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(平9.7.4裁決、裁決事例集No.54 451頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人Jほか3名(以下「請求人ら」といい、請求人らを各別に「J」、「K」、「L」及び「M」という。)は、平成5年11月24日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したN(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人であるが、この相続(以下「本件相続」という。)開始に係る相続税について、申告書の別表1の「(1)当初申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
 その後、請求人らは、平成6年12月27日に別表1の「(2)更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
 a税務署長は、これに対し、平成7年3月31日付で別表1の「(3)一次更正」欄のとおりの減額更正処分をした。
 次いで、請求人らは、原処分庁所属の職員の調査を受け、平成7年5月22日に別表1の「(4)修正申告」欄のとおりとする修正申告書を提出した。
 原処分庁は、これに対し、平成7年7月28日付で別表1の「(5)過少申告加算税の賦課決定」欄のとおりの過少申告加算税の賦課決定処分をした。
 原処分庁は、更に原処分庁所属の職員の調査に基づき、平成7年7月31日付で別表1の「(6)二次更正」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び「(7)過少申告加算税の賦課決定」欄のとおりの過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
 請求人らは、本件更正処分及び本件賦課決定処分を不服として、平成7年9月14日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成7年12月13日付でいずれも棄却の異議決定をした。
 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成8年1月12日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、Jを総代として選任し、その旨を平成8年1月12日に届け出た。
 さらに、請求人らのうちMは、租税特別措置法の一部を改正する法律(平成8年法律第17号)附則第19条《相続開始前3年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例の廃止に伴う経過措置》第3項の規定の適用により相続税が過大であったとして、平成8年7月19日に別表1の「(8)更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
 a税務署長は、これに対し、平成8年8月30日付で別表1の「(9)三次更正」欄のとおりの減額更正処分をし、併せて「(10)過少申告加算税の変更決定」欄のとおりの過少申告加算税の変更決定処分をした(以下、Mに係る本件更正処分は、この処分後のものをいう。)。

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2 主張

(1)請求人らの主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部を取り消すべきである。
イ 本件更正処分について
 請求人らは、本件相続により取得したP市R町6丁目22番1号を本店所在地とするT株式会社(以下「T社」という。)の株式157,800株(以下「本件株式」という。)の価額を財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達、ただし、平成6年2月15日付課評2−2ほかによる改正前のもの。以下「評価基本通達」という。)188《同族株主以外の株主等が取得した株式》及び同通達188−2《同族株主以外の株主等が取得した株式の評価》(以下、これらを併せて「本件通達」という。)に定める配当還元方式(その株式の年配当金額を基として株式の価額を計算する方法をいう。以下同じ。)に基づき1株当たり208円、総額32,822,400円と評価して申告したところ、原処分庁は、本件株式の価額は、取得価額と同額の一株当たり17,115円、総額2,700,747,000円であるとして本件更正処分をしたが、それは、次のとおり租税法律主義に反しており違法である。
(イ)相続税法第22条《評価の原則》は、財産の価額はその取得の時における時価による旨規定しており、この時価とは、客観的交換価値(不特定多数の当事者間での自由な取引が行われた場合において通常成立すると認められる価額)を意味するものである。
 ところで、財産の時価を客観的に評価することは必ずしも容易なことではなく、また、納税者の間で財産の評価がまちまちになることは、課税の公平の観点からみて好ましくないことから、評価上の取扱いを統一するために財産評価の基本的な方針及び各種財産の評価方法を定めた評価基本通達が国税庁長官によって制定され、財産の評価実務はこの通達の定めに従って行われている。
 しかしながら、財産の時価の算定方法は、評価基本通達に定めざるを得ないとしても、それは、必ず法律の根拠に基づいて行わなければならないという租税法律主義の見地から当然に合理的でなければならず、また、特別な事情のある財産は、適正手続の保障原則の見地から、合理的で適正な手続を踏んで評価しなければならないものである。
 さらに、財産の価額は、評価基本通達による統一的な評価方法に基づき算定されなければならないとろ、納税者がその統一的な評価方法を信頼してしかるべき経済行為を行ったにもかかわらず、その統一的な評価方法が適用されないとする課税処分、すなわち、評価基本通達が定める要件を満たしているにもかかわらず、これを適用しないとする原処分庁の課税処分は、公平負担の原則に違反するものであり、法的安定性及び予測可能性という租税法律主義に著しく違背するものである。
