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(平15.9.2裁決、裁決事例集No.66 265頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、相続税に係る土地の価額の多寡を主な争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 審査請求人E、同F、同G、同H及び同J(以下、5名を併せて「請求人ら」という。)は、平成8年9月30日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡した被相続人Kの共同相続人6人のうちの5人であり、この相続開始に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、別表1の「申告」欄のとおり記載した申告書を法定申告期限までに提出した。
ロ その後、請求人らは、別表1の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書を平成12年1月31日に提出した。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成12年7月17日付で別表1の「更正処分等」欄のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ニ 請求人らは、これらの処分を不服として、平成12年9月1日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月30日付で棄却の異議決定をした。
ホ 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成13年1月4日に審査請求をし、同日、Eを総代として選任する旨を届け出た。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件相続税の課税上、評価額が争われている宅地は、P市p町○○番の○所在の貸付けの用に供されている宅地1,493.96平方メートル(以下「P市宅地」という。)及びQ市q町○番○及び○号所在の貸付けの用に供されている宅地1,019.29平方メートル(以下「Q市宅地」という。)である。
ロ P市宅地が面する路線の平成8年分の路線価は180,000円、Q市宅地が面する路線の平成8年分の路線価は1,320,000円である。

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2 主張

(1)請求人らの主張

イ 本件更正処分について
 次の(イ)のとおり、本件更正処分に係るP市宅地の価額は時価を超えていること、及び次の(ロ)のとおり、仮に路線価方式で評価するとしても、P市宅地及びQ市宅地の価額は、平成8年1月1日から本件相続開始日までの地価の下落を反映させて評価すべきであるにもかかわらず、本件更正処分はそれを行っていないことから、本件更正処分は違法であり、その取消しを求める。
(イ)P市宅地の価額について
A 鑑定評価の適正性
 P市宅地の価額は、次のとおり、請求人らが提出した鑑定評価書の鑑定評価(以下「本件鑑定評価」という。別表2参照)による価額69,000,000円を採用すべきである。
 一般に、底地評価を行う場合の考え方に、底地を第三者に単独で譲渡する場合(正常価格)と借地人に売却する場合(限定価格)とがあるが、相続開始時における不特定多数の当事者間での自由な取引における時価とは正常価格をいうものと解するべきである。
 そして、正常価格は、実際支払賃料に基づく純収益を還元して得た収益価格(正常価格)を標準として決定するものであるが、本件鑑定評価においては、類似の底地を第三者に単独で譲渡するという第三者間取引はまれであることから、広域的に底地取引事例を収集し、収益価格に、取引事例方式に基づく試算価格も十分に関連付けることとした。
 すなわち、本件鑑定評価の方法は、実際支払賃料(賃料は3年ごとに4%上昇するものと仮定)を還元(還元利回りは5%を適用)して求めた収益価格と、底地取引事例を収集して、底地の価額が自用地の価額に占める割合(底地割合)を30%として求めた試算価格とを、3対1の比率で加重平均することにより決定するというものであり、合理的な評価方法である。
B 原処分庁の主張に対する反論
