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(平17.10.4裁決、裁決事例集No.70 353頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、被相続人E(以下「亡E」という。)の死亡により、いわゆる取引相場のない株式であるF社の株式(以下「本件株式」という。)を相続した審査請求人G、H及びJ(以下「請求人ら」という。)が、本件株式の価格を財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)180《類似業種比準価額》による評価方式(以下「類似業種比準方式」という。)によって評価する際、配当金額、利益金額を、相続開始直前5年間の業績を基に算定、申告したところ、原処分庁が、直前2年間の業績を基に算定して原処分を行ったため、評価通達は納税者を拘束するものではなく、仮に評価通達によるとしても、利益、損失の変動の激しい法人においては、評価会社の業績を最大限5年間さかのぼって評価すべきであるとして、原処分庁が請求人らに行った亡Eに係る相続税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)の全部の取消しを求めた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 審査請求(平成16年11月12日請求)に至る経緯及び内容は、別表1のとおりである。
 なお、請求人らは、Gを総代として選任し、その旨を平成16年11月17日に届け出た。

(3)関係法令及び関係通達

 別紙のとおりである。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ F社は、P市Q町○−○に本店を置き、港湾工事の設計及び工事監理等を目的とする会社であり、総合工事業を主たる業としている。
ロ F社は、事業年度をその年の4月1日から翌年の3月31日までとする会社で、法人税法第2条《定義》第10号に規定する同族会社であり、その発行する株式はいわゆる取引相場のない株式である。
ハ 亡Eは、平成14年4月27日に死亡し、亡Eの子である請求人らが亡Eの財産を相続した(以下、この相続を「本件相続」という。)。
ニ 亡Eは、本件株式を177,360株所有していたが、本件相続の開始により、請求人らは、本件株式をそれぞれ59,120株ずつ取得した。
ホ F社の、本件相続開始直前の期末以前1年間における従業員数は100人以上である。
ヘ 請求人らは、平成15年2月27日、原処分庁に対し、別表1の「申告」欄記載のとおり、本件相続に係る相続税の申告をした。

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2 争点

 本件の争点は、以下のとおりである。

(1)争点1

 評価通達に基づいて相続財産の時価を算定することの可否。

(2)争点2

 本件株式の価額を類似業種比準方式により評価する際に、配当金額、利益金額を本件相続開始直前5年間の業績を基に算定すべきか否か。

3 主張

 当事者双方の主張は、以下のとおりである。

原処分庁

(1)争点1について
 相続税法は、時価の評価方法については何ら定めていないが、租税平等主義の観点から、評価通達に定められた評価方法が合理的である限り、これを形式的にすべての納税者に適用することによって租税負担の実質的な公平をも実現することができるから、評価通達による時価の判断は違法ではない。
(2)争点2について
 以下の理由から、評価通達に基づき本件株式の評価を算定することは適法である。
イ 相続税の課税においては、評価通達に定められた評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことにより、実質的な租税負担の平等を著しく害されることが明らかな特別の事情がない限り、評価通達に基づく価額をその財産の時価と解するのが相当である。
 そして、類似業種比準方式は、標本会社として事業内容の類似する会社を相当数選定し、その株価と株価構成要素としての配当金額、利益金額、純資産価額(簿価)の3比準要素を一定の数式により比準して株式を評価しようとするものであって、株価がその会社の有する収益力と資産価値を基本要素として構成されていることにかんがみれば、類似業種比準方式は一般的に認められる理論的な株価要因をすべて盛り込んだ妥当なものである。
ロ 類似業種比準方式は標本会社の株価構成要素とF社の株価構成要素の比準係数の取り方が同一であることを前提とする必要があるところ、F社のみ5事業年度もさかのぼった係数により比準することはもはや合理的とはいえない。
ハ また、F社の株の評価額に格差が生じたとしても、それが同社の利益金額等の変動に起因する限り、やむを得ないものであり、これをもって、本件通達の適用が公正さを欠くこととはならない。