(ロ)原処分庁は、本件株式の取得から売却までの一連の行為は経済的合理性がなく、相続税の負担の軽減を図る目的で行ったものである旨主張するが、この判断が、租税回避行為と同様の意であるならば、法律の根拠がない限り租税回避行為の否認は認められないと解されているから、法律の根拠が要求されるところ、相続税法には、同法第64条《同族会社の行為又は計算の否認》の規定以外に租税回避行為を否認する規定がないことから、法律の根拠とならない評価基本通達により租税回避行為を否認するのであれば、明らかに租税法律主義に反する。
(ハ)次に、原処分庁は、本件株式は出資額に見合う金銭を回収することを予定して取得した株式である旨主張するが、本件被相続人はあくまでも非常なリスクを考慮してT社に投資したものであり、請求人らは、たまたまその出資額に見合う金銭を回収することができたものの、他の株式投資と同様に、投資としてのリスクを負っていたことに変わりはない。
 よって、未公開会社であるT社への投資というリスクを考慮しない原処分は、他の取引相場のない株式の評価と比較すると全く公平性を欠くものであり、租税平等主義の見地から不当なものである。
(ニ)また、時価とは、あくまで課税時期における財産の現況に応じた価額をいうのであり、課税時期前後の状況を考慮しない価額であるところ、原処分庁は、本件株式の取得から売却という課税時期前後の事実を示した上、この事実を基として本件株式の評価方法及び価額を判断しているが、この原処分庁が示した事実及び判断は、本件株式の評価に当たり全く不必要なものであるばかりか財産評価の基本を覆す違法なものである。
(ホ)原処分庁は、本件被相続人及び請求人らが、T社において、少数株主に対して評価基本通達が特例的に認めている配当還元方式を適用できる状況を意図的に作り出し、相続税を意図的に免れようとしたと認定するが、そのような事実はなく、本件被相続人がたまたま配当還元方式を適用できる株式構成であったT社に投資したものにすぎない。
 また、相続税を意図的に免れるという判断は主観的判断であり、相続税法第22条に規定する時価が客観的交換価値であることからすれば、本件株式の評価にこのような主観的要素の入り込む余地はない。
 したがって、原処分庁が相続税を免れるという主観的要素により本件株式を評価したことは、同条の趣旨に反するものである。
(ヘ)原処分庁は、本件株式を評価基本通達に定めのない財産として、評価基本通達5《評価方法の定めのない財産の評価》を適用しているが、本件株式の法形式はあくまで株式であるから、事実認定を誤っており、法形式によらない特別の事情を主張するのであれば、評価基本通達6《この通達の定めにより難い場合の評価》を適用すべきであるから、評価基本通達の適用を誤っている。
 また、原処分庁が本件更正処分は評価基本通達6を適用したと主張するのであれば、更正処分時点において国税庁長官の指示がないまま評価基本通達6を適用したこととなり、通達違反を行ったことになる。
(ト)仮に、原処分が租税法律主義等に違反しないとしても本件株式の評価額は、次の理由により1,704,290,352円とするのが妥当である。
A 本件被相続人は、T社への投資金額2,700,747,000円の9割に相当する同社名義の定期預金2,430,000,000円(以下「本件定期預金」という。)を、借入先であるW銀行b支店(以下「W銀行」という。)からの借入れに係る担保として差し入れており、更に本件相続の開始後に請求人らが本件株式を売却した時点でも、T社は、本件定期預金を他の株式投資に充てていなかった。
 そうすると、本件定期預金は、T社が他の株式投資にいまだ充てていない、言い換えると、T社がW銀行に預けた、いわば投資準備的資産であるから、それに見合う評価が妥当である。
B 投資準備的資産は、現実に他の株式投資に充てられた場合に比較して、リスクは少ないものの、現実にT社に帰属する資産であり、請求人らは直接支配ができないものである。
 そこで、評価基本通達1《評価の原則》の(3)は、「財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。」と定めているから、本件株式に係る投資準備的資産の評価は、他の財産との評価の中立性を考慮する限り、いわゆる間接所有としての評価上のしんしゃくが必要とされる。
C また、評価基本通達5では、この通達に評価方法の定めのない財産の価額は、この通達に定める評価方法に準じて評価する旨定めている。
 すなわち、(1)評価基本通達14《路線価》に定める路線価は公示価格の70パーセントを目途に評価されていること、(2)評価基本通達20《不整形地、無道路地、間口が狭小な宅地等、がけ地等の評価》に定める減額割合は100分の30であること、(3)評価基本通達180《類似業種比準価額》に定める比準価額に乗じる割合が70パーセントであること及び(4)個別通達「相続税及び贈与税におけるゴルフ会員権に関する評価について」(昭和48年2月2日付直資3−3国税庁長官通達)に定めるゴルフ会員権の評価額は取引価格の70パーセント相当額としていることから、本件株式に係る投資準備的資産は、評価の安全性及び中立性を考慮して、70パーセント相当額で評価することが妥当である。
D 一方、本件株式に係る投資準備的資産以外のT社において株式等投資に充てられている1割相当額は、当然に原処分庁が主張する経済的実質を考慮するならば、配当還元方式により評価することになると考える。
 そうすると、本件株式の評価額は、次の算式のとおり1,704,290,352円となる。
〈本件株式の評価額の算出計算式〉
(1)定期預金担保差入額
2,430,000,000円×70パーセント=1,701,000,000円
(2)実質的株式相当額
[(本件株式の数)157,800株×(((取得価額)2,700,747,000円−(定期預金担保差入額)2,430,000,000円)÷(取得価額)2,700,747,000円)]円×(単価)208=3,290,352円
