(平成23年6月10日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、被相続人の妻である審査請求人(以下「請求人」という。)が申告した相続税について、原処分庁が、請求人及び被相続人が有料老人ホームに入居するに当たり、入居契約上請求人が支払うべき入居金の一部を被相続人が負担したことは、被相続人からの請求人に対するみなし贈与に該当するとして、当該負担額を相続開始前3年以内の贈与として相続税の課税価格に加算して更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、入居金は終身利用権の対価であり、終身利用権は一身専属権であるから相続税の課税対象にはならない等として、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成19年7月○日に死亡したH(以下「本件被相続人」という。)の相続人であり、この相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、別表1の「申告」欄のとおり記載した相続税の申告書を法定申告期限までに原処分庁へ提出した。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成22年1月26日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ハ 請求人は、上記ロの各処分を不服として、平成22年3月23日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、請求人は本件被相続人の生活保持義務の前払金たる金銭債権を死因贈与により取得したものであり、請求人に対するみなし贈与はないとして、平成22年5月19日付で別表1の「異議決定」欄のとおり、各処分の一部を取り消す異議決定をした(以下、異議決定後の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を、それぞれ「本件更正処分」及び「本件賦課決定処分」という。)。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成22年6月18日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

イ 相続税法(平成19年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)第1条の2《定義》は、相続税法における扶養義務者の意義は、配偶者及び民法第877条《扶養義務者》に規定する親族をいう旨規定している。
ロ 相続税法第9条は、同法第4条《贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合》から第8条までに規定する場合を除くほか、対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合においては、当該利益を受けた時において、当該利益を受けた者が、当該利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額(対価の支払があった場合には、その価額を控除した金額)を当該利益を受けさせた者から贈与により取得したものとみなす旨規定している。
ハ 相続税法第19条《相続開始前3年以内に贈与があった場合の相続税額》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前3年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては、その者については、当該贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなし、同法第15条《遺産に係る基礎控除》から第18条《相続税額の加算》までの規定を適用して算出した金額をもって、その納付すべき相続税額とする旨規定している。
ニ 相続税法第21条の3《贈与税の非課税財産》第1項第2号は、扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものの価額は、贈与税の課税価格に算入しない旨規定している。
ホ 相続税法基本通達(昭和34年1月28日付直資10ほかによる国税庁長官通達。ただし、平成20年7月8日付課資2−10ほかによる改正前のものをいう。)21の3−3《「生活費」の意義》は、相続税法第21条の3第1項第2号に規定する「生活費」とは、その者の通常の日常生活を営むのに必要な費用(教育費を除く。)をいい、治療費、養育費その他これらに準ずるもの(保険金又は損害賠償金により補てんされる部分を除く。)を含むものとして取り扱うものとする旨定めている。

(4) 基礎事実

イ 相続関係
(イ) 本件相続に係る法定相続人は、本件被相続人の妻である請求人、長男であるJ及び二男であるKの3名である。
(ロ) 本件被相続人は、平成19年4月20日付遺言公正証書を作成した。
(ハ) 請求人は、上記(ロ)の公正証書遺言により、本件被相続人の財産の全部を遺贈により取得した。
ロ 有料老人ホーム入居関係
(イ) 請求人は、平成19年4月13日にL社との間で、有料老人ホーム「M」(以下「本件老人ホーム」という。)に入居するため、請求人を主契約者とするM入居契約(以下「本件入居契約」といい、この契約に係る契約書を「本件入居契約書」という。)を締結した。
 なお、契約開始日は、平成19年4月30日であり、本件入居契約は、まる1L社は、主契約者に対し、本件老人ホームの利用及び下記ニの(ロ)の各種サービスを提供し、まる2主契約者は、L社に対し、入居金と各種サービスの提供に係る費用を支払うことを目的とするものである(本件入居契約書第1条)。
(ロ) 請求人及び本件被相続人は、平成19年4月13日にL社との間で、本件被相続人を追加契約者とする追加入居契約(以下「本件追加入居契約」という。)を締結した。
 なお、契約開始日は、平成19年4月30日である。
(ハ) 請求人及び本件被相続人は、平成19年4月30日に、本件老人ホームの○○号室(XXX平方メートル。以下「本件居室」という。)に入居した。
(ニ) 請求人は、上記(ハ)以降現在に至るまで、本件老人ホームに居住している。
ハ 本件老人ホームの施設の概要等
 本件老人ホームは、住宅型有料老人ホームであり、施設の概要は以下のとおりである。
(イ) 敷地概要 敷地面積X,XXX平方メートル

