(平成23年6月21日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、平成19年4月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したC(以下「本件被相続人」という。)名義の貯蓄預金から同月19日に現金で引き出された50,000,000円の金員について、同人の相続財産であるとして相続税の更正処分等を行ったのに対し、審査請求人らが、本件相続開始日において当該金員は存在しておらず相続財産ではないとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求人A、同D及び同E(以下、これら3名を併せて「請求人ら」という。)は、本件被相続人に係る相続(以下「本件相続」という。)の共同相続人であり、本件相続に係る相続税について、平成22年9月15日に審査請求をした。この審査請求に至る経緯は、別表1記載のとおりである。
 なお、請求人らは、Aを総代として選任し、その旨を平成22年9月15日に届け出た。

(3) 基礎事実

イ Aは、本件被相続人の配偶者であり、D及びEは、ともに本件被相続人の子で姉弟関係にある。また、A及びDの住所は、本件相続開始日において、本件被相続人の住所と同一であった。
ロ 本件被相続人は、平成19年4月11日、m県d市e町所在のF病院に入院した。
ハ Dは、平成19年4月19日にG銀行本店において、本件被相続人名義の定期預金を解約し、その解約利息とともに別表2の順号1から14までの「出金額」欄記載の各金額を別表2の順号15記載の本件被相続人名義の貯蓄預金にいったん預け入れた後、当該貯蓄預金から50,000,000円の金員を現金で引き出した(以下、当該引き出された金員を「本件金員」という。)。
ニ 本件被相続人は、平成19年4月20日、F病院を退院した後、同月21日、f県g町所在のH病院に入院し、同月○日、退院することなく同病院において死亡した。
ホ 原処分庁は、本件金員が申告漏れであるとして、本件相続に係る平成19年12月16日付遺産分割協議書に基づき、Aの取得した財産の価額に加算し、本件相続に係る相続税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行った。

(4) 争点

 本件金員は、本件相続に係る相続財産であるか否か。

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2 主張

(1) 原処分庁

 本件金員は、それを引き出す直前における本件被相続人の預金残高の8割を超える額であり、本件被相続人がDにこれほど多額の現金を自宅から離れたF病院に持ち込ませる必要はないし、本件被相続人が本件金員を管理し、退院するまでのわずかな時間にその全額を費消したとは通常考え難く、かえって本件金員を引き出したDが本件金員を管理していたと考えることが自然であるから、多額の本件金員を本件被相続人に交付し、同人がその全額を費消した旨の請求人らの申述は極めて不自然であり、にわかに信用することはできない。
 さらに、本件被相続人は、本件金員の引出日から本件相続開始日までの間、いったんF病院を退院した後、翌日からH病院に入院していること、本件金員が本件被相続人の管理下になったと請求人らの主張する日から本件相続開始日までの日数が極めて短期間であることを併せ考えれば、本件被相続人が本件金員を費消したとする客観的な証拠が見当たらない以上、仮に、本件金員が本件被相続人に交付されていたとしても、本件金員は、本件相続開始日において存在していたと認定するのが相当であるから、本件相続に係る相続財産であると認められる。

(2) 請求人ら

 Dは、本件被相続人の指示に基づき、G銀行本店において本件金員を引き出し、その当日に本件被相続人の入院先であるF病院に本件金員を運び、全額を本件被相続人に引き渡した。
 請求人らは、その後における本件金員の保管及び処分には全く関与していないし、本件被相続人から本件金員の使途についても知らされていない。
 したがって、本件金員は、本件被相続人が費消したものであり、本件相続開始日においては存在しなかったというべきであるから、本件相続に係る相続財産ではない。

