(平成25年6月25日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が行った外国為替証拠金取引に係る差益等について、原処分庁が、雑所得として所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、調査手続が違法であったこと及び当該差益等の原因となる権利が確定していないこと等を理由として、所得税の決定処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 処分
 原処分庁は、原処分庁所属の上席国税調査官(以下「本件上席調査官」という。)の調査(以下「本件調査」という。)に基づき、平成24年3月12日付で、別表1の「決定処分及び賦課決定処分」欄のとおり、平成21年分及び平成22年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税の各決定処分(以下「本件各決定処分」という。)及び無申告加算税の各賦課決定処分をした。
ロ 不服申立て
(イ) 異議申立て及び異議決定
 請求人は、本件各決定処分及び上記イの各賦課決定処分を不服として、平成24年5月11日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月27日付で、棄却の異議決定をした。
(ロ) 審査請求
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成24年7月20日、本件各決定処分の取消しを求めて審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

イ 所得税法
(イ) 第35条《雑所得》
 第1項は、雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう旨、第2項は、雑所得の金額は、その年中の公的年金等の収入金額から公的年金等控除額を控除した残額とその年中の雑所得(公的年金等に係るものを除く。)に係る総収入金額から必要経費を控除した金額の合計額とする旨それぞれ規定している。
(ロ) 第36条《収入金額》
 第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする旨規定している。
(ハ) 第37条《必要経費》
 第1項は、その年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、雑所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他雑所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする旨規定している。
(ニ) 第57条の3《外貨建取引の換算》
 第1項は、居住者が、外貨建取引を行った場合には、当該外貨建取引の金額の円換算額は、当該外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額として、その者の各年分の各種所得の金額を計算するものとする旨規定している。
ロ 所得税基本通達57の3−2《外貨建取引の円換算》
 本通達は、所得税法第57条の3第1項の規定に基づく円換算は、その取引を計上すべき日における対顧客直物電信売相場と対顧客直物電信買相場の仲値(以下、この仲値を「電信売買相場仲値」という。)による旨、当該仲値については、原則として、その者の主たる取引金融機関のものによることとするが、合理的なものを継続して使用している場合には、これを認める旨それぞれ定めている。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても認められる事実及び証拠によって容易に認められる事実である。
イ 外国為替証拠金取引のための口座開設
 請求人は、平成20年6月24日、G社に対して、外国為替証拠金取引(以下「FX取引」という。)のための口座(以下「G社取引口座」という。)の開設を申し込んだ(以下、G社とのFX取引を「G社FX取引」という。)。
 また、請求人は、平成20年8月6日、J社に対して、FX取引のための口座(以下「J社取引口座」という。)の開設を申し込んだ(以下、J社とのFX取引を「J社FX取引」という。)。
ロ G社FX取引及びJ社FX取引の概要
 G社FX取引及びJ社FX取引(以下、これらを併せて「本件各FX取引」という。)は、請求人がG社及びJ社(以下、これらを併せて「本件各FX業者」という。)に本件各FX取引により生じる債務を担保するための金員(以下「証拠金」という。)を入金した上で行われる請求人と本件各FX業者との間の外国通貨売買の相対取引であり、その取引の概要は次のとおりである。
(イ) 外国通貨の買い又は売りの注文及び決済方法
 請求人は、本件各FX業者に対して、外国通貨の種類、数量、指値又は成行の別等を指示して外国通貨の買い又は売りの注文(以下、当該注文に係る買い又は売りを併せて「新規売買」という。)を行う。
 そして、請求人は、原則、新規売買の翌々営業日後を受渡日として、新規売買の対象となった外国通貨の転売又は買戻しの注文(以下、当該注文に係る転売又は買戻しを併せて「反対売買」という。)をすることにより決済を行うことになるが、請求人が反対売買をしない場合は、当該受渡日は自動的に翌営業日に繰り延べられる(以下、この繰延べを「ロールオーバー」という。)。
 請求人が反対売買をすることによって決済が行われると、反対売買によって生じた差損益は、G社FX取引の場合は受渡日に、J社FX取引の場合は決済日(J社FX取引は、決済日と受渡日が同日となる。)に、それぞれG社取引口座及びJ社取引口座(以下、これらを併せて「本件各取引口座」という。)の証拠金の残高に加算又は減算されることとなる。
 なお、J社FX取引については、上記決済方法のほか、外国通貨を実際に授受する現物取引も可能であったが、請求人は現物取引を行っていない。
(ロ) 金利差相当額の受払い
 請求人は、本件各FX業者との間で、受渡日の到来していない外国通貨(以下「未決済ポジション」という。)に係る2種類の通貨の間で発生する金利差相当額(以下「スワップポイント」という。)の受払いを行う。
 G社FX取引においては、ロールオーバーするごとにスワップポイントが発生し、受渡日に証拠金の残高に振り替えられる。
 J社FX取引においては、新規売買の日から反対売買の日までのスワップポイントが、反対売買による決済をした際にJ社取引口座の証拠金の残高に加算又は減算される。
(ハ) 損失防止のための反対売買
 本件各FX業者は、未決済ポジションについて、それぞれが定める評価レートにより、評価損益を算定する。
 そして、G社FX取引においては証拠金維持率、J社FX取引においてはJ社取引口座の純資産の額が一定の基準に該当した場合、本件各FX業者は、損失の拡大を防止するため、請求人の指示によらず本件各FX業者の判断により、請求人の計算において、全ての未決済ポジションの反対売買(以下、この反対売買による決済を「ロスカット」という。)を行う。
(ニ) 出金可能額
 請求人は、G社FX取引について、証拠金の残高から受渡日を迎えていない上記(イ)の反対売買により生じた差損の額及び同(ロ)のロールオーバーにより生じたマイナスのスワップポイントを控除し、更に未決済ポジションの評価損の額、未決済ポジションの維持に必要な額、未約定の新規売買に必要な額及び出金を指示した額の合計額を控除した額をG社取引口座から出金することができる。
 また、請求人は、J社FX取引について、証拠金の残高に未決済ポジションの評価損益、未決済ポジションに係る累積したスワップポイント及び入出金予定額を加算又は減算した純資産の額がJ社の定める必要証拠金の額を上回っている場合、その上回っている金額を証拠金の残高を限度としてJ社取引口座から出金することができる。
ハ 本件各決定処分における雑所得の金額の内訳
 原処分庁は、本件各FX業者への調査に基づき、別表2記載のとおり本件各決定処分における本件各FX取引に係る差損益及びスワップポイントを算定した上、J社FX取引の米ドル決済分の取引については、K銀行が電信売買相場仲値を公表していないとして、受渡日におけるL銀行の電信売買相場仲値により円換算をしたところ、本件各決定処分における雑所得の金額は、別表3のとおりであった。
ニ 平成24年6月27日付の異議決定の内容
 異議審理庁は、異議決定書の中で、本件各決定処分のうち平成22年分の決定処分について、J社FX取引の米ドル決済分の差損益の金額の算定に誤りがあるとして、当該金額を2,527,356円から2,527,305円に変更したが、納付すべき税額及び無申告加算税の額は、本件各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分の金額と同額であった。