(3)評価額
(1)+(2)=1,704,290,352円
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、これに伴い本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分について
(イ)相続税法第22条は、「相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産から控除すべき債務の金額は、その時の現況による」と規定しており、ここでいう時価とは相続開始時における客観的な交換価値をいうものと解されている。
 しかし、客観的な交換価値というものが必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、相続財産の一般的評価基準としての評価基本通達で定められた画一的な評価によって、相続財産を評価することとされている。
 これは、相続財産等の客観的な交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等によって、評価者が異なるごとに異なった価額として評価されるおそれがあること、また、課税庁の事務負担も重くなり、課税実務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等からして、あらかじめ定められた評価方式により画一的に評価する方が納税者間の公平、納税者の便宜及び徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由に基づくものと解されている。
 したがって、評価基本通達に定められた評価方式によって相続財産の価額を評価すべきであるとする趣旨が上記のようなものであることからすれば、評価基本通達に定められた評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことにより、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別の事情がある場合には、他の評価方式によることが許されると解されるべきである。
(ロ)ところで、評価基本通達は、本件通達において「同族株主以外の株主等が取得した株式」の範囲及び評価方法を定め、少数株主の所有する株式の価額は配当還元方式により評価することとしている。
 このように評価基本通達が配当還元方式による株式の評価方法を定めたのは、事業経営に対して影響を与えることの少ない少数株主の取得した株式が単に配当を期待するという程度のものにとどまる場合が多いことや評価手続の簡便性等の点を配慮したものであると解されている。
(ハ)原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
A W銀行が平成5年6月24日付で作成した本件被相続人に対する融資条件を記載した書類によれば、次の記載があること。
(A)融資金額
a 証書貸付2,700,000,000円/T社への出資金
b 当座貸越400,000,000円/2年分利息、諸費用の支払資金
(B)融資期間 2年間
(C)担保
a T社名義の定期預金(W銀行にて作成)/2,430,000,000円に質権設定
b 不動産に根抵当権(極度額837,500,000円)を設定
(D)返済方法
a 証書貸付/T社の株式売却資金により返済。
b 当座貸越/融資実行時に差し入れる念書のとおり、土地収用補償金により返済。
(E)その他
 当初融資金により取得するT社の株式(名義人:N様)を当行にて保護預かりという形でお預かりさせて頂きます。
B 平成5年6月25日付のT社の取締役会議事録によれば、同社は本件株式を公募増資することとし、その申込期間及び申込期日を同月29日とすることを承認していること。
C 平成5年6月25日付で作成された根抵当権設定関係契約証書によれば、同日、W銀行が本件被相続人の所有するQ市S町5丁目236番所在の土地1,173平方メートルに極度額を837,500,000円とする根抵当権を設定していること。
D 平成5年6月29日に本件被相続人はW銀行との間で金銭消費貸借契約を締結し、2,700,000,000円(以下「本件借入金」という。)を借り入れるとともに、同日、本件借入金に係る2年分の利息及び諸費用を極度額400,000,000円の当座貸越からの借入れによって支払うことを確認していること。
E 平成5年6月29日に本件被相続人はT社の株式有償公募に応じ、本件株式を1株につき17,115円、総額2,700,747,000円で引き受けるとともに、W銀行に設定されたT社の出資払込口に全額払い込んでいること。
F 平成5年6月30日付のT社の取締役会議事録によれば、同社は、本件被相続人から申込みのあった担保提供に関してW銀行に預入予定の本件定期預金を提供する旨を承認し、本件定期預金が同銀行に対する本件被相続人の債務の根担保として差し入れられていること。
G 平成5年7月23日に本件被相続人は本件株式を受領していること。
H 本件相続開始日に本件被相続人は88歳であったこと。
 また、本件相続開始日のT社の発行済株式総数は2,734,592株であり、同社の発行済株式総数における本件被相続人の所有株式割合は約5.7パーセントであること。
I 請求人らは、平成6年6月23日に本件被相続人に係る相続税の申告に際して、本件被相続人の所有していた本件株式の価額を32,822,400円(1株当たりの価額を208円)として評価し、申告していること。
(ニ)以上の事実等を総合勘案すると、次のとおり判断される。
A 上記(ハ)の各事実に照らせば、本件被相続人の行った一連の行為は、専ら相続税の負担の軽減を図ることのみを目的として行われたものであることは明らかであり、上記以外の経済的合理性は認められない。
