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(平9.3.10裁決、裁決事例集No.53 234頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成4年分の所得税について、確定申告書(分離課税用)に総所得金額を3,631,385円(内訳、農業所得の金額238,385円、給与所得の金額3,393,000円。以下同じ。)、分離課税の長期譲渡所得の金額を零円、還付金の額に相当する税額を8,700円と記載して、法定申告期限までに申告した。
 なお、この申告書の「特例適用条文」欄にはその特例適用条文を記載しなかった。
 次いで、請求人は、総所得金額を3,631,385円、分離課税の長期譲渡所得の金額を零円、還付金の額に相当する税額を8,700円とする修正申告書を平成6年6月27日に提出した。
 なお、この申告書の「異動の理由」欄に「代替の精算及び租税特別措置法第33条の4の適用」と表示した。
 原処分庁は、これに対し、平成6年11月8日付で総所得金額を3,631,385円、分離課税の長期譲渡所得の金額を33,580,850円、納付すべき税額を5,028,300円とする更正処分及び過少申告加算税の額を729,500円とする賦課決定処分をした。
 請求人は、これらの処分を不服として、平成6年12月26日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成7年3月3日付でいずれも棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成7年3月20日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 更正処分について
(イ)請求人は、共有するP市R町7番12所在の土地690.14平方メートル(以下「本件土地」という。請求人の持分は2分の1。)が一般国道○号(○×バイパス)改築工事(以下「本件事業」という。)の用地としてM県収用委員会の平成3年12月21日付収用裁決に基づき起業者である建設大臣(以下「起業者」という。)に収用されたことに係る譲渡所得(以下「本件譲渡所得」という。)の長期譲渡所得の金額の計算上、租税特別措置法(平成7年法律第55号による改正前のもの。以下「措置法」という。)第33条の4《収用交換等の場合の譲渡所得等の特別控除》第1項の規定による特例(以下「本件特例」という。)を適用して申告した。
 原処分庁は、これに対し、本件土地は、措置法第33条の4第3項第1号に規定する公共事業施行者からの最初の買取りの申出の日から6月を経過する日までに譲渡されなかったので、本件譲渡所得に係る長期譲渡所得の金額の計算上、本件特例の適用は認められないとして更正処分をした。
 しかしながら、措置法第33条の4第3項第1号は、土地収用法等の規定に基づく個人の有する資産の収用等による譲渡が、公共事業施行者からその資産について最初に買取り、消滅、交換、取壊し、除去又は使用(以下「買取り等」という。)の申出があった日から6月を経過した日までになされなかった場合には、当該資産について本件特例を適用しない旨規定しているが、買取り等の申出が信義誠実に従って行われず、民法その他の法律に違反し又は措置法第33条の4第1項の立法趣旨に照らして著しく不当であるという特段の事情がある場合には、当該買取り等の申出は、同条第3項第1号に規定する買取り等の申出には当たらないと解すべきであるから、当該買取り等の申出から経過した期間に関係なく、本件特例の適用を認めるべきである。
 そして、起業者の代行買収者であるP市土地開発公社(以下「開発公社」という。)によってなされた本件土地の買取りの申出には、次のとおり、信義誠実に従って行われず、民法その他の法律に違反し又は措置法第33条の4第1項の立法趣旨に照らして著しく不当であるという特段の事情があるので、本件譲渡所得に係る長期譲渡所得の金額の計算上、本件特例の適用を認めるべきであるから、更正処分は違法である。
A 開発公社は、請求人及び請求人と生計を一にしている実父であるN(以下「N」といい、請求人と併せて「Tら」という。)に対して、昭和61年8月13日付の「一般国道○号(○×バイパス)改築工事公共事業用資産の買取り等の申出証明書及び損失補償協議書の交付について(通知)」と題する通知書(以下「証明書等交付通知書」という。)、同日付の「損失補償協議書」(以下「本件補償協議書」という。)及び「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」(以下「本件買取申出証明書」という。)を郵送し、Tらは、これら通知書等を同月14日に受領した。
