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(平4.9.21、裁決事例集No.44 97頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、料理飲食業(すし)を営む者であるが、平成元年分の所得税の青色の確定申告書(みなし法人課税用)に別表の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告し、その後、平成2年8月6日に、別表の「修正申告」欄のとおり修正申告をした。
 原処分庁は、これに対し平成3年2月19日付で別表の「更正等」欄のとおり更正及び過少申告加算税の賦課決定をした。
 請求人は、これらの処分を不服として平成3年4月16日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、これに対し同年7月9日付でいずれも棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分になお不服があるとして、平成3年8月1日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その一部の取消しを求める。
イ 更正について
 請求人がP市R町5丁目3番地19所在の家屋番号27番6の木造セメント瓦葺2階建店舗共同住宅のうち1階西北の角部分の店舗(以下「本件店舗」という。)の立退きに際し、家主である○○(以下「家主」という。)から受け取った立退料(以下「本件立退料」という。)の額60,000,000円(内訳、営業損失補償10,000,000円、造作設備損失補償15,000,000円、新規店舗補償20,000,000円、精神補償10,000,000円、借家権価格5,000,000円)のうち、営業損失補償及び精神補償の合計金額20,000,000円については、次の理由により一時所得の金額の計算上収入金額に算入すべきではないから、原処分庁が当該20,000,000円を一時所得の金額の計算上収入金額に算入されるべきであると認定してなした更正は取り消されるべきである。
(イ) 精神補償について
 本件立退料のうち、精神補償10,000,000円は、本件店舗の立退きに際し、家主側からの執ような嫌がらせや脅迫的な対応をされたことにより受けた精神的な損害に対する慰謝料として受け取ったものであり、所得税法施行令第30条《非課税とされる保険金、損害賠償金等》第3号に規定する非課税所得に該当するものである。
 10,000,000円の算定根拠は、家主からの立退料としての当初提示額が50,000,000円であったが、請求人が過去に被った精神的慰謝料として10,000,000円を増額するよう要求したところ、家主がこれを了承し本件立退料が60,000,000円で合意に至ったことに基づくものである。
(ロ) 営業損失補償について
 本件立退料のうち、営業損失補償10,000,000円は、本件店舗を立ち退くことによって、請求人が過去20年余にわたる営業によって得た営業上の財産である営業権(顧客)が滅失することに伴い受け取ったものであり、所得税法第51条《資産損失の必要経費算入》第1項に規定する資産損失に該当するから所得とはならないものである。
 当該10,000,000円は、家主からの立退料としての当初提示額50,000,000円(本件立退料60,000,000円から精神的慰謝料10,000,000円を控除した額)に請求人の店舗移転に伴う顧客減少割合20パーセントを乗じて算定したものである。
ロ 過少申告加算税の賦課決定について
 以上のとおり、更正は違法であり、その一部を取り消すべきであるから、これに伴い過少申告加算税の賦課決定もその一部を取り消すべきである。

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(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法である。
イ 更正について
(イ) 精神補償について
A 請求人が本件店舗の明渡しに際し受領した本件立退料の内訳について、その算定根拠がないことは、次のとおりである。
(A) 請求人が、平成元年5月19日の所得税の調査の際に提出した本件店舗の明渡しに関する合意事項を記載した平成元年3月8日付合意書(以下「合意書a」という。)には、本件立退料の内訳は記載されていないが、平成元年分所得税の確定申告書に添付して提出した同日付の合意書(以下「合意書b」という。)には、本件立退料の内訳が明記されていること。
(B) この点について、原処分に係る調査担当職員(以下「調査担当職員」という。)が家主及び家主が本件立退料の折衝を依頼した弁護士(以下「弁護士」という。)に本件立退料の内訳の根拠について質問したところ、両人は請求人からの強い要望により改めて合意書bを作成したものであり、本件立退料の内訳を算定した根拠はないと答述していること。
B また、所得税法施行令第30条第3号の規定により、心身又は資産に加えられた損害に起因して慰謝料等の名目により支払を受けた場合には、その慰謝料等の金額は非課税となるが、請求人等に対して調査担当職員等が調査した限りにおいては、そのような事実は認められない。
C したがって、本件立退料のうちの精神補償は、所得税法施行令第30条第3号に規定する非課税となるべき精神的慰謝料には該当しない。
(ロ) 営業損失補償について
A 営業権の消滅とは、通常、営業の継続が不能と認められる場合をいうが、請求人は従前同様「A寿司」の屋号によりP市R町5丁目1番13号所在の△△ビル1階の借店舗において営業を行っており、営業権が消滅したとは認められず、また、請求人が主張する顧客という財産は、所得税法第51条第1項に規定する資産に当たらないから、本件立退料のうちの営業損失補償が資産損失となるべきであるという請求人の主張は失当である。
B 仮に、請求人の主張する財産が営業権(のれん)を指すものであったとしても、請求人が当該営業権を他から有償で取得したものではないことから、そこに資産損失となるべき損失が生ずることはない。
(ハ) 総所得金額について
A 給与所得の金額
 給与所得の金額は、請求人が租税特別措置法第25条の2《みなし法人課税を選択した場合の課税の特例》の規定の適用を選択しているため、同条第3項の規定により事業主報酬の額1,800,000円を給与所得の収入金額とみなして計算した金額である。
B 一時所得の金額
 一時所得の金額は、請求人が受け取った本件立退料の金額60,000,000円から所得税法第34条《一時所得》第3項に規定する特別控除額500,000円を控除した金額を、同法第22条《課税標準》第2項第2号の規定により2分の1した金額である。
C なお、事業所得の金額は、請求人が平成元年分所得税の青色申告決算書に記載した事業所得の金額1,594,142円から、新規店舗に係る必要経費の額4,754,993円を控除した結果、3,160,851円の損失となる。
D この結果、請求人の総所得金額は、次表のとおりとなり、更正の額を上回るから、更正に違法はない。