 また、本件被相続人は、本件株式の取得に先立ち、その取得資金のほぼ全額を本件借入金によって賄うとともに、その返済も本件株式の譲渡代金により行うこととし、更にW銀行からの借入れによって本件借入金の利息及び諸費用を賄うこととされていたことや、T社がW銀行に預け入れた本件定期預金が本件借入金の担保に差し入れられていることなどから判断すれば、本件被相続人の行った一連の行為は、多額の借入金を原資として本件株式を取得する一方、評価基本通達を形式的、かつ、画一的に適用すれば、本件株式が配当還元方式によって評価されることになることを利用して、相続税の負担の大幅な軽減を図ることのみを目的として行われたものであったことは明らかである。
 そして、このように相続税の負担の軽減を図る目的のみで一時的に取得し、その目的を達成すると出資額に見合う金銭を回収することを予定して発行される株式が、法律上の形式は別として、その経済的実質は預け金と同様であり、およそ評価基本通達が配当還元方式によって評価することを予定している株式とはかけ離れた性質を有する財産であることは明らかである。
 しかしながら、評価基本通達は、このような性質を有すると認められる財産の具体的な評価方法を定めていないことから、同通達5に基づき、本件株式と経済的性質の類似していると認められる同通達204《貸付金債権の評価》の定めに準じて、本件株式の価額を評価することとなる。
B そして、本件株式が本件相続開始日直前の平成5年6月末に取得され、その価額(1株当たり17,115円)が同月末現在のT社の資産、負債に基づいて算定されていること、また、本件株式の取得後、本件相続開始日に至るまで同社の資産内容に著しい変動が認められないこと、更に本件株式の取得に際して必要とされた資金の大部分が本件借入金によって賄うことが当初から予定されていたことなどからすれば、本件相続開始日における本件株式の客観的交換価値は、本件被相続人の取得価額と同額の1株当たり17,115円、総額2,700,747,000円により評価することが相当である。
(ホ)請求人らは、評価基本通達の定める要件を満たしているにもかかわらず、これを適用しないとする本件更正処分は租税法律主義に反する旨主張するが、本件株式は、上記(ニ)で述べたとおり、本件株式と経済的性質の類似した貸付金債権に準じて、相続税法第22条に規定する「時価」、すなわち、客観的な交換価値を基準として個別に評価したのであって、法律の規定に基づき適正な課税処分を行っているのであるから、請求人らの主張には何ら理由がない。
(ヘ)請求人らは、租税回避行為を制限するには、別途、明確な規定の存在が必要であり、そのような規定が存在しない以上、原処分庁を法的に拘束する評価基本通達の定めを超えた本件更正処分は租税法律主義に反する処分である旨主張する。
 しかしながら、相続財産の価額は、評価基本通達の定めに基づき評価することを基本にしつつも、同通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことにより、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別の事情がある場合には、他の評価方法により相続財産の価額を評価することが許されると解されている。
 そして、本件株式の取得から売却までの一連の行為及び本件株式の有する経済的実質から判断した場合、本件株式は、配当還元方式によらずに別の評価方法により評価すべきであるから、本件更正処分が租税法律主義に反するという請求人らの主張には、何ら理由がない。
(ト)請求人らは、本件被相続人は非常なリスクを考慮してT社に投資したものであり、このリスクは他の株式投資と全く同様な判断であるし、本件株式が、出資額に見合う金銭を回収することを目的として発行される株式とされても、あくまで予定であって、それには何らの保証もなく、本件被相続人のリスクを著しく軽減するものではないから、本件株式は、他の取引相場のない株式の評価と同様に評価されるべきである旨主張する。
 しかしながら、本件株式の取得に際して請求人らの主張するようなリスクが存在しなかったことは明らかであるから、請求人らの主張には理由がない。
(チ)請求人らは、時価とは課税時期における財産の現況に応じた価額をいい、課税時期前後の状況を考慮しない価額をいうのであるから、課税時期前後の状況を示した上でその事実及び予定を基に判断している原処分は、誤った前提に基づく違法な処分である旨主張する。
 しかしながら、本件株式が法律上の形式は別として、その経済的実質から判断した場合、評価基本通達が配当還元方式によって評価することを予定している株式とは異なる性質を有する財産であると認められたことから、本件株式の価格を個別に評価することが適当であると判断し、課税時期現在における時価(客観的な交換価値)を最も的確に反映していると認められる本件株式の取得価格を基にその価額を評価したものである。
 これに対して請求人らは、上記(ハ)の事実及び(ニ)の判断は、本件株式の評価に当たり、全く不必要なものであるばかりか財産評価の基本を覆すものである旨主張するが、このような請求人らの主張は少数株主に対して評価基本通達が特例的に認めている配当還元方式を適用できる状況を意図的に作り出し、本来、相続人の負担すべきであった相続税を意図的に免れようとした事実及び本件株式の客観的交換価値を度外視した請求人らの主張する評価方法を正当化しようとするものであり、何ら合理的な根拠を有しない主張である。
(リ)請求人らは、原処分庁の認定した配当還元方式を適用できる状況を意図的に作り出し、相続税を意図的に免れるという判断は主観的判断であり、相続税法第22条に規定する時価が客観的交換価値であることからすれば、本件株式の評価におけるこのような主観的要素の入り込む余地はない旨主張する。
 しかしながら、原処分庁は本件株式の客観的交換価値を最も適切に反映していると認められる価額によって本件株式の価額を評価したものであり、請求人らが主張するような主観的判断に基づき本件更正処分を行ったものではない。
 すなわち、課税時期直前の平成5年6月29日に1株当たり17,115円で本件株式が取得されているにもかかわらず、評価基本通達を形式的に適用して本件株式の価額を配当還元方式により評価すると1株当たり208円という異常な価額になるという弊害を是正するために、原処分庁は相続税法第22条の規定に基づき、経済的合理性の観点から本件株式の客観的交換価値を個別に評価したものである。
