(平成24年9月7日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、共同審査請求人が、亡父の相続に係る相続税の課税価格は遺産に係る基礎控除額以下であるとして当該相続に係る相続税の申告をしなかったところ、原処分庁が、共同審査請求人以外の相続人名義の預貯金等は当該相続に係る相続財産と認められることなどから、当該相続に係る相続税の課税価格は遺産に係る基礎控除額を超えるとして、それぞれ決定処分をしたのに対し、共同審査請求人が、当該相続に係る相続税の調査手続には違法又は不当があるなどとして、当該各決定処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 処分
 原処分庁は、平成20年1月○日を相続開始日(以下「本件相続開始日」という。)とする被相続人G(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)の調査(以下「本件調査」という。)に基づき、別表1の「決定処分」欄のとおり、本件相続の共同相続人である審査請求人E及び同H(以下、順次「請求人E」及び「請求人H」といい、両名を併せて「請求人ら」という。)に対し、平成23年6月24日付で、それぞれ決定処分をした(以下「本件各決定処分」という。)。
ロ 不服申立て
 請求人らは、本件各決定処分を不服として、平成23年8月19日に請求人Eを総代に選任して異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年10月18日付で棄却の異議決定をし、その決定書謄本を同月25日に請求人Eに送達したので、請求人らは、同年11月22日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、平成23年11月22日に、請求人Eを総代として選任し、その旨を届け出た。

(3) 関係法令の要旨

イ 国税通則法(以下「通則法」という。)
 第25条《決定》は、税務署長は、納税申告書を提出する義務があると認められる者が当該申告書を提出しなかった場合には、その調査により、当該申告書に係る課税標準等及び税額等を決定する旨規定している。
ロ 民法
 第95条《錯誤》は、意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする旨、ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張できない旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件被相続人の生前の職業
 本件被相続人は、平成12年3月まで、学校法人J学園(以下「本件学園」という。)の理事長を務めていた。
ロ 本件相続の共同相続人
 本件相続の共同相続人は、本件被相続人の妻であるK及び本件被相続人とKとの間に生まれたL(以下、順次「K」及び「L」といい、両名を併せて「Kら」という。)並びに本件被相続人と先妻との間に生まれた請求人らの4名である(以下、Kら及び請求人らを併せて「本件共同相続人」という。)。
ハ 本件相続に係る遺産分割協議の内容
 平成20年5月28日、本件共同相続人全員の間で下記のとおり本件相続の遺産分割協議(以下「本件遺産分割協議」という。)が成立した。なお、同日付で本件遺産分割協議に係る協議書(以下「本件遺産分割協議書」という。)が作成され、本件共同相続人の全員の署名押印がされている。
(イ) 本件共同相続人の強い希望により、下記の品を形見分けとして、それぞれ取得する。
 A 請求人E  ダイヤモンド付タイピン
 B 請求人H  ヌートリア製コート
 C L     モンブラン社製万年筆
(ロ) 本件学園から支給された弔慰金2,400,000円については、Kが取得する。
(ハ) 本件学園から支給された退職金165,195,200円については、それぞれ下記のとおり取得する。
 A K     77,203,976円(46.735%)
 B 請求人E  29,330,408円(17.755%)
 C 請求人H  29,330,408円(17.755%)
 D L     29,330,408円(17.755%)
(ニ) 本件被相続人が本件学園に対して負っていた借入金○○○○円(以下「本件借入金」という。)については、それぞれ下記のとおり負担する。
 A K     ○○○○円(46.735%)
 B 請求人E  ○○○○円(17.755%)
 C 請求人H  ○○○○円(17.755%)
 D L     ○○○○円(17.755%)
(ホ) 上記(イ)ないし(ニ)以外の財産及び債務については、Kが取得し又は負担する。
(ヘ) 本件遺産分割協議の成立後に判明した本件被相続人の財産及び債務については、上記(ハ)及び(ニ)の割合(以下「本件分割割合」という。)によって本件共同相続人が取得し又は負担する(以下、未把握財産等の分割に関する当該条項を「本件条項」という。)。
ニ M税理士の関与
 請求人らは、原処分庁に対し、本件相続に係る相続税について、M税理士が請求人らの税務代理の権限を有することを証する税理士法第30条《税務代理の権限の明示》の規定に基づく書面を、平成23年1月28日に提出した。
ホ 本件各決定処分の内容
 原処分庁は、本件相続に係る財産並びに債務及び葬式費用は別表2の「原処分の額」欄のとおりであり、これらを本件遺産分割協議に基づき本件共同相続人がそれぞれ取得したなどとして本件各決定処分を行った。
 なお、別表2の「取得した財産」欄に記載された各財産が本件被相続人に帰属する財産であることについて、請求人ら及び原処分庁との間で争いはない。

