(平成23年2月1日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、会社員であった審査請求人(以下「請求人」という。)が、勤務先の親会社から譲渡等制限付株式を付与されたことによる所得について、退職後の年分の退職所得に当たるとして確定申告をしたのに対し、原処分庁が、当該所得は給与所得に該当するなどとして、所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行ったことから、請求人が、当該各処分の一部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成19年分及び平成20年分の所得税について、確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載し、いずれも法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成22年3月31日付で別表の「更正処分等」欄のとおり、各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行った。
ハ 請求人は、これらの処分を不服として、平成22年5月25日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年8月24日付で別表の「異議決定」欄のとおり一部を取り消す異議決定を行った(以下、異議決定後の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をそれぞれ「本件各更正処分」及び「本件各賦課決定処分」という。)。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成22年9月21日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

 別紙のとおり。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、F社が間接的に100%の株式を所有していたG社に勤務していた。
ロ F社及びF社が直接又は間接的に議決権の50%以上を保有する法人等(以下「F社グループ」という。)では、優秀な従業員を確保し、その勤労意欲を高め、従業員による株式の長期保有を促進して、従業員の利益と株主の利益の一致を図るため、主要な従業員に対し、賞与の一部を現金に代えてF社の株式で支給する「コンペンセイションプラン」と呼ばれる制度を実施していた。
ハ 請求人は、G社に在職していた平成15年から平成17年までの間に、請求人の前年の業績に応じて決まる賞与(インセンティブ報酬)の一部として、F社から、コンペンセイションプランに基づき、次のとおり、同社の譲渡等制限付株式(リストリクテッド・シェア)を付与(Grant)された(以下、請求人に付与されたF社の譲渡等制限付株式を「本件リストリクテッド・シェア」という。)。
(イ) 平成15年1月27日に8,013株(以下「平成15年付与分」という。)
(ロ) 平成16年1月26日に7,307株(以下「平成16年付与分」という。)
(ハ) 平成17年1月24日に8,819株(以下「平成17年付与分」という。)
ニ 本件リストリクテッド・シェアは、議決権及び配当受領権を各付与日に取得するものとされるが、以下の(イ)又は(ロ)の条件が満たされるまで、株券の受渡しはされず、売却、名義書換、譲渡及び担保への差入れができないという譲渡等制限が付されていた。
(イ) 上記ハの各付与日から4年後の1月末日まで、請求人の雇用が継続していること。
(ロ) 請求人が、キャリア・リタイアメント(F社グループに5年間以上勤務した者が、勤務年数に年齢を加えた年数が45年以上となった後に退職すること)に該当して退職し、かつ、上記ハの各付与日の4年後の1月末日まで、F社グループの業務と競合する仕事に従事せず、F社グループの従業員を勧誘しないこと。
ホ 本件リストリクテッド・シェアは、請求人が上記ニの条件に反した場合には没収されるが、請求人が、上記ハの各付与日から4年後の1月末日時点で条件を満たした場合には、F社は、同末日付で没収しないことを決定して権利を確定(Vest)するとともに、譲渡等制限を解除(Release)することとされていた。
ヘ 請求人は、平成18年3月31日、G社を退職したが、請求人の退職は、上記ニの(ロ)のキャリア・リタイアメントに該当していた。
ト F社は、平成19年1月31日付で、本件リストリクテッド・シェアのうち平成15年付与分について、上記ニの(ロ)の条件を満たしたとして、没収しないことを決定して権利を確定するとともに、譲渡等制限を解除して、P国にあるD社の請求人名義の口座にF社の株式8,013株を預託した。
チ 請求人は、上記トのF社の株式8,013株について、平成19年12月31日の株価及び為替相場により当該株式の価額を計算し、平成19年分の退職所得として確定申告を行った。
リ F社は、平成20年1月31日付で、本件リストリクテッド・シェアのうち平成16年付与分及び平成17年付与分について、上記ニの(ロ)の条件を満たしたとして、没収しないことを決定して権利を確定するとともに、譲渡等制限を解除して(なお、平成17年付与分については、権利の確定及び譲渡等制限の解除が、1年繰上げられた。)、E社の請求人名義の口座にF社の株式16,126株を預託した。
ヌ 請求人は、上記リのF社の株式16,126株の平成20年12月31日の株価及び為替相場により当該株式の価額を計算し、平成20年分の退職所得として確定申告を行った。
ル 原処分庁は、本件各更正処分に当たり、上記トの株式については平成19年1月31日の、同リの株式については平成20年1月31日の各株価及び為替相場により、価額を算定した。