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3 判断

(1) 認定事実

イ 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 平成19年4月11日から同月20日までの間、F病院において本件被相続人が利用した病室は個室であるが、その個室のドア並びに室内のロッカー及びチェスト等は、患者により施錠することができないものであった。
(ロ) 平成21年11月24日に提出された本件相続に係る相続税の修正申告書に記載された預貯金の額の合計額は、8,432,538円である。
(ハ) 本件相続に係る相続税の申告書に記載された各金融機関の本件被相続人名義の預貯金口座において、平成12年1月から本件相続開始日までの間で、一度に1,000,000円を超える現金の出金は、生命保険会社への振込みなど使途が明らかなものを除けば本件金員以外にない。
(ニ) 本件被相続人は、○○を患っており、J病院で○○の手術を考えていたところ、そのためには、まず○○の治療が必要であるとJ病院の医師に言われたので、F病院に○○の手術のために入院したが、○○が出たため手術ができずに退院し、その後、H病院に○○の治療のために入院したが、本件相続開始日の前日に容態が急変するまでは、自分で動いたりしゃべったりできる状態であり、家族等が常時付き添っていることはなかった。
 なお、本件被相続人の○○に当たって、D及びEが○○になることができることを確認しており、どちらかが○○になる予定であり、J病院の○○部が作成した「○○のまえに(第5版)」には、○○に要する費用は、約4,000,000円から6,000,000円程度が目安であるが、保険適応が受けられない疾患の場合、約10,000,000円から50,000,000円程度の費用がかかる旨記載されている。
(ホ) 本件被相続人の平成16年分から平成18年分までの所得税の確定申告における総所得金額は、別表3記載のとおりである。
(ヘ) 原処分に係る調査を担当した職員(以下「調査担当職員」という。)が、本件被相続人の自宅及びF病院の近隣の金融機関を調査したところ、本件金員はこれらの金融機関に入金等されていなかった。
 また、調査担当職員は、本件被相続人が代表取締役を務めていたL社の元帳等により、本件被相続人と当該法人との貸借関係や財産取得の状況等について確認したが、本件金員はそれらの支払等に充てられておらず、その他についても確認したが、高額な資産の購入、役務の提供に対する報酬、他者への貸付け、借入金の返済及び租税公課の支払等に本件金員は充てられていなかった。
(ト) F病院、J病院及びH病院において、平成19年4月19日から同月○日までの間に、本件被相続人から寄附金を受け入れた事実はない。
 また、平成19年4月11日から同月20日までのF病院の入院費及び平成19年4月21日から同月○日までのH病院の入院費は、いずれもAが自分の手持資金から支払った。
ロ Dは、調査担当職員に対し、要旨次のとおり申述した。
(イ) 本件被相続人に預金から現金を引き出すように指示された際、通帳を預かったと思うが、いつどこでだったか記憶にない。
(ロ) 本件被相続人が使用していた印鑑は、いくつあるか分からないし、本件金員を引き出した際、どの印鑑を使用したかも記憶にない。
(ハ) 本件金員を本件被相続人に引き渡す際、通帳と印鑑も一緒に渡したと思う。記憶にはないが、本件金員は、銀行員が入れてくれた袋で本件被相続人に渡したと思う。その際、どのような会話をしたか記憶にないが、「持ってきたよ」といつもと同じ感覚で渡したと思う。
