(平22.11.19裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人G(以下「請求人G」という。)及び同J(以下「請求人J」といい、請求人Gと併せて「請求人ら」という。)が、被相続人の配偶者が介護付有料老人ホームへ入居する際に被相続人が支払った入居金は、被相続人からの配偶者に対する相続開始前3年以内の贈与であるとして相続税の課税価格に加算して申告した後、当該入居金の支払は、被相続人の配偶者に対する生活保持義務の履行であるから、贈与に当たらないとして更正の請求をしたところ、原処分庁が、当該入居金の支払は贈与には当たらないが、本件入居金の一部が被相続人の配偶者に対する金銭債権であるとして相続税の更正処分をしたのに対し、請求人らが、同処分の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人らは、平成20年5月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したK(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人であり、この相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、別表の「当初申告」欄のとおり記載した相続税の申告書を本件被相続人の配偶者L(以下「本件配偶者」という。)と共に法定申告期限までに原処分庁へ提出した。
ロ 請求人らは、本件配偶者の相続開始前3年以内の贈与加算額○○○○円のうち、9,450,000円は贈与に当たらず、相続税の課税価格に加算されないとして、平成21年4月8日に、別表の「第一次更正の請求」欄のとおりとすべき旨の各更正の請求をした。
ハ 請求人Gは、平成21年5月22日に、上記ロの更正の請求を取り下げるとともに、別表の「第二次更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした(以下、上記ロの請求人Jの更正の請求と併せて「本件各更正の請求」という。)。
ニ 原処分庁は、本件各更正の請求に対し、上記ロの9,450,000円は贈与に当たらないから相続税の課税価格に加算されないが、本件被相続人には、本件配偶者の介護付有料老人ホームへの入居契約に係る返還金相当額5,292,000円に相当する金額(以下「本件返還金相当額」という。)の本件配偶者に対する金銭債権が生じており、これが相続税の課税価格に算入されるとして、平成21年6月30日付で別表の「更正処分」欄のとおり減額の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をした。
ホ 請求人らは、本件各更正処分を不服として、平成21年8月10日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月10日付でいずれも棄却の異議決定をした。
ヘ 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成21年11月30日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、同日、請求人Gを総代として選任し、その旨を届け出た。