B しかしながら、Tらは、本件買取申出証明書に買取りの申出の日であると記載されている昭和61年8月13日に、開発公社の職員と会ったことはなく、買取りの申出を受けたこともないから、本件買取申出証明書は虚偽文書であり、また、Tらは、本件補償協議書を受領する以前に、本件土地について、開発公社との間で単価や買取価格の指標となる指数を定める協議等(以下「損失補償協議」という。)を行ったことはないから、本件補償協議書も虚偽文書であり、刑法第156条《虚偽公文書作成》に該当する。
C 開発公社は、損失補償協議を行わないうちから、本件買取申出証明書をTらに送り付けることによって、本件土地について買取りの申出があったとしているが、公共事業に用いるため資産を任意に買収する場合には、土地所有者との間で損失補償協議が妥結して契約が成立した後に税務署に対する申告用の書類として「公共事業用資産の買取り等申出証明書」(以下「買取り等申出証明書」という。)を交付するのが一般的であるから、このことはTらに対する差別であり、憲法第14条に違反する。
D 開発公社は、最初に買取り等の申出があった日から6月を経過する日までに当該資産が譲渡されないと本件特例が適用されないことを悪用し、損失補償協議を行わないうちから、虚偽文書である本件買取申出証明書をTらに送り付けることによって、本件土地について買取りの申出があったとし、その6月のうちに本件土地を譲渡しないと本件特例が適用されなくなることのみを強調し、本件土地の買取りについて真剣に協議しようとはせず、常にし意的な態度に終始し、権力をかさに着て、強引に契約を迫ったのは、刑法第158条《偽造公文書行使等》に該当し、また、刑法及び民法第1条の規定する基本原則に照らして違法である。
E Q市S地区は、本件事業の用地買収において、その市街化調整区域が市街化区域の指数100に対して90の指数で買収されているにもかかわらず、同じ市街化調整区域である本件土地に対しては、わずか34という極めて低い指数が提示されており、著しく均衡を欠き、不当である。
(ロ)異議審理庁は、異議決定書の理由において、開発公社が請求人と個別に交渉した際、本件土地の買取りを申し入れたところ、代理人であるNは価格が安いとして1坪当たり550,000円でなければ譲渡しないと申し立て、これを拒否したと記載しているが、Nは、開発公社と個別交渉を行ったことはなく、1坪当たり550,000円でなければ譲渡しないと拒否した事実はない。
(ハ)原処分庁は、答弁書において、開発公社が昭和59年から本件事業に対する協力依頼を始めており、昭和61年7月24日には個別に協力依頼をするなど、再三にわたり、任意で売買契約を締結するよう要請し、損失補償額も増額を提示しているから、これらの交渉経過を考慮すれば、開発公社が請求人に対して有無を言わせず契約締結を迫るというような著しく違法、不当な買取りの申出を行ったことはなかった旨主張しているが、その買取りの申出の日時、場所を全く明示せず、そのような事実を認定した具体的な根拠も明らかにしないのは信ぴょう性がないばかりか、開発公社は、最初に買取り等の申出をした日から6月を経過する日までに当該資産が譲渡されないと本件特例が適用されないことを悪用し、損失補償協議を行わないうちから、虚偽文書である本件買取申出証明書をTらに送り付けることによって、本件土地について買取りの申出があったとし、その6月のうちに本件土地を譲渡しないと本件特例が適用されなくなることのみを強調し、本件土地の買取りについて真剣に協議しようとはせず、常にし意的な態度に終始し、権力をかさに着て、強引に契約を迫ったものであり、著しく違法、不当な買取りの申出であったと請求人が主張しているにもかかわらず、原処分庁は何ら説明もしていない。
 また、答弁書において、開発公社が再三にわたり任意の売買契約締結に応ずるよう要請したと記載しているが、この事実が最初の買取りの申出があったと主張する昭和61年8月13日から6月後の昭和62年2月12日の間のことであるならば、これは事実に反する。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について
 上記イのとおり、更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、これに伴い過少申告加算税の賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により、いずれも適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 更正処分について
