項の要件を満たしており、平均課税制度が適用される。以上を基に、請求人の本件各年分の所得税等の額について、同条に規定する平均課税制度を適用して計算すると、納付すべき税額は、平成26年分が○○○○円、平成27年分が○○○○円となり、本件各更正の請求における納付すべき税額と同額となる。
したがって、本件各更正の請求は、その更正をすべき理由があることから、本件各通知処分は違法であり、いずれもその全部を取り消すべきである。

(5) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分の全部を取り消すこととする。

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