(A)原処分庁は、抽象的に、収益還元法により評価する場合の要素である「収益」と「還元利回り」には問題が存するとして、収益還元法を一基準として採用した本件鑑定評価を全否定するが、これは、不動産鑑定評価基準の定め及び現実の取引事例は収益性を重視する方向に進んでいるという時代の要請からみて明らかに誤りである。
 また、収益と還元利回りに関する原処分庁の指摘は、次のとおり、本件鑑定評価の合理性を否定する根拠とはなり得ない。
a 原処分庁は、収益の額は経営者の能力等により左右されると主張するが、地代は地域の相場によるもので経営者の能力等が収益の額を左右するものとは考えにくい。
b 原処分庁は、賃貸借契約当事者が特殊関係者である場合には賃料の調整が可能であり、不公正を招く恐れがあると主張するが、本件土地の賃料は本件土地の固定資産税の6.7倍であるところ、地代の相場は固定資産税の7から8倍といわれていること及び3年ごとに4%の賃料の上昇を見越して評価額を算定していることから、原処分庁の主張は当たらない。
c 原処分庁は、還元利回りの設定は困難である旨主張する。
 請求人らも、還元利回りの設定は予測が困難であることは認める。
 しかしながら、本件鑑定においては、鑑定人は還元利回りとして5%を採用し、賃料を4%ずつ上昇させていることから実質的には3.6%程度の還元利回りであり、この利回りは平成9年12月11日に東京国税不服審判所が収益価格によることが妥当とした裁決事例で採用した3%の利回りに近く、また、Z県における軍用地料の利回りが3.3%前後であることからしても、おおむね妥当と考えられる。
(B)原処分庁は、本件鑑定評価が採用する第三者間の取引事例は、競売の特殊性及び私道減価などの個別的な要因の補正が十分に行われておらず、適切ではないと主張する。
 しかしながら、現行の民事執行法の下では、競売は、郵便による期間入札を原則とし、新聞・インターネットで公示し、広く一般に公開されていることから、一概に市場が狭いとはいえず、最低価格を低く抑えたとしても、入札によるのであるから競争原理が働き、市場価格にほど遠い価格で落札されるはずがない。
(C)本件鑑定評価において、鑑定人は底地割合を30%と判断してこれを採用しているが、本件鑑定評価によると、3つの第三者間取引事例と4つの借地人買取りに係る取引事例が紹介されており、仮に事例中の最も大きい底地割合50%(借地人買取りに係る取引事例)を採用し、さらに収益価格と当該底地割合による試算価格とを1対1で加重平均したとしても、P市宅地の価額は101,855,000円となり、路線価方式により算定した評価額161,347,680円を下回っている。
(ロ)路線価の時点修正について
 P市宅地及びQ市宅地は、次の理由から、各土地の平成8年分の路線価を基として、近隣の基準地の価額の下落率を、平成8年1月1日から相続開始日までの月数にあん分して求めた路線価(修正路線価、P市宅地については9.8%減の162,000円/平方メートル、Q市宅地については17.5%減の1,090,000円/平方メートル)に基づいて評価すべきである。
 なお、P市宅地については、上記1の鑑定価額によることを主位的に、予備的に、時点修正した路線価に基づく評価を主張するものである。
A 原処分庁は、課税の公平の見地から地価下落率が20%を超えていないからとして路線価の時点修正を認めないが、もともと路線価は公示価格の70%程度であったものが平成4年に80%に引き上げられたのは、地価は上昇するものであるということを前提に20%のアローアンスで十分であるとしたところ、予測がはずれて大幅な地価の下落が継続することになったからといって、路線価の時点修正を行わないことによって納税者に過大な税負担を強いること(20%のアローアンスを認めないこと)は公平を失する。
B 特にQ市宅地については、路線価が毎年15%以上も下落し続けており、課税年度の路線価は側方路線が20%以上の下落率となっていること、Q市宅地上の建物を賃借していたL株式会社が撤退したことなどから周辺地域において経済価値は著しく低下していること、Q市宅地は300坪もあり広大地としての減価も考えられることなどから、平成4年4月の事務連絡「路線価に基づく評価額が「時価」を上回った場合の対応等について」の趣旨にのっとり、路線価が時価を上回るおそれのあるものとして、評価上、個別的に対応すべきである。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は違法であるから、本件賦課決定処分も取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

イ 本件更正処分について