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2 争点

(1) 争点1 本件調査の手続が違法であったことを理由に本件各決定処分が取り消されるべきか否か。
(2) 争点2 本件各年分において、本件各FX取引に係る収入すべき金額があるか否か。
(3) 争点3 本件各FX取引に係る所得金額の計算上、未決済ポジションの評価損の額を必要経費に算入すべきか否か。

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3 主張

(1) 争点1 本件調査の手続が違法であったことを理由に本件各決定処分が取り消されるべきか否か。

請求人 原処分庁
イ 本件上席調査官は、平成23年7月13日、本件各FX取引に係る損失の認定について請求人と意見が分かれたところ、「損失は認めない。私の言ったとおりに申告してくれないと、あなたに対して何年も遡って調査する。」とやくざのように請求人を強迫した。
イ 本件上席調査官が本件調査を開始したのは平成23年7月15日であり、請求人が、株の取引と本件各FX取引を行っているが、利益は出ていないので申告していない旨申し立てたことから、本件上席調査官は、本件各FX取引に関する資料を本件各FX業者から取り寄せて当該資料を提示することと、同月22日までに本件調査の日程調整のための電話連絡をするよう請求人に依頼した。
 以上のとおり、平成23年7月15日において、本件上席調査官は、請求人の本件各FX取引の状況を把握していなかったことから、そもそも本件各FX取引の損失の考え方について意見が分かれた事実は存在せず、請求人を強迫してはいない。
ロ 本件上席調査官は、平成23年8月から平成24年2月にかけて、請求人が無申告であるとか脱税をしているものと決めつけ、請求人の個人口座に関する過去7年ほどの情報を収集した上、隅々まで調査し、執拗に請求人を追及した。 ロ 本件調査の期間は、平成23年7月15日から平成24年3月12日までであり、本件上席調査官は、質問検査権に基づき請求人の所得金額を確認するために本件調査を行ったもので、請求人が無申告であるとか脱税をしているものと決めつけたこと及び執拗に請求人を追及したことはない。