(ロ) 建物概要 鉄筋コンクリート造 地上7階、地下1階建
延床面積 有料老人ホームXX,XXX平方メートル、全体XX,XXX平方メートル

(ハ) 居室概要 居室総数XXX室、定員XXX名
(ニ) 居室面積 XX平方メートル〜XXX平方メートル
(ホ) 専用居室区分 全室個室

(ヘ) 共用施設 大浴場、男子浴室(45.11平方メートル)、女子浴室(70.21平方メートル)、フィットネスルーム(71.91平方メートル)、プール(208.32平方メートル)、レストラン(520.76平方メートル)、ラウンジ(150.54平方メートル)、○○ルーム、ビジネスセンター、○○○○、○○ルーム、Mホール、○○○○、○○ルーム、○○ルーム、○○○○、○○ルーム、○○ルーム、ヘア・エステ、駐車場、駐輪場、○○○○、○○○○、○○ルーム、○○○○等

ニ 本件入居契約に基づいて請求人が取得する権利等
(イ) 主契約者である請求人は、本件入居契約の規定に従い入居金等を前払することにより、居住を目的として、本件居室及び共用施設を利用することができる(本件入居契約書第3条第1項)。
 なお、本件居室及び共用施設を利用する権利の第三者への譲渡は認められない(本件入居契約書第3条第3項)。
(ロ) 請求人は、本件居室及び共用施設を利用する権利に付随する権利として、下記の各種サービスの提供を受けることができる(本件入居契約書第5条第1項、M管理規程(以下「管理規程」という。)第13項)。
A 医療支援・健康管理サービス(管理規程第13項(1))
 定期健康診断を受診する機会を設けるほか、健康相談等を実施する。
 協力医療機関を定め、適切な治療が受けられるよう必要な協力を行う。
B 食事サービス(管理規程第13項(2))
 1日3食の食事の提供、医師と連携し健康状態にあった食事作りなど。
C 生活相談・助言サービス(管理規程第13項(3))
 生活全般に関する諸問題について相談や助言を行う。
D 生活支援サービス(管理規程第13項(4))
 家事全般に関するサービスや生活利便に関するサービスを提供する。
E レクリエーション等(管理規程第13項(5))
 文化・余暇利用活動や運動・娯楽等のレクリエーションに関する生活支援を行う。
なお、サービスを受ける権利の第三者への譲渡は認められない(本件入居契約書第5条第4項)。
ホ 主契約者と追加契約者の地位の異同等
(イ) 主契約者は、本件入居契約締結後5年以内で契約が継続されている場合に限って、定員に満るまで追加の契約当事者を申し出ることができる(本件入居契約書第47条)。
(ロ) 主契約者は、本件居室及び共用施設を利用する権利を有し、当該権利に付随する権利として、各種サービスを享受することができる(本件入居契約書第3条、第5条)。
 追加契約者は、本件居室及び共用施設の利用及び各種サービスを享受することができる(本件入居契約書第47条)。
(ハ) 入居金及び追加入居金の支払義務者は、主契約者である(本件入居契約書第22条、第47条)。
(ニ) 主契約者の死亡、主契約者による本件入居契約の解約又は解除は契約終了原因であるが(本件入居契約書第26条)、追加契約者の死亡は契約終了原因ではなく、追加契約者による解約又は解除はできない。
(ホ) 追加契約者は、主契約者と同様に直接本件入居契約に定める義務を負う(本件入居契約書第47条)。
(ヘ) 本件入居契約が終了する場合、追加契約者は、上記ニの本件居室及び共用施設を利用する権利及びそれに付随する権利を譲り受けることができる(本件入居契約書第48条)。
ヘ 本件入居契約において支払うべき金員
(イ) 主契約者は、本件入居契約に基づき、下記の金員を支払う義務がある。
A 入居金
B 月額の費用、使用料及びサービス提供の都度発生する料金
(ロ) 請求人に係る入居金の額(管理規程第14項(1)、別表7(ローマ数字)
 133,700,000円(以下「本件入居金」という。)
(ハ) 入居金の支払時期