(イ)本件特例の適用の可否
A 本件事業の用地買取りに係る交渉経過について調査したところ、次の事実が認められる。
(A)開発公社は、昭和59年から、用地測量の説明会において本件事業に対する協力依頼を行い、その後、損失補償協議を開始した。
 一方、請求人ら地権者は地権者会を結成し、用地交渉一切を役員に委任したが、当該地権者会の役員は、上記損失補償協議に全く参加しようとせず、交渉はまとまらなかった。
(B)開発公社は、昭和61年7月24日、Nに対し、本件土地を売り渡してくれるよう個別に協力を依頼したところ、Nは、1坪当たり550,000円でなければ売り渡さないと申し立て、価格が安いと協力を拒否した。
(C)開発公社は、昭和61年8月13日、請求人に対し、買取物件を本件土地と特定し、買取価格を43,961,918円(請求人の持分2分の1)と具体的に明示した本件補償協議書を郵送した。
 その際、開発公社は、買取りの申出の日を昭和61年8月13日と記載した本件買取申出証明書を同封した。
 なお、本件補償協議書等は、昭和61年8月14日に送達された。
(D)開発公社は、その後においても、Nに対し、再三にわたり、任意に本件土地の売渡しに応じるよう要請したが、Nは、全く応じようとしなかった。
(E)建設省○○建設局M国道工事事務所(以下「国道工事事務所」という。)は、平成3年2月19日付の「損失補償協議書」により、請求人に対し、最終補償額70,394,280円(請求人の持分2分の1)を提示して、任意に売渡しに応じるよう要請したが、請求人の同意を得られなかったため、同年3月11日、M県収用委員会に対し、収用裁決を申請した。
(F)M県収用委員会は、平成3年12月21日、本件土地に対する損失補償金額は加算金を含め72,801,788円(請求人の持分2分の1)が相当であると判断した。
B ところで、措置法第33条の4第3項第1号は、本件特例の適用を受けるためには、収用等される資産について、最初に買取り等の申出のあった日から6月以内にその資産を譲渡することが要件の一つである旨規定しているが、この買取り等の申出は、公共用地の取得とはいえ、あくまで私法上の売買契約の申込みであって特段の拘束力を持つものではなく、この買取り等の申出がなされた後も、土地所有者は公共事業施行者と売買条件に関して交渉することができると解されている。
 そして、本件特例は、公共事業施行者の事業遂行を円滑かつ容易にするため、資産の早期譲渡に協力した者に対してのみ、その補償金に対する所得税について特別の優遇措置を講じ、もって公共事業用地の取得の円滑化を図るという趣旨で立法化された極めて政策的な考慮に基づくものであるから、買取り等の申出に買取物件の特定及びその対価が明示されていれば、その申出は措置法第33条の4第3項第1号に規定する買取り等の申出に該当するものと解されている。
C 以上の事実等を総合して判断すると、次のとおりである。
(A)本件土地の買取りの申出の日は、本件買取申出証明書及び本件補償協議書が請求人に送達された日が昭和61年8月14日であるから、意思表示の一般基準である到達主義によれば、同日となる。
(B)開発公社は、昭和59年から本件事業に対する協力依頼を始め、昭和61年7月24日から個別に協力依頼をし、その後においても再三にわたり任意の契約を要請し、損失補償額も増額して提示しており、これらの交渉経過等を考慮すれば、開発公社の本件土地に対する買取りの申出が、請求人が主張するように、請求人に対し有無を言わせず契約の締結を迫ったというような著しく違法又は不当なものであったとは認められない。
(C)したがって、昭和61年8月14日には、措置法第33条の4第3項第1号に規定する最初の買取り等の申出があったと認められ、その日から6月を経過した日までに譲渡されていない本件譲渡所得に係る長期譲渡所得の金額の計算において、本件特例の適用を認めることはできない。
(ロ)請求人は、異議審理庁の異議決定書又は原処分庁の答弁書には、Nが1坪当たり550,000円でなければ譲渡しないと発言したと認定した根拠及び開発公社が再三にわたり任意で売買に応じるよう要請したと認定した根拠が明らかにされていないから、更正処分は違法である旨主張するが、税務調査の及ぶ範囲で収集した資料に基づき、上記(イ)のAのとおり判断したものであり、具体的な資料については、守秘義務に抵触するので、明らかにすることはできない。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について