(2) 争点2 本件各年分において、本件各FX取引に係る収入すべき金額があるか否か。

原処分庁 請求人
 本件各FX取引の反対売買による差損益は、反対売買による未決済ポジションの決済が行われるごとに、その金額が本件各取引口座の証拠金の残高に加算又は減算される。そして、当該加算又は減算の時点をもって、請求人は本件各取引口座から証拠金を払い出すことができる。
 また、本件各FX取引に係るスワップポイントは、未決済ポジションの総額と通貨間の金利差やロールオーバーに係る日数を基に計算された金額で発生し、本件各取引口座の証拠金の残高に加算又は減算することで入出金の処理がされており、反対売買による未決済ポジションの決済後、証拠金の払出しが可能となる。
 したがって、本件各FX取引の反対売買による差損益及びスワップポイントは、反対売買が成立した日に権利が確定し、収入すべき金額が発生する。
 本件各FX取引の反対売買による差損益は、反対売買が成立しても、一時的かつ帳面上の決済利益が生じるにすぎず、「一時の決済利益」と「収入・所得」とは別の概念である。
 そして、本件各FX取引においては、ロスカットを防止するために、本件各取引口座から証拠金を出金することができなかった。また、本件各FX取引上では未決済ポジションの評価損が評価益を上回っている状態にあったことから、反対売買による差益を本件各取引口座から引き出す権利はなかった。
 よって、本件各年分の年末の時点において、収入の原因となる権利は確定しておらず、収入すべき金額は発生していない。

(3) 争点3 本件各FX取引に係る所得金額の計算上、未決済ポジションの評価損の額を必要経費に算入すべきか否か。

原処分庁 請求人
 本件各FX取引について、請求人の指図又はロスカットにより反対売買が成立するまでは、損失が実現したとはいえない。  本件各FX取引について、年末に決済すれば、所得金額が減ることは明らかである。
 また、本件各取引口座から反対売買による差益を引き出した場合、評価損の生じている未決済ポジションを決済しなければならず、そうすると損失が必ず現実化する。