トップに戻る

2 争点

 本件の争点は次のとおりである。

争点1 本件リストリクテッド・シェアを付与されたことによる所得(以下「本件所得」という。)は、平成19年分及び平成20年分の給与所得又は退職所得のいずれに該当するか。

争点2 本件所得の計算に当たって、いつの時点の株価及び為替相場を用いるべきか。

トップに戻る

3 主張

(1) 争点1について

イ 原処分庁
 本件所得は、次の理由により、平成19年分及び平成20年分の給与所得である。
(イ) 請求人は、G社に在職中に本件リストリクテッド・シェアを付与され、制限期間(付与日から譲渡等制限が解除されるまでの間)が経過した時点において、所定の条件を充足した結果、本件所得を得たのであり、本件所得は、従業員の地位に基づき、その職務の遂行により得られたものと認められる。
 コンペンセイションプランによれば、あらかじめ定められた一定期間、請求人の雇用が継続していた場合にも、付与されたリストリクテッド・シェアが没収されることはなく、請求人は、同様の所得を得ることができたのであるから、本件所得は、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったものとはいえず、所得税法第30条第1項に規定する「退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得」に該当しない。
(ロ) F社は、各年における従業員の業績に応じた株式報奨として、本件リストリクテッド・シェアをF社グループの従業員に付与しているのであって、コンペンセイションプランの目的にかんがみても、本件所得が退職所得に該当するものとは認められない。
(ハ) なお、本件所得の収入計上時期は、本件リストリクテッド・シェアに係る権利が確定し、譲渡等制限が解除された平成19年1月31日又は平成20年1月31日となる。
ロ 請求人
 本件所得は、次の理由により、退職所得である。
(イ) 請求人は、コンペンセイションプランに基づき、キャリア・リタイアメントに該当するなどの要件を満たす特別な退職に際して株式を支給されたものであるから、本件所得は、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったものである。
 原処分庁は、請求人が継続勤務していても、本件リストリクテッド・シェアは没収されることなく、本件所得を得ることができたのであるから、本件所得は、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったものとはいえない旨主張するが、本件所得と、請求人が継続勤務していれば得られたであろう所得とは、その性質を異にする。
 なぜなら、コンペンセイションプランによれば、退職者には原則として株式は支給されず、特別な退職に際してのみ支給されるのであり、本件所得は、不確実な性質のものであるのに対し、継続勤務していれば得られたであろう所得は、確実に受け取ることができるものである点で決定的に異なっているからである。
(ロ) コンペンセイションプランは、勤務年数及び年齢を支給基準としており、永年の勤務に対する報奨としての意図が明白である。また、同業他社で働かないという条件を課すことで、実質的に引退することを強いており、請求人は現実に退職、引退したことにより株式を支給されたのであるから、本件所得は、生活保障的な最後の所得でもある。
(ハ) なお、仮に、原処分庁が主張するとおり、本件所得が給与所得であるとすれば、本件リストリクテッド・シェアには、譲渡等制限が付されているものの、配当受領権及び議決権は各付与日に請求人に帰属しているから、本件所得の収入計上時期は、各付与日とすべきであり、本件所得は、平成19年分及び平成20年分の給与所得には当たらない。

