(平成29年12月14日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、生命保険の代理店業を営む納税者h社(以下「本件滞納会社」という。)から審査請求人(以下「請求人」という。)への代理店の変更は、国税徴収法(平成28年法律第15号による改正前のもの。以下「徴収法」という。)第39条《無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務》に規定する第三者に利益を与える処分に該当するとして、請求人に第二次納税義務の納付告知処分をしたことに対して、請求人が、原処分庁の算定による請求人が無償で享受したとする利益は、請求人が自身の行った業務の対価として当然に享受すべき利益であり、請求人に第二次納税義務を課す理由は存在しないなどとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

関係法令は、別紙1のとおりである。
 なお、別紙1で定義した略語については、以下、本文においても使用する。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 本件滞納会社は、「J社」の商号で、生命保険の募集に関する一切の業務等を目的として昭和○年○月○日に設立された株式会社であり(ただし、同年○月○日に「H社」に商号変更している。)、平成○年○月○日にKが代表取締役に就任した。
  • ロ 本件滞納会社は、生命保険業を営むL社との間で、昭和51年3月22日付で代理店業務委託契約(以下、本件滞納会社とL社との間の当該契約を「本件委託契約」という。)を締結し、L社の生命保険の代理店として代理店手数料を得ていた。
  • ハ 請求人は、「M社」の商号で、生命保険の募集に関する一切の業務等を目的として平成○年○月○日に設立された株式会社であり、設立時にKが、また、平成○年○月○日に同人の子であるJが代表取締役に就任した。
  • ニ 本件滞納会社と請求人は、平成22年6月4日に、請求人がL社より認可を受けることを条件として、本件滞納会社の契約顧客、役員及び従業員を請求人が譲り受ける旨記載した事業譲渡契約書を作成した。
  • ホ 請求人とL社は、平成22年7月6日付で代理店業務委託契約を締結した。
  • ヘ 本件滞納会社及び請求人は、平成22年8月4日に、L社に対し、要旨別紙2の「S」と題する書面(以下「本件代理店継承申請書」という。)及び要旨別紙3の「T」と題する書面(以下「本件代理店変更申請書」という。)を、さらに、本件滞納会社は、同月6日に、L社に対し、要旨別紙4の「U」と題する書面(以下「本件代理店解約届」という。)を提出し(以下、本件代理店継承申請書、本件代理店変更申請書及び本件代理店解約届の提出を「本件申請」という。)、これを受けて、L社は本件申請に対する承認を行った(以下、本件申請からL社が承認するまでの一連の行為を「本件委託先代理店変更」という。)。
  • ト L社は、別表1の1欄に記載した代理店手数料について、平成22年8月支払分のうち、本件滞納会社が担当代理店となっていた全ての保険契約(以下「本件委託先変更保険契約」という。)に係る部分の金額(○○○○円)を本件滞納会社名義のN銀行○○支店の普通預金口座(口座番号○○○○)へ、その他の保険契約に係る部分の金額(○○○○円)及び同年9月以降支払分の全額を請求人名義のP銀行○○支店の普通預金口座(口座番号○○○○)へ、それぞれ振り込む方法により支払った。
  • チ 請求人は、別表1の1欄に記載した平成22年8月以降支払分の代理店手数料について、会計上、その全額を自らの収入として計上した。
  • リ 本件滞納会社は、平成○年○月○日に「H社」から「h社」への商号変更及び定款の目的から生命保険の募集業務等に関する項目を削除する変更を行った上、同年○月○日開催の株主総会において解散及びKの清算人選任を決議し、同日に当該商号及び目的の変更、解散並びに同人の代表清算人の就任についての各登記をした。
  • ヌ 請求人は、平成○年○月○日に「M社」から「H社」への商号変更を行い、その旨の登記をした。
  • ル Q税務署長に提出された本件滞納会社の解散日以降の各貸借対照表によれば、資産の部は零(勘定科目なし)であった。
  • ヲ 原処分庁は、平成28年1月19日に、Kの立会いの下、同人が本件滞納会社の清算事務を執行する場所である○○事務所(所在地は、a市b町○-○である。)における本件滞納会社の書類保管場所を捜索したところ、滞納処分を執行することができる財産は発見されなかった。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 原処分庁は、平成22年8月27日に、別表2記載の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を含む本件滞納会社が納付すべき滞納国税について、国税通則法第43条第3項の規定に基づき、Q税務署長から徴収の引継ぎを受けた。
  • ロ 原処分庁は、本件滞納国税を徴収するため、本件委託先代理店変更は徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分に該当するとして、平成28年12月19日付で、請求人に対し、徴収法第32条第1項の規定に基づき、納付すべき限度の額を○○○○円(以下「本件限度額」という。)とする第二次納税義務の納付告知処分(以下「本件告知処分」という。)をした。
  • ハ 請求人は、本件告知処分に不服があるとして、平成29年1月19日に審査請求をした。