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2 争点

(1) 争点1 本件調査が違法又は不当な調査手続の下で行われたと認められるか否か。また、本件調査の調査手続が違法又は不当であった場合、そのことにより、本件各決定処分が取り消されることとなるか否か。
(2) 争点2 本件各決定処分の取消事由として、本件遺産分割協議が無効と認められるか否か。

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3 主張

(1) 争点1 本件調査が違法又は不当な調査手続の下で行われたと認められるか否か。また、本件調査の調査手続が違法又は不当であった場合、そのことにより、本件各決定処分が取り消されることとなるか否か。

原処分庁 請求人
 次のとおり、本件調査は違法又は不当な調査手続によりされたものではなく、本件各決定処分が取り消されることはない。  次のとおり、本件調査は違法又は不当な調査手続によりなされたものであるから、本件各決定処分は取り消されるべきである。
イ 本件調査担当職員が、請求人らに対してKら名義の各財産に関する情報を開示せず、また、当該各財産のうち相続財産と認定しないものについて請求人らの意見を確認することなく、当該各財産を相続財産に加算しない本件各決定処分を行ったとしても、何ら違法なものではない。
 また、請求人Hとの協議の機会がなかったことが、本件各決定処分の取消原因となるものではない。
イ 本件調査担当職員は、本件調査の内容について、請求人らに対して何ら説明せず、本件相続に係る相続財産の明細を確認しないまま、Kらに対する調査結果をもって本件各決定処分を行い、また、請求人Hとは、一切の連絡を取らず、説明や弁明の機会を与えなかった。
ロ 本件調査において、異常な状態で調査が行われたとする事実はない。 ロ Kは、本件調査のために税務署に呼び出され、税理士等の立会いを認められることなく、異常な状態で連日午後6時過ぎまで聴取を受けた。
ハ 本件調査担当職員は、M税理士に対して、本件調査の結果を説明するとともに、本件調査で把握した本件相続に係る財産の明細を記載した書類(以下「本件相続財産明細書類」という。)を郵送しており、請求人らは、本件各決定処分の内容を承知しているにも関わらず、Kらとの交渉が進展しないことをもって、本件相続に係る期限後申告書を提出しない旨を申し立てているにすぎない。 ハ 本件相続財産明細書類に記載された財産は、本件調査担当職員が本件被相続人に帰属することを認めた財産にすぎないので、当該書類が本件相続に係る財産の明細を記載した書類とは考えられず、原処分庁は、請求人らが求めるKら名義の各財産のうち本件相続に係る財産の当否の根拠について、当該書類の送付によって説明責任を果たしたとはいえない。

(2) 争点2 本件各決定処分の取消事由として、本件遺産分割協議が無効と認められるか否か。

請求人ら 原処分庁
 請求人らは、Kらが本件相続に係る相続財産を隠蔽したことにより、当該相続財産はほとんどないものという誤った認識に陥った上、当該認識に基づき、本件分割割合によることに合意したものであるから、本件遺産分割協議は無効であり改めて行われるべきである。  本件遺産分割協議の成立後、異議調査時までにおいて、本件遺産分割協議が無効となった事実は確認できない。

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4 判断

(1) 争点1(本件調査が違法又は不当な調査手続の下で行われたと認められるか否か。また、本件調査の調査手続が違法又は不当であった場合、そのことにより、本件各決定処分が取り消されることとなるか否か。)について

