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(平18.7.5、裁決事例集No.72 305頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の父が譲渡した土地の譲渡所得について、原処分庁が、収用交換等の場合の5,000万円の特別控除の特例の適用はないとして所得税の更正処分等を行ったのに対し、請求人がこれらの処分は違法であるとしてその全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成15年7月○日に死亡したNの共同相続人の一人であるが、所得税法第125条《年の中途で死亡した場合の確定申告》及び同法施行令第263条《死亡の場合の確定申告の特例》の規定に基づき、他の共同相続人2名とともに、Nの平成15年分の所得税について、租税特別措置法(以下「措置法」という。)第33条の4《収用交換等の場合の譲渡所得等の特別控除》第1項の規定による特例(以下「本件特例」という。)を適用して、別表の「確定申告」欄のとおり記載した確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)を法定申告期限までに提出した。
ロ 原処分庁は、原処分庁所属の調査担当職員の調査に基づき、Nの平成15年分の所得税について、平成17年2月15日付で別表の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
 なお、これらの処分に伴う請求人の納付義務の承継額は4分の1である。
ハ 請求人は、これらの処分を不服として、平成17年4月11日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月30日付でいずれも棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成17年7月26日に審査請求をした。

(3) 関係法令

イ 措置法第33条の4第1項は、個人の有する資産が収用交換等により譲渡された場合で、その譲渡した資産について、同法第33条《収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例》及び同条の2《交換処分等に伴い資産を取得した場合の課税の特例》に規定する代替資産等を取得した場合の課税の特例の適用を受けないときは、収用交換等された資産の譲渡所得金額の計算上、特別控除として5,000万円を控除する旨規定している。
ロ 措置法第33条の4第3項第1号は、資産の収用交換等による譲渡が、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあった日から6か月を経過した日までにされなかった場合には、当該資産については同条の4第1項の規定を適用しない旨規定している。

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(4) 基礎事実

イ T社は、U社に対して、Q市R町○番ないし○番の土地(以下「本件買収地」という。)の取りまとめを依頼する土地取り纏め依頼書(以下「本件土地取り纏め依頼書」という。)を平成13年3月13日付で発行した。
ロ T社は、U社に対して、本件買収地の買付けを確約する買付証明書(以下「本件買付証明書」という。)を平成13年4月9日付で発行した。
ハ Nは、本件買収地のうち、同人が所有するQ市R町○番の土地(以下「本件土地」という。)について、W社との間で、U社を仲介人として売買代金を○○○○円とする不動産売買契約書(以下「本件仮契約書」という。)及び念書(以下「本件念書」という。)をいずれも平成13年6月○日付で取り交わし(以下「本件仮契約」という。)、本件仮契約書に基づいて、W社から手付金○○○○円を受領した。
 なお、この手付金の資金は、W社がXから借用したものであり、また、本件仮契約書には、売買仮契約を締結する旨の記載がある。
ニ T社は、同社○○支店の新築工事について、P県知事に対し、平成13年9月○日付で土地収用法に規定する事業認定を申請し、同知事は、平成14年3月○日付で同法第26条《事業の認定の告示》第1項の規定による事業認定のP県告示(以下「本件事業認定」という。)をした。
ホ Nは、W社及びY社との間で、U社を立会人として事業継承承諾書(以下「本件事業継承承諾書」という。)を平成13年12月6日付で取り交わし、W社は、本件事業継承承諾書に基づき、本件仮契約から生ずる債権、債務、その他の付随的権利義務関係をY社に譲渡し、Nはこれを承諾した。
ヘ Nほか○名の地権者(以下「本件地権者ら」という。)は、Y社との間で、本件仮契約書を合意解約することなどを記載した合意解約書(以下「本件合意解約書」という。)を平成14年2月10日付で取り交わした。
ト Nは、W社、Y社及びXとの間で、要旨次のとおり記載した合意書(以下「本件合意書」という。)を平成14年8月16日付で取り交わした。
(イ) Nは、T社○○支店の立地を目的として締結した本件仮契約から生ずる債権、債務、その他の付随的権利義務関係を、本件事業継承承諾書によってY社がW社から継承したことを承諾する。
(ロ) Y社は、本件仮契約の手付金は、W社がXから賃借りしてNに支払ったものであることを確認する。
チ Nは、本件土地について、T社との間で、U社及びY社を仲介人として、坪当たり単価を○○○○円、売買代金を○○○○円とする土地売買契約証書を平成14年9月20日付で取り交わし(以下「本件売買契約」という。)、同年9月20日、T社から手付金○○○○円を受領した。
リ Nは、上記ハの手付金を平成14年9月27日にXに返還した。
ヌ Nは、平成15年4月4日、T社から本件売買契約に係る残金○○○○円を受領し、本件土地については、同日付で、NからT社に所有権移転登記がなされた。
ル T社は、Nに対して、平成15年8月1日付の「収用証明書等の交付について」と題する文書に、「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」、「公共事業用資産の買取り等の証明書」及び「収用証明書」を同封して送付した。
ヲ 本件確定申告書には、「特例適用条文」欄に「措法33条の41項1号」と記載があり、また、次の書類が添付されている。
(イ) 買取り等の申出年月日を平成14年8月30日と記載した「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」
(ロ) 買取り等の年月日を平成14年9月20日と記載した「公共事業用資産の買取り等の証明書」
(ハ) 買収金額を○○○○円と記載した平成15年8月1日付の「収用証明書」

