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(平10.4.15裁決、裁決事例集No.55 798頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 原処分庁は、納税者Jの平成4年分ないし平成6年分の各申告所得税及び平成4年1月1日から平成6年12月31日までの各課税期間の消費税に係る滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、平成8年11月28日付でJ名義のXゴルフクラブの、同月29日付で同名義のYゴルフクラブの、同年12月2日付で同名義のZゴルフクラブの各預託金会員制ゴルフクラブの会員権(以下、これらを併せて「本件ゴルフ会員権」という。)の差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
 その後、原処分庁は、平成9年9月8日付で、本件ゴルフ会員権に係る各会員証書(以下「本件会員証書」という。)を貸付金の担保として占有している審査請求人(以下「請求人」という。)に対して、本件会員証書の引渡しを命令した。
 請求人は、この処分を不服として平成9年9月29日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年11月27日付で棄却の異議決定をしたので、同年12月16日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その取消しを求める。
イ 請求人は、Jと昭和61年12月17日に融資取引約定書を締結し、昭和62年5月18日及び平成2年6月27日にそれぞれ同日付の会員権担保差入証書(以下、これらを併せて「本件差入証書」という。)を受理して、本件差入証書の物件の表示欄に記載されたゴルフ会員証書を担保に融資を実行した。
 その後、返済を受けつつ融資を行っていたところ、平成9年9月8日付で原処分庁からJの本件滞納国税を徴収するため、本件会員証書について引渡命令を受けた。
ロ 原処分庁は、ゴルフ会員権の二重譲渡の権利帰属の対抗要件として、民法第467条に規定する債務者に対する通知又は債務者の承諾を要する旨を内容とする最高裁判所平成8年7月12日第2小法廷判決(平成7年(オ)第2080号ゴルフ会員権地位確認請求本訴、同等請求反訴事件)を引用しているが、この判決には有力な反対意見があるほか、形式的な対抗要件を具備していたとしても、それが信義則上許されない場合も存在することを補足意見として述べられており、判例変更の可能性が大いに存在するものと思われる。
ハ ところで、ゴルフ会員権の譲渡(質入れを含む)の対抗要件は、広く従来のゴルフ会員権取引で行われてきた慣行に従うべきであり、請求人も本件会員証書を含むゴルフ会員証書を商法第519条に規定する有価証券として取り扱ってきた。
 すなわち、本件ゴルフ会員権は、請求人がJから本件会員証書の裏書部分に署名押印を得て債権の担保として設定したもので、この有価証券として取り扱う方法による質入れは従来、銀行実務として広く認められてきたものであるにも係わらず、これらを覆して民法第467条の規定だけを無理やり適用した原処分は違法である。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 請求人は、本件会員証書が商法上の有価証券に当たると主張するが、本件会員証書は、本来的にはゴルフクラブの会員としての資格及び預託金返還請求権とが証書と一体となって転々流通することを予定しているもの、又はその権利の行使に証書の所持が絶対的に必要とされるものではなく、証拠証券あるいは単なる指名債権証書にすぎないものである。
 なお、請求人は、銀行実務で広く認められた慣行として、本件会員証書を有価証券として認めるべきであると主張するが、法律上規定のあるものについては慣習法は適用されないので、請求人の主張には理由がない。
ロ 請求人が質権の設定をもって第三者に対抗するには、民法第467条の規定に従うべきで、最高裁判所平成8年7月12日第2小法廷判決(平成7年(オ)第2080号ゴルフ会員権地位確認請求本訴、同等請求反訴事件)によれば、「指名債権の譲渡の場合に準じて、譲渡人が確定日付のある証書によりこれをゴルフ場経営会社(以下「経営会社」という。)に通知し、又は経営会社が確定日付のある証書によりこれを承諾することを要する。」と判示しているが、請求人はこれらの手続を行っていない。
ハ これに対し原処分庁は、Jの本件滞納国税を徴収するため本件差押処分を行うとともに、各差押処分と同日付の第三債務者あての差押通知書を、Xゴルフクラブの経営会社であるK株式会社、Yゴルフクラブの経営会社であるL株式会社及びZゴルフクラブの経営会社であるM株式会社(以下、これらを併せて「本件ゴルフ場経営会社」という。)に持参又は配達証明郵便にて送達している。
 以上のことから、請求人は、差押債権者たる原処分庁には対抗できない。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、(a)請求人が占有する本件会員証書が有価証券に当たるか、(b)本件会員証書に対する引渡命令が適法か否かにあるので、以下審理する。
(1)次のことについては、請求人及び原処分庁の間に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