 更正処分により増加した納付すべき税額の計算の基礎となった事実には、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する過少申告加算税を賦課しない場合の正当な理由があるとは認められず、また、過少申告加算税の額は、更正処分により増加した納付すべき税額を基礎として、同条第1項及び第2項の規定に従い正しく計算されているから、過少申告加算税の賦課決定処分も適法である。

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3 判断

(1)更正処分について

イ 本件譲渡所得に係る長期譲渡所得の金額の計算上本件特例の適用が認められるか否かについて争いがあるので、以下審理する。
(イ)次のことについては、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によっても、その事実が認められる。
A 本件土地は、元はNの所有であったが、昭和60年5月27日、その持分2分の1が請求人に贈与され(同年6月5日付で所有権一部移転登記)、請求人とNの共有となった。
B 起業者の代行買収者である開発公社はTらに対して本件買取申出証明書、本件補償協議書及び証明書等交付通知書を郵送し、これらは昭和61年8月14日に送達された。
C 本件土地は、M県収用委員会の平成3年12月21日付の収用裁決により平成4年2月29日に収用された。
(ロ)請求人提示資料、原処分関係資料及び当審判所が調査したところによれば、次の事実が認められる。
A 国道工事事務所及びP市(P市建設部バイパス建設室)は、本件土地を含む◎◎地区(P市W町地内から同市X町一丁目地内まで)の代表者との間で、用地測量、都市計画等の見直し等について協議を重ねた後、公平かつ公正に損失補償協議を行うべく本件事業のうちP市W町地内から同市Y町地内までの2.5キロメートル区間(以下「2.5キロメートル区間」という。)についてこれを一括して行うこととし、昭和59年12月5日から昭和60年9月10日までの間、10数回にわたり、◎◎地区の地権者に対し、役員を選出して上記協議に参加するよう申し入れた。Nはその多くの際に立ち会っていた。
 ところが、◎◎地区の地権者は、単独協議を望み、2.5キロメートル区間一括の損失補償協議には応じられないとして、○×バイパス第二工区地権者会(Nはその役員の一人である。以下「第二工区地権者会」という。)を結成し、市街化区域、市街化調整区域、農業振興地域間で同等の補償をすることが認められない限り一切の交渉を中止する旨の意見書及び用地買収交渉一切の権限を委任されたが意見書の主張が受け入れられない限り損失補償協議には参加しない旨の第二工区地権者会役員名の通知書をP市長あてに提出するなどした。
 なお、国道工事事務所は、昭和60年4月1日、2.5キロメートル区間について、用地の先行取得を開発公社にゆだねることにした。
B 国道工事事務所及びP市は、昭和60年9月14日、2.5キロメートル区間一括の損失補償協議を開始するとともに、以降、第二工区地権者会の役員に対し、協議開催の通知を行うとともに、個別に訪問するなどして上記損失補償協議の進行状況を説明し、損失補償協議へ参加して意見を述べるよう説得したが(Nも、昭和60年9月24日、同年11月8日、同月22日、同年12月16日、訪問を受けて説得を受けた。)、第二工区地権者会の役員は、言いたいことは意見書で既に述べた、◎◎地区の指数が低すぎる、他の地区は◎◎地区を低く見すぎているので一緒の席につけばけんかになる、総会で決まった以上参加できないなどとしてこれに応じなかった。
C 国道工事事務所及びP市は、昭和61年6月30日、2.5キロメートル区間の指数及び標準地価格を決定した。
 開発公社は、昭和61年7月1日から全地権者に対し、用地買取りのため個別交渉に入り、請求人については、同月24日にZ宅において、Nに対して本件土地の買取価格を提示し、買取りの申出から6月内に譲渡しないと本件特例の適用は受けられないから、協力してほしい旨説得したが、Nは、「1坪当たり550,000円だ。」、「収用法で事業認定されてから建設省と裁判をしても争う。」、「買取りの申出の時期はいつなのか。書類は本人あてどのように届けるのか。また、この書類の受取を拒否したらどうなるのか。」などと説得には応じなかった。
D 開発公社は、昭和61年8月13日付で◎◎地区の全地権者に対し、買取り等申出証明書、損失補償協議書及び証明書等交付通知書を郵送した。
