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(平17.12.15裁決、裁決事例集No.70 259頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の祖父の相続財産についてした遺産分割協議に錯誤があり無効であったとして、請求人を含む相続人が再度の遺産分割協議をし、請求人がこれに基づき新たに財産を取得したところ、原処分庁が、この再度の遺産分割協議に基づく財産の取得は贈与に当たるとして、請求人に対し、贈与税の決定処分等をしたため、請求人がこの決定処分等の取消しを求めた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成14年分の贈与税について、申告書を提出しなかったところ、原処分庁は、平成16年6月30日付で別表1の「決定処分等」欄のとおりの決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ロ 請求人は、これらの処分を不服として、平成16年8月24日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月24日付で棄却の異議決定をした。
ハ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成16年12月20日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 亡Gは、昭和21年6月17日に孫である請求人と養子縁組をした。
ロ 亡Gは、昭和23年4月7日に亡Hと婚姻した。
ハ 亡Gは、昭和46年○月○日に死亡した。亡Gの法定相続人は、請求人、亡H及び亡Gの子であり請求人の母である亡Jの3人(以下「本件相続人ら」という。)で、法定相続分は各人3分の1である。
 なお、本件相続人らは相続税の申告を行い、納付すべき相続税額について10年間の延納の許可を受けた。併せて、遺産分割協議(以下「本件遺産分割」という。)を行い遺産分割協議書を作成した。
ニ 本件相続人らは、昭和46年9月1日に遺産分割協議(以下「第1次分割」という。)を行い、亡Gの財産のうち別表3の第1次分割欄に記載された土地についてそれぞれ相続を原因として、本件相続人ら各々単独の所有とする登記手続をした。
ホ 本件相続人らは、昭和51年8月31日に遺産分割協議(以下「第2次分割」という。)を行い、亡Gの財産のうち別表3の第2次分割欄に記載された土地について相続を原因として、本件相続人らの持分を各々3分の1とする登記手続をした。
ヘ 本件相続人らは、昭和62年5月5日に遺産分割協議(以下「第3次分割」という。)を行い、亡Gの財産のうち別表3の第3次分割欄に記載されたP市Q町a番地の土地について相続を原因として請求人の単独の所有とした上で、昭和62年8月31日、これを○○社に譲渡した。
ト 亡Jは、昭和62年○月○日に死亡した。亡Jの法定相続人は、請求人、子のKとLの3人である。
チ 請求人、亡H、K及びLは、平成元年4月22日に遺産分割協議(以下「第4次分割」という。)を行い、亡Gの財産のうち別表3の第4次分割欄に記載されたP市R町a番地の土地について相続を原因として請求人、亡H、K及びLの4人による共有とした上で、平成元年4月30日、これをMに譲渡した。
リ 請求人、亡H、K及びLは、平成2年11月22日に亡Gの遺産に係る最後の遺産分割協議(以下「第5次分割」という。)を行った。第5次分割の内容は、亡Gの財産のうち、亡Jの持分相当をKとLが相続することとし、このほかの土地、建物について、請求人と亡Hが各々2分の1の持分で共有とするものであり、請求人、亡H、K及びLは、相続を原因とした所有権の移転登記手続をした。併せて、第2次分割により本件相続人らの共有となっていたP市Q町b番地、同c番地の土地について、遺産分割を原因として亡Jの単独の所有とする登記手続をした。
ヌ 亡Hは、平成13年○月○日に死亡した。亡Hの法定相続人は亡Hの甥Nほか○名(以下「亡H相続人ら」という。)である。
ル 請求人、K、L及び亡H相続人らは、平成14年2月28日、次の内容の遺産分割協議をし、遺産分割協議証明書(以下「本件遺産分割協議証明書」という。)を作成した。
(イ)亡Gの遺産について、遺産分割協議を行う。
(ロ)上記(イ)の遺産分割協議において、亡Hに対する遺産分割の結果を相続人全員の合意をもって取り消す。
(ハ)相続により亡Gから亡Hに所有権移転登記された土地等のうち、亡Hの死亡時に亡Hに所有権移転登記がなされている土地等について、錯誤を登記原因として全部抹消した上、亡Gの養子である請求人に相続させる。
ヲ 請求人、K、L及び亡H相続人らは、平成14年4月1日、合意の取消しによる錯誤を原因として、第1次分割で亡H単独の名義とした土地(別表2の付番1の土地)については亡Hに対する所有権移転登記、第5次分割で請求人と亡Hの共有名義とした持分各2分の1の土地及び建物(別表2の付番1の土地を除く残余の土地及び建物。以下、別表2の土地及び建物を「本件土地建物」という。)については請求人及び亡Hに対する所有権移転登記の各抹消登記手続をした上、相続を原因として請求人に対する所有権移転登記手続をした(以下、これらの抹消登記及び所有権移転登記を「本件錯誤登記」という。)。