 したがって、請求人らが主張するような主観的判断に基づき本件株式の価額を評価した事実は存在しておらず、請求人らの主張には理由がない。
(ヌ)請求人らは、評価基本通達5に基づき本件更正処分が行われたとすると、本件株式の法形態が株式であることは明らかであることから、本件更正処分は評価基本通達の適用を誤っている旨主張する。
 また、請求人らは、本件株式の評価方法が著しく不適当と認められるのであれば、評価基本通達6が適用されるべきであり、同通達5を適用した本件更正処分は、適用すべき通達の条項を誤った処分であり、取り消されるべきである旨主張する。
 しかしながら、本件株式が相続税の負担の軽減を図るための一時的な保有を目的として取得され、その目的を達成すると出資額に見合う金銭を回収することを予定して発行される株式であること、そして、評価基本通達にはこのような目的で発行される株式の評価に関する定めがないことから、同通達5の定めに基づき、本件株式と経済的性質が最も類似していると認められる貸付金債権に準じて本件株式の価額を評価したものであるから、請求人らの主張には理由がない。
(ル)請求人らは、仮に、原処分が租税法律主義に反する処分でないとすれば、本件株式の評価額は、他の財産の評価との中立性などを考慮し、その取得価額のおおむね7割の1,704,290,352円で評価すべきである旨主張する。
 しかしながら、原処分庁は、本件株式の経済的実質が預け金などと同様の性質を有する財産であること、また、評価基本通達にその具体的な評価の方法の定めがないことから本件株式の客観的交換価値を個別に評価したことは既に繰り返し述べているところであり、本件株式の有する経済的実質を無視し、個々の財産の実情に応じて評価基本通達の定めるしんしゃくを本件株式にも適用すべきであるという請求人らの主張には何ら理由がない。
(ヲ)以上により、請求人らの課税価格及び納付すべき税額は、別表2及び別表3のとおりとなり、これらの金額は本件更正処分と同額であるから、本件更正処分は適法である。
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり本件更正処分は適法であり、かつ請求人らには、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件株式の時価の算定方法及びその多寡にあるので、以下審理する。

(1)本件更正処分について

イ 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件被相続人の平成3年分ないし平成5年分の所得税の確定申告書によれば、同人の総所得金額は、次表のとおりであること。

(ロ)本件被相続人は、不整脈のため、平成5年8月4日に○○病院に入院し、その後入退院を繰り返し、同年10月22日にQ市民病院に転院したが、同年11月24日に死亡したこと。
(ハ)T社の概要及び増資等について
A T社は、ベンチャー企業に対する投資等を主たる目的として設立され、現在の代表取締役はXであること。
 また、T社の持株会社として株式会社Y(以下「Y社」という。)が存在するが、同社の実質オーナーはXであること。
 なお、Xは、事業承継・相続にかかわる諸問題を取り扱うコンサルタント会社であるZ株式会社(以下「Z社」という。)の代表取締役でもあり、また、税理士でもあること。
B T社の増資は、次の要領で行われること。
(A)増資時期及び増資額は、出資者及び出資額が決まってから決定され、また、出資者は、T社の代表者であるXが所属するA協会の会員(税理士等)のうち、Xと親しい会員の関与先に限られていること。
(B)増資の際における1株当たりの単価は、増資の日を含む月の前月末の時価による純資産価額を基に評価した価額で、発行株数は、出資者の出資総額を出資時の1株当たりの単価で除した数であること。
 なお、T社は、出資者等に対して、各月末の時価による純資産価額を基に算定した1株当たりの単価を説明していること。
(C)増資により新株(普通株)を発行する際には、増資後も常に他の株主の所有する株式の評価を配当還元方式により評価することができるようにするため、新株と同数発行した利益配当がされない劣後株をY社が額面金額(1株50円)で買い取ることになっていること。
C T社が出資を募る際には、出資者に各人に係る「計画書(節税)」を作成し、次の説明を行っていること。
(A)出資者が取得する株式は、常に配当還元方式で評価することができ、相続税の負担の減少をさせることができる。
(B)出資額のうち、9割に相当する金額を出資者が融資を受けた金融機関に対して担保として定期預金とする。
 なお、この定期預金を担保とすることは、出資金を保全する必要から、出資者からの要請に基づいて行っているものである。
(ニ)平成5年6月24日に本件被相続人及び請求人らとW銀行との間において、融資条件についての合意がなされたこと。
(ホ)平成5年6月25日付のT社の取締役会議事録によれば、同社は資本の額を増加することとし、同日付で公募により157,800株の本件株式を発行することを可決したこと。
(ヘ)平成5年6月29日に本件被相続人は、W銀行との間で金銭消費貸借契約を締結し、本件借入金2,700,000,000円を借り入れるとともに、同日、極度額を400,000,000円とする当座勘定貸越契約を締結し、この当座借越から本件借入金に係る2年分の利息及び諸費用を支払うこととしたこと。
 なお、本件借入金の返済期日は2年後の平成7年6月29日であり、弁済方法は期日一括返済となっており、この借入れに係る連帯保証人には請求人L、J及びKの3人がなっていること。
(ト)平成5年6月29日に本件被相続人は、T社の公募増資に申込み、1株につき17,115円、総額2,700,747,000円を本件借入金等から払い込んで本件株式を取得したこと。