 Tらに対する本件補償協議書には、本件土地を特定した上で、本件事業のため必要な土地等の取得に伴う損失補償について、43,961,918円(請求人の持分2分の1)をもって本件土地の取得金額としたい旨が、本件買取申出証明書には、同じく本件土地を特定した上で、開発公社がTらに対し昭和61年8月13日本件事業のために本件土地の買取りの申出をした旨が、証明書等交付通知書には、買取り等申出証明書は買取り等の申出をした都度作成し相手方に交付するものであり、開発公社はTらに対し、本件買取申出証明書に記載された年月日に買取りの申出をし、その損失補償金額は、本件補償協議書に記載されているとおりである旨が記載されている。
 開発公社は、本件買取申出証明書に買取りの申出の日と記載された昭和61年8月13日に請求人と会ってはいない。
E 本件補償協議書に記載された本件土地の損失補償額は、「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準(昭和38年3月20日建設省訓第5号)」及び「土地評価事務要領(昭和41年10月20日建設省厚発59号建設事務次官から各地方建設局長、北海道開発局長あて)」等(以下「公共事業損失補償基準等」という。)によるものである。
F 開発公社は、昭和61年8月22日、請求人宅を訪れ、Nに対し、開発公社による買取りに応じるよう要請したが、Nは、「買取りの申出は脅かしの一つだ。」、「土地収用法では代替地のあっせんまであり、残地補償まである。残地補償をどうするのか。建設省の計算では雀の涙だ。土地収用法なら多額の補償が出る。」などと述べ、これに応じなかった。
G 第二工区地権者会の役員は、昭和61年8月27日、P市が同地権者会との単独協議に応じなかったこと、役員に交渉を委任してあることを知りながら、一方的に価格を提示して個別交渉に入り、すぐに買取り等申出証明書を送付して契約の締結を強要したことは、不法行為に当たる旨の意見書をP市長あてに送付するとともに、昭和62年1月12日、国道工事事務所、P市及び開発公社に対し、同地権者会との単独協議に応じなかったこと、◎◎地区の指数がQ市の例や他地区の例と比べて低いこと、話合いがつかない前に買取り等申出証明書を送付したことを抗議した。
H 開発公社は、昭和62年1月14日、同月20日、同月26日、同年2月10日、同月12日、P市◎◎農業協同組合本所(現、P市農業協同組合◎◎支所。)に会場を設け、「○×バイパス用地売買契約の受付について」と題する通知書を各地権者に送付するなどして、用地売買契約の受付を行うとともに、各地権者との個別交渉を引き続き行った。
 第二工区地権者会の役員は、上記受付の際、P市◎◎農業協同組合本所で待機し、契約に応じようとした地権者を契約に応じないよう説得するなどした。
 開発公社は、昭和62年1月27日、請求人宅を訪れ、Nに対し、開発公社による買取りに応じるよう申し入れるとともに、第二工区地権者会で総会を開き、本件特例の適用を受けることを選択する者を区分けしてほしい旨要請したが、Nは、買取価格について納得しないからではなく、一方的に買取価格を提示した国家権力に対抗するため訴訟を行うつもりであり、各地権者から委任を受けた役員と話し合う気がなければ訴訟をせざるを得ない、税金の負担分は役員が応分負担すればよい、総会を開くつもりはないなどとして、これらに応じなかった。
 開発公社は、昭和62年2月12日、上記用地売買契約の受付会場に来室したNほか1名に対し、開発公社による買取りに応じるよう申し入れたが、Nは、1坪当たり350,000円を出せば同月13日中に地権者全員を買取りに応じさせる、そうでなければ、翌日から1坪当たり550,000円でなければ買取りには応じない、裁判になっても1坪当たり550,000円であれば勝てる見込みがある旨述べ、これに応じなかった。
I ◎◎地区における昭和62年2月12日時点での契約件数は、全体で62件(42,300平方メートル)のうち21件(11,050平方メートル)であった。
J 国道工事事務所及びP市は、最終協議額である損失補償額を提示して、その説明をしようと、平成3年2月16日、請求人宅を訪れ、請求人に面談したが、請求人は「説明は父にしてくれ。」と述べ、これに応じようとはしなかった。
K 国道工事事務所は、平成3年2月19日付で、本件土地の取得に伴う損失補償額を70,394,280円、同額を土地収用法による収用等以外の方法による土地等取得等のための最終協議額とする旨が記載された損失補償協議書を請求人らに対して送付した。
L 本件土地に係る土地収用事件において、Tら及び第二工区地権者会は、本件土地に対する損失補償額をおよそ238,817,300円(1坪当たり1,141,938円)と、起業者は70,394,280円と主張し、M県収用委員会は、平成3年12月21日付収用裁決で、本件土地を宅地見込地と判定した上で、不動産鑑定士の鑑定価格及び現地調査の結果等を総合的に検討し、これを72,793,759円(請求人の持分2分の1)とした。