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2 主張

(1) 請求人

イ 本件更正処分について
(イ) 民間企業が事業認定を受けて行う事業の場合、措置法第33条の4第3項第1号に規定する公共事業施行者としての地位は、当該企業が事業認定を受け収用権が発生したことによって得られるのであるから、同号に規定する最初に買取り等の申出のあった日は、事業認定を受けた後の当該企業若しくはその代理人が、初めて地権者に価格を提示した日をいうことになる。
 このことは、措置法第33条の4第3項第1号かっこ書における6か月の期間の例外規定、大蔵財務協会発行の平成17年版「譲渡所得の実務と申告」167ページ及び納税協会連合会発行の平成10年版「用地買収の税務」6ページの記載からも明らかである。
 そうすると、本件においては、公共事業施行者は、事業認定を受けた後のT社であり、また、本件土地の買取りの申出のあった日は、「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」に記載されているとおり平成14年8月30日であるから、譲渡の日の6か月以内に買取りの申出があったことになり、本件特例は適用できる。
 なお、原処分庁が主張するように事業認定が買取り等の申出のための前提要件ではないとすれば、措置法第33条の4第3項第1号の規定の表現は、「収用交換等による譲渡」ではなく、将来における収用を背景とした譲渡を予測する「収用交換等となる譲渡」となるはずである。つまり、本件の場合、措置法第33条の4第1項に規定する資産の収用交換等による譲渡とは同条第1項第2号の規定をいうが、原処分庁の主張は、同条の4第3項第1号の規定の前提となるこれらの規定を無視し、故意に省略した上で、収用交換等の対象となっている資産を当該資産というべきであるところを、単なる個人が有する資産と置き換えて判断している。
(ロ) 原処分庁は、本件事業認定前の事実をもって買取りの申出があったとしているが、原処分庁が判断の根拠とした本件仮契約書は本件合意解約書によって解約されており、また、本件のような特掲事業以外の事業の場合は、後日問題が起きないよう、事業認定の申請前に関係者の同意等の措置を講ずることが求められているという現状にあるから、本件事業認定前の事実をもって買取りの申出があったとするのは誤りである。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、これに伴い、本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

