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(平19.4.26、裁決事例集No.73 442頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(4名)が、相続税の申告において、被相続人に預託されていた長期間無利息の保証金及び敷金の元本額を相続により取得した財産の価額から控除すべき債務の金額としたところ、原処分庁が、同保証金等の元本額から無利息による経済的利益の額を控除した金額を控除すべき債務の金額とするのが相当であるとして行った原処分に対し、審査請求人が、同処分は違法であるとしてその全部の取消しを求めた事案である。

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(2) 審査請求に至る経緯

イ 審査請求人H、J、K及びL(以下、審査請求人を「請求人」といい、請求人4名を併せて「請求人ら」という。)は、平成15年8月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したM(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る共同相続人であるが、本件相続に係る相続税について、別表1の「当初申告」欄のとおり記載した相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)を法定申告期限までに提出した。
ロ 次いで、請求人らは、原処分庁所属の職員の調査(以下「本件調査」という。)を受け、平成18年2月7日に別表1の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)を提出した。
ハ これに対して、原処分庁は、平成18年2月28日付で別表1の「賦課決定処分1」欄記載のとおり過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分をした。
ニ その後、請求人J、K及びLは、本件調査に基づき、平成18年6月9日に別表1の「再修正申告」欄のとおり記載した修正申告書(以下「本件再修正申告書」という。)を提出した。
ホ これに対して、原処分庁は、平成18年7月21日付で別表1の「賦課決定処分2」欄記載のとおり過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分をしたほか、同日付で別表1の「更正処分」欄記載のとおり各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)並びに別表1の「賦課決定処分3」欄記載のとおり過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。
ヘ 請求人らは、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を不服として平成18年8月22日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月20日付で棄却の異議決定をした。
ト 請求人らは、平成18年12月15日、当審判所に対し異議決定を経た後の原処分に不服があるとして審査請求をした。
 なお、請求人らは、請求人Jを総代として選任し、その旨を同日届け出た。

(3) 関係法令(要旨)

 相続税法第22条《評価の原則》は、特別の定めのあるものを除き、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による旨規定している。

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(4) 当事者間に争いがなく、証拠により容易に認定できる事実等(以下「争いのない事実等」という。)

イ 本件被相続人は、別表2の「本件A土地」欄から「本件F土地」欄記載の各土地について、各借地権者との間で別表3の「本件A契約」欄から「本件F契約」欄記載のとおり、借地借家法第22条《定期借地権》に規定する定期借地権設定契約をそれぞれ締結した(以下、各契約を順次「本件A契約」、「本件B契約」、「本件C契約」、「本件D契約」、「本件E契約」及び「本件F契約」という。)。また、別表3の「保証金」欄記載の各保証金は、各借地権者がいずれも無利息で本件被相続人に預託したものであり、契約期間終了後には、各保証金から各借地権者の本件被相続人に対する残存債務を差し引いた残額が返還される契約となっていた。
ロ 別表3記載の本件B契約に係る定期借地権は、本件被相続人の承諾を得て、契約条件が変更されることなく、保証金の返還請求権とともに平成10年11月25日付でN社からSに譲渡された。
ハ 本件被相続人は、別表2の「本件建物」欄記載の家屋について、賃借人との間で別表4の「本件G契約」欄記載のとおりの建物賃貸借契約を締結した(以下「本件G契約」といい、本件A契約から本件G契約を併せて「本件各契約」という。)。また、別表4の「敷金」欄記載の敷金は、本件被相続人に当該契約期間中継続して無利息で預託される契約となっていた。
ニ 本件各契約は、本件相続開始日において、いずれも解約されておらず、別表3及び別表4の「承継した相続人」欄各記載のとおり、本件A契約に係る保証金及び本件G契約に係る敷金の各返還債務を請求人Jが、本件B契約、本件D契約及び本件E契約に係る各保証金の返還債務を請求人Hが、本件C契約及び本件F契約に係る各保証金の返還債務を請求人Kがそれぞれ承継した。
ホ 請求人らは、本件申告書、本件修正申告書及び本件再修正申告書において、別表3記載の各保証金及び別表4記載の敷金(以下、併せて「本件各保証金等」という。)の元本額合計1,350万円を控除すべき債務の金額として本件相続に係る相続税の課税価格を算定した。
ヘ 原処分庁は、本件各更正処分において、本件各保証金等の元本額に本件相続開始日における本件各契約に基づくそれぞれの返還期限までの期間(1年未満の端数を切り捨てた年数で、以下「未経過期間」という。)に対応する年3.0%(以下「基準年利率」という。)の複利現価率を乗じることにより、本件各保証金等に係る控除すべき債務の金額を別表5の「丸4控除すべき債務の金額」欄記載のとおりそれぞれ算定した。
ト 請求人らは、その存在を知りながら家族名義であることを利用して故意に申告から除外した株式を課税財産に加えて本件再修正申告をしたところ、同除外は重加算税の課税要件である隠ぺい又は仮装(国税通則法(平成18年法律第10号による改正前のもの)第68条第1項)に当たる。

