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(平18.6.6裁決、裁決事例集No.71 706頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人E、同F及び同G(以下、3名を併せて「請求人ら」という。)が、Eが相続により取得した後記(4)のロの本件宅地及びQ市宅地について、租税特別措置法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下「措置法」という。)第69条の4《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》第1項の規定(以下「本件特例」という。)を適用して申告したところ、原処分庁が本件宅地には本件特例の適用ができないとして更正処分等を行ったのに対し、請求人らが本件特例の要件を具備した適法なものであるとしてその全部の取消しを求めた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 審査請求(平成17年12月15日)に至る経緯は、別表のとおりである。
 なお、請求人らは、Eを総代として選任し、その旨を平成17年12月28日に届け出た。

(3)関係法令

 関係法令の要旨は、別紙のとおりである。

(4)基礎事実

イ 被相続人H(以下「本件被相続人」という。)の法定相続人は、請求人らの3名である。
ロ 本件被相続人の長女であるEは、相続によりP市駅p町○−○−○のマンション(以下「本件マンション」という。)の敷地である同町○−○の宅地の一部(地積26.958007956平方メートル。以下「本件宅地」という。)及びQ市q町○−○の家屋(以下「Q市家屋」という。)の敷地である同町○−○の宅地(地積122.00平方メートル。以下「Q市宅地」という。)を取得した。
ハ 本件被相続人は、Q市家屋の隣地において○○店を営んでいた。

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2 争点

 本件宅地について、本件特例の適用ができるか否か。

3 主張

(1)請求人ら

 本件宅地及びQ市宅地とも本件被相続人が居住の用に供していた宅地であり、また、両方の宅地の地積の合計は148.958007956平方メートルで、本件特例の面積要件200平方メートル以下であるので、本件宅地についても、本件特例の適用を認めるべきである。
イ 本件特例は、昭和58年に措置法第70条として新設されたものが、改正を重ねて今日の措置法第69条の4に至っている。
 本件特例は、昭和50年6月20日付直資5−17「事業又は居住の用に供されていた宅地の評価について」通達によるそれまでの税務の取扱いを発展的に吸収して制定されたものであり、この通達では、居住の用のものは1か所だけが適用対象となると明記されていたが、この法律ではそのような文言は採用されず、面積のみが制限されている。
 その後の度々の改正でも、適用対象を1か所に限定する文言は一度も盛り込まれていない。
 また、本件特例の適用の限度面積200平方メートルは約60坪で、これは小規模な家1軒分の宅地に相当する。つまり、本件特例の適用対象を1か所に制限するよりも、小規模な家1軒分に相当する敷地面積を限度として相続税を軽減する方が納税者間の課税の公平が達成されるというのが、この法律の立法の趣旨であると考える。
 以上のとおり、本件特例の立法の経緯、趣旨からみて、本件特例が適用される対象は、1か所に制限されるものではない。
ロ 原処分庁の法令解釈及び事実認定には、次のとおり誤りがある。
(イ)原処分庁は、被相続人の「居住の用に供されていた宅地等」とは、被相続人が相続開始当時に「生活の本拠(住所)」を置いていた場所である旨主張するが、租税特別措置法通達31の3−2《居住用家屋の範囲》及び相続税コンメンタールの本件特例の解説では「生活の拠点」と説明されており、「生活の本拠」とするのは誤りである。
 拠点とは、活動の足場となる地点、場所、組織、足場のことであり、よりどころとなる場所を意味し、数を限定する意味をもたないから、「居住の用に供されていた宅地等」は1か所に制限されない。
(ロ)原処分庁は、措置法において特に定義が定められていない概念については、特段の事情がない限り相続税法と同意義に解すべきであると主張するが、相続税法には住所の規定はあっても、「居住の用に供する」ことの定義は記載されていない。
 譲渡所得の課税の特例である措置法第31条の3《居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例》及び同法第35条《居住用財産の譲渡所得の特別控除》において、「居住の用に供している家屋」、つまり生活の拠点となる家屋が2以上ある場合は、それぞれの課税の特例の条文ごとに、その特例の適用対象となる家屋の数を限定する規定を設けているが、本件特例については、適用対象となる家屋の数を限定する規定はないので、家屋の数の限定はないものと解するのが相当である。
(ハ)原処分庁は、本件マンションの利用は臨時的なものと断定しているが、本件被相続人が死の直前7か月間ほとんど利用していないのは、再手術とそれに伴う入院や、その後の療養により利用できなかっただけであり、本件マンションは病気克服後には、再び生活の拠点として利用しようと考えていたものであり、本件マンションへの入居目的及び入居の動機は一時的臨時的なものではない。