(チ)平成5年6月29日に本件被相続人は、本件株式の取得価額の約3パーセント相当額である83,430,000円という多額な本件株式に係る紹介料をZ社に支払っていること。
(リ)平成5年6月30日にT社は、同社名義の2,430,000,000円の本件定期預金を本件借入金の担保としてW銀行に差し入れたこと。
(ヌ)T社は、平成5年11月25日に26,300株の新株を1株当たり17,223円で発行しているが、この発行価額は、同社の同年10月31日現在の1株当たりの純資産価額を基に算定した価額であること。
(ル)本件相続により、請求人らは本件株式157,800株、2,700,000,000円の本件借入金及びW銀行との当座勘定貸越契約に基づく借越金195,340,576円を承継したこと。
 また、請求人らは、本件相続開始日のT社の発行済総株数は2,734,592株であり、本件被相続人の同社の株式の所有割合は約5.7パーセントであることから、本件相続開始日における本件株式の1株当たりの価額を配当還元方式により208円と算出し、本件株式の価額を32,822,400円と評価して申告したこと。
 なお、この算出過程において、1株当たりの資本金の額を50円とした場合の発行済株式数及び1株当たりの資本金の額は、T社が発行しているY社所有の劣後株式数及び同株式に対応する資本金の額を除いたところで算出されていること。
(ヲ)請求人L及びJが、原処分庁に提出した平成7年4月6日付の「T(株)の株式を取得した経緯について」と題する申立書によれば、平成5年5月12日ごろ、本件被相続人及び請求人L及びJらは、Z社の代表取締役Xから本件株式の説明を受け、また、借入先についてはW銀行を紹介された旨の記載があること。
(ワ)本件借入金の当初の借入利率は、年5.22パーセントで、本件被相続人及び請求人らが借入日の平成5年6月29日から本件借入金を全額完済した平成7年12月29日までの間にW銀行へ支払った利息の総額は259,715,701円であるにもかかわらず、この間にT社から受領した本件株式に係る配当金は8,205,600円であり、支払利息の約3.2パーセントにすぎないこと。
(カ)請求人らは、157,800株の本件株式のうち61,100株を平成7年9月29日に、また、同年12月29日に81,000株を、いずれも1株当たり17,282円、総額2,455,772,200円でT社へ売却したこと。
 また、請求人らは、この株式売却代金により、本件被相続人から承継した本件借入金の未返済額2,430,000,000円について、平成7年9月29日に1,055,930,200円を、同年12月29日に1,374,069,800円をそれぞれ返済し、本件借入金を完済していること。
ロ ところで、相続税法第22条は、相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価による旨を規定しており、この時価とは、課税時期においてそれぞれの財産の現況に応じ不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値を示す価額であると解されている。
 しかしながら、客観的な交換価値というものが必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、財産評価の一般基準として評価基本通達が定められており、特別な事情がない場合には、同通達に定められた評価方法によって財産を評価することとされている。
 これは、財産の客観的な交換価値を示す価額を個別に評価する方法を採用した場合には、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることは避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等からして、あらかじめ定められた評価方法によりこれを画一的に評価する方が納税者間の公平、納税者の便宜という見地からみて合理的であるという理由によるものと解される。
ハ そうすると、租税平等主義という観点からは、評価基本通達に定められた評価方法が合理的なものである限り、同通達が形式的にすべての納税者に適用されることによって租税負担の実質的な公平をも実現することができるものと解されるが、他方、同通達の評価方法を形式的に適用することによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別の事情がある場合には、他の合理的な方法によることができるものと解すべきである。
ニ 評価基本通達では、上場株式及び気配相場のある株式以外の取引相場のない株式の評価方法について同通達178以下において評価会社の規模等に応じた具体的な評価方法を定めており、また、本件通達において「同族株式以外の株主等が取得した株式」の範囲及び計算方法を定めて、少数株主の所有する株式の価額を配当還元方式により評価することとしている。
 この配当還元方式は、取引相場のない株式の評価の原則である類似業種比準方式、純資産価額方式及び併用方式に対する特例として、すなわち、事業経営への影響の少ない従業員株主等のような少数株主が取得した株式については、単に配当を期待するにとどまるという実質のほか、評価手続の簡便性を考慮した評価方法であるから限定的に適用されるべきであると解される。
ホ 上記イの事実を上記ロないしニに照らして判断すると、次のとおりである。
(イ)本件被相続人が本件株式を取得した目的は、次の理由から、専ら相続税の負担の軽減を図るためのものであって全く経済的合理性を欠くものと推認される。
A 上記イの(ワ)のとおり、本件借入金に伴う金利負担予定額は、年額140,940,000円と多額になるにもかかわらず、T社からの年間の配当収入金額はわずか4,734,000円にすぎず、一方、この金利負担予定年額は、上記イの(イ)の本件被相続人の年間所得の約2.3倍ないし4.2倍程度と多額であることから、この支払は相当の負担になっていることが認められること。
B 請求人ら及びT社は、本件被相続人がベンチャーキャピタルとしての実績のない会社に多額な借入れをしてまで出資しなければならないことについて、本件株式を配当還元方式で評価することができ、相続税額の負担の軽減となること以外に明確な説明をしないこと。