 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
(イ)P市宅地の価額について
A 財産評価基本通達の適法性等
 相続税における財産の価額は、相続税法第22条《評価の原則》の規定により相続財産取得の時における時価により評価することとされており、時価とは、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達。ただし、平成9年4月22日付課評2−5による改正前のものをいい、以下「評価基本通達」という。)1の(2)により、課税時期において、それぞれの財産の状況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値をいうものとされている。
 しかしながら、財産の客観的な交換価値は、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、課税財産の評価の一般的な基準としての評価基本通達を定め、具体的には同通達の定める方法及び基準によって評価した価額を時価として取り扱うこととしている。
 そして、このように、あらかじめ定めた評価方法によって画一的に課税財産の時価を算定する取扱いは、納税者間の公平及び納税者の便宜等という見地から合理的であり、評価基本通達に定められた評価方法及び基準が合理的なものである限り、適法なものと解されている。
 本件更正処分において、P市宅地の価額は評価基本通達に定める貸宅地の評価の定めに従って適正に算定されており、また、P市宅地の価額を評価基本通達に定める貸宅地の評価方法以外の方法によって評価しなければならない特別な事情は認められないから、評価基本通達に基づきP市宅地の価額を161,347,680円〔180,000円(路線価)×1,493.96平方メートル(面積)×(1−40%(借地権割合))=161,347,680円〕と算定して行った本件更正処分は適法である。
B 本件鑑定評価について
 本件更正処分が適法であることについては上記Aのとおりであるが、P市宅地の価額を本件鑑定評価の方法により算定することについては、次のとおり、合理性が認められない。
(A)収益還元方式による収益価格を採用できない理由
 土地から生ずる収益を還元して得た収益価格を当該土地の時価算定の一基準とすることは、一般的に、〔1〕経営者の能力等により収益は左右されること、〔2〕賃貸借契約当事者が特殊関係者である場合には、例えば支払賃料を調整することが可能な場合があり、評価上、不公正を招くことになること、及び〔3〕還元利回りの設定に当たり、その客観的、理論的な算定が困難であることから、収益還元方式による収益価格を土地の評価に採用することはできない。
 また、評価基本通達に定められた評価方法が、すべての納税者に画一的に適用されることによって租税負担の実質的な公平を実現することができるのであるから、納税者により、判断基準の異なる「収益」及び「還元利回り」を要素とする収益還元方式は、合理的な評価方式とは認められない。
 さらに、請求人らの主張する収益還元方式による収益価格は、永久還元方式により鑑定されていることから将来の更地への復帰価値が加味されていない。
(B)請求人らが主張する底地割合について
 請求人らの鑑定人が採用した、第三者間における底地の取引事例として採用する別表2付表−1の事例A及びBは、いずれも競売に係るものであり、競売事件に係る鑑定評価書を確認したところ、次の事実が認められ、個別事情が十分に補正されないままにこれらの事例を基に底地割合を30%と決定したことは合理性を欠くものである。
a 取引事例Aについては、〔1〕競売の特殊性として40%減額していること、〔2〕形状が三角形の土地であること、〔3〕市場性の減価として30%及び1回目の競売で売却できなかったことによる評価額の見直し30%が最低入札価格に加味されていることが認められること。
b 取引事例Bについては、〔1〕幅員2メートルの未舗装道路が約45平方メートル含まれており、私道減価の補正が必要であること、〔2〕鑑定評価を行った平成5年から平成11年12月の競売時までに評価額を45%見直しており、この間の地価変動をはるかに超えていることが認められること。
(ロ)路線価の時点修正について
 請求人らは、P市宅地及びQ市宅地の評価について、路線価を本件相続開始日に時点修正した価格に基づき評価すべきである旨主張する。