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(2)原処分庁

 本件宅地は、次のとおり、本件被相続人の居住の用に供されていた宅地とは認められないから、本件特例を適用することはできない。
イ 原処分に係る調査及び異議申立てに係る調査において、次の事実が認められる。
(イ)本件被相続人が金融機関等の取引口座の開設等に伴い提出した書類及び請求人らが本件被相続人の相続に伴う手続のために金融機関等に提出した書類など、いずれの書類等においても、本件被相続人の住所はQ市q町となっており、平成14年11月○日に死亡するまで住所の移転は行われていない。
(ロ)E及びその夫であるJ(以下「Eら」という。)は、異議申立てに係る調査担当者に対して、要旨次のとおり申述している。
A 本件被相続人は、その配偶者であるKが死亡した平成13年4月○日以後は、一人住まいであった。
B 本件被相続人は、本件マンションに平成13年9月終りに家具等を搬入してから利用を始め、同年11月ごろから平成14年3月ごろまで本件マンションに一人で宿泊することがあった。
 なお、本件マンションは、本件被相続人が毎週金曜日にR市r町やS駅近くに○○の仕入れのために行っていたので、その際利用していた。
C 本件被相続人は、平成14年4月○日に手術してから死亡するまで入退院を繰り返したが、その間、病院に入院した以外はQ市家屋で療養していた。
D 本件被相続人は、平成14年11月○日にQ市家屋で死亡した。
ロ 本件特例の「居住の用に供する」とは、被相続人等が生活の本拠を置いていた場所をいい、生活の本拠については、被相続人等の日常生活の状況、例えば、継続的に真に居住する意思をもって起居するなど、実質的に生活の拠点として利用していた場所であったかどうか等の事情を総合勘案して、社会通念に照らして客観的に判断すべきである。
 また、「相続の開始の直前」とは、相続の開始時点のすぐ前を意味し、実質的には、当該相続の開始当時という意味と同意語である。
 したがって、本件特例にいう、相続開始の直前において、被相続人の居住の用に供されていた宅地等とは、被相続人が相続開始当時に生活の本拠を置いていた場所をいうことになる。
 相続税法第1条等にみられる「住所」については、民法の借用概念と解され、相続税法基本通達1・1の2共−5《「住所」の意義》(平成15年6月24日付課資2−1の改正前の番号で記載。)では、法に規定する住所とは、各人の生活の本拠をいうのであるが、その生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判断するものとする。この場合において、同一人について同時に法施行地に2か所以上の住所はないものとする旨定めている。
 措置法において特に定義が定められていない概念については、特段の事情がない限り相続税法と同意義に解すべきところ、同一人について同時に2か所以上の住所(生活の本拠)を認めていない以上、本件特例の解釈上も被相続人の居住の用に供されていた宅地(生活の本拠)も1か所に限られると解するのが相当である。
 なお、本件特例は、個人事業者等の事業の用又は居住の用に供する小規模宅地が相続人等の生活基盤維持のために不可欠のものであって、その処分について相当の制約を受けるのが通常であることから、従来通達により取り扱われていたものが、法定化された時期の地価動向にかんがみ、小規模宅地の処分についての制約面に一層配意し、特に事業用土地については、事業が雇用の場であるとともに取引先等と密接に関連している等事業主以外の多くの者の社会的基盤として居住用土地にない制約を受ける面があること等に顧み、従来の通達による取扱いの内容である「被相続人の事業の用又は居住の用に供されていたもの」等を対象としていたものを「被相続人又は被相続人と生計を一にしていた親族の事業の用又は居住の用に供されていたもの」等を対象とするなど発展的に吸収して相続税の課税上特別の配慮を加えることとして創設されたものとされている。
 したがって、本件特例の立法の経緯、趣旨からすれば、本件特例は、被相続人が居住の用に供していた宅地等の範囲が拡大されたものではなく、被相続人が居住の用に供していた宅地等が2か所以上ある場合には、被相続人が主として居住の用に供していた宅地等の部分に限って本件特例の適用があるものと解される。
ハ これを本件について検討すると、本件被相続人の相続開始当時の生活の本拠は、前記イの事実等からQ市家屋であると認められるから、本件被相続人の相続の開始の直前において、本件被相続人の居住の用に供されていた宅地はQ市宅地となる。
 なお、本件被相続人が、前記イの(ロ)のEらの申述のとおり、本件マンションを利用していたとしても、その利用は平成14年3月ごろまでの、かつ、臨時的なものであり、また、上記のとおり、相続開始当時の生活の本拠はQ市家屋であると認められ、本件宅地が本件被相続人の相続の開始の直前において、本件被相続人の居住の用に供されていた宅地とは認められない。
 したがって、本件宅地に本件特例の適用はない。