トップに戻る

2 争点

本件委託先代理店変更は、徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分に該当するか否か。

トップに戻る

3 争点についての主張

当事者の主張は、別紙5のとおりである。

トップに戻る

4 当審判所の判断

(1) 法令解釈

徴収法第39条は、納税者が無償又は著しい低額で財産を処分し、そのため納税が満足にできないような資産状態に立ち至った場合には、その受益者に対して直接第二次納税義務を負わせることにより、実質的に民法第424条《詐害行為取消権》に規定する詐害行為の取消しをしたのと同様の効果を得るために設けられたものと解される。このような立法趣旨に照らすと、徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分とは、滞納者の積極財産の減少の結果、第三者に利益を与えることとなる処分をいうものと解される。

(2) 認定事実

原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 代理店に対する委託業務及び代理店手数料の定めについて
     代理店業務委託契約書第1条第1項は、L社は代理店に「保険募集業務」、「保険料の領収業務」及び「保全・サービス業務」を委託し、代理店はこれを受託する旨、また、代理店手数料規程第2条は、代理店手数料は、代理店が代理店業務委託契約に基づいて取り扱った保険契約に関わる代理店業務委託契約書第1条第1項記載の代理店業務の遂行の対価として支払われる旨、それぞれ定めている。
  • ロ 代理店の地位の譲渡の定めについて
     代理店業務委託契約書第32条第1項は、代理店は、L社の書面による事前の承諾ある場合を除き、代理店業務委託契約による代理店の地位を譲渡することはできない旨定めている。
  • ハ 原処分について
     原処分庁は、原処分を行うに当たり、次のとおり認定した。
    • (イ) 徴収法第39条に規定する処分への該当性について
       請求人は、本件委託先代理店変更によって、本件委託先変更保険契約の「保険募集業務」に係る代理店手数料相当額の利益を本件滞納会社から無償で受けていることから、本件委託先代理店変更は、徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分に該当する。
    • (ロ) 請求人が受けた利益(本件限度額)について
      • A 代理店業務委託契約書第1条第1項及び代理店手数料規程第2条の各定めから、代理店手数料は、「保険募集業務」、「保険料の領収業務」及び「保全・サービス業務」の遂行の対価として、当該各業務を行った者に対し支払われるものである。
      • B 本件委託先変更保険契約に係る「保険募集業務」を行っていたのは本件滞納会社であるから、同業務に係る対価は本件滞納会社が受領すべきものであり、また、初年度に発生する代理店手数料(以下「初年度手数料」といい、次年度以降に発生する代理店手数料を「次年度以降手数料」という。)は、本件滞納会社の「保険募集業務」に係る代理店手数料相当額並びに請求人の「保険料の領収業務」及び「保全・サービス業務」に係る代理店手数料相当額により構成されている。
      • C 本件委託先変更保険契約のうち、平成22年7月にL社が本件滞納会社に対して初年度手数料を支払った保険契約(以下「対象契約」という。)は○○○○件であり、また、請求人が代理店手数料の収入計上を開始した平成22年8月支払分から対象契約に係る初年度手数料の支払が終了した平成23年8月支払分までの期間における対象契約に係る初年度手数料及び契約顧客からの支払保険料は、それぞれ合計で○○○○円(別表1の2欄参照)及び○○○○円(別表1の3欄参照)である。
      • D 対象契約に適用となる次年度以降手数料に係る手数料率のうち、最も高率であったものは、○○%である。
      • E 対象契約に係る次年度以降手数料に相当する金額は、上記Cの支払保険料合計額○○○○円に上記Dの○○%を乗じた○○○○円である(別表1の4欄参照)。
