(平成26年2月4日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、その所有する不動産の譲渡による譲渡代金の一部を知人が経営する法人の租税債務の代位弁済に充てたことから、当該譲渡は、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第2項に規定する「保証債務を履行するため」の譲渡に該当するとして更正の請求をしたところ、原処分庁が、まる1当該代位弁済は立替払であることから、当該譲渡は、同項に規定する「保証債務を履行するため」の譲渡に該当しないとして更正すべき理由がない旨の通知処分を行い、さらに、まる2所得税法第33条《譲渡所得》第3項に規定する資産の譲渡に要した費用(以下「譲渡費用」という。)に該当するとして申告された、請求人がその関与税理士に支払った譲渡相談料は、譲渡費用には該当しないとして更正処分等を行ったことに対して、請求人が、上記まる1及びまる2の各処分(原処分)の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 平成23年分の所得税について、請求人の審査請求(平成25年2月28日請求)に至る経緯は、別表1のとおりである。

(3) 関係法令等の要旨

 別紙2のとおりである。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。

イ 請求人は、平成3年6月4日、同人の祖母であるDの平成2年12月○日相続開始に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、相続税の申告書を提出し、平成3年6月7日、納付すべき相続税額○○○○円の全額に係る「相続税延納申請書」及び「担保提供書」を提出して、延納を申請した。

ロ 上記イの延納申請に係る担保として提供されたのは、以下の土地であり、それぞれについて、平成3年8月7日受付で、本件相続税及び利子税同月6日設定を原因として、抵当権設定登記がされた。

(イ) a市d町○−○の宅地160.94平方メートル(以下「本件公売土地」という。)

(ロ) a市d町○−○の宅地420.67平方メートル

(ハ) a市d町○−○の宅地823.13平方メートル(以下、上記(ロ)の土地と併せて「本件各担保土地」といい、本件各担保土地と本件公売土地を併せて「本件各担保物件」という。)

ハ 原処分庁は、平成3年8月6日付で、上記イの延納申請に係る延納を許可し、延納許可額○○○○円、期間を20回、分納期限を平成23年6月7日までとする「延納許可通知書」を請求人に送付した。

ニ 原処分庁は、請求人が平成21年6月8日分納期限の第18回分納税額を期限までに納付しなかったことから、同年12月10日付で、上記ハの延納許可額のうち、未到来分の第19回及び第20回分納税額の合計○○○○円の相続税の延納許可を取り消し、その旨の「延納許可取消通知書」を請求人に送付した。

ホ 請求人は、平成23年8月29日付で、売主を請求人、買主をE社として、要旨次の内容の不動産売買契約を締結した(以下、当該売買契約を「本件売買契約」といい、本件売買契約に係る契約書を「本件売買契約書」という。)。

(イ) 本件売買契約の対象となる不動産は、まる1本件各担保土地、まる2a市d町○−○の宅地415.88平方メートル(以下「本件相続土地」という。)並びにまる3同番○、同番○及び同番○に所在する家屋番号○番○の延べ床面積176.34平方メートルの木造瓦葺2階建ての建物(以下「本件建物」といい、まる1ないしまる3の不動産を併せて「本件各売買物件」という。)である。

(ロ) 本件売買契約に係る売買代金は14X,XXX,XXX円とし、本件売買契約時に手付金1X,XXX,XXX円を支払い、引渡日(平成23年9月30日)に残代金13X,XXX,XXX円を支払う。

(ハ) 売主は、買主に対し、所有権移転登記の時期までにその責任と負担において、先取特権、抵当権等の担保権、地上権、賃借権等の用益権その他名目形式のいかんを問わず、買主の完全な所有権の行使を阻害する一切の負担を除去抹消する。

(ニ) 本件各担保土地に設定されている差押え・抵当権、本件相続土地に設定されている差押え及び本件建物に設定されている差押えについては、売主が買主から受領する残金の一部を充当して、その債務を完済し抹消することとし、売主は、平成23年9月16日までに、その責任と負担において、これらの差押え及び抵当権に係る債権者より、当該差押え・抵当権等を除去抹消する旨の承諾を取得するものとし、本契約締結後速やかにその手続を行う。
 売主は、上記の期日(平成23年9月16日)までに売主の責めに帰すことのできない事由により上記の承諾が取得できない場合、同月22日までであれば、本契約を無条件にて解除することができ、これに基づき、本契約が解除されたとき、売主は、買主に対し、受領済の金員を無利息にて速やかに返還する。