イ 法令解釈
(イ) 通則法第25条に規定する調査とは、課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味するものと解され、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈を経て決定処分に至るまでの思考、判断を含む極めて包括的な概念であること、及び通則法が当該調査の方法、時期等の具体的な手続について何ら規定していないことからすると、当該調査の方法、時期、範囲に関しては、課税庁の合理的な裁量に委ねられ、納税義務者に対して直接質問調査をしなければならないものではないと解される。
(ロ) 税務調査は、租税実体法によって成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものであるから、調査手続の違法は、それが刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほどの違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にはならないものと解するのが相当である。
ロ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 請求人らに対する期限後申告のしょうよう状況等
A 本件調査担当職員は、平成22年8月25日に本件調査に着手し、本件相続に係る相続財産を調査した後、平成23年1月31日にM税理士に対して、電話にて本件調査の結果を説明し、本件相続に係る相続税の期限後申告のしょうようを行うとともに、M税理士からの求めに応じて本件相続財産明細書類を送付した。
B 本件調査担当職員は、平成23年2月10日に請求人Eに対して、電話にて本件相続に係る相続税の期限後申告のしょうようを行ったところ、請求人Eは、M税理士と相談した上で回答する旨申し立てた。
(ロ) 平成22年9月21日及び同月22日の調査の状況等
 K及び本件調査担当職員の当審判所に対する各答述が一致するところによれば、平成22年9月21日及び同月22日の調査の状況は、次のとおりである。
A Kは、平成22年9月17日に、本件調査担当職員から、本件調査の結果の説明を受け、本件相続に係る相続税の期限後申告のしょうようを受けたが、その説明に疑問を持ち、Lに相談の上、再度、説明を受けるため、同月21日に本件調査担当職員に電話をした。
 その際、Kは、面接をKの自宅かF税務署庁舎かいずれで行うかを尋ねられたので、F税務署庁舎での面接を希望し、同日、単身でF税務署庁舎に赴き本件調査担当職員と面接をした。当該面接は、午前10時頃に始まり、昼休みを挟んで午後3時頃まで行われた。
B Kは、平成22年9月22日に、再度F税務署庁舎に赴き、前日に引き続いて本件調査担当職員と面接し、本件調査の結果の説明を求めた。
 当該面接は、午後2時頃に始まり、午後6時頃まで行われたが、当該面接が午後6時頃まで行われた理由は、まる1KがLから本件調査担当職員に直接話をしたい旨を聞いていたことから、d県に居住するLと携帯電話で連絡を取ろうとしたが、なかなか連絡が取れなかったこと及びまる2連絡が取れた後は、Lが本件調査の結果の説明で納得がいかない部分について本件調査担当職員に説明を求め、本件調査担当職員が繰り返し説明するなどのやりとりに時間を要したためである。
(ハ) Kへの税理士の関与状況