 本件老人ホームへの入居に際し、主契約者は重要事項説明書及び管理規程に定める入居金の10%を契約締結日までに、残りの90%を契約開始日までにL社に支払う(本件入居契約書第22条)。
(ニ) 入居金の充当等
A 入居金は、施設設備にかかわる協力金であり、本件入居契約に基づく施設利用権の対価に充当されるとともに、本件入居契約における主契約者(追加契約者がいる場合は追加契約者を含む。)の債務の保証に充当する(本件入居契約書第23条第1項)。
B 入居金は、本件老人ホームの利用権として下記のものに充当する(管理規程14項(2))。
(A) 本件老人ホームの建物、設備に対する投資
(B) 通常の賃貸借契約にかわる保証等
(ホ) 入居金の償却
 入居金の償却は、以下のとおり行う(本件入居契約書第23条第2項)。
A 即時償却対象分
 入居金の15%を契約開始日に即時償却する。
B 定額償却対象分
 入居金の85%を、以下の算式により償却する。
(A) 月次償却 入居金×85%÷180か月(小数点以下切り捨て)
(B) 調整金 入居金×85%−月次償却×180か月
 調整金は、償却開始月に充当するものとする。
(C) 返還金 (入居金×85%−調整金)−(月次償却×入居経過月数)
(ヘ) 契約終了と入居金の返還
A L社は、本件入居契約が終了する場合には、契約終了日の属する月まで、定額償却を行う。この場合には、日割計算をしない(本件入居契約書第33条第1項)。
B 入居金の返還金は上記(ホ)の算式により算出する(本件入居契約書第34条第1項)。
C 入居金の即時償却対象分は、契約開始日(居室引渡し日)を経過した場合は返還しない(本件入居契約書第34条第2項、第44条)。
(ト) 月額の費用及び使用料等
 主契約者は、L社に対し、重要事項説明書及び管理規程に定める月額の費用、使用料及びサービス提供の都度発生する料金を支払う(本件入居契約書第24条第1項)。
A 月額利用料
 管理費56,000円、生活サービス費171,150円及び食費74,550円(厨房管理費36,750円を含む。)の合計額301,700円。
B 各種有料サービス料金
 共用施設等の利用細則に基づく有料サービス、食事サービスに基づく有料サービス、生活支援サービス一覧に基づく有料サービス及び専用居室にかかわる水道光熱費など。
C 主契約者は、本件入居契約終了時には、契約終了日及び居室明渡し日のうち、いずれか遅い日までの月額の費用及び使用料等を日割計算で支払う(本件入居契約書第33条第2項)。
ト 本件追加入居契約において支払うべき金員
(イ) 主契約者は、追加入居者がいる場合には、管理規程に定める2人入居の場合の追加費用を支払う。支払われた追加入居金は、追加入居契約書記載の契約開始日に全額償却する(本件入居契約書第47条第4項)。
(ロ) 追加入居の場合に支払うべき金員は、以下のとおりである(管理規程第14項(1)、別表7(ローマ数字))。
A 追加入居時に支払う費用
 追加入居金 7,000,000円(以下「本件追加入居金」という。)
B 毎月支払う追加費用
(A) 月額利用料
 生活サービス費85,575円及び食費74,550円(厨房管理費36,750円を含む。)の合計額160,125円。
(B) 各種有料サービス料金
 供用施設等の利用細則に基づく有料サービス、食事サービスに基づく有料サービス、生活支援サービス一覧に基づく有料サービス及び専用居室にかかわる水道光熱費など。
チ 上記ヘ及びトの支払状況
(イ) 本件被相続人は、L社に対し、N銀行d支店の本件被相続人名義の普通預金口座から、平成19年4月1日に10,000,000円、同月2日に4,070,000円、同月16日に117,000,000円を振込みにより支払った。
(ロ) 請求人は、L社に対し、N銀行d支店の請求人名義の普通預金口座から、平成19年4月16日に、10,107,218円を振込みにより支払った。
リ 本件老人ホームは、事業者がP社となり、平成22年11月にPに名称変更した。