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4 判断

(1) 争点1(本件調査の手続が違法であったことを理由に本件各決定処分が取り消されるべきか否か。)について

イ 法令解釈
 税務調査は、租税実体法によって成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものであるから、調査手続の違法は、それが刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消しの理由にはならないものと解される。
ロ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、本件調査の状況について、次の事実が認められる。
(イ) 平成23年7月15日
 本件上席調査官は、請求人の自宅で本件調査に着手し、その際の請求人との会話及び本件調査の方針について、上司である統括国税調査官(以下「本件統括調査官」という。)に対して、要旨次のことを報告した。
A 請求人が、本件各FX取引を行っていると話したこと
B 請求人が、本件各FX取引については、利益が出ていないと話したこと
C 請求人に対し、本件各FX取引及びその他の取引に関する資料を取り寄せておくよう依頼したこと
D 本件調査の方針として、金融機関等への取引照会を行うこと
(ロ) 平成23年7月19日から同月27日まで
 本件上席調査官は、請求人との取引が見込まれる金融機関3行及び本件各FX業者を含む証券会社5社に対して、平成16年1月1日から平成23年6月30日までの請求人との取引内容についての照会を行った。
 また、本件上席調査官は、平成23年7月27日、上記(イ)のCの資料を確認するため、請求人の自宅へ赴いてそれらの提示を求めたが、請求人は、同年3月分の最終の取引残高報告書を提示しただけで、それ以前の本件各FX取引及びその他の取引に関する資料の提示を拒んだ。
(ハ) 平成23年8月2日
 本件上席調査官は、請求人との取引が見込まれる金融機関1行に対して、平成16年1月1日から平成23年6月30日までの請求人との取引内容についての照会を行った。
(ニ) 平成23年11月11日
 本件上席調査官は、請求人の事業所得に係る取引が見込まれる4法人に対して、平成16年1月1日から平成23年3月31日までの請求人との取引内容についての照会を行った。
(ホ) 平成23年11月17日
 本件上席調査官は、請求人の自宅へ赴いたが、請求人が不在であったことから連絡文書を差し置いた。
(ヘ) 平成23年11月24日
 本件上席調査官は、請求人から電話連絡を受けたため、本件各FX取引について期限後申告をしょうようしたところ、請求人が、納税資金がないこと等を理由に拒否した上で、上司と話がしたい旨申し立てたため、本件上席調査官は、本件統括調査官に電話を取り次いだ。
 請求人は、本件各FX取引について「もうかっていないので納税するつもりはない。」と申し立てたところ、本件統括調査官は、「利益が手元に戻ってきています。引き出していなくともFX取引上利益が出ているのであれば、申告してもらう必要があります。」と説明した。これに対して、請求人は、「税金を納めるお金がない。」と申し立てたものの、本件統括調査官が、「そうであっても調査の結果、利益が出ているのであれば申告してもらう必要があります。」と説明したところ、請求人は電話を切った。
(ト) 平成23年12月26日
 本件上席調査官は、本件調査の結果を説明するため、請求人の自宅に赴いたが、請求人が不在であったことから、本件調査の結果に基づき所得金額及び納付すべき税額等を記載した書面を差し置いた。
(チ) 平成24年1月4日
 本件上席調査官は、上記(ト)の書面に誤りがあったため、請求人の自宅に赴いて請求人と面接し、当該誤りを訂正した新たな書面を請求人に交付した。
 請求人は、その後、F税務署に電話連絡し、本件統括調査官に対して、本件調査の結果について詳細な説明を求めたのに対し、本件統括調査官から、請求人の自宅又はF税務署において説明すると言われたため、後日F税務署に赴くこととした。
(リ) 平成24年1月13日
 本件上席調査官は、請求人との取引が見込まれる金融機関1行に対して、平成18年1月1日から平成23年12月31日までの請求人との取引内容についての照会を行った。
(ヌ) 平成24年1月19日
 請求人は、F税務署に赴き、本件上席調査官及び本件統括調査官と面接し、本件調査の結果の詳細について説明を求めた。
 本件上席調査官は、本件各FX取引に基づく差損益及びスワップポイントがいくら生じており、その結果、本件各年分の所得金額がいくらになるかを具体的に説明した。すると、請求人が、まる1事業所得(プログラマー)については、請求人が主催する中国の法人に帰属するものである旨、まる2平成18年及び平成19年については、請求人はほとんど日本にはおらず中国で仕事をしていたため、日本での所得は発生していない旨、まる3含み損について損失として認めてほしい旨それぞれ申し立てたため、本件上席調査官は、「含み損は損失として認めることはできません。」と説明したところ、請求人は、「お金がないため納税できない。」と申し立てた。
 そこで、本件上席調査官は、上記まる1及びまる2の申立てについて再度検討した上で、その検討結果に基づき所得税の決定処分を行うと伝えたところ、請求人は、決定処分があった場合は異議申立てを行う旨述べた。
(ル) 平成24年3月12日
 本件統括調査官は、本件各決定処分及び前記1の(2)のイの各賦課決定処分に係る各通知書を交付送達するため、請求人の自宅に赴いたが、請求人が不在であったことから、当該各通知書を差置送達した。
ハ 本件調査の手続の適法性について
(イ) 請求人は、前記3の(1)の「請求人」欄のイのとおり、本件上席調査官から「損失は認めない。私の言ったとおりに申告してくれないと、あなたに対して何年も遡って調査する。」とやくざのように強迫された旨主張する。
 しかしながら、上記ロの(イ)のとおり、そもそも本件各FX取引に係る取引内容を確認していない本件調査の初日において、本件上席調査官によって上記発言がされたとするのは不合理である。また、同(ヌ)のとおり、平成24年1月19日に、本件上席調査官が、「含み損は損失として認めることはできません。」と説明したことが認められるが、「私の言ったとおりに申告してくれないと、あなたに対して何年も遡って調査する。」などと強迫した事実は認められない。
(ロ) さらに、請求人は、前記3の(1)の「請求人」欄のロのとおり、本件上席調査官が、請求人が無申告であるとか脱税をしているものと決めつけ、請求人の個人口座に関する過去7年ほどの情報を収集した上、隅々まで調査し、執拗に請求人を追及した旨主張する。
 この点については、確かに、上記ロの(ロ)ないし(ニ)及び(リ)のとおり、本件上席調査官が平成16年1月1日から平成23年12月31日までの請求人の取引に係る情報を照会したことが認められる。
 しかしながら、請求人から具体的な主張がないため、本件上席調査官から追及された時期及び態様は判然としないものの、仮に、本件上席調査官が、請求人に対し、請求人の取引に係る情報に基づき請求人の申告及び脱税の有無について追及したとしても、上記ロのとおり、本件調査の手続については、刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合には当たらないというべきである。
(ハ) 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、当審判所に対して提出された証拠資料等及び当審判所の調査の結果によっても、本件調査の手続に違法があったと認めるに足りる証拠はないことから、本件調査の手続に違法はなく適法であり、本件各決定処分が取り消されるべき理由はない。