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2 主張

(1)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件決定処分について
(イ)遺産分割のやり直しが行われた場合の課税関係
 一度有効に成立した遺産分割協議に基づいて相続財産を分割した後、その分割によって共同相続人等に帰属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合は、当初の遺産分割について無効又は取り消し得べき原因があるなど、特段の事情がない限り、その再配分した財産は、遺産分割による取得とは関係なく、贈与や交換などによる財産の移転と考えるのが相当であり、その態様に応じ相続税以外の新たな課税関係が生ずる。
(ロ)本件遺産分割について
 本件遺産分割には、無効又は取り消し得べき原因があったとは認められない。
 なお、請求人が主張する「錯誤」は、民法第95条に規定する要素の錯誤には当たらない。仮に要素の錯誤に当たるとしても、請求人に重大な過失がある。
(ハ)本件錯誤登記による所有権移転について
 請求人は本件錯誤登記により、亡Hの所有権又は持分(以下「所有権等」という。)の移転を受けたところ、これは、請求人、K、L及び亡H相続人らが亡Hに対する本件遺産分割を取り消した上、請求人に対して無償で行われたものである。したがって、請求人に対する亡Hの所有権等の移転は、贈与に当たり、贈与税の課税対象になる。
(ニ)本件決定処分による納付すべき税額
 贈与税の課税価格は、請求人が取得した財産の価額の合計額から基礎控除額を差し引いた○○○円(千円未満切捨て)となり、また、納付すべき税額は○○○円となり、この金額は本件決定処分の額と同額となるので、本件決定処分は適法である。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件決定処分は適法であり、また、本件決定処分により増加した納付すべき税額の計算の基礎となった事実には、国税通則法(以下「通則法」という。)第66条《無申告加算税》第1項に規定する無申告加算税を賦課しない場合の正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいて行った本件賦課決定処分は適法である。

(2)請求人

 原処分は次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件決定処分について
(イ)本件遺産分割について
 請求人は、昭和21年、W家の跡取りとして亡Gと養子縁組をした。当時は、親族・相続法の改正前であり、家督相続的な考え方が残っていたため、請求人と亡Hとの間で養子縁組の必要性が認識されていなかった。
 本件遺産分割の当時、本件相続人らの間では、亡Gの相続財産のうち亡Jが相続した財産を除く財産のすべてを請求人がW家の跡取りとして相続すべきであるとの認識で一致していた。
 そして、本件相続人らは、請求人と亡Hとの間に養親子関係があり、亡Gの財産はすべて将来亡Hが死亡したときには請求人が相続するとの共通の認識の下、本件遺産分割を行った。なお、亡Hに亡Gの相続財産の一部を相続させたのは、相続税の負担軽減のためであった。
 したがって、本件遺産分割の当時、本件相続人らが請求人と亡Hとの間に養親子関係がないことを知っていれば、少なくとも養親子縁組が調うまで、亡Hに亡Gの遺産を相続させる遺産分割協議を行うはずがなかったのであり、W家の財産を散逸させるような行為をあえて行わなかったのであって、本件遺産分割に要素の錯誤があった。
(ロ)本件錯誤登記による所有権移転について
 上記(イ)のとおり、本件遺産分割には要素の錯誤があって無効であるため、相続人間で遺産分割のやり直しをしたものである。したがって、請求人が本件錯誤登記によって亡Hの所有権等の移転を受けたのは、亡Gの相続財産についての遺産分割によるものであるから、本件決定処分は違法である。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件決定処分は違法であるから、本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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3 判断