(ホ) 本件売買契約に係る宅地建物取引業者は、F社及びG社(以下、これら2社を併せて「本件仲介業者」という。)である。

ヘ 本件各担保土地は、昭和58年11月20日贈与を原因として、請求人が取得した土地であり、昭和59年1月30日受付で、その旨の所有権移転登記がされた。
 本件各担保土地について、登記記録に記録されている事項は、要旨次のとおりである。

(イ) 昭和61年12月20日受付で、同月17日寄付を原因として、財団法人H(以下「H」という。)に所有権移転登記がされた。

(ロ) 昭和62年2月23日受付で、同月21日贈与を原因として、請求人を権利者とする所有権移転仮登記がされた。

(ハ) 平成元年9月6日受付で、真正な登記名義の回復を原因として、J社に所有権移転登記がされた。

(ニ) 平成3年8月7日受付で、本件相続税及び利子税同月6日設定を原因として、抵当権設定登記がされた(なお、当該抵当権設定登記は、上記ロ記載の抵当権設定登記である。)。

(ホ) 平成9年8月8日受付で、同月6日K国税局差押を原因として、債権者を大蔵省(現財務省)とする差押登記がされた(なお、本件公売土地についても、同月8日受付で同様の差押登記がされており、本件公売土地に係る差押登記を併せて「本件差押登記」という。また、本件差押登記の被保全債権は、いずれも、本件差押登記当時に本件各担保物件の名義人であったJ社の滞納税額に係る租税債権である。)。

(ヘ) 平成16年1月19日受付で、真正な登記名義の回復を原因として、請求人に所有権移転登記がされた。

(ト) 平成23年9月30日受付で、同日完納を原因として、上記(ニ)の抵当権設定登記が抹消され、同日解除を原因として、上記(ホ)の差押登記が抹消され、さらに、同日売買を原因として、E社に所有権移転登記がされた。

ト 本件相続土地は、請求人が、平成2年12月○日に相続を原因として取得した土地であり、平成4年8月7日受付で、その旨の所有権移転登記がされた。
 本件相続土地は、平成22年3月16日、K国税局長により本件相続税を徴収するために差し押さえられ、同月18日受付で、債権者を財務省とする差押登記がされた。同日、本件建物についても同様の差押登記がされた。
 本件売買契約により、平成23年9月30日受付で、同日解除を原因として、上記差押登記が抹消され、同日売買を原因として、請求人からE社に所有権が移転し、その旨の所有権移転登記がされた。

チ 本件建物は、平成6年4月25日に請求人が権利者として新築した建物であり、平成12年8月21日受付で、その旨の所有権保存登記がされた。
 本件建物は、平成22年3月16日、本件相続土地と同様に、上記トのとおり、K国税局長により本件相続税を徴収するために差し押さえられ、同月18日受付で、債権者を財務省とする差押登記がされた。
 本件売買契約により、平成23年9月30日受付で、同日解除を原因として、上記差押登記が抹消され、同日売買を原因として、請求人からE社に所有権が移転し、その旨の所有権移転登記がされた。

リ L税理士(以下「本件税理士」という。)は、平成23年8月29日付で、請求人に対し、本件各売買物件の譲渡に関する相談料(以下「本件相談料」という。)として1,528,742円(消費税等込み)を請求する旨の請求書を交付し、請求人は、同年9月30日、同額をM銀行e支店からN銀行f支店の本件税理士名義の預金口座に振り込んだ。その際、請求人は、当該振込みに係る手数料840円を負担した。

ヌ 請求人は、平成23年9月30日、本件仲介業者に対し、本件売買契約に基づく仲介手数料(以下「本件仲介手数料」という。)として3,057,484円(消費税等込み)を支払った。