C T社への出資は、出資者が金融機関から融資を受けた出資金額の9割相当額を同金融機関に担保として定期預金とすることが融資条件とされていることから、本件被相続人が、本件株式を取得した目的は、T社の事業活動から生じる配当及び本件株式自体の値上り益を期待するなど、一般の者が株式を取得する目的とは明らかに相違することが認められること。
D 請求人らは、本件相続税の課税に当たって、本件株式の価額を評価基本通達に定める配当還元方式により1株当たり208円と算出し、総額32,822,400円と評価してこれを相続財産に計上し、その購入資金である本件借入金2,700,000,000円及び当座借越残高195,340,576円との合計額2,895,340,576円を債務として計上すると、その債務のうち本件株式の価額から控除し切れない債務2,862,518,176円が他の積極財産の価額から控除されることとなる結果、本件株式を取得しなかった場合に比べて、課税価格が2,862,518,176円も圧縮され、また、これを税額についていえば、本件株式を評価基本通達に定める上記方式によって評価すると相続税の総額は、請求人らの修正申告のとおり318,855,800円となるのに対し、本件株式を取得しなかった場合の相続税の総額は2,097,694,100円となることから、本件株式を取得したことによって、本来負担しなければならない相続税の総額が約17億円以上も軽減されることになること。
(ロ)以上のことから、上記ニで述べたように、評価基本通達に定める配当還元方式が、単に配当を期待するにとどまる少数株式を対象とした特例的な評価方法として限定的に用いられる評価方法であることから、本件被相続人の本件株式の取得の目的が相続税の負担の軽減を図るためのものであり、また、本件株式の1株当たりの取得価額17,115円と配当還元方式により評価した1株当たりの評価額208円との間において著しい開差が生じるような本件株式についてまで、形式的に配当還元方式を適用することは、客観的な交換価値によって評価した場合に比べて相続税の課税価格に著しい格差が生じ、他の納税者との間の実質的な租税負担の公平という観点からして看過し難いというべきであり、また、租税制度全体を通じて税負担の累進性を補完するとともに富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨からしても著しく不相当なものというべきである。
 したがって、本件株式については、評価基本通達に定める配当還元方式を形式的に適用することなく、本件相続開始日の客観的な交換価値で評価することが相当と解される。
(ハ)ところで、T社は、上記イの(ハ)で述べたように、出資者が同社に出資する際及び同社が株式を買い戻す際にも1株当たりの単価を客観的な時価による純資産価額を基に算定しており、この価額に相当する金銭の授受が当事者間で行われていることから、T社と出資者等との双方が当該取引価額がT社の株式の1株当たりの時価と認識しているものと認められる。
 また、T社と出資者との上記取引における1株当たりの単価は、特定の出資者にだけ成立するものではなく、T社に出資しようとする者であればだれもが適用される一般的な価額であることが認められるから、この価額が本件株式の客観的な時価と解される。
 そうすると、相続税法第22条に規定する時価とは、課税時期においてそれぞれの財産の現況に応じ不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額と解されているから、本件株式の評価に当たっては、課税時期に最も近い時期におけるT社の客観的な時価による純資産価額の1株当たりの単価を基に評価すべきである。
 以上のことから、本件株式については、課税時期である本件相続開始日に最も近い平成5年11月25日の新株発行価額(T社の平成5年10月末現在の1株当たりの時価による純資産価額とした17,223円)を基に評価するのが相当である。
ヘ 請求人らは、原処分庁が本件株式の評価について合理性を有している評価基本通達を適用しないことは、公平負担の原則に違反し、法的安定性及び予測可能性という租税法律主義の理念に著しく違背するものである旨主張する。
 しかしながら、上記ホの(ロ)で述べたとおり、本件株式の評価を評価基本通達に定める方法によらず、その客観的な交換価値によるものとすることについては、他の納税者との間での実質的な租税負担の公平を図るという合理的な理由が存在していることが認められ、このような取扱いは、公平負担の原則の観点からしても、是認されるものというべきである。
 また、請求人らは、相続財産の評価が評価基本通達の定める方法によって行われるということに対する法的安定性及び予測可能性という納税者側の信頼の保護を挙げるが、相続税法第22条に規定する時価について、評価基本通達5及び6でこれによらない場合の例外を定めている趣旨からすれば、評価基本通達を適用しない課税処分が直ちに租税法律主義の理念に反するものでないというべきであり、本件のような場合において、請求人らの主張する納税者側の信頼によって保護される利益というのは、要するに他の納税者との対比において実質的公平の観念に反するような形で租税負担の軽減を享受し得る利益をいうにすぎず、そのような利益は、それ自体法的な保護に値するものとは認められない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。
ト 請求人らは、租税回避行為の否認には法律の根拠が要求されるところ、相続税法には第64条の規定以外に該当する規定がなく、評価基本通達により租税回避行為を否認することは租税法律主義に違反する旨主張する。