(2) 争点2(本件各年分において、本件各FX取引に係る収入すべき金額があるか否か。)について

イ 法令解釈
 所得税法第36条第1項が、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において「収入すべき金額」とする旨規定していることからすれば、所得税法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合、その時点で所得の実現があったものとして、上記権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。
ロ 当てはめ
 前記1の(4)のロの(イ)によれば、本件各FX取引においては、新規売買の対象となった外国通貨を反対売買することによって決済が行われ、一取引が終了するものと認められる。
 また、前記1の(4)のロの(ロ)によれば、G社FX取引については、ロールオーバーするごとにスワップポイントが発生し、J社FX取引については、反対売買による決済をした時にスワップポイントが発生するものとされている。
 以上からすると、本件各FX取引における反対売買による差損益及びJ社FX取引に係るスワップポイントについては、反対売買による決済をした時、G社FX取引に係るスワップポイントについてはロールオーバーがあった時に、それぞれ収入の原因となる権利が確定したものと認められ、それらは所得税法第36条第1項にいう「収入すべき金額」に当たるというべきである。
ハ 請求人の主張について
 請求人は、前記3の(2)の「請求人」欄のとおり、ロスカットを防止するために、本件各取引口座から証拠金を出金することができなかったし、本件各FX取引において、未決済ポジションの評価損が評価益を上回っている状態にあったことから、反対売買による差益を本件各取引口座から引き出す権利はなかった旨主張する。
 しかしながら、前記1の(4)のロの(ハ)及び(ニ)のとおり、損失防止のためのロスカット及び請求人に対して返還可能となる出金可能額は、請求人と本件各FX業者との間の取決めにすぎず、本件各FX取引における反対売買による差損益及びJ社FX取引に係るスワップポイントについては、反対売買による決済をした時、G社FX取引に係るスワップポイントについてはロールオーバーがあった時に、それぞれ収入の原因となる権利が確定したことに変わりはない。また、請求人の主張するとおり、反対売買による差益を本件各取引口座から出金することができなかったから収入すべき金額がないということになれば、上記イのとおり、所得税法が、いわゆる権利確定主義を採用し、現実の収入の有無を問わないこととしている趣旨に反するから、請求人の主張を採用することはできない。

(3) 争点3(本件各FX取引に係る所得金額の計算上、未決済ポジションの評価損の額を必要経費に算入すべきか否か。)について

イ 法令解釈
 所得税法第37条第1項括弧書が、償却費以外の費用でその年において債務が確定しないものの額は、所得金額の計算上必要経費に算入することができない旨規定しているのは、一般に所得税法等が特に定めている場合を除いては、費用の見越しや引当金への繰入れを認めない趣旨であると解されている。
 そして、上記趣旨からすると、所得税法第37条第1項括弧書に規定する債務の確定には、まる1債務の成立、まる2当該債務の給付の原因となる事実の発生、まる3当該債務の金額の計算が明確であることが基本的な要件となると解される。
ロ 当てはめ
 前記1の(4)のロの(ハ)のとおり、本件各FX業者は、本件各FX取引について、請求人の有する未決済ポジションの評価損益を算定する。そして、この算定は、本件各FX業者がそれぞれ定める評価レートにより行われるものであり、その時点において仮に未決済ポジションを反対売買により決済したとすれば見込まれる損益の額を示すにすぎない。
 そうすると、算定の結果、評価損が見込まれたとしても、それはいまだ損失が発生しているものではなく、債務の成立を認めることはできないのであるから、未決済ポジションの評価損の額は、所得税法第37条第1項括弧書が規定する「償却費以外の費用でその年において債務の確定しないもの」に当たり、所得金額の計算上必要経費に算入することはできない。
ハ 請求人の主張について
 請求人は、前記3の(3)の「請求人」欄のとおり、本件各FX取引について、年末に決済すれば所得金額が減ることは明らかであるし、本件各取引口座から反対売買による差益を引き出した場合、評価損の生じている未決済ポジションを決済しなければならず、そうすると損失が必ず現実化する旨主張するが、かかる主張は仮定に基づく主張であり、いまだ損失として発生していない点に変わりはなく、債務の成立を認めることはできないのであるから、請求人の主張を採用することはできない。