(2) 原処分庁

イ 本件更正処分について
(イ) 本件特例を適用するためには、措置法第33条の4の規定により、公共事業施行者から最初に買取り等の申出のあった日から6か月以内の資産の譲渡であることが必要である。
 そして、措置法第33条の4第3項第1号においては、公共事業施行者について資産の買取り等の申出をする者とのみ規定され、収用権がある者とは限定されておらず、また、事業認定を受けた後に行った最初の買取価格の提示の日を起算日とする旨の法令上の規定もない。さらに、事業認定については、事業の公益性を判断するための要件であるにすぎず、事業認定がいつ行われたかは買取り等の申出のあった日の判断に影響を与えるものではない。
 また、措置法第33条の4第3項第1号に規定する買取り等の申出は、純然たる事実行為であり、公共事業施行者が、資産の所有者に対して、買取り等の資産を特定し対価を明示して買取り等の意思表示を行えば、その日が同号に規定する買取り等の申出のあった日になる。
 これを本件についてみると、T社がU社に対して交付した本件土地取り纏め依頼書及び本件買付証明書並びにNとW社との間で交わされた本件念書のそれぞれの記載内容から、T社がU社及びW社に対し、本件土地の買収に関する事務を委任したことは明らかであり、W社はT社の代理人の立場でNに本件土地の買取りの申出を行ったものと認められる。
 一方、本件土地の譲渡の日は、NとT社が本件売買契約を締結した平成14年9月20日であると認められる。
 したがって、本件土地の買取りの申出のあった日は、譲渡の日の15か月以上前である平成13年4月9日から同年6月○日までの間であったと推認されることから、本件特例は適用できない。
(ロ) 本件合意解約書は、本件合意書及び平成14年4月3日付の地権者会議の御案内等からみても当時作成されたものとは認められず、信憑性がない。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により増加した納付すべき税額の計算の基礎となった事実には、国税通則法(以下「通則法」という。)第65条《過少申告加算税》第4項に規定する過少申告加算税を賦課しない場合の正当な理由があるとは認められない。
 なお、本件賦課決定処分は、通則法第65条第1項の規定に従って正しく計算されている。