(2) 争点2について

イ 原処分庁
 本件所得の収入計上時期は、上記(1)のイの(ハ)のとおり、平成19年1月31日又は平成20年1月31日であるから、本件所得の計算に当たっては、当該各日の株価及び為替相場を用いるべきである。
ロ 請求人
 請求人は、平成19年及び平成20年の各12月末日において、譲渡等制限が解除されたF社の株式を保有していたが、取得時から申告時までの間に当該株式の価額が大幅に下落したため、当該株式を取得時の株価で評価した場合、各年末の評価額を大幅に上回り、当該株式を売却しても全額を納付できないことから、本件所得の計算に当たっては、応能負担及び担税力を考慮して、当該株式を各申告年度末(年末の最終営業日)の時価で評価し、同日の為替相場で換算すべきである。

トップに戻る

4 判断

(1) 争点1について

イ 法令解釈
(イ) 所得税法第28条第1項の給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものと解される(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁)。
(ロ) 一方、所得税法第30条第1項の退職所得とは、別紙の2のとおり、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいうところ、退職所得は、雇用契約等に基づき、使用者の指揮命令の下に行われた労務の提供の対価として、使用者から受けた給付である点では、給与所得と異なる性質をもつものではない。
(ハ) 退職所得について、所得税の課税上、他の給与所得と異なる優遇措置が講ぜられているのは、一般に、退職手当等の名義で退職を原因として一時に支給される金員は、その内容において、退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び右期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質をもつとともに、その機能において、受給者の退職後の生活を保障し、多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであって、他の一般の給与所得と同様に一律に累進税率による課税の対象とし、一時に高額の所得税を課することとしたのでは、公正を欠き、かつ社会政策的にも妥当でない結果を生ずることになることから、かかる結果を避ける趣旨に出たものと解される。かかる観点からすると、ある金員が、所得税法第30条第1項にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に当たるというためには、それが、まる1退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること、まる2従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、まる3一時金として支払われること、との各要件を備えることが必要であり、また、同項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、それが、形式的には上記各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである(最高裁昭和58年9月9日第二小法廷判決・民集37巻7号962頁)。
ロ あてはめ
(イ) まず、本件リストリクテッド・シェアは、上記1の(4)のロないしト及びリの各事実のとおり、F社が、F社グループに属するG社の従業員である請求人に対し、請求人の業績に応じて決まる賞与の一部として付与したものであるから、本件所得は、雇用契約等に基づいて、使用者の指揮命令の下に行われた労務の提供の対価として使用者から受けた給付に該当する(このことは請求人も争わない。)。
(ロ) そこで次に、本件所得が、上記イの(ハ)のまる1ないしまる3の各要件を充足するか否かについて検討する。
A この点、本件リストリクテッド・シェアは、上記1の(4)のハのとおり、請求人がG社に在職している期間中に付与されており、請求人は、仮にG社を退職しなかったとしても、同ニの(イ)の条件を満たせば、本件リストリクテッド・シェアを没収されることなく、本件所得を得ることができたと認められる。
 そうすると、請求人が、キャリア・リタイアメントに該当してG社を退職した後、一定期間F社グループの業務と競合しないなどの上記1の(4)のニの(ロ)の条件を満たした結果、本件所得を得たものであるとしても、本件所得は、退職という事実によって初めて給付されたものとは認められない。
 これに対し、請求人は、本件所得は、所定の条件を満たす特別な退職の場合にのみ支給される株式に係るものであり、本件所得と、継続勤務した場合に得られたであろう所得とでは、確実性の点で性質が異なると主張する。
 しかし、本件リストリクテッド・シェアは、退職の事実の有無にかかわらず、在職中に付与されたものであり、退職した場合と継続勤務した場合とで権利の確定及び譲渡等制限の解除の条件が異なるにすぎず、退職によって初めて株式が支給されたわけではないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