 本件相続に係る相続税について、N税理士は、原処分庁に対し、本件共同相続人の税務代理の権限を有することを証する税理士法第30条の規定に基づく書面を、平成22年10月15日に提出しており、それよりも前の時点では、Kには、関与する税理士がいなかった。
ハ 当てはめ
(イ) 上記イの(イ)のとおり、通則法第25条に規定する調査の方法、時期、範囲に関しては、課税庁の合理的な裁量に委ねられ、納税義務者に対して直接質問調査をしなければならないものではないと解されるから、本件調査が、請求人らに対し、直接質問調査をしないで行われたとしても、違法又は不当となるものではない。また、原処分庁が決定処分を行うに当たり、税務職員が調査結果を説明しなければならない旨を定めた法令上の規定はない。
 この点、請求人らは、前記3の(1)の「請求人ら」欄のイ及びハのとおり、本件調査担当職員は、本件調査の内容について、請求人らに対して何ら説明していないこと、本件相続財産明細書類の送付によって説明責任を果たしたとはいえないことなどを主張するが、前記1の(4)のニ及び上記ロの(イ)によれば、本件調査担当職員は、請求人らの税務代理の権限を有するM税理士に対し、本件調査の結果を説明し、期限後申告のしょうようを行ったことが認められる。なお、仮に、請求人らの主張のとおり、本件調査担当職員が請求人らに何ら説明することなく本件各決定処分を行ったとしても、上記のとおり、本件各決定処分が違法又は不当となるものではない。また、請求人Hに対して説明を求めることなく決定処分を行ったとしても、上記のとおり、本件各決定処分が違法又は不当となるものではないのであるから、請求人らの上記各主張にはいずれも理由がない。
(ロ) また、上記ロの(ロ)のA及びBのとおり、Kが連日、本件調査担当職員と面接したのは、平成22年9月21日及び同月22日の面接以外になく、両日の面接は、いずれもKの求めに応じてF税務署庁舎で行われたものであり、同月21日の面接は、午前10時頃に始まり、昼休みを挟んで午後3時頃まで行われ、同月22日の面接は、午後2時頃に始まり、午後6時頃まで行われたが、同日の面接が遅くなった理由は、KがLに連絡を取るのに時間を要し、その後、本件調査担当職員が、Lの求めに応じて本件調査の結果を繰り返し説明するのに時間を要したことからすれば、いずれも本件調査担当職員の合理的な裁量を逸脱して行われたものとは認められない。
 これに対し、請求人らは、前記3の(1)の「請求人ら」欄のロのとおり、Kは、本件調査のために税務署に呼び出され、税理士等の立会いを認められることなく、異常な状態で連日午後6時過ぎまで聴取を受けた旨主張するが、上記のとおり、平成22年9月21日及び同月22日の面接は、いずれもKの求めに応じてF税務署庁舎で行われたものであり、呼び出されたものではない。そして、上記ロの(ハ)のとおり、本件相続に係る相続税について、N税理士が本件共同相続人の税務代理の権限を有することを証する書面を提出した日よりも前の時点では、Kには、関与する税理士がいなかったのであるから、本件調査担当職員が税理士等の立会いを認めなかったとはいえない。また、上記のとおり、同月21日及び同月22日の面接は、いずれも本件調査担当職員の合理的な裁量を逸脱して行われたものとは認められないので、請求人らの上記主張には理由がない。
 さらに、上記の他に、本件調査が違法又は不当な調査手続の下で行われたことをうかがわせる事実は認められない。
(ハ) 以上によれば、本件調査が違法又は不当な調査手続の下で行われたとは認められない。