      • F 対象契約に係る「保険募集業務」の代理店手数料相当額は、上記Cの初年度手数料合計額○○○○円から上記Eで算定した次年度以降手数料相当額○○○○円を差し引いた○○○○円(別表1の5欄参照)であり、当該金額が請求人が本件滞納会社より受けた利益の額である。
      • G 請求人は上記Fで算定された利益相当額を金銭で受けていることから、当該利益相当額は現に存するものであり、これがそのまま本件限度額になる。
    • (ハ) 第三者に利益を与える処分が行われた日について
       本件代理店変更申請書には、「承認日H22,07,18」と記載されており、本件申請は、平成22年7月18日にL社において承認されたものであることから、同日に第三者に利益を与える処分が行われた。
  • ニ 本件代理店解約届の承認日について
    本件代理店解約届によれば、L社は、平成22年8月13日に本件委託契約の解約を承認したことが認められる。
  • ホ 本件委託先代理店変更の承認日等について
     当審判所の調査によれば、L社における本件代理店変更申請書に基づく担当代理店変更の効力発生日となる変更承認日は別紙3記載の「承認日H22,07,18」の日付ではなく、○○○○による「変更承認」欄への押印の日付である平成22年8月18日であったことが認められる。
     さらに、代理店手数料規程第4条第2項は、代理店手数料は、前月中にL社の預金口座に入金された保険料のうち、当月の保険料計上締切日までにL社が計上した保険料に対して支払う旨定めているところ、平成22年8月における保険料計上締切日は同月13日であり、L社は、同月18日を変更承認日とした結果、上記1の(3)のトのとおり、本件委託先変更保険契約に係る平成22年8月支払分の代理店手数料(○○○○円)については全て本件滞納会社宛に、そして、平成22年9月以降支払分については全て請求人宛に支払うこととなったことが認められる。
  • ヘ 本件委託先代理店変更の対価について
     上記1の(3)のニの本件滞納会社と請求人が作成した事業譲渡契約書においては、対価についての定めが置かれていないところ、当該事業譲渡ないしこれに伴う本件委託先代理店変更の対価として、請求人から本件滞納会社に交付された金銭その他の財産はなかったことが認められる。
  • ト 代理店手数料率について
     代理店手数料規程第4条第1項に基づく手数料細則は、各保険契約の種類等に応じて収入保険料に対する手数料率を定めているところ、一部の保険契約を除いては、初年度手数料及び次年度以降手数料を区分してそれぞれ異なる手数料率を設定しており、初年度手数料に係る手数料率は、全て次年度以降手数料に係る手数料率以上の料率となっている。
     また、対象契約に適用される次年度以降手数料に係る手数料率については、一定期間の営業成績に基づき付与される代理店種別により適用される料率が異なり、当該手数料率のうち、最も高率なものは、○○%である。
  • チ 代理店手数料の戻入れ等について
     代理店手数料規程第6条は、早期消滅契約(所定の期間中に失効、解約、減額のいずれかとなった新規保険契約)に該当した場合、既に支払った代理店手数料をL社に対し戻入れする旨、また、同規程第7条は、新規保険契約が消滅新規契約(新規保険契約の契約日を基準として、所定の期間中に、同一保険種類でかつ同一被保険者による既保険契約が失効、解約、減額された場合の当該新規保険契約)に該当した場合、L社は当該新規保険契約に係る初年度手数料を支払わない旨、それぞれ定めているところ、L社から本件滞納会社宛に支払われた代理店手数料のうち、当該代理店手数料に係る保険契約が早期消滅契約に該当することとなった結果、請求人がL社に戻入れした代理店手数料の金額及びその内訳は、別表3のとおりである(なお、消滅新規契約に該当するものはなかった。)。
  • リ 本件滞納会社の財産の状況について
     本件滞納会社の財産の状況は、上記1の(3)のル及びヲの事実からすれば、本件告知処分の時点において、本件滞納国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足するものであったことが認められる。