(ニ) 本件被相続人に預金から現金を引き出すように指示された際にも、本件金員を本件被相続人に引き渡した際にも、その使途について本件被相続人に聞かなかった。
(ホ) 本件被相続人がF病院を退院する際、本件金員の存在に気付かなかった。本件被相続人がF病院を退院した後も、本件金員の所在について本件被相続人に確認はしなかった。
ハ Dは、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
(イ) 預金から50,000,000円の現金を引き出すようにとの本件被相続人の指示は、F病院に入院する前の平成19年4月10日以前に自宅でなされたと思うが、はっきりした記憶はない。恐らくその指示があった時にはF病院に入院することになっていなかったのが、入院したのでやむを得ず病院に持参することになったのではないかと思う。具体的な指示内容は記憶にないが、簡単な指示だったので、記憶にないのだと思う。
 本件被相続人から個人的な預金の引き出しを頼まれることもあったが、指示の仕方は、本件金員の引き出しの際と同じだと思う。そもそも本件金員の額は、いつも会社のお金として扱っている20,000,000円くらいだと思っていた。
 本件被相続人に預金から現金を引き出すように指示された際、その使途を本件被相続人に聞かなかった。本件被相続人に指示されれば、いつも何も聞かずに指示どおりにしていたからである。
(ロ) 本件金員を引き出した後、F病院までどのようにして運んだかについては、余り記憶にないが、恐らくG銀行本店からa駅へ自家用車で行って駅に車を預けたか、又は、だれかに駅まで送ってもらい、その後、K新幹線に乗りm駅で下車し、タクシーでF病院へ向かったと思う。銀行で現金を紙袋に入れてくれたと思うので、それを自分のバッグに入れて運んだと思う。
(ハ) 本件被相続人に本件金員を引き渡した際の状況は、「はい、どうぞ」という感じで渡したと思う。その際、本件被相続人からその使途についての話がなかったし、私からも聞かなかった。
(ニ) 本件被相続人は、平成19年4月11日にF病院に○○の治療のために入院したが、治療する日の朝の○○検査で○○が出てしまい、治療できなかった。その2、3日後にも治療を試みたが、やはり○○で治療ができなかったので、同月20日に退院した。しかし、○○が出たほかは、特に悪い症状はなく、元気に過ごしていた。帰宅した後も仕事をし、夜は子供たちと騒いでいたので、少し疲れたのではないかと思い早く休んでもらった。翌21日、やはり疲れが残っているようだったので、H病院に○○の治療のために入院した。調子はよくなかったようだが元気でいたので、亡くなったのは急なことであった。
(ホ) 平成19年4月20日に本件被相続人がF病院を退院する際の荷物は、パソコン、枕、長座布団、洗面器、ゴミ箱、置物、花瓶などがあったと思うが、現金を入れた紙袋を見た記憶はない。私は主人の車で帰宅したが、荷物をたくさん積んだので、本件被相続人は、母と一緒に弟の車に乗って帰宅した。
ニ Aは、当審判所に対し、本件被相続人が本件金員を何に費消したのか心当たりはない旨答述した。
ホ Eは、調査担当職員に対し、本件金員の所在が不明であることについて、競輪等のギャンブルで使ったのかもしれず、人に渡したとすれば平成19年4月19日の午後ではないかと思うが、思い当たる人はいない旨申述した。
ヘ Eは、異議申立てに係る調査を担当した職員に対し、Dが本件被相続人に預金から50,000,000円の現金を引き出すように指示されたことについて、本件金員が引き出される前から聞いて知っていた旨申述した。