(4) 本件各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分の適法性について

イ 本件各FX取引に係る所得の種類
 所得税法は、所得を、その性質によって、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得の10種類に分類し、同法第35条は、利子所得から一時所得までの9種類の所得のいずれにも該当しない所得を雑所得とする旨規定している。
 そして、本件各年分において、請求人に本件各FX取引に係る収入すべき金額があることは、上記(2)のとおりであるところ、本件各FX取引に係る所得は、前記1の(4)のロの本件各FX取引の概要からすれば、上記利子所得ないし一時所得のいずれにも該当しないというべきであるから、本件各FX取引に係る所得は、所得税法第35条に規定する雑所得となる。
ロ 雑所得の金額
(イ) 平成21年分
 平成21年分の雑所得の金額は、別表5の「平成21年分」欄の「雑所得の金額」欄のとおり、平成21年分の決定処分の金額と同額である。
(ロ) 平成22年分
A G社FX取引及びJ社FX取引(円決済分)の金額は、別表5の「平成22年分」欄の「G社FX取引」欄及び「J社FX取引」欄の「円決済分」欄の各「合計」欄のとおり、平成22年分の決定処分の金額と同額である。
B J社FX取引(米ドル決済分)の金額については、顧客勘定元帳によれば、平成23年1月1日午前零時58分に反対売買で決済した28.00米ドルの差益を得ているところ、J社の受渡日(1営業日)が当日の朝から翌日の朝までであることから、原処分庁が、当該差益を平成22年分の収入金額としていた誤りが認められるので、これを平成22年分の決定処分の金額である別表2の「平成22年分」欄の「J社FX取引」欄の「米ドル決済分」欄の「差損益」欄の金額から減算した結果、J社FX取引(米ドル決済分)の金額は、別表4の「金額(米ドル)」欄の各欄のとおりとなる。
 また、前記1の(3)のロのとおり、所得税基本通達57の3−2は、円換算について、その取引を計上すべき日における電信売買相場仲値による旨、当該仲値については、原則として、その者の主たる取引金融機関のものによることとするが、合理的なものを継続して使用している場合には、これを認める旨それぞれ定めているところ、当該仲値とは、対顧客取引の基準となるレートであり、この取扱いは、当審判所においても相当と認められる。そして、請求人は、どの金融機関の電信売買相場仲値を使用するかについて示しておらず、また、原処分庁は、同(4)のハのとおり、J社FX取引(米ドル決済分)の円換算に当たり、K銀行が電信売買相場仲値を公表していないとして、受渡日におけるL銀行の電信売買相場仲値で円換算しているところ、当審判所の調査の結果によれば、K銀行は、対顧客直物電信売相場及び対顧客直物電信買相場を公表しており、別表6のとおり電信売買相場仲値の算定が可能であり、上記と同様の理由で受渡日に係る調整を行う必要がある。
 以上に基づき、改めて当審判所においてJ社FX取引(米ドル決済分)の金額を円換算すると、別表4の「円換算額(円)」欄の各欄のとおりとなり、合計金額は、別表4の「円換算額(円)」欄の「合計」欄のとおり平成22年分の決定処分の金額を下回ることとなる。
C 上記A及びBによれば、平成22年分の雑所得の金額は、別表5の「平成22年分」欄の「雑所得の金額」欄のとおり、平成22年分の決定処分の金額を下回ることとなる。
ハ 結論
 上記ロに基づき納付すべき税額を計算すると、別表7の「審判所認定額」欄の「納付すべき税額」欄のとおり、平成21年分の納付すべき税額は、平成21年分の決定処分の金額と同額であるから、本件各決定処分のうち平成21年分の決定処分は適法であるが、平成22年分の納付すべき税額は、平成22年分の決定処分の金額を下回るから、本件各決定処分のうち平成22年分の決定処分は、その一部を別紙の「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。
 また、平成21年分の所得税に係る無申告加算税の額が平成21年分の賦課決定処分の金額と同額となることに加え、平成22年分の所得税に係る無申告加算税の額についても、上記の納付すべき税額の10,000円未満の端数を切り捨てた上で、無申告加算税の割合100分の15を乗じると、平成22年分の賦課決定処分の金額と同額となる。
 したがって、無申告加算税の各賦課決定処分は適法である。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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