(3) 当てはめ

原処分庁が、原処分において徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分であると認定した行為は、上記(2)のハの(イ)のとおり、本件委託先代理店変更であり、また、上記(1)のとおり、徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分とは、滞納者の積極財産の減少の結果、第三者に利益を与えることとなる処分をいうものと解されるところ、本件委託先代理店変更がこれに該当するか否かについて、以下検討する。

  • イ 本件委託先代理店変更の性質について
     上記(2)のロのとおり、代理店業務委託契約書第32条第1項によれば、本件委託契約による本件滞納会社の代理店としての地位を譲渡するには、L社の書面による事前の承諾が必要となることが認められる。
     さらに、本件代理店継承申請書には、継承元代理店(本件滞納会社)の地位を全て継承先代理店(請求人)へ継承させることを求める旨の記載が、また、本件代理店変更申請書には、旧担当代理店(本件滞納会社)の全ての保険契約に関する一切の債権・債務(代理店業務委託契約書及び代理店手数料規程の各規定に基づく債権・債務を含む)について、新代理店(請求人)がその責を負うことを確認する旨の記載が認められる。
     これらのことからすれば、本件申請は、代理店業務委託契約書第32条第1項に定められた手続を履践する目的で行われたものであり、本件委託先代理店変更の結果、本件委託契約に基づく本件滞納会社の代理店たる契約上の地位(以下「本件契約上の地位」という。)が請求人に譲渡されたことが認められる。すなわち、本件委託先代理店変更(本件契約上の地位の譲渡)により、本件委託契約の当事者が対L社との関係で本件滞納会社から請求人へと変更され、本件委託契約上の権利・義務の一切が請求人に承継されることとなる結果、本件委託先変更保険契約に係る代理店手数料を受領する権利についても本件滞納会社から請求人へ移転し、請求人が代理店手数料を受領することとなったことが認められる。
  • ロ 本件委託先代理店変更の日(処分の日)について
     上記(2)のホのとおり、担当代理店変更の効力発生日となる変更承認日は、平成22年8月18日であったことが認められる。
     また、本件代理店変更申請書には、「変更事由」として「継承のため」と、「経緯及び新担当代理店選定理由」として「旧代理店から新代理店へ業務を継承するため」との記載があることからすれば、本件代理店変更申請書に基づく担当代理店の変更は、本件代理店継承申請書に基づく代理店の地位の承継があることを前提として行われたと考えるのが自然である。そして、上記(2)のニのとおり、本件委託契約の解約日は平成22年8月13日であり、その後の同月18日に、本件代理店変更申請書に基づく担当代理店の変更の効力が発生したことにより、上記1の(3)のトのとおりの代理店手数料の支払状況となったことが認められる。
     以上の事実に鑑みれば、本件契約上の地位の譲渡の手続が完了したのは、変更承認日である平成22年8月18日であったと認められることから、これを処分の日と捉えるのが相当である。
  • ハ 本件契約上の地位について
     原処分庁は、上記(2)のハの(ロ)のとおり、本件委託先代理店変更により請求人が受けた利益の額の算定に当たり、請求人が自らの収入として計上した代理店手数料を基礎としているところ、本件契約上の地位の譲渡により請求人が利益を受けたといえるのか、すなわち、本件契約上の地位には、徴収法第39条の処分の対象となる積極財産足り得る財産的価値が認められるのか、また、認められるとした場合、その金額(評価額)の算定方法が問題となる。
    • (イ) 代理店手数料の性質
       上記(2)のイのとおり、代理店業務委託契約書第1条第1項は、L社は代理店に「保険募集業務」、「保険料の領収業務」及び「保全・サービス業務」を委託し、代理店はこれを受託する旨、また、代理店手数料規程第2条は、代理店手数料は、代理店が代理店業務委託契約に基づいて取り扱った保険契約に関わる代理店業務委託契約書第1条第1項記載の代理店業務の遂行の対価として支払われる旨、それぞれ定めている。
       このことからすると、代理店手数料は、上記各業務の遂行の対価として支払われるものであることが認められる。
    • (ロ) 本件契約上の地位の財産性
       代理店手数料は、上記(イ)の各業務の遂行の対価たる性質を有するものであると認められるところ、そもそも「保険募集業務」の遂行に基づく保険契約の獲得がなければ、代理店手数料の発生はあり得ないものである一方、「保険募集業務」の遂行の結果、保険契約の締結に至った場合には、以後、中途解約等の事象が発生しない限り、保険契約者はL社に対して契約期間にわたって継続的に保険料を支払うこととなるのであるから、当該保険料に係る代理店手数料は、その発生について、高度の蓋然性があるということができる。
       とりわけ、請求人は、上記1の(3)のハのとおり、平成○年○月○日に設立された新設法人であったところ、本来であれば、L社の代理店として開業した後、自ら「保険募集業務」を遂行し、保険契約の締結に至って初めて、代理店手数料を受領する権利を取得することが可能となるにもかかわらず、本件契約上の地位を本件滞納会社から譲り受けることにより、上記1の(3)のト及びチのとおり、開業後すぐに、通常では得ることができない代理店手数料をL社より受領することができることとなったものと認められる。