トップに戻る

2 争点

  1. 争点1 本件入居契約の主体は誰か。
  2. 争点2 本件被相続人が本件入居金の一部を負担したことによって、相続税の課税対象となるものはあるか。

トップに戻る

3 争点1について

(1) 主張

イ 請求人
 以下の理由から、本件入居契約の当事者は、本件被相続人である。
(イ) 本件入居契約に係る費用を出捐したのは、本件被相続人である。
(ロ) 本件被相続人は、本件入居契約上の入居者として利益を享受し、権利を行使してきた。
(ハ) 本件被相続人を主契約者として本件入居契約を締結する予定でいたが、契約直前に本件被相続人の健康が不安定になったため、やむを得ず主契約者の名義を請求人としただけである。
ロ 原処分庁
 以下の理由から、本件入居契約の当事者は、請求人である。
(イ) 本件入居契約書において主契約者として署名押印しているのは請求人であり、請求人及び本件被相続人は、本件入居契約の内容を十分に理解した上で、主契約者を請求人、追加契約者を本件被相続人としている。
(ロ) 請求人が主契約者となったのは、主契約者が負うべき責任を誰に負わせるかということについて、本件被相続人の健康状態を考慮し、これを本件被相続人とすることを回避し、請求人とすることを選択した結果によるものと認められるから、主契約者を本件被相続人とみるべき理由はない。

(2) 認定事実

イ 本件被相続人は、平成18年12月ころ、○○を患っていることが判明した。
 本件入居契約締結時の年齢は、本件被相続人7X歳、請求人6X歳であった。
ロ 居宅の売却
(イ) 本件被相続人及び請求人は、本件老人ホームに入居することを決めた時点で、同人らが共有する居宅(以下「本件居宅」という。)を売却することを決意していた。
(ロ) 請求人は、本件被相続人からの遺贈により共有持分を取得し本件居宅の単独所有者となっていたところ、平成19年11月9日に、本件居宅をQ社に売却した。
ハ 費用等の出捐者
(イ) 本件被相続人が出捐した131,070,000円(上記1の(4)のチの(イ))及び請求人が出捐した10,107,218円(同(ロ))の合計141,177,218円は、本件入居金(133,700,000円)及び本件追加入居金(7,000,000円)並びに平成19年4月分、5月分の主契約者及び追加契約者の月額利用料(主契約者311,756円、追加契約者165,462円)に充当された。
(ロ) 主契約者の平成19年6月分以降の月額利用料等は、N銀行d支店の請求人名義の普通預金口座から毎月支払われている。
(ハ) 追加契約者の平成19年6月分の月額利用料は、平成19年5月27日に、N銀行d支店の本件被相続人名義の普通預金口座から支払われた。
ニ L社の認識
(イ) L社は、本件入居金、主契約者の平成19年4月分、5月分及び6月分の月額利用料につき、請求人あてに請求書を発行した。
(ロ) L社は、本件追加入居金、追加契約者の平成19年4月分、5月分及び6月分の月額利用料につき、本件被相続人あてに請求書を発行した。