(3) 関係法令等の要旨

イ 相続税法(平成20年法律第23号による改正前のもの。以下同じ。)第1条の2《定義》は、相続税法における扶養義務者の意義は、配偶者及び民法第877条に規定する親族をいう旨規定している。
ロ 相続税法第21条の3《贈与税の非課税財産》第1項第2号は、扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものの価額については、贈与税の課税価格に算入しない旨規定している。
ハ 所得税法(平成22年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)第9条《非課税所得》第1項第14号は、扶養義務者相互間において扶養義務を履行するため給付される金品については、所得税を課さない旨規定している。
ニ 民法第752条《同居、協力及び扶助の義務》は、夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない旨規定している。
ホ 民法第877条《扶養義務者》第1項は、直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある旨規定し、同条第2項は、家庭裁判所は、特別の事情があるときは、同条第1項に規定する場合のほか3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人らと原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 相続関係
(イ) 本件被相続人は、本件配偶者が介護付有料老人ホームに入居した約1か月後の平成20年1月26日に同老人ホームに入居したが、約4か月後の同年5月○日、同老人ホームにて死亡した。
(ロ) 本件相続に係る共同相続人は、本件配偶者、長男である請求人G及び長女である請求人Jの3名である。
ロ 介護付有料老人ホーム入居関係
(イ) 本件配偶者は、請求人Gを代理人として、平成19年12月27日にM社(以下「本件運営法人」という。)との間で、入居者を本件配偶者、入居施設をN園(現Nホーム。以下「本件老人ホーム」という。)とする入居契約(以下「本件入居契約」という。)を締結し、同月29日に本件老人ホームに入居した。
(ロ) 本件老人ホームは介護付有料老人ホームであり、本件入居契約に係る契約書によれば、施設の概要は以下のとおりである。
A 敷地概要 敷地面積○○○○平方メートル
B 建物概要 鉄筋コンクリート造 地上3階建 延床面積○○○○平方メートル
C 居室概要 居室総数64室、定員64名
D 居室内訳 一般居室(兼介護居室)64室、定員64名
E 居室面積 15.00平方メートル
F 共用施設 ロビー、食堂(多目的スペース・機能訓練室兼用)、多目的スペース、大浴場、介護用浴室、個人用浴室、集中管理室(健康管理室・看護師室兼用)、事務室、トイレ、洗濯室、エレベーター、駐車場
(ハ) 本件入居契約に基づいて本件配偶者が得る利用権等の内容は以下のとおりである。
A 本件配偶者は、本件入居契約の規定に従い入居金(入会金、施設協力金、一時入居金)を支払うことにより、本件入居契約に定める契約終了事由(本件配偶者の死亡、中途解約又は解除等)がない限り、居住を目的として、目的施設(本件配偶者の居室及び共用施設)を利用することができる。
B 本件配偶者は、目的施設の全体及び一部についての所有権を有しない。
C 本件運営法人は、本件配偶者に対して、以下の各種サービスを提供する。
(A) 介護サービス
(B) 健康管理
(C) 食事の提供
(D) 生活相談、助言
(E) 生活サービス
(F) レクリエーション
(G) その他の支援サービス
(ニ) 本件入居契約に基づいて支払うべき金員及びその概要は、以下のとおりである。
A 本件配偶者は、入居金9,450,000円(入会金1,050,000円、施設協力金1,050,000円及び一時入居金7,350,000円の総額であり、以下「本件入居金」といい、一時入居金を「本件一時入居金」という。)を入居日までに、また各種サービスの提供に係る費用として月額利用料238,500円を毎月、管理規程の定める日までに、本件運営法人に対して支払う。
B 本件入居金のうち、入会金1,050,000円及び施設協力金1,050,000円は、本件運営法人が初期投資した建物等の設備費に充てるものであり、在ホーム日数にかかわらず返還されない。
C 本件一時入居金は、その20%が契約締結日にさかのぼって即時償却され、残額が入居年齢に応じた償却期間(60か月)で毎月均等に定額償却される(以下、この部分を「定額償却部分」という。)。
 定額償却期間内に本件入居契約が終了した場合には、次の算式により算出された返還金(小数点以下切捨て)が、返還金受取人に返還される。
 (一時入居金−一時入居金×20%)×(60か月−入居月数)/60か月
ハ 本件入居金と月額利用料の前払分524,673円の合計9,974,673円は、平成19年12月27日にP銀行Q支店の被相続人名義の普通預金口座から、本件運営法人に振り込まれた。

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2 争点

 本件の争点は、本件被相続人が本件返還金相当額の金銭債権を有していたか否か及び本件被相続人による本件入居金の負担は、本件配偶者にとって非課税か否かである。

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3 主張

(1) 原処分庁

イ 本件入居金は、本件被相続人が、本件配偶者に対する自らの生活保持義務の履行として本件運営法人に支払ったものである。
 そして、本件一時入居金のうち、定額償却部分は、あらかじめ一括して支払うこととされている本件老人ホームの居室の家賃及び共用施設の利用料(以下「家賃等」という。)相当額であり、入居後1か月を経過するごとに本件配偶者の家賃等に充当されていくものである。
 したがって、定額償却部分に係る本件被相続人の生活保持義務については、本件配偶者の家賃等に充当されていく都度、本件被相続人の本件配偶者に対する生活保持義務の履行が完了していくと解するのが相当である。
 そうすると、本件入居金の支払時には、本件一時入居金について、本件配偶者は本件被相続人から生活保持義務の履行に係る役務提供をいまだ受けていないことから、定額償却部分については、生活保持義務の履行のための前払金的性格を有すると認められる。
ロ そして、本件被相続人の死亡後は、同人は、本件配偶者に対する生活保持義務を負わないから、定額償却部分のうちいまだ本件配偶者の家賃等に充当されていない部分について本件配偶者は返還義務があるから、本件被相続人は、本件相続開始日において、本件配偶者に対する本件返還金相当額の金銭債権を有していることとなる。
ハ 本件被相続人及び本件配偶者はともに、本件入居契約時において、本件被相続人死亡後も本件配偶者が本件老人ホームの入居を継続していくことを認識していたものと認められるから、上記ロの金銭債権については、本件入居契約の日において、本件被相続人と本件配偶者との間で、本件被相続人の死亡を原因とする贈与があったとみるべきである。
ニ したがって、本件返還金相当額について、非課税の問題は生じないから、請求人の主張には理由がない。