(2) 争点2(本件各決定処分の取消事由として、本件遺産分割協議が無効と認められるか否か。)について

イ 法令解釈
 錯誤とは、意思表示をした表意者の内心の効果意思と表示との間に不一致があり、表意者がそのことを知らないことをいい、民法第95条は、意思表示は「法律行為の要素に錯誤」がある場合に限り、無効となる旨規定している。また、動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤として無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要すると解される。
ロ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
(イ) 請求人Eは、Lと5、6回メールなどでやりとりをしたが、本件共同相続人が全員集まって協議をする機会は一度もなく、本件遺産分割協議書の原案を作成した。
(ロ) 本件条項は、本件遺産分割協議書の原案にはなかったが、請求人Eが、Kらに対し、「公認会計士等の専門家の指導に基づき、本件条項を入れなければいけない。」などと説明をし、加えたものである。
(ハ) 本件遺産分割協議の成立後、別表2の「取得した財産」欄の「本件遺産分割協議の成立後に判明した財産」欄に記載された各財産が判明した。
ハ 当てはめ
 上記ロの(イ)及び(ロ)のとおり、本件遺産分割協議書の原案は、請求人Eが作成したものであって、本件条項は、請求人Eの申出により本件遺産分割協議書に記載されたと認められること、また、前記1の(4)のハの(ヘ)のとおり、本件条項には、本件遺産分割協議の成立後に判明した本件被相続人の財産及び債務については、本件分割割合によって本件共同相続人が取得し又は負担する旨定められているところ、同ハの本件遺産分割協議書のとおり、当該財産の価額によっては本件分割割合の決定又は本件遺産分割協議そのものを見直すなど本件遺産分割協議に係る合意を留保する旨の特段の定めが設けられていないことからすると、請求人Eは、一貫して本件遺産分割協議書の作成に関与し、自己の申出により本件条項を加えたのであるから、本件遺産分割協議の成立後に本件相続に係る相続財産が判明する事態があり得ることを想定し、当該相続財産の価額を問わず、本件分割割合によって本件共同相続人が取得することを認識した上で、本件遺産分割協議に合意したものと認めるのが相当である。
 この点、請求人らは、前記3の(2)の「請求人ら」欄のとおり、本件相続に係る相続財産はほとんどないものという誤った認識に陥っていなかったならば、本件遺産分割協議に合意しなかった旨主張し、当該主張は、本件遺産分割協議において表示された法的効果を発生させようとする意思(効果意思)を形成する前段階の理由(動機)の錯誤をいうものと解されるところ、上記のとおり請求人Eは、本件遺産分割協議の成立後に本件相続に係る相続財産が判明する事態があり得ることを想定していたと認められ、本件相続に係る相続財産はほとんどないものという認識に陥っていたとはいえないから、上記ロの(ハ)のとおり、本件遺産分割協議の成立後に、別表2の「取得した財産」欄の「本件遺産分割協議の成立後に判明した財産」欄に記載された各財産が判明したとしても、本件遺産分割協議への合意に至る動機に錯誤はなく、本件遺産分割協議に合意しなかったとは認められない。また、請求人Hも、前記1の(4)のハのとおり、本件遺産分割協議書に署名押印しており、本件条項には、本件遺産分割協議の成立後に判明した本件被相続人の財産及び債務については、本件分割割合によって本件共同相続人が取得し又は負担する旨定められているところ、当該財産の価額によっては本件分割割合の決定又は本件遺産分割協議そのものを見直すなど本件遺産分割協議に係る合意を留保する旨の特段の定めが設けられていないことからすれば、本件遺産分割協議の成立後に本件相続に係る相続財産が判明する事態があり得ることを想定し、本件条項を理解した上で、本件遺産分割協議に合意していたと認められるから、請求人E同様に、上記ロの(ハ)のとおり、本件遺産分割協議の成立後に、別表2の「取得した財産」欄の「本件遺産分割協議の成立後に判明した財産」欄に記載された各財産が判明したとしても、本件遺産分割協議への合意に至る動機に錯誤はなく、本件遺産分割協議に合意しなかったとは認められない。
 したがって、請求人らには、本件遺産分割協議に関して、要素の錯誤があったとは認められないのであるから、請求人らの上記主張を採用することはできず、他に本件遺産分割協議を無効とする事情も認められない。