       そうすると、本件契約上の地位は、それ自体に財産的価値が認められるというべきであり、徴収法第39条の処分の対象たる積極財産に該当し得るものであることが認められる。
    • (ハ) 本件契約上の地位の評価
      • A 契約上の地位は、当該契約上の権利・義務の一切を包含した法律上の地位を意味するものであるところ、その評価に当たっては、取引相場における客観的な取引価格が存在するのであれば別段、そのような価格が存在しない以上、一般論としては、当該契約上の義務を履行することによって、将来発生が見込まれる経済的利益(収入)及びその義務の履行に要すると認められる経済的負担(費用)を総合考慮して決定すべきものと解するのが相当である。
         他方で、本件滞納会社が「保険募集業務」を遂行した結果、既に契約締結まで至っていた保険契約につき、請求人が当該保険契約に係る代理店手数料を受領した場合において、その収入金額のうちに当該保険募集業務の対価に相当すると認められる部分が存在する場合には、これに対応する経済的負担については、本件滞納会社において既になされているのであるから、請求人が譲り受けた本件契約上の地位の評価額は、少なくとも当該保険募集業務の対価に相当すると認められる部分の金額を下ることはないというべきである。
      • B そこで、代理店手数料のうち、「保険募集業務」の対価に相当すると認められる部分の金額の算定が問題となるが、上記(2)のトのとおり、代理店手数料規程第4条第1項に基づく手数料細則によれば、一部の保険契約を除き、初年度手数料と次年度以降手数料を区分して異なる手数料率を設定し、なおかつ、初年度手数料に係る手数料率は、全て次年度以降手数料に係る手数料率以上の料率となっていることが認められる。
         そして、上記(イ)のとおり、代理店手数料は、「保険募集業務」、「保険料の領収業務」及び「保全・サービス業務」の遂行の対価たる性質を有するものであると認められるところ、契約締結に至った保険契約について、代理店が行う継続的な業務は「保険料の領収業務」及び「保全・サービス業務」であるから、少なくとも、対象契約に係る初年度手数料のうち次年度以降に係る手数料との料率差に相当する部分の金額については、「保険募集業務」の対価を構成するものであると捉えるのが相当である。
      • C したがって、本件契約上の地位の評価額は、請求人が受領した対象契約に係る初年度手数料のうち「保険募集業務」に相当する部分の金額、すなわち、次年度以降に係る手数料との料率差に相当する部分の金額を下らないことが認められる。
      • D そうすると、本件告知処分において、原処分庁がその限度額の算定に当たって採用した計算方法は、上記(2)のハの(ロ)に記載したとおりであるところ、当該計算方法は基本的に上記Cの考え方に基づくものであることから、本件契約上の地位の評価額を算定する方法として合理性があるものと認められる。
         なお、原処分庁は、上記(2)のハの(ロ)のDのとおり、次年度以降手数料に係る手数料率について、一律で最も高い料率(○○%)を採用しているが、次年度以降手数料に係る手数料率については、一定期間の営業成績に基づき付与される代理店種別により適用される料率が異なるため、各保険契約につき、初年度手数料の発生時点で、個別具体的に適用される次年度以降手数料に係る手数料率は確定していないことから、原処分庁の上記算定方法が不合理であるとはいえない。
      • E ただし、上記ロのとおり、本件委託先代理店変更は、変更承認日である平成22年8月18日にその手続が完了し、これにより本件委託先変更保険契約に係る代理店手数料につき、同年9月以降の支払分から支払先が請求人に変更されたというのであるから、同年8月支払分については、依然として本件滞納会社に帰属すべきものであったということになる。
         そうすると、本件委託先変更保険契約に係る平成22年8月支払分の代理店手数料については、本件契約上の地位の内容には含まれていないこととなるのであるから、本件契約上の地位の評価額の算定上、これを考慮することは相当でない。
      • F また、上記(2)のチのとおり、L社から本件滞納会社に支払われた代理店手数料のうち、当該代理店手数料に係る保険契約が解約等の事情により早期消滅契約に該当することとなった結果、請求人がL社に戻入れした代理店手数料の金額は、○○○○円(別表3の「合計」欄参照)であるところ、当該金額は、請求人が本件滞納会社より本件契約上の地位を譲り受けたことに伴う直接的な経済的負担であると認めるのが相当であることから、本件契約上の地位の評価額の算定上、当該金額を控除すべきである。
      • G 以上を踏まえ、改めて本件契約上の地位の評価額に相当する金額を算定すると、別表4の5欄に記載のとおり○○○○円となる。
  • ニ 請求人が受けた利益について
     上記(2)のヘのとおり、請求人は、本件委託先代理店変更(本件契約上の地位の譲渡)に際し、本件滞納会社に対して金銭等の対価を支払っていないことが認められる。
     したがって、請求人は、本件委託先代理店変更によって、本件契約上の地位を無償で取得したものと認められ(徴収法施行令第14条)、これにより、別表4記載の本件契約上の地位の評価額に相当する金額(○○○○円)の利益を受けたことが認められる。
  • ホ まとめ
     以上により、本件委託先代理店変更によって、本件滞納会社の積極財産たる本件契約上の地位が請求人に無償で譲渡された結果、請求人は本件契約上の地位の評価額に相当する金額の利益を受けたのであるから、本件委託先代理店変更は徴収法第39条に規定する第三者に利益を与える処分に該当することが認められる。