 しかしながら、路線価は評価の安全性の観点から評価割合を公示価格の80%程度として算定しているところ、いずれの宅地についても、請求人らが算定した時点修正率(平成8年1月1日から本件相続開始日までの地価の変動)は20%を超えるものではないことから、P市宅地及びQ市宅地に付されている路線価は本件相続開始日において時価を下回るものであるので、路線価に基づき算定したP市宅地及びQ市宅地の価額は適正である。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり本件更正処分は適法であり、かつ、請求人らには、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件は、P市宅地の価額を算定するに当たり本件鑑定評価によるべきか否か並びにP市宅地及びQ市宅地の価額を評価基本通達に定める路線価方式により算定する場合に修正路線価に基づいて行うべきか否かに争点があるので、審理したところ、次のとおりである。

(1)認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件鑑定評価
 請求人らは、当審判所に対し、P市宅地に係る不動産鑑定士Mによる平成12年7月28日付の「鑑定評価書」を提出した。
 当該鑑定評価書は、概要、別表2のとおり、まず、年間純地代を2,024,468円(地代は3年ごとに4%上昇見込み)、還元利回りを5%と算定し、永久還元手法を採用して、収益還元法による収益価格を64,010,000円と決定し、次に、底地の取引事例から底地割合を30%と判断し、底地割合方式に基づく試算価格を83,820,000円と決定した上で、P市宅地の価額を、「本件では、不動産鑑定評価基準にのっとり、収益還元法に基づく収益価格をやや重視し、前者と後者を3対1の比率で加重平均した価格を正常価格としての底地価格」として、69,000,000円と決定している。
ロ P市宅地の賃貸借の状況
 N税理士は、当審判所に対し、次のとおり、被相続人がP市宅地を株式会社R(以下「R社」という。)に賃貸していた経緯を答述した。
(イ)昭和57年に、S合資会社から倉庫として使用したいとの申出を受け、被相続人が、新たに設立したR社にP市宅地を賃貸し、R社が賃借した同宅地上に倉庫用の建物を建築して、当該建物をS合資会社に賃貸することとした。
(ロ)P市宅地の賃貸に係る賃料は、周辺の賃料の相場は固定資産税の6から7倍であるとの当時の税理士からのアドバイスにより、2,700,000円(平成8年以降は2,400,000円)と決定した。なお、昭和57年当時、P市宅地周辺地域においては宅地の賃貸に当たり権利金授受の慣行はないため、当該宅地の賃貸に当たり権利金の授受はない。
(ハ)P市宅地の賃貸に係る契約書は作成されておらず、R社の役員総会における議事録に、P市宅地の賃貸借契約及び賃料に関する記載はない。
(ニ)R社は、T、K、E、U、F、V及びWによって設立され、設立時から平成6年5月31日まではTが代表取締役であり、平成6年5月31日から本件相続開始日までは被相続人が代表取締役であった。
ハ P市宅地及びQ市宅地の所在する地域の地価の下落率等
(イ)P市宅地の平成8年分の路線価と平成9年分の路線価とを比較すると16.6%の下落であり、近隣地域内にある県の地価調査基準地(P市p町○○○番○)の価格は7.1%の下落率である。
(ロ)Q市宅地の平成8年分の路線価と平成9年分の路線価とを比較すると17.4%の下落であり、近隣の県の地価調査基準地(Q市r町○番○号)の価格は15.5%の下落率である。
(ハ)また、Q市宅地の所在地は、国道沿線に高層のオフィスビル等が建ち並ぶ高度商業地域であり、同宅地はホテル用地としては標準的な画地である。

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(2)本件更正処分について

イ 評価基本通達に定める評価方法及び貸宅地評価方法の合理性
(イ)相続税法第22条は、相続により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得のときにおける時価による旨を定めており、ここにいう時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、すなわち、当該財産の客観的な交換価値をいうものと解するのが相当である。
 しかしながら、このような意味での客観的な交換価値は、必ずしも一義的に把握し得るものではなく、相続の発生の都度これを個別的に評価するほかないものとすれば、評価方法の違いや取引実例の欠如等によって、事案ごとに異なる評価額が生じる結果となって、租税負担の公平を害するおそれがあり、かつ、納税者及び課税庁の双方にともに過大な負担と費用を強いることになるから、課税庁が準拠すべき一般的で簡便な評価方法を定め、これによって課税実務を運用することは、当該評価方法の合理性が認められる限り、当然に適法であり、国税庁長官が定める評価基本通達及びこれに基づき各国税局長が定める評価基準は、この趣旨の評価方法を定めたものというべきである。