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3 判断

(1) 本件更正処分について

イ 本件特例の適用の可否について
 措置法第33条の4第3項第1号は、資産の収用交換等による譲渡が、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあった日から6か月を経過した日までにされなかった場合には、当該資産については同条の4第1項の規定を適用しない旨規定している。
(イ) 公共事業施行者から最初に買取り等の申出のあった日の解釈について
 請求人は、公共事業施行者から最初に買取り等の申出のあった日について、民間企業が事業認定を受けて行う事業の場合、当該民間企業は、事業認定を受け収用権が発生したことによって初めて措置法第33条の4第3項第1号に規定する公共事業施行者としての地位を得られるのであるから、当該民間企業が事業認定を受け、公共事業施行者となった後において、当該公共事業施行者若しくはその代理人からの最初の買取り等の申出のあった日と解すべきである旨主張する。そして、請求人は、その根拠として、措置法第33条の4第3項第1号かっこ書における6か月の期間の例外規定、大蔵財務協会発行の「譲渡所得の実務と申告」及び納税協会連合会発行の「用地買収の税務」の記載を引用する。
 もっとも、土地収用法第16条《事業の認定》には、起業者は、当該事業又は関連事業のために土地を収用し、又は使用しようとするときは、事業の認定を受けなければならない旨規定されており、また、本件土地は、特掲事業以外の事業の用地として譲渡され、請求人が本件土地の譲渡に係る譲渡所得について本件特例の適用を受けるためには、当該事業が事業認定を受けたものである旨を証する書類等を確定申告書等に添付しなければならないこととなっている。
 しかしながら、措置法第33条の4第3項第1号に規定する買取り等の申出の主体である公共事業施行者については、事業認定を要しない特掲事業を施行する者も含まれており、また、事業認定を受けた後の事業者とは規定されていないことから、請求人が主張するように事業認定を受けた後の事業者が同号でいう公共事業施行者であると限定的に解することはできない。
 なお、請求人が引用する措置法第33条の4第3項第1号かっこ書における6か月の期間の例外規定については、土地収用法等の規定によって、事業認定の告示前に行うことができる仲裁の申請に基づく仲裁判断があった場合や事業認定の告示後に行うことができる補償金の支払請求があった場合などは、資産の収用交換等による譲渡が買取り等の申出のあった日から6か月を経過した日後に行われた場合であっても本件特例の適用がある旨を規定したものである。また、「譲渡所得の実務と申告」の記載については、任意買収による資産の買取りのすべてが本件特例等の適用を受けられるのではなく、措置法第33条第1項第2号の規定に該当する任意買収の場合に限って、本件特例等を適用することができることを、「用地買収の税務」の記載については、事前協議と買取り交渉の時期の関係を、それぞれ記載したものである。したがって、いずれも、措置法第33条の4第3項第1号に規定する買取り等の申出のあった日についての請求人の主張を裏付ける規定又は記載ではない。
 そうすると、本件においては、公共事業施行者であるT社がいつ事業認定を受けたかにかかわらず、T社若しくはその代理人から最初に買取り等の申出のあった日がいつかによって本件特例の適用の可否が決まることになる。
(ロ) 買取り等の申出のあった日について
A 認定事実
原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(A) T社は、同社○○支店の移転用地の購入について、平成13年3月3日に開催された同社取締役会において、移転候補地をQ市R町地内とし、その地積は○○平方メートル(○○坪)、購入費は坪当たり単価170,000円以下とすることが承認可決された。
(B) T社がU社に対して発行した平成13年3月13日付の本件土地取り纏め依頼書は、U社を仲介人代表、W社を仲介人として、仲介手数料を売買価格の1.5%以内とする条件で、本件買収地である合計○○平方メートル(○○坪)の土地を坪当たり単価130,000円で売買により購入することの取りまとめの依頼を内容としている。
(C) 本件地権者らの一人が所持していた日誌によれば、W社は、平成13年3月20日に開催されたR地区の自治会役員による委員会に出席し、その席上、T社○○支店用地について、本件買収地の面積は○○坪で坪当たり単価は130,000円、代替地、本件特例についても説明し、近々地権者説明会を開きたい旨を伝えた。
(D) 本件地権者らの一人が所持していた日誌によれば、W社の役員は、平成13年4月1日に開催された地権者会議に出席し、その席上、T社○○支店用地の売買の坪当たり単価は130,000円、代替地、本件特例についても説明し、各地権者の同意を求めた。
(E) T社が所持していた「○○土地打合せ」と題するメモによれば、平成13年4月○日、T社の社長室において、同社の社長、同○○常務取締役、同○○取締役、U社のZ常務取締役(以下「Z常務」という。)及びW社のe社長ほか1名により、T社○○支店用地についての打合せが行われ、買付証明書を発行することとされた。
 なお、W社も同様の内容のメモを所持している。
(F) T社がU社に対して発行した平成13年4月9日付の本件買付証明書は、U社を仲介人代表、W社を仲介人として、本件買収地である合計○○平方メートル(○○坪)の土地を坪当たり単価130,000円、総額○○○○円で買付けすることを確約し、本件土地の売買代金は○○○○円、さらに、T社の○○営業所及び○○営業所の土地を売却することを内容としている。