(3) 判断

イ 本件入居契約の主体の判断に際しては、本件入居契約書の内容はもとより、本件入居契約締結に至る経緯、本件入居契約への関与状況、契約により支払う金員の出捐者、契約当事者の認識等を総合的に勘案して判断するのが相当である。
ロ そして、本件において、
(イ) 本件被相続人及び請求人は、主契約者という肩書を持った場合に本件被相続人にかかる負担の大きさを考慮し、あえて、主契約者を本件被相続人ではなく請求人とする旨決定しており、請求人もこの事実を認めていること
(ロ) 本件被相続人及び請求人は、本件老人ホームへの入居を決めた時点で本件居宅を売却することを決意していたのであるから、本件被相続人及び請求人は、本件入居契約の開始日(居室引渡し日)以降、○○を患っていた本件被相続人が先に死亡したとしても、請求人がその後も本件老人ホームで生活することを前提に、本件入居契約に臨んでいると認められること
(ハ) 本件入居契約上、主契約者の死亡は契約の終了事由とされ、追加契約者は、その場合には主契約者の利用権及び利用権に付随する権利を譲り受けることができるものの、本件入居契約の解除権等は有していないこと等、主契約者に劣後する地位にあり、本件被相続人及び請求人はこのような入居契約であることを承知の上で、それぞれ主契約者及び追加契約者として本件入居契約書及び本件追加入居契約に係る契約書に署名、押印していること
(ニ) 平成19年6月分以降、請求人は主契約者としての月額利用料等を、本件被相続人は追加契約者としての平成19年6月分の月額利用料をそれぞれ支払っていること
(ホ) L社は、請求人を主契約者、本件被相続人を追加契約者と認識して、請求人に対し主契約者の支払費用に関する請求書を、本件被相続人に対し追加契約者の支払費用に関する請求書を発行していること
からすれば、本件被相続人及び請求人は、請求人を主契約者にするという明確な認識のもとに本件入居契約を締結したものであると認められる。そして、請求人は、仮に本件被相続人が請求人より先に死亡したとしても、引き続き本件老人ホームで生活することを予定していたものであるから、主契約者に劣後する地位にある追加契約者ではなく、主契約者として契約を締結したと解するのが当事者の合理的意思に合致する。また、平成19年6月分以降は、主契約者としての費用を支払っていること、L社も、請求人に対して主契約者としての月額利用料を請求する等、請求人を主契約者として取り扱っていることからすれば、本件入居契約の主体(主契約者)は、請求人であると認めるのが相当である。
ハ なお、請求人は、最高裁判所昭和52年8月9日第二小法廷判決によれば、契約上の契約者の判断については客観説で確定しているから、契約の当事者は金銭の出捐を重視して判断すべきである旨主張する。
 しかしながら、最高裁判所が上記判決において客観説を採用しているのは、定期預金の債権者についてのものであり、契約一般についてこのような立場をとっているものではないから、請求人の主張は採用できない。