 もとより、このような評価基本通達や評価基準は法規としての性格を有するものではないから、納税者が、これによらず、適正な時価を主張できることはいうまでもないが、納税者が主張する時価の算定方法が合理的であり、かつ、課税庁が定める評価方法により算定した価額がその財産の時価を超えるという特別の事情が認められない限り、評価基本通達及び評価基準によって評価した価額に基づき課税処分を行うことができるものというべきである。
(ロ)ところで、評価基本通達25《貸宅地の評価》は、借地権の目的となっている宅地の価額は、自用地としての宅地の価額から借地権の価額を控除した金額によって評価することとしている。
 この借地権価額控除方式による評価方法は、借地権の取引慣行のある地域では、底地価額は、単なる地代徴収権の価額にとどまらず、むしろ将来、借地権を併合して完全所有権とする潜在的価値に着目して価額形成されているのが一般的であると認められるところ、このような場合には、底地価額を借地権価額控除方式により評価するのが相当であると考えられることなどによるものであると解され、相続税法第22条の趣旨及び上記(イ)の考え方に照らし、この評価方法は当審判所においても合理性を有するものと認められる。
ロ 評価基本通達に定める評価方法以外の方法によるべき特別の事情の有無
(イ)請求人らは、借地権が設定されている宅地(貸宅地)の評価方法について、当該宅地上の借地権の価額と貸宅地(底地)の価額との総和は自用地としての当該宅地の価額よりも低い水準にとどまるものであるから、評価基本通達が定める借地権価額控除方式により算定した価額を時価とするのは相当ではなく、実際支払賃料に基づく純収益を還元して得た収益価格と底地取引事例から決定した底地権割合30%により求めた試算価格を3対1の比率で加重平均する評価方法が合理的であり、この評価方法により算定した価額を時価とすべきである旨主張する。
 しかしながら、上記イの(ロ)のとおり、一般的な借地契約においては、底地価額は、単なる地代徴収権の価額にとどまらず、将来、借地権を併合して完全所有権とする潜在的価値に着目して価額形成がされるので、借地権価額控除方式は、一般に合理性を有するものと解されるから、請求人らが、一般論として、借地権価額控除方式には合理性がないと主張することは当たらない。
 ただし、P市宅地に、将来、借地権を併合して完全所有権となる潜在的価値が存すると認めることが困難である特別の事情が存する場合には、借地権価額控除方式の合理性の根拠を失うことになるから、そのような特別の事情の有無について検討すると次のとおりである。
 すなわち、P市宅地の賃貸借の状況は、上記(1)のロのとおり、〔1〕P市宅地の賃貸借に係る契約書は存在しないこと、〔2〕P市宅地の所有者である被相続人と賃借人であるR社とは、同族関係者という関係にあることということ以外に本件借地契約における契約条件は明らかではなく、結局、P市宅地にかかる借地権は、被相続人とR社という特別関係者の間で、倉庫の建設敷地として利用することを目的としてP市宅地を賃貸借した事実に基づき自然発生的に生じたものということができ、一般的な第三者間の借地契約におけるものよりも、将来、P市宅地とその上の借地権とが併合し、完全な土地所有権となる可能性はより高いものと認められるから、P市宅地に、将来、借地権を併合して完全所有権となる潜在的価値が存すると認めることを困難とする特別の事情はない。
(ロ)次に、請求人らは、収益還元法による収益価格を基準として底地割合方式に基づく試算価格をも十分に関連づけて算定した価額は、時代の要請に適うもので合理性がある旨主張する。
 しかしながら、請求人らの採用する収益還元方式及び底地割合方式には、それぞれ次の問題が存在することから、いずれの評価方式も、相続税法第22条の趣旨及び上記イの(イ)の考え方に照らして、合理性を有するものとは認めがたい。
A 請求人らが採用する収益還元方式について
 収益還元方式によりP市宅地の時価を算定しようとするならば、標準化された適正な「純収益」を用いて、これを適正な「還元利率」で還元する必要があるところ、一般に、収益還元方式による土地の価額の測定においては、「純収益」を、過去の実績及び将来の予測等に基づいて標準化するということは極めて困難が伴うものと認められ、また、「資本還元率」の設定に当たり、その客観的、理論的な算定方法も見いだし難い状況にあるものと認められる。