(4) 請求人の主張について

  • イ 請求人は、代理店業務委託契約書第32条にも明らかにされているとおり、本件滞納会社には担当する保険契約や本件契約上の地位を第三者に譲渡する権限はなく、それらの権限はL社に存在する以上、本件滞納会社の行為はL社に対する廃業申請及び担当保険契約の引受先の紹介にすぎず、また、請求人の行為はL社に対する新規開業申請とL社からの保険契約の担当依頼に対する承諾にすぎないのであるから、請求人は本件契約上の地位を本件滞納会社より譲り受けたものではない旨主張する。
     しかしながら、代理店業務委託契約書第32条第1項によれば、確かに本件契約上の地位の譲渡が一般的に禁止されている一方、L社の書面による事前の承諾があれば、これが可能となる旨定めているところ、上記(3)のイのとおり、本件滞納会社及び請求人は、本件契約上の地位を請求人に譲渡することを企図して本件申請を行い、これを受けて、L社が本件申請を承諾したことからすれば、本件委託先代理店変更の結果、本件契約上の地位が本件滞納会社から請求人に譲渡された事実があったとみるのが相当である。そして、本件申請が本件滞納会社及び請求人によって行われなければ、そもそもL社が本件契約上の地位の譲渡を承諾することもなかったのであるから、本件滞納会社の行為はL社に対する廃業申請及び担当保険契約の引受先の紹介にすぎない、若しくは、請求人の行為がL社に対する新規開業申請とL社からの保険契約の担当依頼に対する承諾にすぎないなどとは認められない。
     したがって、請求人の主張には理由がない。
  • ロ 請求人は、代理店手数料規程第4条等を参照すれば、保険契約の解約等によりL社に保険料が入金されない場合、代理店手数料が支払われないことは明らかであって、「保険募集業務」による保険契約成立後においても、「保全・サービス業務」を実施し当該保険契約を継続させたのはまさしく請求人であること、また、本件滞納会社は平成22年8月4日に廃業し、もはや「保全・サービス業務」を実施し得ない以上、同年8月以降支払分の代理店手数料を受領する権利がないこと、そして、代理店業務委託契約書第33条においても代理店手数料請求権等の譲渡等の処分が禁止されていることからすれば、原処分庁が本件滞納会社の「保険募集業務」の対価であると主張する代理店手数料相当額は、請求人が自身の行った業務の対価として受け取るべきものといえることから、本件委託先代理店変更によって、請求人が本件滞納会社から利益を受けてはいない旨主張する。
     しかしながら、保険契約を継続させたのはまさしく請求人であるとしても、請求人は本件委託先代理店変更によって、本件契約上の地位を本件滞納会社より譲り受けたからこそ、L社より別表1の1欄に記載の対象契約に係る初年度手数料を含む代理店手数料(ただし、平成22年8月支払分を除く。)を受領できることとなったのであるから、本件契約上の地位はそれ自体に財産的価値が認められるというべきであり、請求人がこれを無償で取得している以上、本件委託先代理店変更により請求人が本件滞納会社から利益を受けていないとはいえない。
     さらに、請求人が主張するように、仮に、本件滞納会社は、平成22年8月4日に廃業し、もはや「保全・サービス業務」を実施し得ないため、同年8月以降支払分の代理店手数料を受領する権利を取得できず、また、本件委託契約上、代理店手数料請求権の譲渡等の処分が禁止されているとしても、上記(3)のホのとおり、本件委託先代理店変更では、金銭債権たる代理店手数料に係る請求権そのものが処分されたと捉えているのではなく、本件滞納会社の本件契約上の地位が処分されたと捉えているのであるから、代理店手数料に係る請求権の帰属自体を問題とするものではない。