ル 請求人は、本件各売買物件の譲渡代金の一部をJ社の租税債務の代位弁済に充てたことから、本件公売土地の公売及び本件各売買物件の譲渡は、所得税法第64条第2項に規定する「保証債務を履行するため」の資産の譲渡に該当するとして、平成24年6月14日、別表1の「更正の請求」欄のとおり記載した更正の請求書(以下「本件更正の請求書」という。)を原処分庁に提出し、更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 なお、本件更正の請求書に添付された「保証債務の履行のための資産の譲渡に関する計算明細書」には、要旨別表2のとおり記載されている。

ヲ 原処分庁は、まる1本件更正の請求に対し、請求人がした代位弁済は立替払であることから、本件公売土地の公売及び本件各売買物件の譲渡は、所得税法第64条第2項に規定する「保証債務を履行するため」の資産の譲渡に該当しないとして、平成24年9月12日付で、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を行うとともに、まる2本件相談料は、所得税法第33条第3項に規定する譲渡費用には該当しないとして、同日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおりとする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

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2 争点

(1) 争点1

 本件各売買物件の譲渡は、所得税法第64条第2項に規定する「保証債務を履行するため」の資産の譲渡に該当するか否か。

(2) 争点2

 本件相談料は、所得税法第33条第3項に規定する譲渡所得の基因となった資産の譲渡費用に該当するか否か。

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3 主張

 当事者の主張は、別紙3のとおりである(なお、別紙3において、略語等は本文中の例による。)。

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4 判断

(1) 争点1について

イ 法令解釈等

(イ) 所得税法第64条第2項の規定の趣旨は、保証人が、将来保証債務の履行をすることとなったとしても、主債務者に対する求償権の行使により最終的な経済的負担は免れ得るとの予期の下に保証契約を締結したにもかかわらず、一方では、保証債務の履行を余儀なくされたために資産を譲渡し、他方では、求償権行使の相手方の無資力その他の理由により、予期に反して求償権を行使することができなくなった場合に、その資産の譲渡者は、実質的にみてその譲渡による所得を享受しているとはいえないため、資産の譲渡代金が回収不能となったときと同様、求償不能となった金額は所得計算上存在していなかったものとみなして課税上の救済を図り、その資産の譲渡に係る所得に対する課税を求償権が行使できなくなった限度で差し控えるべきとしたものと解される。
 上記の趣旨に照らせば、資産の譲渡が、所得税法第64条第2項に規定する「保証債務を履行するため」の譲渡に該当するためには、まる1債権者に対して債務者の債務を保証したこと、まる2上記まる1の保証債務を履行するための資産の譲渡であること、まる3上記まる1の保証債務を履行したこと、及びまる4上記まる3の保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができなくなったことの4つの実体的要件が必要であると解される。

(ロ) そして、上記実体的要件にいう保証債務について、所得税基本通達64−4《保証債務の履行の範囲》は、保証債務の履行があった場合とは、民法第446条《保証人の責任等》に規定する保証人の債務又は同法第454条《連帯保証の場合の特則》に規定する連帯保証人の債務の履行があった場合のほか、他人の債務を担保するため抵当権を設定した者がその債務を弁済し又は抵当権を実行された場合も、その債務の履行等に伴う求償権を生ずることとなるときは、これに該当するものとしている。
 これは、連帯保証を含む保証債務の履行のほか、他人の債務を担保するため抵当権を設定した者がその債務を弁済し又は抵当権を実行されたといった場合にも、保証債務の履行と同様の事情があるといえることから、上記(イ)の趣旨が妥当し、所得税法第64条第2項の規定の適用を認めるべきであるとの判断に基づくものと考えられ、当審判所も、上記通達の取扱いは相当であると考える。

(ハ) なお、他人の債務を担保するため抵当権を設定した者がこれを代位弁済した場合に所得税法第64条第2項の規定の適用を認めることができるのは、債権者に対して保証債務を負うものではないが、自己所有の財産を他人の債務の担保として債権者に供するため債権者とその担保権の設定契約を締結するものであり、債権者との契約により保証債務を負う保証人と実質的には同様の立場にあるといえるからである。

ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次のとおりの事実が認められる。

(イ) J社は、昭和63年5月○日、資本金を500万円、本店をh市i町○−○、代表取締役をN、目的をまる1不動産の売買、賃貸、管理及びその仲介、まる2土木建築工事の設計、施工及び請負、まる3金銭の貸付及びその仲介、まる4企業経営コンサルタント等として設立された。
 その後、J社の本店は、平成12年9月30日、j市k町○−○に移転し、さらに、平成19年6月10日、m市n町○−○に移転するとともに、J社の代表取締役は、同日、NからPに変更された後、平成21年11月18日、Qに変更された。

(ロ) 請求人は、昭和61年頃、知人からNを紹介され、その後、Nと相談しながら、請求人が相続により取得した土地について、請求人の祖父及び父の多額の債務の整理等のために相次いで売却して同債務の弁済をする一方で、請求人所有の本件各担保土地の登記名義について、虚偽の外観を作出して各債権者の請求を逃れるために、昭和61年にNが役員であったHの名義に、さらに、平成元年9月6日に同人が代表者であったJ社の名義に変更した。また、本件公売土地についても、同様に、昭和62年にHの名義に、平成元年9月6日に、J社の名義に変更した。

(ハ) 請求人が、平成3年6月7日に本件相続税の延納申請をするに際して提出した「担保提供書」(上記1の(4)のイ)には、本件相続税及び利子税に対する延納担保として、本件各担保物件を提供する旨記載され、また、平成3年6月8日付のJ社の取締役会議事録が添付されており、同議事録には、J社が、本件相続税の延納申請のために本件各担保物件を担保として提供することを承認した旨記載されている。

(ニ) ところが、J社は国税を滞納していたため、上記1の(4)のヘの(ハ)及び(ホ)のとおり、J社が登記簿上の所有者であった本件各担保土地について、本件公売土地と同様に、平成9年8月8日受付で、本件差押登記がされた。

(ホ) 上記1の(4)のヘの(ヘ)のとおり、請求人は、平成16年1月19日受付で、名義上も本件各担保土地について所有権者としての地位を回復した。また、請求人は、本件公売土地についても、真正な登記名義の回復を原因として、同日受付で登記名義人となり、同日頃には名実ともに本件公売土地の所有権者となった。
 その後、請求人は、K国税局長所属の徴収職員に対し、J社の滞納税額を保証したことはないとして、本件差押登記の抹消を再三申し出たが、同職員は、本件各担保物件については、登記簿上J社の所有であることを確認して差し押さえており、差押手続に瑕疵はないとして、本件差押登記を抹消しない旨回答した。

(ヘ) 平成19年6月10日、上記(イ)のとおり、J社の本店(納税地)がm市内に移転し、平成22年1月21日、R国税局長は、J社の滞納税額について、国税通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定により、S税務署長から徴収の引継ぎを受けた。

(ト) 原処分庁は、上記1の(4)のニのとおり、平成21年12月10日付で、本件相続税に係る延納許可を取り消した。

(チ) 平成22年2月22日、K国税局長は、本件相続税の滞納税額について、国税通則法第43条第3項の規定により、原処分庁から徴収の引継ぎを受けた。

(リ) K国税局長は、本件相続税の滞納税額を徴収するため、本件公売土地について、平成○年○月○日、公売(以下「本件公売」という。)を実施し、同日、最高価申込価額○○○○円で入札したTを最高価申込者として決定し、同月24日、滞納処分費(以下「本件滞納処分費」という。)に○○○○円、本件相続税の滞納税額の一部に○○○○円を、それぞれ配当した。

(ヌ) 平成23年8月31日、請求人及び本件税理士は、K国税局長所属の徴収職員に対し、本件売買契約書の写しを提示した上で、本件各売買物件に係る本件売買契約を締結し、当該売買代金の決済日に本件相続税及びJ社の滞納税額の全額を納付する旨申し出た。
 同日、K国税局長所属の徴収職員は、請求人及び本件税理士に対し、まる1本件各売買物件の譲渡(任意売却)について了承した旨、及びまる2本件売買契約に係る残代金決済日に同席し、延滞税を含む滞納税額の全額が納付されたことを確認してから、差押解除等の書類を法務局に持参する旨を伝え、滞納税金目録(延滞税は同月30日付で計算)を請求人に交付した。