 本件鑑定評価においても、「純収益」は、平成8年中における年間地代から公租公課(固定資産税)を控除し、これに3年ごと4%の地代上昇率を加算したものとするが、これは標準化されたものとは言えないし、また、「資本還元率」は5%を適用しているが、その根拠は示されていない。
B 請求人らが採用する底地割合方式について
 借地権割合については、原処分庁において、長年にわたり、借地権の売買実例価額、精通者意見価額等を基として評定され、公開されているものであることが認められるから、一定の地域における借地権の実勢価額を反映しているものと考えられるが、底地割合については、底地そのものの取引事例は、借地権の取引事例に比してはるかに少ないものと予測され、しかも、本件鑑定評価も認めるように、収集した取引事例には底地割合にかなりのばらつきがあるということからも、取引事例から求められた底地割合が、その地域の底地の実勢価額を反映し得るほどの指標性をもつものとは認め難いといわざるを得ない。
 なお、請求人らは、相続税法第22条にいう貸宅地の時価は、底地を借地人に売却する場合の価額(限定価格)をいうのではなく、底地を第三者に単独で譲渡する場合の価額(正常価格)をいうものと解するべきである旨主張する。
 しかしながら、一定の目的のために試算価格が種々算定されるということは確かであるが、財産の評価においては、評価の対象である貸宅地の相続開始時の状況に着目し、その貸宅地の価額は、単なる地代徴収権の価額にとどまらず、将来、借地権を併合して完全所有権とする潜在的価値に着目して価額形成がされるものであるということであるから、一般的に、借地権価額控除方式により算定した価額が時価に相当するとすることに合理性を有するものと認められ、仮にそのような潜在価値に着目した価額形成がされない特別の事情が存する貸宅地の場合には、その貸宅地の価額は、その事情を考慮して評価すべきものであるということにある。
 したがって、上記(イ)において検討したとおり、P市宅地には、このような特別の事情の存在は認められないので、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
(ハ)また、請求人らは、P市宅地は、仮に、底地割合50%を採用し、かつ、収益還元方式により求めた収益価格と底地割合方式により求めた試算価格とを1対1の比率で加重平均して求めた価額によっても、原処分庁が、評価基本通達に定める借地権価額控除方式により算定した価額を下回っている旨主張する。
 しかしながら、請求人らが主張するように、本件鑑定評価において決定した底地割合を上方に修正し、かつ、収益価格の比重を下げたところで算定したP市宅地の価額が、評価基本通達に定める借地権価額控除方式により算定した価額を下回ったとしても、そのことは、合理性を有するとは認め難い評価方式に起因するものであるから、P市宅地の価額が、時価を超えた価額で算定されているということを立証したことにならないのは明らかであるし、次に検討する修正路線価についての請求人らの予備的主張を除いて、ほかに、請求人らは本件更正処分に係るP市宅地の価額が、時価を超えるという特別の事情の存在を主張するものでもない。
ハ 修正路線価について
(イ)路線価は、公示価格等を基準とする考え方に立ち、平成4年分以降については、公示価格の評価時点にあわせて、評価時点をその年の1月1日とし、また、評価時点であるその年の1月1日以後の1年間の地価変動にも耐え得るものであることが必要であること等の評価上の安全性を考慮して、公示価格水準の80%を目途に定められており、評価基本通達の定める奥行価格補正率等の画地調整の方法等にも特段不合理な点は見当たらないから(請求人らも、修正路線価に基づき評価をすべきとの主張においては、評価基本通達の定める画地調整の方法等の合理性については争っていない。)、通常は、評価基本通達の定める路線価方式によって評価した土地の価額は、相続税法第22条にいう時価の範囲内のものになるものと解される。
 しかしながら、土地の評価の基礎とされた路線価の評価時点以降において地価が大幅に下落し、路線価を基に評価した土地の価額が当該土地の相続開始時の時価を上回ることになるなどの特別の事情がある場合には、評価基本通達の定める路線価方式による評価について一定の修正を行う必要があるものというべきである。