トップに戻る

4 争点2について

(1) 主張

イ 請求人
(イ) 上記3の(1)のイのとおり、本件入居契約の主契約者は本件被相続人である。
A 本件被相続人が主契約者であるから、本件入居金は本件被相続人が負担すべきものである。
 請求人は、追加契約者に該当するところ、本件入居契約により、追加契約者は、主契約者から、主契約者の権利を承継することができる。
 したがって、請求人は、本件相続開始時に、本件被相続人から主契約者の権利である終身利用権を、死因贈与により取得したものと認められるが、終身利用権は、一身専属権であるから、相続税の対象とならない。
 したがって、原処分は違法である。
B 仮に、請求人が終身利用権を承継したものではないとしても、以下の理由から、原処分は違法である。
(A) 当事者間において、本件入居契約時点で、本件被相続人が15年の償却期間内に死亡した場合は、追加契約者である請求人に対して償却残存期間にわたり、毎年入居金の定額償却額を贈与する認識があったことからすれば、本件入居契約時点において、本件被相続人、L社、請求人の三者間で、保証期間付定期金給付契約と同様の権利義務が成立し、定期金の継続受取人である請求人は、相続開始時に本件被相続人から保証期間付定期金給付契約に関する権利を相続したものと認められる。
(B) そして、上記権利は、有期定期金として評価することとなり、原処分庁が相続財産に計上した金額より低くなるため、原処分の一部が取り消されるべきである。
(ロ) 仮に、主契約者が請求人であるとしても、以下の理由から、原処分は違法である。
A 本件入居金の性質は、終身利用権の対価である。
 請求人は、本件入居契約時に、本件被相続人から、終身利用権を贈与により取得したものであるが、終身利用権は一身専属権であるから、贈与税の対象とならない。
B 仮に、本件入居金の性質が終身利用権の対価ではなく生活保持義務の前払金であるとしても、以下の理由から、原処分は取り消されるべきである。
(A) 当事者間において、本件入居契約時点で、15年間にわたり毎年入居金の定額償却額を本件被相続人から請求人に贈与する認識があったこと、15年間の途中で本件被相続人が死亡した場合も同様の給付を続けることが当事者の意思であることからすれば、本件入居契約時点において、本件被相続人、L社、請求人の三者間で、定期金給付契約と同様の権利義務が成立し、請求人は本件被相続人から定期金給付契約に関する権利を贈与されたものと認められる。
 そして、上記権利は相続開始年の贈与なので、贈与税は課税されず、相続税(相続開始前3年以内の贈与加算)の対象となる。
(B) そして、上記権利の贈与であるとしても、生活保持義務の履行であるとすれば、相続税法第21条の3第1項第2号の「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」に該当し、贈与税は非課税であるから、相続開始前3年以内の贈与加算の対象とならない。
(C) 仮に、生活保持義務の履行に該当しないとしても、上記権利は、有期定期金として評価することとなり、原処分庁が相続財産に計上した金額より低くなるため、原処分の一部が取り消されるべきである。
ロ 原処分庁
(イ) 再契約締結日を平成21年6月1日とするM入居契約書に、本件入居金及び追加入居金の使途及び算定基準として、入居者が居住する居室及び入居者が利用する共用施設等の費用として終身にわたって受領する家賃相当額と記載されていること、上記の再契約と本件入居契約とは本件入居金の内容について変更はないことからすれば、本件入居金の法的性質は、家賃相当額の前払金であると認められる。
(ロ) そして、本件入居契約の主契約者は請求人であるから、請求人が入居金支払義務を負うところ、本件被相続人が生活保持義務履行のために本件入居金の一部に相当する金額を負担したものである。
 したがって、本件被相続人が負担した本件入居金の一部に相当する金額につき、本件入居契約開始日において、いまだ生活保持義務の履行がなされていない部分(定額償却対象分)は、請求人が本件老人ホームを使用する期間の経過に応じて償却されていくものであるから、本件被相続人の請求人に対する生活保持義務の前払金とみるべきである。
 ゆえに、前払金のうち、本件相続開始時にいまだ生活保持義務の履行が完了していない部分は、本件被相続人の請求人に対する返還請求権の対象となる。
(ハ) そして、まる1上記返還請求権は、夫の妻に対する生活保持義務履行のための金銭債権であること、まる2本件入居契約の内容及び主契約者が請求人であることからして、請求人及び本件被相続人間では、本件被相続人死亡後も本件老人ホームに入居し続けることを前提としていたと認められること、まる3請求人及び本件被相続人は、本件入居契約の内容を十分理解した上で、主契約者を請求人、追加契約者を本件被相続人としていることからすれば、本件入居契約時に、本件被相続人と請求人との間で、上記金銭債権を死因贈与する旨の契約がなされたものと認められる。
 したがって、請求人は、生活保持義務の前払金たる金銭債権を、本件被相続人からの死因贈与により取得したのであるから、これを本件相続に係る相続財産とした原処分は適法である。