(単位:円)
項目 金額
給与所得の金額 1,095,000
一時所得の金額 29,750,000
総所得金額 30,845,000

 

ロ 過少申告加算税の賦課決定について
 以上のとおり、更正は適法であり、かつ、請求人には、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づき過少申告加算税の賦課決定をしたものである。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、平成元年分の一時所得の金額の多寡にあるので、以下審理する。

(1) 更正について

 イ 精神補償について
 請求人は、本件立退料のうちの精神補償10,000,000円は精神的慰謝料として受け取ったものであり、当該金額は、所得税法施行令第30条第3号に規定する非課税所得に該当するから、一時所得の金額の計算上収入金額に算入すべきでない旨主張するので、まずこの点について審理する。
(イ) 次の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
A 請求人は、本件店舗を昭和45年に賃借し平成元年10月末日に明け渡すまで、本件店舗において「A寿司」の屋号により、寿司店を経営していたこと。
B 請求人は、家主との間で、本件店舗の賃貸借及び明渡しについて次の内容等で合意し、平成元年3月8日付で合意書を作成したこと。
(A) 本件店舗の賃貸借契約を同日解約する。
(B) 家主は、請求人に対し本件店舗の立退きに関し60,000,000円を支払う。
C 上記合意書としては、合意書aと合意書bの2種類のものが作成されており、いずれも家主及び請求人の署名押印があり、その相違点は次のとおりであること。
(A) 合意書aの第2項は、家主は請求人に対し「立退料として金6000万円」を支払うと記載されているが、合意書bの同項は、「立退補償として金6000万円」を支払うと記載され、かつ、「補償内訳別紙のとおり」の記載があること。
(B) 合意書bには、「補償内訳」との表記及びその内容が記載された別紙が添付されていること。
(ロ) 当審判所が請求人の答述及び原処分関係資料を調査した結果は、次のとおりである。
A 本件店舗の明渡しについては、家主が立退料の折衝を依頼した不動産業者を介して請求人に対し昭和55年ごろより継続的に折衝が行われていたが、具体的な交渉があったのは、合意書作成の3か月くらい前に家主が弁護士を依頼してからと認められること。
B 立退料の額については、請求人は家主に対し弁護士を通じて100,000,000円を要求したが、両者の合意は成立しなかったこと。
 その後、家主から請求人に対し弁護士を通じて50,000,000円の提示があったので、これに対し請求人は、50,000,000円に相応の上乗せを要望したところ、弁護士を通じて家主から60,000,000円の回答があり、請求人はこの金額で本件店舗の立退きを受諾したこと。
 なお、この時には、立退料の内訳についての話合いは、一切なかったと認められること。
C 合意書aは、本件立退料の額が確定した後に、家主によって作成され弁護士を通じて双方署名押印したこと。
D 合意書bは、合意書aが作成された後に請求人が家主に要請して作成し直したものであること。
E 家主及び弁護士は、調査担当職員に対し本件立退料は総額60,000,000円で合意したもので、個々の項目ごとに算出したものではない旨答述していること。
F 請求人は、当審判所に対し家主から受けた精神的な損害に関する具体的な内容について、次のとおり答述したこと。
(A) 昭和55年ごろから6年間くらいは、近所の不動産屋が継続的に来店し、「ビルを建てるから出ていってくれ」、「行き先がなければ自宅で出前だけでもやればよいではないか」等の話を繰り返した。
(B) その後、別の不動産屋が来店し、単に「出ろ」というのみであった。
(C) また、本件店舗の横に車が入る程度の空地があったが、内容証明により、当該空き地の返還請求を受けた。
(ハ) ところで、所得税法施行令第30条第3号は、心身又は資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金(事業所得の収入金額とされるものその他役務の対価たる性質を有するものを除く。)は、非課税所得とする旨規定しており、同号の適用に当たっては、見舞金とは、災害等の見舞金で、その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当と認められるものと解するのが相当である。
(ニ) 前記(イ)及び(ロ)の事実を上記(ハ)に照らして判断すれば、次のとおりである。
A 請求人が主張する精神補償10,000,000円が明示されている合意書bは、請求人の要請により後日作成されたものであること、かつ、請求人及び家主間において精神補償の支払及び金額についての折衝がなかったことから、家主(前記(ハ)にいう贈与者の立場にある者)について、精神的慰謝料の支払の意思があったことを認定できないこと。