(2) 請求人ら

イ 本件配偶者は高齢かつ要介護者であり、他人の介護がなければ通常の日常生活を営むことのできない者である。そのため、本件被相続人は、扶養義務者として当然に本件配偶者を介護する法律上の義務を負っていた。
 本件被相続人が本件配偶者の本件入居契約に係る本件入居金を負担したのは、本件配偶者に対する生活保持義務を履行したものであり、贈与ではなく、本件配偶者は、生活保持義務の履行の効果として、生涯に渡り、本件老人ホームの入居を継続し、かつ、介護等のサービスを受けることができることになったにすぎない。
ロ 本件被相続人の本件配偶者に対する生活保持義務の履行は、民法第752条に基づく法律上の義務の履行であり、本件被相続人は、本件入居契約に関する何らの権利義務も帰属していないから、本件返還金相当額が金銭債権という相続財産になる余地はない。
ハ そして、本件被相続人による上記負担行為は、所得税法第9条第1項第14号に規定する「扶養義務を履行するため」の給付に該当するから、本件配偶者が、本件被相続人の負担行為により享受することとなった本件老人ホームの入居及び介護等のサービスを受けることができる利益は、非課税所得になる。

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4 判断

(1) 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、以下の事実が認められる。
イ 本件配偶者の状況等
(イ) 本件配偶者は、本件老人ホームへの入居前は、自宅で本件被相続人と2人暮らしであった。
(ロ) 本件配偶者は、本件相続開始日の2、3年前から介護が必要な状態となり、本件被相続人が介護していたが、その後、本件被相続人による介護が困難になった。
(ハ) 本件配偶者は、平成19年12月26日、要介護4と判定された。
(ニ) 本件配偶者は、本件老人ホームへの入居時において年齢は8X歳であった。
ロ 本件配偶者の資産及び収入
(イ) 本件老人ホームへの入居直前において、本件配偶者が有していた資産は、自宅と普通預金約80万円であった。
(ロ) 本件配偶者には年金以外の収入はない。