(2) 争点について

イ 本件金員は、上記1(3)ハのとおり、Dにより平成19年4月19日に引き出されたことが認められることから、本件金員が本件相続に係る相続財産であるというためには、本件金員が同日から本件相続開始日までの間に本件被相続人の財産から流出していないことが必要となる。
ロ そこで、まず、本件金員の保管状況等についてみると、この点に関し、Dは、上記(1)ロ及びハのとおり、本件被相続人の指示により本件金員を本件被相続人に引き渡した旨及び本件金員のその後の所在について関知していない旨など申述及び答述(以下「申述等」という。)をする。
 しかしながら、上記(1)イ(イ)のとおり、本件被相続人が利用した病室は中から施錠することができず、かつ、病室内の収納用の備品も施錠することができなかったことからすれば、入院中の本件被相続人がそのような不用心な状態の中、本件金員を受け取るとは考え難く、Dの申述等の内容は不自然ということができる。また、Dは、上記(1)ハ(ニ)及び(ホ)のとおり、本件被相続人の病状やF病院の退院時の状況等について詳細に答述する一方、上記(1)ロ(イ)、(ロ)及び(ハ)並びにハ(イ)、(ロ)及び(ハ)のとおり、本件被相続人からの本件金員に関しての指示やその引渡しの際の状況について、「記憶にないが、こうであったと思う」などといったあいまいな申述等に終始しているが、通常、高額な金員を現金で引き出したり引き渡したりした場合、ある程度の記憶は残っているであろうと思われるところ、上記(1)イ(ロ)及び(ハ)によれば、本件金員以外の預貯金は10,000,000円に満たず、本件被相続人名義の預貯金口座からの1,000,000円を超える使途不明な出金は本件金員以外にないなどといった本件被相続人の預貯金口座の状況に照らせば、50,000,000円という金員は本件被相続人にとって高額な金員であるといえるのであって、本件被相続人の娘であるDに本件金員に関する状況の明確な記憶が残っていないとは考え難く、その申述等の内容は不自然ということができる。さらに、本件金員が上記のとおり高額な金員であるといえることからすれば、たとえ本件被相続人からの指示があったからとはいえ、自宅から離れた県外のF病院に本件金員を持参し、それを入院中の本件被相続人に引き渡すに当たり、何らその使途を確認しなかった旨の上記(1)ロ(ニ)及びハ(ハ)のDの申述等もまた不自然ということができる。よって、本件金員をF病院に持参し、それを本件被相続人に引き渡した点に関するDの申述等はそのまま信用することができない。
 そうすると、上記1(3)ハのとおり、DがG銀行本店から本件金員を引き出して保持した事実が認められるにとどまるのであって、上記(1)イ(ニ)によれば、○○には、保険適応が受けられない疾患の場合、最高50,000,000円程度の費用が必要であるところ、本件被相続人自身、○○の準備をしていた時に、本件金員が本件被相続人名義の預金口座から引き出されたこと、及び、上記(1)ヘのとおり、Eも本件金員は本件被相続人の指示により引き出されたものであると認識していることからすれば、Dは本件被相続人の指示を受けて本件金員を引き出したことが推認できるから、本件金員は、平成19年4月19日の時点では、本件被相続人の指示を受けたDが保管していたと認めることができ、その後の保管状況が変更されたことを認めるに足りる証拠はない。
ハ これを前提に本件金員が本件被相続人の財産から流出したか否かについてみると、まず、50,000,000円という高額な金員を家族に知られないまま費消することは通常であれば考えられないことに加え、上記1(3)ハ及びニによれば、本件金員が引き出されてから本件被相続人が死亡するまではX日間であり、本件金員をギャンブル等の浪費によってすべて費消するには短すぎるのであって、上記(1)イ(ハ)の事実から認められる本件被相続人の消費傾向に照らしても、本件被相続人が本件金員をすべて費消してしまったとは考え難い。そして、上記(1)イ(ニ)によれば、本件被相続人自身、数日後に死亡するとは考えておらず、多額の費用が必要な○○の準備をしていた時に、上記(1)イ(ロ)及び(ホ)によれば、本件金員を引き出す直前の預貯金残高の8割を超え、総所得金額の2倍以上に相当する50,000,000円もの金員を、本件被相続人がX日間という短期間で軽々に費消してしまったとも考え難い。
 また、上記(1)イ(ヘ)のとおり、本件金員が、本件相続開始日までに、他の預金等に入金された事実、本件被相続人の経営する会社との間で債務の返済や貸付金に充てられた事実、資産の取得又は役務の提供の対価に充てられた事実、その他何らかの費用に充てられた事実はなく、上記(1)イ(ト)のとおり、本件被相続人の関与した各病院に対する寄附金及び治療費に費消された事実もない。さらに、上記(1)ニ及びホによれば、本件被相続人の妻であるA及び息子であるEに、本件被相続人から本件金員を渡されるような人物について心当たりがなく、本件金員の保管に関与しているDからその点に関する説明がないのであって、当審判所の調査の結果によっても、そのような人物の存在は認められなかったことからすると、本件金員は、本件被相続人の家族以外の第三者には渡されていないと推認することができる。
 以上のとおり、通常想定し得る金員の流出先についてみても、本件金員が費消等された事実はなかったのであるから、上記(1)の各認定事実によれば、本件金員は本件被相続人によって費消等されなかったと認めることができ、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。
ニ したがって、本件金員は、本件相続の開始時点までに本件被相続人の支配が及ぶ範囲の財産から流出しておらず、本件相続に係る相続財産であると認められる。
 よって、原処分には争点についてこれを取り消すべき理由はない。

(3) 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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