(ハ)国道工事事務所の担当者である用地課用地第一係長Aは、当審判所に対し、本件補償協議書の損失補償額と上記(ロ)のJの損失補償額との開差は価格算定時点の違いによるものである旨答述している。
(ニ)ところで、公共事業施行者からの買取り等の申出は、公共用地の取得とはいえ、あくまでも私法上の売買契約の申込みであって特段の拘束力をもつものではなく、土地所有者は当該施行者と交渉することができるものと解されること、また、本件特例の趣旨は、公共事業施行者の事業遂行を円滑かつ容易にするため、資産の早期譲渡に協力した者に対してのみ、その補償金に対する所得税について特別の優遇措置を講じ、もって公共事業用地の取得の円滑化を図る極めて政策的な規定と解されることにかんがみると、たとえ買取りの申出の価格が鑑定の結果等に照らして客観的に低額であったとしても、買取物件の特定及びその対価が明示されていれば、措置法第33条の4第3項第1号に規定する買取り等の申出に該当するものと解するのが相当である。
 また、公共事業施行者からの買取り等の申出の方式について、相手方に面接して行わねばならない旨を定めた法令の規定は存しないから、買取物件を特定し、対価を明示した損失補償協議書等を相手方に送達することによって買取り等の申出を行ったとしても違法とはいえず、この場合にはその送達があったときに買取り等の申出があったと解するのが相当である。
(ホ)そこで、以上の事実等に基づき、本件土地について公共事業施行者から最初に買取りの申出があった日について判断すると、本件土地を特定し、買取価格を明示した本件買取申出証明書及び本件補償協議書が昭和61年8月14日に請求人に送達されており、本件補償協議書の損失補償額は、平成3年2月19日付の損失補償協議書の損失補償額や、同年12月21日付M県収用委員会の収用裁決の損失補償額を下回るものの、このことは公共事業施行者からの買取りの申出であることを否定する理由とはならないから、本件土地について公共事業施行者から最初に買取りの申出があった日は、昭和61年8月14日と認めるのが相当である。
(ヘ)請求人は、買取り等の申出が信義誠実に従って行われず、民法その他の法律に違反し又は措置法第33条の4第1項の立法趣旨に照らして著しく不当であるという特段の事情がある場合には、当該買取り等の申出は、同条第3項第1号に規定する買取り等の申出には当たらないと解すべきであるから、当該買取り等の申出から経過した期間に関係なく、本件特例の適用を認めるべきであり、開発公社によってなされた本件土地の買取りの申出には、信義誠実に従って行われず、民法その他の法律に違反し又は措置法第33条の4第1項の立法趣旨に照らして著しく不当であるという上記2の(1)のイの(イ)のBないしEのとおりの特段の事情がある旨主張する。
 そこで、上記特段の事情があるか否かについて、上記(イ)ないし(ハ)の事実等に基づき判断すると、確かに、(a)Tらは、本件買取申出証明書に買取りの申出の日であると記載された昭和61年8月13日に開発公社の職員と会ったことがないこと、(b)Tらは、本件補償協議書を受領する以前に本件土地の買取りについて損失補償協議を国道工事事務所又はP市との間で行ったことがないこと、(c)開発公社は、Tらに本件買取申出証明書等を送付したことで、本件土地について買取りの申出があったとし、その送付後6月のうちに本件土地を譲渡しないと本件特例が適用されなくなるから、本件土地の買取りに応じるよう要請したこと、(d)標準地価格を100とした場合の本件土地に対して提示された指数が34であることは、請求人の主張のとおりである。
 しかしながら、本件買取申出証明書及び本件補償協議書の送達をもって公共事業施行者からの買取りの申出と認めるべきことは上記(ホ)のとおりであって、これらが虚偽文書であるとはいえず、また、本件買取申出証明書及び本件補償協議書を受領する以前に損失補償協議が請求人と国道工事事務所又はP市との間で行われなかったのは、上記(ロ)のとおり、国道工事事務所又はP市が2.5キロメートル区間の損失補償協議を公平かつ公正に行うためなどの理由から2.5キロメートル区間一括の損失補償協議を行おうとしたのに対し、請求人ら◎◎地区の地権者は第二工区地権者会を結成して、同地権者会との個別協議を要求し、市街化区域、市街化調整区域、農業振興地域間での同等の補償が受け入れられ、本件土地を含む◎◎地区の指数が高くならない限り、協議に一切参加しないという態度を強硬に貫いたためであり、開発公社は、2.5キロメートル区間の標準地価格及び指数を決定した後、Nに対し個別交渉を試みており、請求人は本件土地の買取交渉をNにゆだねていたと認められること、また、買取りの申出の価格が鑑定の結果等に照らして客観的に低額であったとしても、措置法第33条の4第3項第1号に規定する買取り等の申出として欠けるものではないことは上記(ニ)のとおりであり、本件補償協議書の損失補償額は、上記(ロ)のEのとおり、公共事業損失補償基準等によるものであることからすると、本件土地の買取りの申出に、信義誠実に従って行われず、民法その他の法律に違反し又は措置法第33条の4第1項の立法趣旨に照らして著しく不当であるという特段の事情があるとは認められない。