請求人

(1)争点1について
 評価通達は法律ではないから、この通達で納税者を拘束することはできない。
 したがって、評価通達を基になされた本件各更正処分は違法である。
(2)争点2について
 仮に、評価通達による相続財産の時価算定が認められるとしても、本件においては、以下の理由から、本件相続開始直前5年間の業績を基に算定されるべきである。
イ 評価通達1の(3)に「財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。」と定められているとおり、財産の評価にあたっては、影響を及ぼすべきすべての事情が考慮されなければならず、評価通達は弾力的に運用されるべきである。
 そして、相続開始という偶然の出来事に際し、偶発的理由で高額の利益が出たり、多額の損失が出たりという事情により株価が算定されるのでは不公平で安定性を欠くことになるから、利益、損失の浮沈、変動の激しい法人においては、1株当たりの配当金額及び利益金額の算定にあたり、評価会社の業績を最大限5事業年度までさかのぼって評価することが、客観的に公正、公平な株価を算定するために必要である。
ロ そして、本件において〔1〕F社の株価は本件相続開始前の1年3か月間で4.99倍になっていること、〔2〕F社の平成14年3月期の申告所得が突出し、その余の期も利益、損益の変動が激しいことからすれば、F社の株式の評価に際しては、評価会社の1株当たりの配当金額及び同利益金額の算定に際し、本件相続開始日の5事業年度までさかのぼって評価すべきであり、このようにして算定すると、1株当たりの価額は2,017円となる。

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4 判断

 本件各争点につき、当審判所は以下のとおり判断する。

(1)本件各更正処分について

イ 争点1について
(イ)相続税法第22条《評価の原則》は、相続財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得時における時価による旨規定しているところ、ここにいう時価とは、相続開始時におけるその財産の客観的な交換価値をいうものと解するのが相当である。
 しかしながら、相続財産の客観的交換価値は、必ずしも一義的に確定されるものではない。そして、相続財産の客観的な交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることは避け難く、また、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等から、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみても合理的である。
 このような見地から、相続財産評価の一般的基準は評価通達によって定められ、そこに定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされている。
 したがって、租税平等主義の観点からしても、評価通達に定められた評価方式が合理的なものである限り、評価通達に規定された評価方法によって画一的に評価するのが相当である。
(ロ)以上からすれば、評価通達に定められた相続財産評価の一般基準が合理的なものであり、かつ、評価通達の定めにより難い特別の事情が存しない限り、評価通達の定めるところにより相続財産を評価することが違法ということはできないというべきであり、請求人の主張には理由がない。
ロ 争点2について
(イ)取引相場のない株式については、そもそも上場株式のように大量かつ反復継続的な取引は予定されていないこと、また、取引事例が存するとしてもその数がわずかにすぎないので、当該実例価格が当該株式の客観的交換価値を反映したものと評価することはできない。
 そして、取引相場のない株式は、現実の株式の多数を占めており、その発行会社の規模や株主の構成等は千差万別であるところから、評価通達は、これらの実態を踏まえ、取引相場のない株式の価額について適正な評価を行うため、評価会社をその事業規模に応じて区分している。
 このうち、大会社は、上場株式に匹敵するような規模の会社であって、その株式が通常取引されるとすれば上場株式の取引価格に準じた価額が付されることが想定されるため、上場会社の株式の評価との均衡を図り、現実に流通市場において価格形成が行われている株式の価額に比準して評価することが合理的であることから、評価会社の配当、利益及び純資産の各要素を評価会社と事業内容が類似する上場会社のそれらの平均値と比較の上、上場会社の株価に比準して評価会社の1株当たりの価額を算定する方法である「類似業種比準方式」を採用したものであり、このような評価方法は、当審判所においても合理的であると認められる。
(ロ)そして、類似業種比準方式においては、別紙のとおり、「1株当たりの配当金額」は、過去2年間の平均配当金額によることとされ、また、「1株当たりの利益金額」は、評価会社において、課税時期の直前期末以前の1年間の利益金額がその前年の利益金額を大きく上回ることとなる場合には、納税義務者の選択により、直前期末以前2年間の利益金額を基として1株当たりの利益金額を計算することが認められている。
 この点、請求人らは、評価会社の1株当たりの配当金額及び利益金額については、本件相続開始日の直前の5年間の業績を基にすべきである旨主張する。
 しかしながら、相続税法第22条によれば、相続財産の評価は、その取得時における時価によることとなっている以上、その算定に当たり評価会社の要素を考慮するに際しても、取得時点よりあまり長期にまでさかのぼって評価するのは相当でない。
 また、評価通達における類似業種比準方式は、株式の価格形成の基本要素として考えられている上記3要素(配当金額、利益金額、純資産金額)を比準要素とし、標本会社の数値と評価会社の数値を同一の基準により算定するなど所定の措置を講じることにより、評価上の恣意性の排除、評価の統一性、画一性、安定性の担保に配意したものであるところ、評価会社の数値のみを課税時期の直前5年間の業績を基に算定するとすれば類似業種比準方式の合理性自体が失われるおそれがあるのみならず、請求人が主張するように、評価会社の利益、損失の変動が激しいか否かによって評価会社の1株当たりの配当金額及び利益金額の算定基準とする年数を変更するとすれば、「評価会社の利益、損失の変動が激しいか否か」というあいまいな基準によって評価会社の1株当たりの配当金額、利益金額の算定基準が異なることになり法的安定性を害する上、評価を行う者によって異なった評価がなされるおそれがあり、税負担の公平という要請に反するのみならず、その評価に課税権者の恣意が介入し、課税の公平を欠くおそれもある。
(ハ)さらに付言すれば、F社のような総合工事業を主たる業としている業種においては、大型工事の受注等による利益の変動は、経常的に生じる事情であり、評価会社であるF社に特有の事情とはいえないから、このことをもって、評価通達の適用が違法であると認めることはできない。
(ニ)以上のとおり、評価通達に定められた類似業種比準方式は合理的なものと認められ、原処分庁が評価通達に定める類似業種比準方式により本件株式を評価したことは相当であるから、請求人の主張には理由がない。
ハ 請求人らの課税価格
 当審判所が評価通達の定めに従ってF社の1株当たりの株式の価額を算定すると、別表2のとおり7,022円(原処分における算定額と同額)となる。
 そして、この金額を基に請求人らの課税価格を算定すると、Gが○○○円、Hが○○○円及びJが○○○円となり、本件各更正処分のそれらと同額であるから、本件各更正処分は適法である。