(2) 認定事実

イ 請求人は、本件老人ホームの入居前は、本件居宅で、本件被相続人と2人暮らしであった。
ロ 請求人は、本件入居契約時から現在に至るまで、介護を要する状態にはない。

(3) 判断

イ 本件被相続人による出捐について
(イ) 相続税法第9条は、私法上の贈与契約によって財産を取得したものではないが、そのような法律関係の形式とは別に、実質的にみて、贈与を受けたのと同様の経済的利益を享受している事実がある場合に、税負担の公平の見地から、その取得した経済的利益の額相当額を贈与により取得したものとみなして、贈与税を課税することとしたものである。
(ロ) 本件において、主契約者には本件老人ホームの施設を利用する権利が認められているが(上記1の(4)のニの(イ))、追加契約者には、施設の利用及び各種サービスの享受が認められているだけで(同ホの(ロ))、権利として施設利用をすることができる旨の明文の規定はないこと、主契約者の利用権及びそれに付随する権利を譲り受けることができる旨の規定があること(同ホの(ヘ))からすれば、施設利用権を有するのは主契約者のみであり、追加契約者は施設利用権を有しないと解するのが相当である。
 そして、本件入居契約に基づく入居金の支払義務は、主契約者が負っていること(同ホの(ハ))、本件入居金は、施設利用権の対価に充当されるとともに、本件入居契約における主契約者及び追加契約者の債務の保証に充当するものと定められていること(同ヘの(ニ))からすれば、本件入居契約上、追加契約者が負う入居契約に定める義務(同ホの(ホ))には、入居金支払義務は含まれないというべきである。
 そうすると、追加契約者たる本件被相続人は、自らに支払義務のない主契約者たる請求人に係る本件入居金のうちの一部に相当する金額を支払ったものであり、これによって、請求人は、本件入居金(133,700,000円)の支払によって初めて取得することのできる施設利用権を、低廉な出捐(10,107,218円)によって取得したものと認められる。
(ハ) したがって、請求人は、著しく低い価額の対価で本件老人ホームの施設利用権に相当する経済的利益を享受したものということができ、本件被相続人及び請求人間に実質的に利益の移転があったことは明らかであるから、相続税法第9条により、請求人は、その利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額(対価の支払があった場合には、その価額を控除した金額)を本件被相続人から贈与により取得したものとみなすのが相当である。
(ニ) そうすると、請求人が本件被相続人から贈与により取得したものとみなされる金額は、次のとおりである。
 133,700,000円 − 10,107,218円 = 123,592,782円
ロ 本件被相続人による出捐は請求人にとって非課税か否か
(イ) 相続税法第21条の3第1項第2号は、扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものの価額は贈与税の課税価額に算入しない旨規定している。
 そして、相続税法基本通達21の3−3は、相続税法第21条の3第1項第2号の「生活費」とは、その者の通常の日常生活を営むのに必要な費用(教育費を除く。)をいう旨定めており、それには、日常の衣食住に必要な費用のみでなく、治療費、養育費その他これに準ずるものを含むものとされている。
 相続税法第21条の3第1項第2号の立法趣旨が、扶養義務者相互間における生活費又は教育費は、日常生活に必要な費用であり、それらの費用に充てるための財産を贈与により取得してもそれにより担税力が生じないことはもちろん、その贈与の当事者の人間関係などの面からみてもこれを課税することは適当でないという点にあることにかんがみれば、当審判所においても、上記通達の取扱いは相当であると解する。
 そして、上記のような立法趣旨にかんがみれば、生活費に該当するか否かの判断は一律に定められるものではなく、個々の具体的事情に即して、社会通念に従って判断すべきものである。
(ロ) そこで本件を検討するに、
A 本件老人ホームの入居金は、上記1の(4)のヘの(ニ)のとおり、施設利用権の対価に充当されるところ、同(ロ)のとおり、請求人に係る本件入居金は133,700,000円と極めて高額であること、居室面積もXXX平方メートルと広いこと、共用施設として、フィットネスルーム、プール等が設けられ、さらには、○○ルーム、○○ルーム、○○ルーム、○○○○、○○ルーム、○○ルーム、ヘア・エステ等の施設も併設され、フィットネスルーム、プール、○○ルーム、○○ルーム、○○○○、○○ルーム、○○ルーム等は無料で利用できること等にかんがみれば、本件老人ホームの施設利用権の取得のための金員は、社会通念上、日常生活に必要な住の費用であると認めることはできない。