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4 判断

(1)原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ 本件被相続人とKは、Q市家屋に平成6年5月1日から居住していたが、平成13年4月○日にKが死亡したため、それ以後、本件被相続人は一人住まいであった。
 なお、本件被相続人の住民票は、平成6年5月1日にQ市家屋の住所地に転入後、異動していない。
ロ 本件被相続人は、平成12年12月に手術入院し、平成13年3月中旬に退院した。
ハ 本件マンション購入の経緯について、Eらは、異議申立てに係る調査担当者に対して、要旨次のとおり、申述している。
(イ)本件被相続人は、R市へ○○の仕入れ等のために出かけるのにQ市家屋では不便であったため、本件マンションを平成13年6月に購入した。
(ロ)本件被相続人は、その後同年9月終わりに、百貨店で購入した家具等を搬入し、本件マンションの生活に慣れるため、Eや孫と時々宿泊していた。
(ハ)本件被相続人は、平成14年春からは、週の半分をQ市家屋で事業をすることに充て、残りを本件マンションで過ごすため文化講座の申込みなども行ったが、平成14年4月○日に再手術を行うこととなった。
ニ 本件被相続人は、再手術後、Q市家屋での療養と入院を繰り返した後、平成14年11月○日にQ市家屋で死亡した。
(2)本件特例は、個人が相続により取得した財産のうちに、当該相続の開始の直前において、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等で一定の建物等の敷地の用に供されているものがある場合には、当該宅地等のうち一定の限度面積要件(当該宅地等の全てが本件特例の第2号に該当する場合は200平方メートル以下)を満たす部分については、相続税の課税価格に算入されるべき価額を、減額する旨規定している。
 ここにいう「居住の用に供されていた宅地等」とは、相続の開始の直前において、被相続人等が現に居住の用に供していた宅地等を意味し、被相続人の死亡直前に現に生活の拠点として使用していたことが必要であり、具体的には、被相続人のその建物への入居目的、日常生活の状況、その建物の構造及び設備の状況、生活の拠点となるべき他の建物の有無その他の事実を総合勘案して、社会通念に照らして客観的に判断すべきであると解される。
(3)これを本件についてみると、Eらが申述するように、本件被相続人が、平成13年6月に購入した本件マンションに、同年9月に家具等を搬入し、手術のため入院するまでの間に数度Eや孫とともに宿泊していたとしても、平成14年4月○日に再手術してから、Q市家屋で死亡するまでの間は、病院に入院した以外はQ市家屋で療養していたことが認められる。
 また、本件被相続人が、本件マンションを購入して時々利用するうちに週の半分をQ市家屋で、週の半分を本件マンションで過ごす意向を持っていたとしても、その意向は実現されておらず、本件被相続人の生活の拠点は、本件マンション購入後も依然としてQ市家屋であったと認められる。
 以上の事実からみて、本件被相続人が相続の開始の直前において本件マンションを生活の拠点として使用していたとは認められないことから、本件マンションの敷地である本件宅地には本件特例を適用することはできない。
 なお、請求人らは、本件宅地及びQ市宅地とも本件被相続人が居住の用に供していた宅地であることを前提に、両方の宅地の地積の合計が200平方メートル以下であるので、本件宅地についても、本件特例の適用を認めるべきである旨主張する。
 しかしながら、本件特例は、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等は、一般にそれが相続人等の生活基盤の維持のために欠くことのできないものであって、相続人において事業の用又は居住の用を廃してこれを処分することに相当の制約があるのが通常であることから、相続税の課税上特別の配慮を加えることとしたものであり、このような本件特例の立法趣旨からすれば、本件特例の対象となる被相続人の居住の用に供されていた宅地等は、相続人等の生活基盤の維持に必要なものに限定すべきであると認められ、被相続人が生前に居住用の宅地を複数保有していた場合であっても、正に相続開始の直前において現に居住の用に供していた宅地の部分に限って本件特例の適用があると解するのが相当であり、この点に関する請求人らの主張は採用できない。
(4)以上のことから、本件宅地について本件特例の適用ができないとした平成14年11月○日相続開始に係る相続税の更正処分は適法である。
(5)また、過少申告加算税の賦課決定処分を含め、原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

別紙 関係法令の要旨

措置法第69条の4《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》

(第1項)
 個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに、当該相続の開始の直前において、当該相続若しくは遺贈に係る被相続人若しくは当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等で財務省令で定める建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの又は国の事業の用に供されている宅地等で財務省令で定める建物の敷地の用に供されているもので政令で定めるもの(以下「特例対象宅地等」という。)がある場合には、当該相続又は遺贈により財産を取得した者に係るすべての特例対象宅地等のうち、当該個人が取得をした特例対象宅地等又はその一部でこの項の規定の適用を受けるものとして政令で定めるところにより選択をしたもの(以下「選択特例対象宅地等」という。)については、限度面積要件を満たす場合の当該選択特例対象宅地等(以下「小規模宅地等」という。)に限り、相続税法第11条の2に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額は、当該小規模宅地等の価額に次の各号に掲げる小規模宅地等の区分に応じ当該各号に定める割合を乗じて計算した金額とする。
(第1号)
 特定事業用宅地等である小規模宅地等、特定居住用宅地等である小規模宅地等、国営事業用宅地等である小規模宅地等及び特定同族会社事業用宅地等である小規模宅地等         100分の20
(第2号)
 前号に掲げる小規模宅地等以外の小規模宅地等 100分の50

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