B また、本件リストリクテッド・シェアは、上記1の(4)のハのとおり、請求人の平成14年ないし平成16年の各年の業績に応じた賞与の一部として付与されたものであることからすると、本件所得は、請求人のG社における継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有するものとみることもできない。
 請求人は、上記1の(4)のニの(ロ)の条件が、勤務年数及び年齢を基準としていることを理由に、永年の勤務に対する報奨であると主張するが、上記条件は、あくまで権利の確定及び譲渡等制限の解除の条件にすぎず、本件リストリクテッド・シェアを付与する際の基準ではないのであって、本件リストリクテッド・シェアは、上記のとおり、前年の業績に応じて付与される賞与の一部であるから、この点に関する請求人の主張も採用できない。
C したがって、本件所得は、上記イの(ハ)のまる1及びまる2の各要件をいずれも満たさないから、退職所得には該当せず、給与所得に該当するというべきである。
ハ 請求人の主張(収入の計上時期)について
(イ) 請求人は、仮に本件所得が給与所得であるとすれば、本件リストリクテッド・シェアが付与された時点で、議決権及び配当受領権が請求人に帰属しているから、当該各付与日に収入を計上すべきであり、本件所得は、平成19年分及び平成20年分の給与所得には当たらない旨主張する。
(ロ) この点、所得税法第36条第1項は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして同権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用したものと解すべきであり、ここにいう収入の原因となる権利が確定する時期は、その権利の特質を考慮し決定されるべきものである(最高裁昭和53年2月24日第二小法廷判決・民集32巻1号43頁参照)。
(ハ) これを本件についてみると、確かに、請求人は、本件リストリクテッド・シェアの各付与日において、議決権及び配当受領権という株主としての権利の一部を取得しているが、上記1の(4)のニ及びホのとおり、所定の条件が満たされ、本件リストリクテッド・シェアを没収しないことが決定されてその権利が確定するまでは、譲渡等制限は解除されず、株券の受渡し及び口座への預託も行われず、請求人が本件リストリクテッド・シェアを処分することは事実上不可能な状態に置かれていたことからすると、各付与日において、本件所得が実現したと評価することはできない。
(ニ) そして、上記1の(4)のト及びリの各事実のとおり、平成19年1月31日及び平成20年1月31日において、請求人が所定の条件を満たしたことにより、F社が、本件リストリクテッド・シェアを没収しないことを決定してその権利を確定し、譲渡等制限を解除して、証券会社に開設された請求人名義の口座に株式を預託したことからすれば、その時点に至って、請求人の株主としてのすべての権利が確定し、請求人の本件所得が実現したと評価すべきである。
(ホ) 以上によれば、本件所得の収入計上時期は、平成15年付与分については平成19年1月31日、平成16年付与分及び平成17年付与分については平成20年1月31日とするのが相当であり、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2) 争点2について

 所得税法第36条第2項は、同条第1項に規定する収入すべき金額である「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額」は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする旨規定しているところ、上記(1)のハの(ホ)のとおり、本件所得の収入計上時期は、平成19年1月31日及び平成20年1月31日であるから、本件所得の計算に当たっては、それぞれ当該各日の株価及び為替相場により、譲渡等制限が解除された後のF社株式の価額を算定するのが相当である。
 これに対し、請求人は、取得時から申告時までに所有している株式の価額が大幅に下落した場合には、応能負担の原則等から年末の株価及び為替相場を用いるべきである旨主張するが、当該主張は、税法の規定に根拠を置くものでなく、独自の見解を述べるにすぎないことから、採用できない。

(3) 本件各更正処分について

 上記(1)及び(2)のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、請求人の平成19年分及び平成20年分の所得税の納付すべき税額を計算すると、いずれも本件各更正処分の額と同額となるから、本件各更正処分はいずれも適法である。

(4) 本件各賦課決定処分について

 上記(3)のとおり、本件各更正処分は適法であり、また、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が同処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定により行われた本件各賦課決定処分は適法である。

(5) その他

 原処分のその他の部分について、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る

トップに戻る