 本件ゴルフ会員権の法律的性格は、会員が経営会社又はその代行者たるゴルフクラブ理事会(以下「理事会」という。)に対して入会を申し込み、入会保証金の預託を経て経営会社又は理事会がこれを承諾することによって成立する会員の経営会社に対する契約上の地位であり、その内容として、会員は、ゴルフ場施設を優先的に利用し得る権利及び年会費納入の義務を有し、入会に際して預託した入会保証金を一定の据置期間経過後は退会とともに返還請求することができ、また、理事会の承認を得て会員権を他に譲渡することができる、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブの会員権である。
 なお、本件ゴルフ会員権の帰属を表章するものとして本件会員証書が発行されている。
(2)請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ 請求人は、金融業を営む法人として昭和54年8月16日に設立されたS株式会社を、昭和62年11月1日にT株式会社に商号変更し、その後、平成7年4月12日に株主総会の決議により解散し、同日付でR地方裁判所の命令により特別清算を開始し現在に至っている。
ロ 請求人は、Jから差し入れられた融資取引約定書に基づき、本件差入証書を受理した上、ゴルフ会員証書の譲渡人欄にJの署名押印を受けたものを担保に融資を実行した。
ハ その後、返済を受けつつ融資を行っていたが、平成9年9月8日付で原処分庁からJの本件滞納国税を徴収するため、本件差入証書に係る本件会員証書について引渡命令を受けた。
ニ 上記ロのとおり、ゴルフ会員証書の譲渡人欄にJの署名押印がされているが、譲受人欄は空欄となっており、その会員としての資格はJにある。
ホ 本件会員証書の裏面には、その譲渡等に関してそれぞれ次のように記載されている。
(イ)Xゴルフクラブの会員証書には、「当会社の承認なくして本証書の質入譲渡を禁ず。」
(ロ)Yゴルフクラブの会員証書には、「本証は取締役社長の承認がなければ他人に売却、譲渡又は担保、質入することができません。」
(ハ)Zゴルフクラブの会員証書には、「会員権は会社の承認を得て譲渡することができる。」
ヘ 原処分庁は、Jの本件滞納国税を徴収するため、本件差押処分と同日付の第三債務者あての差押通知書を、本件ゴルフ場経営会社に持参又は配達証明郵便にて送達した。
 また、Jに対し、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第65条《債権証書の取上げ》において準用する同法第58条《第三者が占有する動産等の差押手続》第2項の規定に基づき請求人に引渡命令を発した旨の通知をした。
ト 請求人及びJは、融資を受ける際に第三債務者である本件ゴルフ場経営会社に対して本件会員証書に質権を設定した旨の確定日付のある通知を、また、本件ゴルフ場経営会社は、請求人及びJに対して本件会員証書に質権設定を承諾する旨の確定日付のある通知を、いずれもしていない。
チ 請求人は、前記ハの引渡命令を受けた後も本件会員証書を占有している。
(3)本件会員証書について
イ 商法第519条の規定は、無記名証券のように証券の交付のみ又は指図証券のように裏書若しくは証券の交付のみによって転々流通する有価証券について、小切手法第21条の規定等を準用し、流通の保護を図ったものである。
 無記名証券や指図証券では、証券を所持する者は、所持すること自体で権利者と認められ、それ以上権利を取得した原因事実を証明しないでも権利行使することができること、また、証券を喪失した者は、たとえ自己が権利者であることを証明しても権利を行使できないことのいずれもが認められ、そのことが、証券の所持人から善意で譲り受けた者を保護する善意取得制度の基礎をなしている。
ロ したがって、ゴルフ会員証書が商法第519条に規定する有価証券であると認められるためには、権利行使の面で、上記イのような作用が認められ、また、権利の移転の面においても、有価証券特有の流通方法である裏書と証券の交付によることが認められなければならないところ、本件会員証書は次のとおりである。
(イ)本件ゴルフ会員権には、前記(2)のホの(イ)ないし(ハ)のとおり譲渡等に関する制限が明記されている。
(ロ)特定の者又はその指図人を権利者とする旨の指図文句の記載がない。
(ハ)預託金は、会員資格を有する者に返還すべきものであって、会員証書を所持していても会員資格のない者には返還に応じる義務はない。
(ニ)本件ゴルフ会員権の移転及び行使に、本件会員証書が当然に必要であると解すべき根拠資料が見いだし得ない。
 以上のことから、本件会員証書は、商法第519条に規定する有価証券には当たらない。
 なお、請求人は、銀行実務で広く認められてきた慣行として、本件会員証書を有価証券として認めるべきであると主張するが、本件会員証書は、有価証券に当たらないことが明らかであるので、請求人の主張には理由がない。
(4)引渡命令について
イ 本件会員証書は、上記(3)のとおり商法第519条に規定する有価証券に当たらず、その質権設定を本件ゴルフ場経営会社以外の第三者に対抗するには、民法第364条第1項に規定する指名債権質の対抗要件に基づき、質権設定者が確定日付のある証書によりこれを本件ゴルフ場経営会社に通知し、又は本件ゴルフ場経営会社が確定日付のある証書によりこれを承諾することを要し、かつ、そのことをもって足りるものと解するのが相当である。
ロ そうすると、原処分庁は、前記(2)のヘのとおり確定日付のある差押通知書により通知の手続を経ているが、質権設定者である請求人は、前記(2)のトのとおり本件ゴルフ場経営会社との間で確定日付のある証書による通知、又は承諾の手続を経ていないことから、第三者である差押債権者たる原処分庁には対抗できない。
 以上のことから、徴収法第65条において準用する同法第58条第2項の規定に基づき行われた本件会員証書の引渡命令は適法である。
(5)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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