(2) 本件入居金について

イ 本件被相続人による本件配偶者の本件入居金の負担について
(イ) 本件被相続人が、本件入居金を本件運営法人に支払ったことにより、本件配偶者は本件老人ホームに入居し、かつ、本件老人ホームにおいて介護等のサービスを受けることができることになったものである。
 そして、本件配偶者には、本件入居金を一時に支払うに足る資産がないこと等にかんがみれば、本件配偶者に係る本件入居金は、本件被相続人がこれを支払い、本件配偶者に返済を求めることはしないというのが、本件入居契約時における、本件被相続人及び本件配偶者の合理的意思であると認められるから、本件入居金支払時に、本件被相続人及び本件配偶者間で、本件入居金相当額の金銭の贈与があったと認めるのが相当である。
(ロ) この点、原処分庁は、本件一時入居金のうち定額償却部分は、本件配偶者の家賃等に充当されるものであり、本件入居金の支払時には、本件配偶者は本件被相続人から生活保持義務の履行に係る役務提供をいまだ受けていないことから、定額償却部分については、生活保持義務の履行のための前払金的性格を有し、本件配偶者は、その履行に係る役務提供を受けていない部分について返還義務がある旨主張する。
 しかしながら、本件一時入居金を含む本件入居金は、一定の役務の提供を終身にわたって受け得る地位に対応する対価の支払であり、本件配偶者は、定額償却部分の償却期間が経過しても居住を続けられることからすれば、定額償却部分を純粋な家賃等の前払分と判断することは相当とはいえない。
(ハ) 以上から、本件被相続人が本件配偶者に対して本件返還金相当額の金銭債権を有しているとする原処分庁の主張には理由がない。
ロ 本件入居金の負担は本件配偶者にとって非課税か否か
(イ) 相続税法第1条の2第1号は、相続税法における扶養義務者の範囲は、配偶者及び民法第877条に規定する親族である旨、同法第21条の3第1項第2号は、扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものの価額は贈与税の課税価格に算入しない旨規定している。
 そして、扶養義務者相互間における生活費、教育費は、日常生活に必要な費用であり、それらの費用に充てるための財産を贈与により取得してもそれにより担税力が生じないことはもちろん、これを課税の対象とすることは適当でないという相続税法第21条の3第1項第2号の趣旨にかんがみれば、同号の「通常必要と認められるもの」とは、被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産をいうものと解するのが相当である。
(ロ) そこで検討すると、1本件配偶者は、高齢かつ要介護状態にあり、本件被相続人による自宅での介護が困難になったため、介護施設に入居する必要に迫られ本件老人ホームに入居したこと、2本件入居契約からも明らかなとおり、本件老人ホームに入居するためには、本件入居金を一時に支払う必要があったこと、3本件配偶者は本件入居金を支払うに足るだけの金銭を有していなかったため、本件入居金を支払うに足る金銭を有する本件被相続人が、本件入居金を本件配偶者に代わって支払ったこと、4本件被相続人にとって、同人が本件入居金を負担して本件老人ホームに本件配偶者を入居させたことは、自宅における介護を伴う生活費の負担に代えるものとして相当であると認められること、また、5本件老人ホームは、上記1の(4)のロの(ロ)のとおり、介護の目的を超えた華美な施設とはいえず、むしろ、本件配偶者の介護生活を行うための必要最小限度のものであったと認められることからすれば、本件被相続人による本件入居金の負担、すなわち本件被相続人からの贈与と認められる本件入居金に相当する金銭は、本件においては、介護を必要とする本件配偶者の生活費に充てるために通常必要と認められるものであると解するのが相当である。
(ハ) 請求人らは、本件被相続人が本件入居金を負担したのは、本件配偶者に対する生活保持義務を履行したものであるから、所得税法第9条第1項第14号に該当し、非課税所得になる旨主張する。
 この点、扶養義務の履行のために供された金品については贈与とはいえないから、「扶養義務を履行するため給付される金品」の範囲内にあるものは所得税法第9条第1項第14号により非課税所得となるが、その範囲内と認められないものは贈与税の課税対象となり、そのうち「通常必要と認められるもの」については、相続税法第21条の3第1項第2号により贈与税の非課税財産になると解するのが相当である。
 そして、「扶養義務を履行するために給付される金品」に該当するか否かは、民法の定める扶養料(衣食住に必要な経費のほか、医療費、教育費、最小限度の文化費、娯楽費、交際費など)と同様に考えられるところ、「住」の範囲には住宅の賃借料が含まれるとしても、入居時に一括して支払われる本件入居金を、通常の住宅の賃借料等の支払と同視して、「扶養義務を履行するために給付される金品」に該当すると認めることはできない。
 したがって、請求人らの主張には理由がない。

(3) 本件各更正処分について

 上記(2)のロのとおり、本件入居金に相当する金銭は、相続税法第21条の3第1項第2号に規定する贈与税の非課税財産に当たると認められるところ、同法第19条第1項の規定によれば、贈与税の非課税財産については、相続開始日前3年以内の贈与であっても相続税の課税価格に加算しないから、本件入居金に相当する金銭については、本件相続に係る相続税の課税価格には加算されない。
 そして、上記(2)のイの(ロ)のとおり、本件被相続人が金銭債権を有していたとは認められないから、当該金銭債権を相続財産として行った本件各更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。

(4) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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