 そこで、本件において、P市宅地及びQ市宅地に係る各路線価の評価時点以降において時価が大幅に下落し、各路線価を基に評価した価額が本件相続開始日の時価を上回るなど、路線価の修正を行うべき特別の事情があるかどうかについて検討すると、上記(1)のハのとおり、P市宅地及びQ市宅地の所在する地域の地価変動の指標となるZ県の地価調査基準地の下落率はP市宅地の近辺7.1%、Q市宅地の近辺で15.5%であり、また、平成8年分の各路線価と平成9年分の各路線価とを比較すれば、Q市宅地の側方路線価が20.4%下落しており、その他の路線価の下落率はいずれも20%未満の下落率であるから、これら各路線価の下落率に照らすと、各路線価の評価時点から本件相続開始日までに、20%を超える地価の下落があったものとは認めることはできないし、また、請求人らの主張においても、本件相続開始日までの下落率は、P市宅地について9.8%、Q市宅地について17.5%というものである。
 そうすると、平成8年分の各路線価を基にして評価したP市宅地及びQ市宅地の価額が本件相続開始日の時価を超えるとまではいうことができず、他に評価について修正を行うべき特別の事情のあることを認めるに足りる証拠はない。
(ロ)請求人らは、時価下落の際に、路線価の修正を行わないことによって、納税者に等しく20%の評価上のアローアンスを認めないことは公平を失するものである旨主張する。
 しかしながら、評価上のアローアンスによる利益は、課税庁が評価の安全性等を考慮して路線価を低めに定めていることによって得られる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益とはいえないものであり、また、これによって受ける利益に差異が生じたとしても、それは相続財産について、その時価の範囲内で画一的評価を行うことによって生ずるやむを得ない結果というべきであって、そのことによって納税者間の公平が害され、その評価が違法なものとなるわけではないというべきであるから、請求人らのこの点に関する主張は採用することはできない。
 また、請求人らは、Q市宅地について、その周辺地域の経済状況、Q市宅地の地積などから、路線価が時価を上回るおそれのあるものとして、個別的に評価をすべきである旨主張する。
 しかしながら、周辺地域の経済状況は、地価の動向として路線価に織り込まれているものと認められ、Q市宅地の地積については、上記(1)のハのとおり、国道沿線に高層のオフィスビル等が建ち並ぶ高度商業地域に所在し、高度商業地域としてむしろ標準的な画地であると認められる。
 そして、評価基本通達に定める評価方法及び評価基準には、上記(2)のイの(イ)のとおり、合理性が認められるものと解されており、この評価方法及び評価基準が形式的にすべての納税者に適用されることによって租税負担の実質的な公平を実現することができるものと解されるべきであるから、請求人らの主張には理由がない。
ニ 結論
 以上、検討したところによれば、貸宅地に係る評価基本通達及び評価基準の定めは合理性を有するものと解することができるところ、請求人らが主張する評価方式は、相続税における財産評価の方式としては、合理性を有するものとは認めることができず、採用することはできないし、P市宅地に、評価基本通達に定める貸宅地の評価方法以外の方法によるべき特別の事情のあることを認めるに足りる証拠はない。
 また、請求人らの「仮にP市宅地及びQ市宅地を評価基本通達及び評価基準の定めにより評価することが相当であるとしても、修正路線価によるべきである」と主張については、上記ハのとおり、その理由を認めることができない。
 したがって、本件更正処分において、平成8年分の路線価を基に評価基本通達及び評価基準の定めにより、P市宅地の価額を161,347,680円、Q市宅地の価額を424,325,330円と認定したことは、時価評価の原則を求めた相続税法第22条の規定に違反するものではないというべきである。
 そうすると、請求人らの主張にはいずれも理由がなく、また、請求人らの本件相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると本件更正処分の金額と同額となるので、本件更正処分は適法である。

(3)本件賦課決定処分について

 本件更正処分は上記(1)のとおり適法であり、かつ、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

(4)その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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