(ル) 平成23年9月30日、請求人、U(以下「請求人姉」という。)、本件税理士、K国税局長所属の徴収職員、R国税局長所属の徴収職員、司法書士、G社の担当者及び買受人であるE社の担当者の立会いの下、M銀行e支店において、上記1の(4)のホの(ロ)のとおり、E社から請求人に対し本件売買契約に係る残代金13X,XXX,XXX円が支払われた。
 当該代金のうちから、J社に係る平成7年4月1日から平成8年3月31日までの事業年度の法人税の過少申告加算税の納付に○○○○円が、また、本件相続税(延滞税及び利子税を含む滞納税額)の納付に○○○○円がそれぞれ充てられた。

(ヲ) 請求人は、平成23年10月6日付で、J社に対し、J社の滞納税額○○○○円を代位弁済し同額をJ社に請求する旨の内容証明郵便を差し出した。

(ワ) 請求人は、平成23年12月26日付で、J社に対し、上記(ル)のJ社の滞納税額について、J社には弁済能力がないと認め、J社に対する請求権を放棄する旨の内容証明郵便を差し出した。

ハ 当てはめ
 上記1の(4)の基礎事実及び上記ロの認定事実によれば、本件各担保土地の真の所有者は、昭和58年11月20日の贈与により取得して以降、本件売買契約により譲渡するまでの間、請求人であったと認められるところ、請求人とK国税局長がJ社の租税債務を被担保債務として、保証契約を締結し、又は抵当権を設定した事実は認められない。
 そうすると、上記イの(イ)の実体的要件のまる1「債権者に対して債務者の債務を保証したこと」を欠くことになるから、本件各売買物件の譲渡は、所得税法第64条第2項に規定する「保証債務を履行するため」の資産の譲渡に該当しない。

ニ 請求人の主張について
 請求人は、K国税局長の行った本件各担保土地に係る差押登記(上記1の(4)のヘの(ホ))は、J社の租税債権を回収するために、本件各担保土地の真の所有者である請求人の同意を得ることなく一方的にされたものであり、実質的には、請求人がJ社に支払能力がないと判断して債務保証をしたくないと考えても許されない状態での債務保証と同じであるから、所得税法第64条第2項の規定の趣旨から救済されるべきである旨主張する。
 確かに、本件のような場合において、真の所有者は、所有不動産について一方的に差押えをされ、その所有権を喪失し、その売却代金の中から一定の支払がされるといった不利益を免れない。
 しかしながら、このような不利益が生じる原因は、真の所有者が所有不動産の登記名義を敢えて他人に移転するなどして、当該資産を譲渡したという虚偽の権利の外観を自ら作出したことにあり、上記不利益は、当該権利の外観を信頼した善意の第三者に対して、民法第94条《虚偽表示》第2項の類推適用により、当該権利の外観が虚偽であることについて、対抗することができなくなった結果にすぎない。
 そして、虚偽の権利の外観を作出した者は、当該権利の外観が虚偽であることを善意の第三者に対抗できないことを十分に予期し得るのであり、かつ、善意の第三者に対抗できないことについて明確な帰責性が認められるのであるから、このような者を、予期に反して求償権を行使することができなくなった場合の保証人と同一の利益状況にあるということはできず、課税上の救済を図る必要性は認められない。
 また、そもそも、虚偽の権利の外観を自ら作出した者は、債権者との契約により債務の履行を強制されるわけではない点において、保証人や担保権設定者と立場を大きく異にしており、所得税法第64条第2項の規定を適用する前提を欠くというべきである。
 よって、請求人の主張には理由がない。

(2) 争点2について

イ 法令解釈
 所得税法第33条第1項に規定する譲渡所得に対する課税は、譲渡資産の所有期間中に発生している資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものである。しかしながら、所得税法上、抽象的に発生している資産の増加益そのものが課税の対象となっているわけではなく、原則として、資産の譲渡により実現した所得が課税の対象となっているものである。そうであるとすれば、資産の譲渡に当たって支出された費用が所得税法第33条第3項にいう譲渡費用に当たるかどうかは、一般的、抽象的に当該資産を譲渡するために当該費用が必要であるかどうかによって判断するのではなく、現実に行われた資産の譲渡を前提として、客観的にみてその譲渡を実現するために当該費用が必要であったかどうかによって判断すべきものである(最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決集民220号141頁)。

ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、本件税理士の関与状況について、以下のとおりの事実が認められる。

(イ) 本件税理士は、平成21年5月頃、請求人から、本件相続税の延納許可に係る分納税額の納付が困難になったことから、当該納付の相談を受けた。

(ロ) 原処分庁は、請求人が平成21年6月8日分納期限の第18回分納税額を期限までに納付できないことから、相続税法第40条《延納申請に係る徴収猶予等》第2項前段に規定する延納許可を取り消すことができる場合に該当するとして、同月2日、同項後段に規定する弁明を請求人から聴取したが、その際、本件税理士は、要旨次のとおり弁明した。
 請求人は無職であり、本件相続税の延納分の税額を納付するために土地を売ってきたが、本件各担保物件以外に売る土地がなく、納税資金を工面できないため延納を履行することができない。本件各担保土地は、請求人の自宅の敷地であるが、売却される覚悟ができたので、延納許可を取り消した上、本件各担保物件の売却代金で相続税を完納してもらいたい。延納担保財産はJ社の租税債務分として国税局に差し押さえられているので、J社の滞納税額を教えて欲しい。

(ハ) 平成21年7月28日、本件税理士は、原処分庁所属の徴収職員に対し、本件相続税の延納の許可を取り消して公売して欲しい旨及び公売した場合の配当見込額を知りたいので、J社の滞納税額を教えてほしい旨伝えたところ、同職員は、J社の件については、納税者本人以外の情報を答えることはできない旨回答した。

(ニ) 平成21年12月3日、本件税理士は、原処分庁所属の徴収職員に対し、本件相続税の延納許可が取り消された後は、公売による納税をするしかないが、公売の際の配当順位を教えてほしい旨伝えたところ、同職員は、本件相続税の延納の抵当権が第一順位となる旨回答した。

(ホ) 平成22年3月11日、本件税理士は、K国税局長所属の徴収職員が本件各担保土地の状況を確認するため、本件各担保土地の所在地(請求人の自宅)に赴いた際に、請求人及び請求人姉とともに立ち会った。

(ヘ) 平成22年9月9日、本件税理士は、請求人及び請求人姉とともに、K国税局長所属の徴収職員との間で、本件相続税の滞納整理の方法等について協議した。
 その際、同職員は、請求人が病気であり、無職かつ無収入で、所有する財産は、本件公売土地及び本件各売買物件のみである旨、本件相続税の滞納整理のためには、本件公売土地、本件各売買物件の順番で公売をしてほしい旨を聴取するとともに、請求人に対し、本件公売土地に係る公売予告通知書を交付した。

(ト) 平成23年6月2日、本件税理士は、請求人とともに、K国税局長所属の徴収職員に対し、本件各売買物件を任意売却して本件相続税を納付したいと考えており、購入を希望する不動産会社があり、売却価額は140,000,000円から200,000,000円を想定している旨を申し出た。
 また、同日、本件税理士は、R国税局長所属の徴収職員に対し、本件各売買物件の任意売却の計画を申し出たところ、同職員より、当該物件の任意売却の了承を得た。

(チ) 平成23年7月19日、本件税理士は、K国税局長所属の徴収職員に対し、本件各売買物件を購入する不動産業者が1社に絞られ、売買価額を145,000,000円として売買契約を締結する予定であり、当該任意売却によって本件相続税及びJ社の滞納税額を納付する方針である旨を申し出た。

(リ) 平成23年8月31日、本件税理士は、請求人とともに、K国税局長所属の徴収職員に対し、本件売買契約書の写しを提示した上で、本件各売買物件に係る本件売買契約を締結し、当該売買代金の決済日に本件相続税及びJ社の滞納税額を納付する旨を申し出た。
 同日、K国税局長所属の徴収職員は、請求人及び本件税理士に対し、まる1本件各売買物件の譲渡(任意売却)について了承した旨、及びまる2本件売買契約に係る残代金決済日に同席し、延滞税を含む滞納税額の全額が納付されたことを確認してから、差押解除等の書類を法務局に持参する旨伝え、滞納税金目録(延滞税は同月30日付で計算)を請求人に交付した。