 なお、請求人は、(a)本件買取申出証明書及び本件補償協議書は虚偽文書であり、刑法第156条に該当する、(b)開発公社は、損失補償協議を行わないうちから、本件買取申出証明書をTらに送り付けることによって、本件土地について買取りの申出があったとしたことが、Tらに対する差別であり、憲法第14条に違反する、(c)開発公社が本件買取申出証明書及び本件補償協議書を利用して買取り等の申出があったとし、6月を経過する日までに当該資産が譲渡されないと本件特例が適用されないとして、本件土地の買取りについて真剣に協議しようとはせず、常にし意的な態度に終始し、権力をかさに着て、強引に契約を迫ったのは、刑法第158条に該当し、また、刑法の基本原則等に照らして違法であると刑法、憲法の各条項違反を主張するが、当審判所は、原処分庁の行った処分が違法又は不当なものであるか否かを判断する機関であって、請求人のこれらの主張を判断することは、当審判所の権限外のことであり、いずれも審議の限りではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ト)そうすると、上記(ホ)のとおり、公共事業施行者からの買取りの申出の日が昭和61年8月14日、上記(イ)のとおり、本件土地が収用されたのが平成4年2月29日であって、最初の買取り等の申出の日があった日から6月を経過する日までに本件土地の譲渡が行われていないことから、本件譲渡所得に係る長期譲渡所得の金額の計算上、本件特例の適用を認めることはできないこととなる。
ロ 請求人は、異議審理庁が、異議決定書の理由において、開発公社が個別に交渉した際、本件土地の買取りを申し入れたところ、代理人であるNが1坪当たり550,000円でなければ譲渡しないと申し立て、価格が安いとこれを拒否したと、真実に反した記載をしたという異議決定の違法又は不当を理由として原処分の取消しを求めるが、異議決定の違法又は不当は原処分の取消事由に当たらない。
 なお、開発公社がNに対して損失補償金額を提示した際、Nが「買取価格は安い。」、「1坪当たり550,000円だ。」、「1坪当たり350,000円でなければ、翌日から1坪当たり550,000円だ。」、「裁判になっても1坪当たり550,000円は勝てる見込みである。」などと発言し、本件土地の買取りについて合意に至らなかったことは、上記イの(ロ)のとおりであり、異議決定書に事実誤認があるとは認められない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ハ 原処分は、答弁書において、開発公社が請求人に対して有無を言わせず契約締結を迫るというような著しく違法、不当な買取りの申出をしたことはなかった旨主張しているにもかかわらず、その買取りの申出の日時、場所を全く明示せず、そのような事実を認定した具体的な根拠も明らかにしないこと、開発公社の買取りの申出は著しく違法、不当な買取りの申出であったという請求人の主張に対して何ら説明しないこと及び開発公社が昭和61年8月13日から昭和62年2月12日までの6月の間に再三にわたり売買契約の締結に応ずるよう要請したと真実に反する記載をしたという答弁書の違法又は不当を理由として原処分の取消しを求めるが、答弁書の違法又は不当は原処分の取消事由に当たらない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2)過少申告加算税の賦課決定処分について

 過少申告加算税の賦課決定処分については、更正処分は上記(1)のとおり適法であり、また、同更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定により過少申告加算税の賦課決定処分をした原処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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