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(2)本件各賦課決定処分について

 以上のとおり、本件各更正処分は適法であり、また、請求人らは、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件各更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいて行われた本件各賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人らはこれを争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

別紙 関係法令及び関係通達

1 相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。)第22条《評価の原則》は、相続又は遺贈により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価による旨を規定している。
2 評価通達1《評価の原則》の(2)は、財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による旨を定め、同(3)は、財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する旨を定めている。
3 評価通達は、取引相場のない株式の評価について以下のとおり定めている。
(1)取引相場のない株式とは、上場株式及び気配相場等のある株式以外の株式をいい、その価額は、銘柄の異なるごとに、一株単位で評価する(評価通達168)。
(2)取引相場のない株式は、同族株主以外の株主等が取得した株式(評価通達188)又は特定の評価会社の株式(評価通達189)に該当する場合を除き、評価しようとするその株式の発行会社(以下「評価会社」という。)を、大会社、中会社又は小会社に区分した上、大会社の株式については、原則として、下記(4)の評価額(評価通達179(1))により評価する(評価通達178)。
(3)大会社とは、従業員数が100人以上の会社又は下記のいずれか1に該当する会社をいう(評価通達178)。

区分の内容純資産価額(帳簿価額によって計算した金額)及び従業員数直前期末以前1年間における取引金額
卸売業20億円以上(従業員数が50人以下の会社を除く。)80億円以上
小売・サービス業10億円以上(従業員数が50人以下の会社を除く。)20億円以上
卸売業、小売・サービス業以外10億円以上(従業員数が50人以下の会社を除く。)20億円以上