(ヌ) 平成23年9月30日、本件税理士は、本件売買契約に係る残代金の決済並びに本件相続税(延滞税及び利子税を含む。)の滞納税額及びJ社の滞納税額(過少申告加算税)の各納付の場面に立ち会った。

(ル) 以上の経緯からすると、本件相談料については、まる1請求人及びJ社の各租税債務に係る滞納整理、まる2上記各滞納整理のための本件売買契約の締結並びにこれらに付随するK国税局長所属の徴収職員及びR国税局長所属の徴収職員との交渉、まる3本件仲介業者の選定及び本件仲介業者に対する売却の申込みといった事務処理等に対する報酬として支払われたものであると認められる。

ハ 当てはめ

(イ) 不動産売買契約の締結については、不動産の売買契約仲介業務を行う専門家である宅地建物取引業者が関与している以上に、他の専門家を関与させる必要がある場合は比較的限定されるところ、本件各売買物件は一般的な土地及び居住用建物であって、本件売買契約に関して、本件税理士を関与させることが、客観的にみて本件各売買物件の譲渡を実現するために必要とまではいえない。

(ロ) もっとも、上記1の(4)のホの(ハ)及び(ニ)によれば、本件売買契約は、本件各売買物件に係る差押登記や抵当権設定登記の抹消についての債権者の承諾が停止条件となっているということができるから、当該承諾の前提となる請求人及びJ社の各租税債務の滞納整理に対する報酬が本件売買契約の譲渡費用に該当しないかについて検討する。
 本件各売買物件中、本件相続土地及び本件建物の各差押登記に係る被保全債権並びに本件各担保土地の各抵当権設定登記に係る被担保債権は、いずれも請求人の本件相続税の滞納税額であり、本件各担保土地の差押登記に係る被保全債権は、J社の滞納税額であって、本件売買契約に係る決済の時点でいずれも支払義務が発生していたものである。
 本件相続税の滞納税額については、請求人自身が支払うべきものであり、また、J社の滞納税額についても、本件差押登記に係る差押えはいずれも適法であって、本件各担保土地の真の所有者である請求人の負担は免れ得ないものであったということができる。
 そうすると、債権者の承諾を得るために行われた請求人の租税債務の弁済は、本件売買契約の成否にかかわらず、必要なものであり、また、J社の租税債務の弁済についても、本件売買契約の成否にかかわらず、本件差押登記がされた本件各担保土地及び本件公売土地の交換価値の限度において必要なものであるから、上記各租税債務の弁済に係る金員は、客観的にみて、本件各売買物件の譲渡を実現するために必要な費用には当たらないというべきである。
 そして、これらの各租税債務の弁済に係る金員が本件売買契約の譲渡費用に該当しない以上、当該各租税債務の弁済に関与した税理士に支払われた費用も、本件各売買物件の譲渡費用に当たらないというべきである。

(ハ) したがって、本件売買契約の締結並びに同契約の履行の前提となる請求人及びJ社の各租税債務に係る滞納整理、そして、これらに付随するK国税局長所属の徴収職員及びR国税局長所属の徴収職員との交渉、本件仲介業者の選定及び本件仲介業者に対する売却の申込みといった事務処理等に対する報酬である本件相談料は、いずれも本件各売買物件の譲渡費用に当たらない。

ニ 請求人の主張

(イ) 請求人は、本件各売買物件の譲渡(任意売却)にあっては、J社の租税債務の発生時期及び滞納税額の調査・確認をしない限り実現しないものであったから、本件相談料は、当該譲渡を実現するために必要であった費用に該当する旨主張する。
 しかしながら、上記ハの(ロ)のとおり、請求人及びJ社の各租税債務の弁済に係る金員は、本件売買契約の成否にかかわらず必要なものであることからすると、本件相談料のうち、J社の租税債務の発生時期及び滞納税額の調査・確認に係る部分も当該租税債務の弁済のために必要なものにすぎず、客観的にみて、本件各売買物件の譲渡を実現するために必要な費用には当たらないというべきである。