B これに加え、本件老人ホームは介護付有料老人ホームではないこと、請求人は介護状態にないこと、請求人が本件老人ホームに入居する前は本件居宅に居住していたことからすれば、請求人が本件老人ホームに入居することが不可避であったとも認められない。
C 以上からすれば、本件入居金は、請求人の日常生活に必要な費用であると認めることはできないから、相続税法第21条の3第1項第2号の規定する「生活費」には該当しない。
したがって、本件入居金のうち、本件被相続人が支払った金額は、贈与税の非課税財産に該当しない。
ハ なお、原処分庁は、本件入居金の法的性質は、家賃相当額の前払金であり、本件被相続人が負担した本件入居金の一部に相当する金額は、本件被相続人の請求人に対する生活保持義務の前払金であり、そのうち、本件相続開始時にいまだ生活保持義務の履行が完了していない部分は、本件被相続人に返還請求権がある旨主張する。
 しかしながら、上記ロの(ロ)のAのとおり、本件入居金は、施設利用権の対価に充当されるものであるところ、請求人は、本件老人ホームにおいて、定額償却対象分の償却期間15年が経過しても居住を続けられること、及び本件老人ホームにはフィットネスルーム、プール、○○ルーム、○○ルーム、○○ルーム、○○○○、○○ルーム、○○ルーム、ヘア・エステ等の共用施設が設置され、請求人はこれらの一部を無料で利用できることからすると、本件入居金はこれら共用施設の利用の対価という側面を有していることを併せかんがみれば、定額償却対象分を純粋な家賃等の前払分と判断することは相当とはいえない。
 したがって、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。
ニ 請求人は、主契約者が請求人であるとしても、本件入居金の性質は終身利用権の対価であるから、終身利用権を本件被相続人から贈与により取得した旨主張する。
 しかしながら、請求人は、上記イの(ロ)及び(ハ)のとおり、請求人に支払義務のある本件入居金のうちの一部に相当する金額を本件被相続人が支払ったことにより、本件老人ホームの施設利用権に相当する経済的利益を享受したのであって、終身利用権を本件被相続人から贈与により取得したわけではないから、請求人の主張には理由がない。
ホ また、請求人は、主契約者が請求人であるとしても、本件入居契約時点において、本件被相続人、L社、請求人の三者間で、定期金給付契約と同様の権利義務が成立し、請求人は本件被相続人から定期金給付契約に関する権利を贈与されたものである旨主張する。
 しかしながら、上記1の(4)のロの(イ)のとおり、本件入居契約は、請求人とL社との間で、本件老人ホームへの入居に関し、請求人がL社に対し本件入居金等を支払うことにより、L社は請求人に対し本件老人ホームの利用及び各種サービスを提供することを目的として締結されたものであり、定期金給付契約とはその類型を全く異にするものであるから、請求人の主張は採用できない。
ヘ 以上から、本件被相続人が支払った本件入居金の一部に相当する金額については、請求人が本件被相続人から贈与により取得したものとみなされるところ、当該金額は、相続税法第19条第1項の規定により、相続開始前3年以内の贈与として相続税の課税価格に加算されることとなる。

トップに戻る

5 本件更正処分について

 以上により、請求人の本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、別表2の「審判所認定額」欄のとおりとなり、これらの金額は、いずれも本件更正処分の額を上回るから、本件更正処分は適法である。

トップに戻る

6 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は、上記5のとおり適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてされた本件賦課決定処分は適法である。

トップに戻る

7 その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る

トップに戻る