 したがって、請求人及び家主間に精神的慰謝料としての金員の授受があったと認定することはできない。
B 仮に、精神的慰謝料としての金員の授受があったとしても、所得税法施行令第30条第3号に規定する非課税とされる見舞金は、災害、事故等による損害に対するいわゆる社会通念上の見舞金であるところ、立退きは災害あるいは事故に該当せず、また、請求人の立退きに際し、格別の災害あるいは事故による損害があったことを認めることはできないことから、精神補償10,000,000円は、同条同号にいう非課税所得に該当しない。
C したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ 営業損失補償について
 請求人は、本件立退料のうちの営業損失補償10,000,000円は過去20年余にわたる営業によって得た営業上の財産である営業権が滅失することの対価であり、当該営業権の滅失が所得税法第51条第1項に規定する資産損失に該当し、所得とはならない旨主張する。
 ところで、仮に、請求人の主張のとおりであるとすれば、当該営業権の滅失により生じた資産損失の額を事業所得等の金額の計算上必要経費に算入できることとなるが、当審判所の調査によれば、当該営業権は請求人も自認するように請求人の帳簿に営業権として資産計上していたものではなく、また、有償で取得したものではないことが認められる。
 所得税法施行令第142条《必要経費に算入される資産損失の金額》第1項第1号の規定によれば、資産損失の金額として事業所得等の金額の計算上必要経費に算入することができるのは、所得税法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》第1項又は第2項の規定を適用した場合にその資産の取得費とされる金額に相当する金額であるから有償で取得した場合に限られるところ、上述のとおり当該営業権は有償取得したものではないから、当該営業権の滅失に伴う資産損失の額は零円であると認められる。
 そうすると、請求人の主張について判断するまでもなく、必要経費に算入することができる金額はないことになるから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ハ 総所得金額について
(イ) 一時所得の金額以外の所得金額
 一時所得の金額以外の所得金額については、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によっても、原処分庁の認定額は相当と認められる。
 なお、原処分庁は、更正において、本件立退料の一部を譲渡所得(長期)の金額に係る収入金額としているが、異議決定において、前記2の(2)のイの(ハ)のBのとおり本件立退料の全部を一時所得の金額に係る収入金額と認定しており、このことは当審判所の調査によっても相当と認められる。
(ロ) 一時所得の金額
 原処分庁は、一時所得の金額を所得税法第22条第2項第2号及び同法第34条第3項の規定に基づき請求人が受け取った本件立退料の額60,000,000円から特別控除額500,000円を控除した金額の2分の1に相当する金額29,750,000円と認定していることが認められる。
 ところで、本件立退料は、前記イの(イ)のBの(B)のとおり総額60,000,000円で合意したものであり、その合意に際しては、近隣の同種の支払金額、本件店舗に係る契約内容、家主の事情及び請求人の店舗移転に伴う営業条件の変化等の事情等を考慮したものと認めるのが相当であるから、その全体がいわゆる立退料と認めるのが相当である。
 したがって、本件立退料は、その全部が一時所得の金額に係る収入金額となり、当審判所の調査によっても、原処分庁の認定額は相当と認められる。
(ハ) 以上の結果、請求人の総所得金額は、給与所得の金額1,095,000円及び一時所得の金額29,750,000円の合計金額30,845,000円となり、この金額は更正に係る金額を上回るから、更正は適法である。

(2)過少申告加算税の賦課決定について

 以上のとおり、更正は適法であり、また、請求人には、確定申告(修正申告を含む。以下同じ。)の税額を計算するに当たり、原処分庁が過少申告加算税の基礎とした税額に係る事実を確定申告の税額の計算の基礎としなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてした過少申告加算税の賦課決定は適法である。

(3)その他

 原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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