(ロ) また、請求人は、本件各売買物件を高額で譲渡するための不動産業者の選定及び交渉に関して本件税理士から役務の提供を受けている旨も主張するが、上記ハの(イ)のとおり、本件各売買物件は一般的な土地及び居住用建物であることからすると、本件売買契約に関して、本件税理士を関与させることが、客観的にみて、本件各売買物件の譲渡を実現するために必要とまではいえない。

(ハ) さらに、請求人は、本件相談料と本件仲介手数料が同質のものである旨主張するが、請求人及びJ社の各租税債務の滞納整理の報酬として支払われた本件相談料は、上記ハの(ロ)のとおり、本件売買契約の締結の成否にかかわらず、従前から発生している租税債務に係る滞納整理の報酬として支払われるものである一方、本件仲介手数料は本件売買契約の成立によって生じるものであって、その性質を大きく異にするものである。

(ニ) 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がない。

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5 本件通知処分について

 上記4の(1)のとおり、本件各売買物件の譲渡は、所得税法第64条第2項に規定する「保証債務を履行するため」の資産の譲渡には該当せず、請求人の主張にはいずれも理由がないから、本件更正の請求に対し、更正をすべき理由があるとは認められないとしてされた本件通知処分は適法である。

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6 本件更正処分について

(1) 分離長期譲渡所得の金額について

 上記4の(2)のとおり、本件相談料1,528,742円については、譲渡費用とは認められず、加えて、上記1の(4)のリのとおり、本件相談料を振り込む際に負担した手数料840円については、本件相談料の支払に係る費用であるので、本件相談料とともに譲渡費用から除外されるものである。
 一方、上記4の(1)のロの(リ)の本件滞納処分費○○○○円は、当審判所の調査の結果によれば、本件公売に先立ち国税徴収法第98条《見積価額の決定》に規定する見積価格の決定のために行われた本件公売土地の鑑定評価に要した費用であるから、本件公売土地の公売(譲渡)に要した費用に該当するものと認められる。
 以上により、本件相談料1,528,742円及び当該相談料の振込手数料840円を譲渡費用から除外し、本件滞納処分費○○○○円を譲渡費用に加算して、請求人の分離長期譲渡所得の金額を計算すると、別表4−1の「審判所認定額」欄のとおりとなる。

(2) 納付すべき税額について

 納付すべき税額の計算において、租税特別措置法(以下「措置法」という。)第31条の3《居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例》第1項の規定が適用されるのは、譲渡者が、その有する土地等又は建物等でその年の1月1日において所有期間が10年を超える居住用財産を譲渡した場合に限られるところ、上記1の(4)のヘ並びに上記4の(1)のロの(ロ)及び(ホ)からすれば、本件各担保土地の真の所有者は、昭和58年11月20日贈与により請求人が取得して以降、本件売買契約により請求人が譲渡するまでの間、一貫して請求人であったことが認められるので、本件各担保土地を譲渡した平成23年の1月1日時点において請求人の所有期間は10年を超えていることとなるから、本件各売買物件の譲渡に係る課税長期譲渡所得金額については、措置法第31条の3第1項の規定の適用を受けることができるものと認められる。
 そこで、上記(1)で計算した分離長期譲渡所得の金額を基に請求人の納付すべき税額を計算すると、別表4−2の「審判所認定額」の「納付すべき税額」欄のとおり○○○○円となる。
 したがって、請求人の本審査請求は、納付すべき税額○○○○円を超える部分の取消しを求める範囲で理由があるので、本件更正処分は、その一部を別紙1の「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

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7 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は、上記6のとおり、その一部を取り消すべきであるから、過少申告加算税の賦課決定処分の基礎となる税額は、別表4−2の「審判所認定額」の「過少申告加算税の基礎となる税額」欄のとおり○○○○円となる。
 また、当該税額の計算の基礎となった事実が、本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについては、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
 したがって、請求人の過少申告加算税の額は、国税通則法第65条第1項の規定により、別表4−2の「審判所認定額」の「過少申告加算税の額」欄のとおり○○○○円となり、本件賦課決定処分の金額に満たないから、本件賦課決定処分は、その一部を別紙1の「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

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8 その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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