(5) 争点

 本件各保証金等の元本額を控除すべき債務の金額とできないか。

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2 主張

(1) 原処分庁

 弁済すべき金額の確定している金銭債務の場合であっても、その金額が当然に控除すべき債務の金額となるものではなく、相続開始時における利率や弁済期等の状況によって控除すべき債務の金額を個別的に評価しなければならないのであり、控除すべき債務の金額は、必ずしも常に当該債務の弁済すべき金額と一致するものではない。そして、無利息で預託されている本件各保証金等の相続開始時の評価額は、通常の利率(長期国債(10年)の応募者利回りと長期プライムレートを基に算定したもの)と弁済期までの年数から求められる複利現価率を用いて相続開始時現在の経済的利益の額を計算し、本件各保証金等の元本額からこの経済的利益の額を控除した金額とするのが相当であるから、本件各保証金等の元本額を控除すべき債務の金額とすることはできない。

(2) 請求人ら

 本件各保証金等に係る経済的利益は、それを運用することによって得られる運用益であり、同利益は、人(自然人)が経済活動を行った結果、時の経過とともに生み出される果実である。人の経済活動は、死をもって終了するのであり、相続開始日から契約期間満了日までの経済的利益は、被相続人に帰属するものではなく、相続人に帰属するものである。それを、評価の名の下に、あたかも本件被相続人に帰属するかのごとく遺産に含め課税処分をした行為は、納税者を欺く行為である。したがって、本件相続開始日において本件被相続人に帰属する経済的利益はないから、本件各保証金等の元本額を控除すべき債務の金額とすべきである。
 なお、本件各賦課決定処分については、本件各更正処分が取り消されない場合には争わない。

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3 判断

(1) 争点について

イ 相続税法の各規定によれば、相続税の課税価格は、取得財産の価額の合計額から、相続開始の際に被相続人の債務で、相続開始の際現に存し、かつ、確実と認められるものの金額及び葬式費用の金額を控除した額である(同法第11条の2第1項、第13条第1項、第14条第1項)。そして、取得財産の価額は、当該財産の取得の時、すなわち相続開始時における時価により、控除すべき債務の金額は、相続開始時の現況によることとされている(同法第22条)。
 これらの規定により、相続税は、財産の無償取得によって生じた経済的価値の増加に対して課される租税であるところから、その課税価格の算出に当たっては、取得財産と控除すべき債務の双方について、相続開始時において、それぞれ現に有する経済的価値を客観的に評価した金額を基礎とするのであるが、債務については、その性質上客観的な交換価値がないため、交換価値を意味する「時価」に代えて、その「現況」により控除すべき金額を評価する旨規定しているものと解される。
 したがって、控除すべき債務が弁済すべき金額の確定している金銭債務の場合であっても、その弁済すべき金額が当然に当該債務の相続開始時における消極的経済価値を示すものとして課税価格算出の基礎となるものではなく、金銭債権について、その権利の具体的内容によって時価を評価するのと同様に、金銭債務についてもその利率や弁済期等の現況によって控除すべき金額を個別的に評価しなければならないのであり、控除すべき債務の金額は必ずしも常に当該債務の金額と一致するものではない。
 そして、無利息で預託されている金銭債務(以下「無利息債務」という。)であれば、これを承継した相続人は、通常の利率による利息相当額の経済的利益を弁済期が到来するまでの期間享受することとなり、その享受する経済的利益の相続開始時における現在価値に相当する額だけ相続又は遺贈により取得した経済的価値の減殺要因が小さくなることから、無利息債務の相続開始時の評価額は、通常の利率と弁済期までの年数から求められる複利現価率を用いて相続開始時現在の経済的利益の額を計算し、無利息債務の元本額からこの経済的利益の額を控除した金額とするのが相当である。
ロ これを本件についてみると、別表3、別表4及び上記1(4)争いのない事実等イからニ記載の各事実によると、本件各保証金等に係る返還債務は、本件相続開始日現在において弁済期未到来の無利息債務であり、その弁済期は、別表5の「丸2未経過期間」欄記載のとおり、各保証金については44年から47年後であり、敷金については16年後であると認められる。また、本件相続開始日現在における通常の利率を基準年利率(3.0%)とすることについて、請求人らは争わず、当審判所も相当と認める。
 そうすると、本件各保証金等に係る控除すべき債務の金額は、本件各保証金等の元本額から無利息による経済的利益の額を控除した金額とするのが相当であり、具体的には、本件各保証金等の元本額に、本件相続開始日現在における基準年利率(3.0%)の各未経過期間に対応する複利現価率を乗じて算出した金額となる。
 したがって、本件各保証金等に係る控除すべき債務の金額は、原処分庁が主張する別表5の「丸4控除すべき債務の金額」欄記載の各金額と同額となり、本件各保証金等の元本額を控除すべき債務の金額とすることはできないから、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
ハ なお、請求人らは、相続開始後、相続人に発生し得る利益を、あたかも本件被相続人に帰属するかのごとく遺産に含め課税処分をすることは、納税者を欺く行為である旨主張する。
 しかしながら、相続税は、取得財産の価額に対して課される租税であり、相続税における債務の評価方法として、相続人が享受することとなる経済的利益の相続開始時における現在価値を控除したからといって、未実現利益を相続税の課税対象としたことになるものではない。したがって、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。

(2)  原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

(3) 結論

 以上より、原処分にはこれを取り消すべき理由はない。

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