     したがって、請求人の主張には理由がない。
  • ハ 請求人は、本件滞納会社との間の事業譲渡において、本件委託先代理店変更のため、開業代理店としてL社の審査の後、許可を受けなければならない上、本件滞納会社の従業員全員を従前の待遇で継続雇用し、職場環境を従前どおり維持するという本件滞納会社からの要求を負担しなければならなかったのであり、これらの条件負担は、本件における事業譲渡の対価として十分であり、客観的にも正当な経済取引であると認められること、また、解約等の事情により保険契約が消滅した場合、請求人はL社に対して過去に本件滞納会社が受領していた代理店手数料の戻入れ等を行わなければならないリスクも同時に承継していることを理由に、本件委託先代理店変更によって、請求人が本件滞納会社から利益を受けてはいない旨主張する。
     しかしながら、請求人が、本件委託先代理店変更(本件契約上の地位の譲渡)に伴う手続的な負担を負い、あるいは、本件委託先代理店変更後において、本件委託契約の維持継続又は従業員の雇用継続などのために経済的な負担を負うとしても、それは本件委託先代理店変更に対する対価的な負担というよりも、むしろ、請求人自身がL社の代理店として営業を開始し又は継続する上で当然に必要となる事務負担ないし経済的負担であるというべきである。そして、上記(3)のハの(ロ)のとおり、本件契約上の地位はそれ自体に財産的価値が認められ、なおかつ、対象契約に係る「保険募集業務」は本件滞納会社において既になされているのであるから、上記(3)のハの(ハ)のAのとおり、その評価額は少なくとも請求人が受領した代理店手数料に含まれる保険募集業務相当分の金額を下らないと認められるところ、上記(3)のニのとおり、当該金額を基礎として請求人の受けた利益の額が算定されていることからすれば、当該事務負担ないし経済的負担に関する事情が、請求人が本件滞納会社より利益を受けていないことの理由足り得るものではない。
     また、請求人は本件契約上の地位の譲渡により、代理店手数料の戻入れ等のリスクも併せて承継したと認められるものの、上記(3)のハの(ハ)のFのとおり、実際に代理店手数料の戻入れ等があった分については、本件契約上の地位の評価額の算定上これを控除することによって別途考慮しているのであり、それを超えて、当該請求人が主張する代理店手数料の戻入れ等に関する事情が、請求人が本件滞納会社より利益を受けていないことの理由足り得るものではない。
     したがって、請求人の主張には理由がない。
  • ニ 請求人は、代理店が廃業し、当該代理店が所有していた保険契約をL社が引き継ぐ際、当該代理店の「初年度手数料」による利益は、L社が享受し、当該代理店が受領することはできないのであるから、仮にL社が「保険募集業務」の対価部分を当該代理店に支払うべきであるとすると、当該対価の支払等が認められず、かつ、当該代理店に未納税金が存在する場合には、本件と同様にL社に対し第二次納税義務が課されるということになるが、そのような前例はなく、結論として不当となる旨主張する。
     しかしながら、上記請求人が主張する事情は、単に代理店が廃業した場合を想起して、当該代理店とL社との関係を問題としたものであるのに対し、本件は、本件滞納会社から請求人に対する本件契約上の地位の譲渡が行われた事案であり、飽くまで本件滞納会社と請求人との関係が問題となっているのであるから、上記請求人の主張は、明らかに場面を異にしたものであるといわざるを得ない。
     したがって、請求人の主張には理由がない。