(3) 本件各決定処分について

イ 取得財産の価額
 前記1の(4)のホのとおり、別表2の「取得した財産」欄に記載された各財産が本件被相続人に帰属する財産であることについて、請求人らと原処分庁との間で争いはなく、当審判所の調査の結果においてもこれを不相当とすべき理由もない。そこで、当該各財産を基礎として、本件相続に係る相続財産の価額の合計額を算定すると、次の(イ)ないし(ホ)の合計額となり、別表2の「取得した財産」欄の「合計額」欄の「審判所認定額」欄のとおり、○○○○円である。
(イ) 本件被相続人名義の預金の残高
 原処分庁は、別表2の順号1の本件被相続人名義の預金(以下「本件預金」という。)の本件相続開始日における残高を63,660円として、本件各決定処分を行っているところ、当該残高は本件預金の平成19年12月27日における残高であり、本件相続開始日における残高は同表の順号1の「審判所認定額」欄のとおり105,545円である。
(ロ) 本件学園からの未収給与の額
 原処分庁は、本件学園から本件預金に入金された平成20年1月18日の1,461,183円及び同年2月8日の21,700円の合計額を未収給与等として、本件各決定処分を行っているところ、同年1月18日の入金は、未収給与の額から、所得税、市民税及び県民税、私学共済掛金、傷害保険料並びに住宅賃借料が控除された後の額であること、同年2月8日の入金は、P共済事業団からの入院付加金に係る入金であることから、本件学園からの未収給与の額は、これらの控除額を加算し、入院付加金の額を減算した金額となり、別表2の順号4の「審判所認定額」欄のとおり2,328,000円となる。
(ハ) P共済事業団からの未収入院付加金の額
 上記(ロ)のとおり、本件学園から本件預金に入金された平成20年2月8日の21,700円の入金は、P共済事業団からの平成19年10月分の入院付加金に係る入金であり、未収入院付加金の額は、別表2の順号5の「審判所認定額」欄のとおり21,700円である。
(ニ) 現金の額
 原処分庁は、本件相続開始日における現金の額を457,000円として、本件各決定処分を行っているところ、集計違算が認められ、改めて集計すると、当該現金の額は、別表2の順号7の「審判所認定額」欄のとおり427,000円となる。
(ホ) 上記(イ)ないし(ニ)以外の各財産の価額
 上記(イ)ないし(ニ)以外の各財産の価額は、本件各決定処分における各財産の価額と同額であり、その価額は、別表2の順号2、3、6及び8ないし12の各「審判所認定額」欄の合計額○○○○円である。
ロ 債務及び葬式費用の金額
 本件相続に係る債務及び葬式費用の金額は、次の(イ)ないし(ニ)の合計額であり、別表2の「債務及び葬式費用」欄の「合計額」欄の「審判所認定額」欄のとおり、○○○○円となる。
(イ) 未納の市民税及び県民税(以下「未納住民税」という。)の額
 原処分庁は、本件相続開始日における未納住民税の額を3,219,200円として、本件各決定処分を行っているところ、上記イの(ロ)の未収給与から控除された市民税及び県民税の額205,000円が計上されておらず、未納住民税の額は、上記の3,219,200円に205,000円を加算した金額となり、別表2の順号14の「審判所認定額」欄のとおり3,424,000円となる。
(ロ) 本件借入金に係る未払利息
 原処分庁は、本件相続開始日における本件借入金に係る未払利息の額を債務の額に計上せずに、本件各決定処分を行っているところ、本件借入金は、年1回の返還期日が各年3月31日であり、本件相続開始日現在において返還すべき本件借入金の残高○○○○円(別表2の順号13の「審判所認定額」欄の額)に係る利息は本件相続開始日において確実と認められる未払の債務であり、その利息の利率は年2%であるから、これらに基づいて本件借入金に係る未払利息の額を算定すると、別表3の「未払利息の額」欄のとおり○○○○円となる。
(ハ) 私学共済掛金、傷害保険料及び住宅賃借料
 原処分庁は、本件相続開始日における未払の私学共済掛金、傷害保険料及び住宅賃借料を債務の額に計上せずに、本件各決定処分を行っているところ、上記イの(ロ)の未収給与から、私学共済掛金、傷害保険料及び住宅賃借料が控除されており、これらは本件相続開始日において確実と認められる未払の債務であるから、当該私学共済掛金、傷害保険料及び住宅賃借料の債務の額は、別表2の順号17、順号18及び順号19の各「審判所認定額」欄のとおり、41,079円、7,829円及び45,000円となる。
(ニ) 上記(イ)ないし(ハ)以外の債務及び葬式費用の金額
 上記(イ)ないし(ハ)以外の債務及び葬式費用の金額は、本件各決定処分における債務及び葬式費用の金額と同額であり、別表2の順号13及び16の各「審判所認定額」欄の合計額83,886,713円である。
ハ 純資産価額に加算される暦年課税分の贈与財産価額
 純資産価額に加算される暦年課税分の贈与財産価額は、本件各決定処分における価額と同額である。
ニ 請求人らが納付すべき本件相続に係る相続税額等
 上記イないしハの各金額に基づき、本件遺産分割協議の定めに従って請求人らの取得財産の価額並びに債務及び葬式費用の額を算定し、これらに基づき、改めて請求人らの納付すべき本件相続に係る相続税額を算定すると、別表4の「請求人E」欄及び「請求人H」欄の各「納付すべき税額」欄のとおり、請求人Eが○○○○円、請求人Hが○○○○円となり、請求人らの各納付すべき税額は、いずれも、本件各決定処分の金額を下回る。
 したがって、本件各決定処分は、いずれもその一部が取り消されるべきである。

(4) その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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