(4)大会社の株式の価額は、類似業種比準価額によって評価する。ただし、納税義務者の選択により、1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって計算することができる(評価通達179(1))。
(5)類似業種比準価額は以下のように算定される(評価通達180)。
A 類似業種比準価額は、類似業種の株価並びに1株当たりの配当金額、年利益金額及び純資産価額(帳簿価額によって計算した金額)を基とし、次の算式によって計算した金額とする。この場合において、評価会社の直前期末における資本金額を直前期末における発行済株式数で除した金額(以下「1株当たりの資本金の額」という。)が50円以外の金額であるときは、その計算した金額に、1株当たりの資本金の額の50円に対する倍数を乗じて計算した金額とする。
 A×[{(b/B)+(c/C)×3+(d/D)}÷5]×0.7
(注)1 Aは、類似業種の株価を示し、b、c及びdは、それぞれ評価会社の直前期末における1株当たりの配当金額、直前期末以前1年間における1株当たりの利益金額及び直前期末における1株当たりの純資産価額(帳簿価額によって計算した金額)を示し、B、C及びDは、それぞれ課税時期の属する年の類似業種の1株当たりの配当金額、年利益金額及び純資産価額(帳簿価額によって計算した金額)を示す。
2 上記算式中の「0.7」は、評価通達178に定める大会社の株式を評価する場合の係数である。
B 上記Aの評価会社の比準要素の算定は次のとおりである。
(A)評価会社の直前期末における1株当たりの配当金額「b」は、評価会社の直前期末以前2年間における利益の配当金額(将来毎期継続して配当することが予想できない金額を除く。)の合計額の2分の1に相当する金額を、直前期末における発行済株式数(1株当たりの資本金の額が50円以外の金額である場合には、直前期末における資本金額を50円で除して計算した数によるものとする。以下において同じ。)で除して計算した金額である(評価通達183(1))。
(B)評価会社の直前期末以前1年間における1株当たりの利益金額「c」は、評価会社の直前期末以前1年間における法人税の課税所得金額(固定資産売却益、保険差益等の非経常的な利益の金額を除く。)に、その所得の計算上益金に算入されなかった利益の配当等の金額(所得税額に相当する金額を除く。)及び損金に算入された繰越欠損金の控除額を加算した金額(その金額が負数のときは、0とする。)を直前期末における発行済株式数で除して計算した金額である。ただし、納税義務者の選択により、直前期末以前2年間の各事業年度について、それぞれ法人税の課税所得金額を基とし上記に準じて計算した金額の合計額(その金額が負数のときは、0とする。)の2分の1に相当する金額を直前期末における発行済株式数で除して計算した金額とすることができる(評価通達183(2))。
(C)評価会社の直前期末における1株当たりの純資産価額(帳簿価額によって計算した金額)「d」は、評価会社の直前期末における資本金額、法人税法第2条第17号に規定する資本積立金額及び同条第18号に規定する利益積立金額に相当する金額(法人税申告書別表五(一)「利益積立金額の計算に関する明細書」の差引翌期首現在利益積立金額の差引合計額)の合計額を直前期末における発行済株式数で除して計算した金額である(評価通達183(3))。
C 上記Aの類似業種の比準要素の算定は次のとおりである。
(A)類似業種の株価「A」は、課税時期の属する月以前3か月間の各月の類似業種の株価のうち、最も低いものとする。ただし、納税義務者が、類似業種の前年平均株価を選択したときは、これによることができる(評価通達182)。
(B)類似業種の1株当たりの配当金額「B」は、各標本会社について、直前期末以前2年間の利益の配当金額(将来毎期継続して配当することが予想できない金額を除く。)を基に算定した1株当たりの年平均配当金額の合計額を、標本会社数で除して計算した金額である(評価通達183−2)。
(C)類似業種の1株当たりの利益金額「C」は、各標本会社について、直前期末以前1年間における法人税の課税所得金額に、その所得の計算上益金に算入されなかった利益の配当等の金額(所得税額に相当する金額を除く。)及び損金に算入された繰越欠損控除額を加算した金額(その金額が負数のときは、0とする。)を基に計算した1株あたりの金額の合計額を、標本会社数で除して計算した金額である(評価通達183−2)。
(D)類似業種の1株当たりの純資産価額「D」は、各標本会社について、直前期末における資本金額、法人税法第2条第17号に規定する資本積立金額及び同条第18号に規定する利益積立金額に相当する金額の合計額を基にして計算した1株当たりの金額の合計額を、標本会社数で除して計算した金額である(評価通達183−2)。

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