(1)本件決定処分について

イ 遺産分割のやり直しが行われた場合の課税関係
 遺産分割協議がいったん成立すると、相続開始時に遡って同協議に基づき相続人に分割した相続財産が確定的に帰属する。したがって、遺産分割協議をやり直して相続財産を再配分したとしても、当初の遺産分割協議に無効又は取り消し得べき原因がある場合等を除き、相続に基づき相続財産を取得したということはできない。そして、この場合、対価なく財産を取得したとすれば、贈与とみるほかはない。
 亡Gの相続財産について、本件遺産分割が成立し、これに基づき相続財産の分配がされた後、遺産分割をやり直し、請求人が、本件錯誤登記により、亡Hの所有権等の移転を受けたことは、本件遺産分割に無効又は取り消し得べき原因等がなければ、贈与ということになる。
ロ 本件遺産分割について
(イ)認定事実
A 本件遺産分割に係る遺産分割協議書については、本件相続人ら各々法定相続分3分の1の持分で相続する旨を内容として作成され、第1次分割から第5次分割は、本件遺産分割に基づき、具体的に財産の帰属を確定したものと推認できる。
B 亡Gに係る相続税の申告に当たっては、相続税法第19条の2《配偶者に対する相続税額の軽減》に規定する配偶者の税額軽減の特例を受けて申告したと推認できる。
C 第1次分割では、亡Gの財産のうち、亡Hは亡Hが居住している建物の敷地(土地)を、亡Jは亡Jが居住している建物の敷地(土地)を、請求人はそれらの土地の価額に見合う別の土地を特定して取得した。
D 第2次分割では、現在、Lが居住している建物の敷地(土地)を本件相続人ら各々持分3分の1の共有としたが、Lの希望もあったことから、第5次分割の際に亡Jの単独の所有としこれをLが相続により取得した。
E 第5次分割は、それまで分割済みの土地も含めて本件相続人らの持分の最終調整を行ったもので、法定相続分に応じて分割するという本件相続人らの合意に基づいて登記手続を行ったものと推認できる。
F 第5次分割までの間、上記C及びD以外の財産の維持管理や収益の管理、納税については亡Jの生存中は亡Jが、亡Jが死亡した昭和62年からは請求人が行っていた。また、地代等の税務申告については、昭和50年代後半から請求人の名義で行っていた。
(ロ)要素の錯誤
A 請求人は、亡Hと養親子関係がないことを知らないで行った本件遺産分割は、法律行為の要素に錯誤があり、養親子関係がないことを知っていれば亡Hに亡Gの遺産を相続させる本件遺産分割を行うはずはなかったとして、本件遺産分割が錯誤により無効である旨主張する。
B 確かに、本件遺産分割当時において、請求人と亡Hとの間に養親子関係があったとすれば、本件遺産分割によって亡Hが相続した財産がその後亡Hの死亡による相続の際に唯一の法定相続人である請求人が相続することとなる関係は一応認められる。
C しかしながら、請求人の主張は、亡Gの相続財産のうち亡Jが相続した財産を除く財産は、請求人がW家の跡取りとしていずれ取得することになっていたことを前提にしているが、採用することができない。その理由は、次のとおりである。
(A)亡Hが相続した亡Gの相続財産について、後に、請求人が亡Hの相続人として相続することと、請求人が亡Hが相続するはずの亡Gの相続財産を直接相続することとは、法律関係が異なる。すなわち、請求人と亡Hとの間に養親子関係があったとして、請求人が亡Hが相続した亡Gの相続財産をすべて相続するのは、請求人の当然の権利ではない。亡Hは、請求人以外の者と養子縁組をすることも考えられ、亡Hの相続人が請求人のみであるということにはならない。また、亡Hは、本件遺産分割によって取得した財産を第三者に譲渡し、又は請求人以外の第三者に遺贈することなども考えられる。
(B)本件遺産分割の当時、本件相続人らが、請求人がW家の跡取りとして亡Gの相続財産のうち亡Jが相続する財産を除く残余の財産を相続するという共通の認識があったとする証拠はない。すなわち、亡Hは、請求人が亡Hの養子であった場合、亡Hの死亡により、亡Hが亡Gから相続した財産について、請求人が相続により取得することになるという認識をしていた可能性はあるが、亡Hと請求人との間に養親子関係がない場合、亡Hが自己の相続すべき財産について、請求人が直接相続する必要があるところ、亡Hがその相続すべき権利を放棄したとする証拠はない。
(C)亡Hと請求人との間に養親子関係がないとしても、亡Hは、本件遺産分割の後、請求人と養子縁組をすることや請求人に対する遺贈等をすることによって、請求人に財産を取得させることも可能であったところ、これらの行為をしていない。
 以上の点は、亡Hが自己の相続すべき権利を放棄する意図があったとの認定の妨げとなる事情である。
(D)以上のようにみてくると、本件遺産分割については、請求人と亡Hとの間の養親子関係の有無に関係なく、本件相続人らは、ほぼ法定相続分に応じて分割したとみるのが相当と認められる。
D 以上によると、請求人と亡Hとの間に養親子関係があったとしても、請求人が主張するように、請求人が本件土地建物を亡Hからの相続により取得することになるとは限らず、また、請求人が亡Hとの間に養親子関係がないことを知っていたとしても、請求人が主張するような遺産分割協議が成立するという必然性も認められない。そうすると、請求人の主張する「錯誤」は、遺産分割協議の動機に関するものであり、この動機が遺産分割協議の際に表示されていたとしても、本件遺産分割の内容と異なる内容の遺産分割協議がされたということにもならないから、民法第95条に規定する法律行為の要素の錯誤ということはできず、結局、請求人の思い違いないし勘違いにすぎないというほかはない。
(ハ)まとめ
 本件遺産分割に要素の錯誤があったとは認めることはできないから、本件土地建物は、請求人が亡H相続人らから贈与により取得したものと認めるのが相当である。これにより、平成14年分の贈与税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、いずれも本件決定処分の額と同額となるので、本件決定処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 本件決定処分は、上記(1)のとおり適法であるところ、期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由がある場合に該当しないので本件賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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