 しかしながら、原処分庁は、本件株式の取得から売却までの一連の行為は「相続税の負担を軽減する目的で行われたものであったことは明らかである」との判断をしているものの本件株式を取得した行為自体を否認しておらず、このような租税回避を目的として発行された株式を取得した場合の評価方法として配当還元方式を適用することが不合理・不適正であると判断した上で、本件株式を評価基本通達204に準じて評価し、その価額を相続税法第22条に規定する時価であるとしたものであり、このように本件通達によらないことが相当であると認められるような特別な事情がある場合には、他の合理的な評価方法により評価することは、何ら租税法律主義に違反するものではない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
チ 請求人らは、原処分庁が株式投資というリスクを考慮しないで本件株式の評価を行ったことは、他の取引相場のない株式の評価と比較して、全く公平性を欠くものである旨主張する。
 しかしながら、株式の評価において、株式投資のリスクの有無が株式の評価方法を決定する唯一の要因ではないと解され、また、本件株式が他の取引相場のない株式とはその発行システム等が著しく異なっていることは既に述べたとおりであり、他の株式の評価と取扱いが異なったとしても、公平負担の原則の観点から是認されるものというべきである。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。
リ 請求人らは、原処分庁が本件株式の取得の意図という課税時期の前後の状況を基として本件株式の評価方法及び価額を判断したことは財産評価の基本を覆す違法なものである旨主張する。
 しかしながら、上記ニで述べたとおり請求人らが適用した配当還元方式は、単に配当を期待する少数株主を対象とする特例的な評価方法であり、限定的に用いるべき方法であって、原処分庁がその配当還元方式の適用の可否を判断するに当たって、本件株式の取得の意図等様々な見地から検討することは当然なことであるから、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
ヌ 請求人らは、原処分庁の認定した配当還元方式を適用できる状況を作り出し、相続税を意図的に免れるという判断は主観的判断であり、相続税法第22条に規定する時価が客観的交換価値であることからすれば、本件株式の評価にこのような主観的要素の入り込む余地はない旨主張する。
 しかしながら、原処分庁は、請求人らの算定した本件株式の評価額が客観的な交換価値を示す価額であるか否かの判断において、その算定方法や取得に至る事情等が課税時期における財産評価に影響を及ぼしているかどうかを検討した結果、本件の場合には、配当還元方式を適用して算出された価額は、客観的な交換価値である時価とは認められないと客観的な判断をしたものであり、この判断は相当と認められる。
 したがって、本件更正処分は、請求人らが主張するような主観的判断に基づいて行われたものとは認められないから、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
ル 請求人らは、原処分庁が、評価基本通達5を適用したことは、通達の適用誤りであり、また、原処分庁は審査請求の審査段階において初めて評価基本通達6を適用したと主張するのであれば、更正処分時点においては国税庁長官の指示がないまま評価基本通達6を適用したこととなり、原処分庁は通達違反を行ったことになる旨主張する。
 しかしながら、評価基本通達は税務執行の便宜上、単に評価の目安となるべき基準を示したものであり、また、通達とは、上級行政庁の下級行政庁に対する命令であって法規たる性質を有せず、それ自体が納税者を拘束するものではないこと及び通達の適用に関する国税庁長官の指示は、関係下級行政庁ないしその職員のみを拘束するにすぎないものであり、加えて、国税庁長官の当該指示を納税者に対して明確にしなかったとしても、これにより直ちに違法の問題を生じることはないと解される。
 したがって、請求人らの主張を採用することはできない。
ヲ 請求人らは、仮に、原処分が租税法律主義に違反するものでないとしても、本件借入金の担保に供されていた本件定期預金の経済的実質は、T社が他の株式投資等に充てていない投資準備的資産であり、請求人らが直接に支配できる資産ではないので、これに対応する本件株式の9割相当額については、評価基本通達で個々の財産の実情に応じて定められている評価上のしんしゃくを準用して70パーセントで評価し、本件株式の1割相当額については配当還元方式で評価するのが妥当であるから、本件株式の評価額は1,704,290,352円が相当である旨主張する。
 しかしながら、請求人らが本件相続により本件定期預金を取得した事実はなく、また、本件定期預金が本件借入金の担保に供されていること及びT社が本件定期預金の額に相当する金額を他の株式投資等に充てていないことによって、本件株式の価額が左右されるものではなく、かつ、本件株式の価値が減少する要因になるものとは認められないから、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。
ワ 以上のとおり、本件株式の価額は本件相続開始日に最も近い時期の客観的な交換価値である2,717,789,400円(1株当たり17,223円)が相当と認められ、この本件株式の価額以外には請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によっても相当と認められるその他の相続財産の価額を基に請求人らの課税価格及び納付すべき税額を計算すると、別表1の「審判所認定額」欄の金額となる。
 この金額は、別表1の「(6)二次更正」欄の金額を上回るから、この金額の範囲内でされた本件更正処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 本件更正処分は上記(1)のとおり適法であり、また、請求人らには、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてした本件賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする事由は認められない。

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