 なお、この本件買付証明書の写しを、本件地権者らのうちの2名及びf銀行○○支店が所持している。
(G) Xに資金を融資したf銀行○○支店の一般貸出新規その他資金稟議書には、要旨次のとおりの記載がある。
a 借主であるXはW社に借入金を転貸し、W社は、T社の買付証明書記載の手付金総額○○○○円の50%相当額を仮契約時に支払う。
b T社が購入する物件については、本来同社が手付金を負担すべきであるが、事業認定の申請・受理前に手付金を支払うと、この申請が無効になる。T社からは買付証明書も出ているが、事業認定に6か月以上を要することが見込まれることから、売主を拘束するため、W社が立替えにて手付金を支払うものである。
c 仲介人は、U社とW社であるが、力関係により、T社からの仲介手数料はすべてU社が取るものである。W社は、複数の売主の取りまとめを行うことで、売主から手数料をもらえる立場であり、立替資金の負担はやむを得ない状況である。
d T社の買付証明書は、U社からのファックスにより入手した。
(H) 本件地権者らの一人が所持していた日誌及び当審判所の調査によれば、平成13年6月17日、W社と本件地権者らが出席して地権者会議が開催され、その席上、W社が今週中に各地権者宅を回ること、仮契約及び実印のこと等について取り決められた。
(I) NとW社との間で交わされた平成13年6月○日付の本件念書には、要旨次のとおりの記載がある。
 なお、立会人としてU社の記名及び捺印がある。
a 平成13年6月○日付の本件仮契約書は、実質はT社を正式な買主とする契約の仮契約であり、売主の税控除手続きのために便宜上、W社を買主として締結する。
b 税控除にかかわるP県への申請が受理された後に、真正の買主であるT社と不動産売買本契約を締結する。
c 上記bの不動産売買本契約の締結に当たり、T社よりの手付金の交付と同時に、売主は、受領済みの契約手付金を無条件で返還する。
(J) 本件地権者らとY社との間で交わされた平成14年2月10日付の本件合意解約書には、W社の倒産によって本件仮契約書の履行ができなくなったこと、T社の事業認定の申請に対する近隣住民等の異議申立てにより同社の出店が見込めなくなったことを理由に本件仮契約書を合意解約すると記載され、さらに、本件地権者らは、本件仮契約書に基づいて受領した手付金について、買主であるW社の債権者の申出により基本的には返還することを了承し、W社及びその債権者が本件地権者らに対し異議を申し立てないように、W社より買主の地位をいったん引き継いだY社が配慮する旨記載されている。
(K) 本件地権者らのうちの2名は、異議申立てに係る調査の担当職員(以下「異議調査担当職員」という。)に対し、それぞれ要旨次のとおり申述している。
a W社からの買収の話は、T社の○○支店の設計図面等が当初から提示されており、W社も信用できる不動産会社だったのでT社からのものであると認識した。
b 土地買収の話を持ってきたW社については、以前から面識があったのである程度は信用していたが、T社自身が交渉に出てこないので半信半疑であったところ、W社と平成13年6月に売買契約を行った時には、売買の話が煮詰まっていたので、相手方がT社であると認識した。
(L) Z常務は、異議調査担当職員に対し、本件買収地の買収について、同社がT社の代理の立場にあったが、地権者との交渉はすべてW社に任せていたとして、要旨次のとおり申述している。
a 当社は本件買収地の買収について確約したものがほしかったことから、当社の依頼に基づき、平成13年3月に本件土地取り纏め依頼書を、同年4月に本件買付証明書をT社に作成してもらった。これらの書類は、T社からの依頼書であって仲介契約書ではない。
b W社は、以前に他の用地買収に携わった実績があったことから、当社から地権者及びR地区の取りまとめを依頼した。
c 本件仮契約については、本件地権者ら全員が同じ内容である。
d 平成14年4月の事業認定後に、T社から坪当たり単価100,000円で地権者と交渉するよう依頼があり、結果的に坪当たり単価○○○○円で地権者と折り合った。
(M) Y社の○○取締役は、異議調査担当職員に対し、要旨次のとおり申述している。
a 本件買収地の坪当たり単価について、T社が○○県で買収単価を減額したことがあること及び地価の下落を理由に、同社から坪当たり単価110,000円で地権者と交渉するよう依頼があり、地権者と交渉した結果、坪当たり単価○○○○円で話がまとまった。
b 本件仮契約については、本件地権者ら全員が同じ内容である。
B 本件における最初に買取り等の申出のあった日について
(A) 措置法第33条の4第3項第1号に規定する「買取り等の申出のあった日」とは、公共事業施行者が、資産の所有者に対し、買取り等の資産を特定し、対価を明示してその買取り等の意思表示をした日をいうものと解されている。
 これを本件についてみると、上記1の(4)の基礎事実及び上記Aの認定事実によれば、次のとおりである。
 T社は、U社に対し、平成13年3月13日付で本件土地取り纏め依頼書を交付して本件買収地の購入の取りまとめを依頼した。仲介人代表として取りまとめの依頼を受けたU社は、同社と同じく仲介人の立場であるW社を、過去に用地買収の実績があるとして本件地権者らとの直接交渉に当たらせた。そして、W社は、平成13年4月1日に開催された地権者会議の席上、T社○○支店用地について、売買の坪当たり単価を130,000円とすることなど本件地権者らに同意を求めた。