(5) 徴収法第39条の他の課税要件について

  • イ 徴収不足とその基因性について
     上記(2)のリのとおり、本件滞納国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められ、また、本件委託先代理店変更によって、徴収すべき額に不足することになったものと認められる。
  • ロ 第三者に利益を与える処分の時期について
     上記(3)のロのとおり、本件委託先代理店変更による処分は、平成22年8月18日にその手続が完了していることから、本件滞納国税の法定納期限(平成21年1月5日)の1年前の日以後に行われた処分であることが認められる。
  • ハ 納付すべき限度の額について
     請求人は、本件契約上の地位を譲り受けた後、上記1の(3)のトのとおり、本件滞納会社において遂行された「保険募集業務」の対価に相当すると認められる部分も含め代理店手数料をL社より受領したことが認められる。そして、上記(3)のハの(ハ)のとおり、本件で請求人が受けた利益とした本件契約上の地位の評価額は、当該保険募集業務の対価に相当すると認められる部分の金額を基礎としていることからすれば、請求人は、本件契約上の地位に相当する代理店手数料を金銭として受領したこととなる。そうすると、請求人が受けた利益は、請求人の下に現に存するものと推認される一方、本件告知処分がなされるまでにこれが消失した事情は認められない。
     したがって、本件告知処分により納付すべき限度の額は、上記(3)のニにおける請求人が受けた利益の金額と同額の○○○○円となる。

(6) 原処分の適法性について

上記(3)及び(5)のとおり、本件委託先代理店変更により受けた利益が現に存する額は○○○○円であると認められるところ、原処分のその他の部分について請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、原処分は、納付すべき限度の額につき、○○○○円を超える部分は違法となる。

(7) 結論

よって、原処分の一部を取り消すこととする。

トップに戻る