 T社は、U社に対し、平成13年4月9日付で本件買付証明書を交付した。この本件買付証明書は、その記載内容からすると、T社が、U社及びW社に本件買収地の買収交渉の仲介を依頼し、本件地権者らから、それぞれが所有する土地を坪当たり単価130,000円で購入することの意思を表明した書類として交付されたものであることが認められる。また、本件買付証明書の写しを本件地権者らのうちの2名及びf銀行○○支店が所持していることが確認されていること並びに平成13年6月17日の地権者会議には本件地権者ら全員が出席していることからすると、本件地権者ら全員が、本件買付証明書が存在することを知っていたことが認められる。
 平成13年6月17日の地権者会議においては、本件地権者らとW社との間で、仮契約を締結すること、仮契約の締結はW社が各地権者宅を訪問して行うことが取り決められた。この平成13年6月17日の取決めに従って、NとW社との間で、本件買付証明書に記載された本件土地の売買代金の額に基づき、平成13年6月○日付で本件仮契約書が取り交わされ、U社はそれに仲介人として記名及び捺印した。同時に、NとW社との間で本件念書が取り交わされ、U社はそれに立会人として記名及び捺印した。この本件仮契約では、本件念書によって、W社が便宜上の買主であり、実質はT社を正式な買主とする契約であることが明示され、後に真正な買主であるT社とで本契約を締結する旨当事者双方で確認された。
 その後、本件念書に記載されているとおり、Nは、T社との間で平成14年9月20日付で本件売買契約を締結し、同契約に基づいて、平成15年4月4日付で本件土地の所有権移転登記がなされている。
(B) 以上のことからすると、買取りの交渉に当たっていたW社からNに対し、平成13年4月1日の地権者会議において、資産を特定し、対価を明示して買取りの意思表示がなされ、その数日後、平成13年4月9日付で本件買付証明書が発行され、Nは、この本件買付証明書の存在により本件土地の実質の買主はT社であると認識するに至ったと認められ、同時に、U社及びW社がT社の仲介人として交渉に当たっているとの認識を確かなものにすることができたと認められる。そして、T社が実質の買主であるとのNの認識のもと、本件仮契約の締結が平成13年6月17日の地権者会議において取り決められたということができる。
 したがって、本件の事業施行者であるT社が、Nに対して、本件土地の対価を明示し、買取りの意思表示を行ったのは、この平成13年6月17日とするのが相当である。
 なお、NとT社は、本件土地の坪当たり単価を本件買付証明書における130,000円から○○○○円に変更して平成14年9月20日付の本件売買契約の締結に至っているが、公共事業施行者の買取りの申出は、公共用地の取得とはいえ、あくまでも私法上の売買契約の申込みにすぎず、資産の所有者は、以後、価格等の売買条件に関して公共事業施行者と交渉する余地が残されているのであって、この交渉過程において、地価の下落等を理由に坪当たり単価が減額となったとみるのが相当であり、この価格変更をもって前記平成13年6月17日の買取りの申出の該当性を失わせる特段の事情ということはできない。
(C) ところで、請求人は、本件仮契約書は本件合意解約書によって解約されている旨主張する。
 しかしながら、請求人が主張するように本件仮契約書が平成14年2月10日付の本件合意解約書によって解約されているとするならば、本件合意解約書には上記Aの(J)のとおりY社がW社から買主の地位をいったん引き継いだとの記載があり、解約の後日付である平成14年8月16日付の本件合意書によっても、Y社が本件仮契約から生ずる債権、債務等をW社から継承している事実が認められることからすると、Y社は、既に解約されている債権、債務等をW社から継承したことになって矛盾が生じ、また、上記1の(4)のハ及びリのとおり、本件仮契約書に基づいてNに支払われた手付金が、本件合意解約書によっても返還されることなく、平成14年9月20日付の本件売買契約の締結の後に返還されているのであるから、本件合意解約書は、作成の時期、記載内容のいずれをとっても前後の事実と関連性を欠いた不自然なものといわざるを得ない。
 したがって、本件合意解約書によって、直ちに本件仮契約書が解約されたとみることはできず、この点に関する請求人の主張は採用できない。
ロ まとめ
以上のとおり、本件土地について措置法第33条の4第3項第1号に規定する最初に買取り等の申出のあった日は平成13年6月17日であるとするのが相当であり、また、譲渡の日は上記1の(4)のチのとおり平成14年9月20日であり、本件土地は、最初に買取り等の申出のあった日から6か月以上経過した後において譲渡されていることになるから、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上、本件特例を適用することはできない。
そして、これにより計算したNの分離長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額は、本件更正処分の額と同額となるから、本件更正処分は適法である。

(2) 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は上記(1)のとおり適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由がある場合に該当するとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてされた本件賦課決定処分は適法である。

(3) 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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