(平22.3.9、裁決事例集No.79)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、納税者Aが死亡したことにより、当該納税者を契約者兼被保険者とし、死亡保険金の受取人を審査請求人(以下「請求人」という。)とする生命保険契約に基づいて死亡保険金を受領した請求人が、当該納税者がした当該生命保険契約に基づく保険料の払込みにより利益を受けたとして、原処分庁が、請求人に対し、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第39条《無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務》に基づく原処分をしたところ、請求人が、当該保険料の払込みの時に請求人は何ら利益を受けていないから、原処分は違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人の配偶者であったAは、P市内において請求人とともに○○業を行っていたが、平成○年○月○日、別表1記載の国税(以下「本件各滞納国税」という。)を滞納したまま死亡した(以下、Aを「本件滞納者」という。)。
ロ 本件滞納者の相続人は、請求人も含めて全員が相続放棄をしたため、民法第951条《相続財産法人の成立》の規定により相続財産法人が成立し、本件各滞納国税は、国税通則法(以下「通則法」という。)第5条《相続による国税の納付義務の承継》第1項の規定に基づき当該相続財産法人に承継された。
ハ 原処分庁は、本件各滞納国税を徴収するため、徴収法第32条《第二次納税義務の通則》第1項及び同法第39条の規定に基づき、請求人に対し、平成20年6月11日付の納付通知書により、その限度額を○○○○円とする第二次納税義務の納付告知処分(以下「本件告知処分」という。)を行った。
ニ 請求人は、本件告知処分を不服として、平成20年7月10日に異議申立てを行ったところ、異議審理庁は、同年10月6日付で棄却の異議決定を行った。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の本件告知処分に不服があるとして、平成20年10月14日付で審査請求を行った。

(3) 関係法令等

 別紙記載のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 本件滞納者は、生命保険会社D(以下「D生命」という。)と別表2記載の各生命保険契約(以下「本件各生命保険契約」という。)を締結し、平成○年○月○日以後、別表3記載のとおり保険料を払い込んだ。なお、本件各生命保険契約においては、各月の保険料がその翌月末までに払い込まれなかった場合には、保険料の払込みがされなかった月の翌月末に、D生命が本件滞納者に対して保険料相当額を貸し付けて保険料の払込みに充てることとされ、別表3のうち、保険料の払込みがされなかった月の保険料は、D生命の貸付けによって保険料の払込みがされた。また、保険金受取人は、契約当初から本件滞納者が死亡するまで変更されなかった。
ロ 本件滞納者は、死亡当時、本件各滞納国税の全額を徴収することができる財産を有していなかった。
ハ 請求人は、本件滞納者の死亡により、D生命から平成○年○月○日に総額○○○○円の死亡保険金を受領した。
ニ 原処分庁は、本件滞納者がした本件各生命保険契約に基づく保険料の払込みが、徴収法第39条の「無償譲渡等の処分」に当たり、これにより請求人が利益を受けたとして、平成16年7月11日以後の保険料相当額である○○○○円を限度とする本件告知処分を行った。

(5) 争点

 本件各生命保険契約に基づく保険料の払込みが、徴収法第39条に規定する無償譲渡等の処分に該当するか否か。

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2 主張

(1) 原処分庁

 保険金受取人の指定変更権が保険契約者によって留保されている場合であっても、保険金支払請求権は、保険契約者が受取人を指定した時点において、被保険者の死亡という条件付ではあるが権利として成立している。請求人は、保険契約者である本件滞納者が本件各生命保険契約に従って保険事故発生の日まで保険料を払い込んだ結果、自らは何ら対価を支払うことなく保険金支払請求権を取得することができたのである。そうすると、請求人は保険金支払請求権を取得するに際して、保険契約者である本件滞納者の積極財産を減少させる行為となる保険料の払込行為により利益を受けており、当該行為を無償譲渡等と認定した本件告知処分は適法である。

(2) 請求人

 本件告知処分が適法であるというためには、本件滞納者が自己の積極財産を処分し、それによりその時に請求人に利益が生じているという事実があり、かつ、当該処分により請求人に法律的に形成された権利が生じたといえることが必要であるところ、一般に、生命保険契約に基づく保険金受取人の利益は、保険事故の発生により保険金支払請求権を取得した上で、その権利を行使した時に初めて生ずるものであり、保険契約者による保険料の払込みの時点では、保険金受取人として指定されている者には何ら法律的な権利が生じることはないのであるから、請求人には徴収法第39条にいう「受けた利益」がなく、したがって本件告知処分は違法である。

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3 判断

(1) 法令解釈

イ 徴収法第39条に規定する第二次納税義務の制度は、本来の納税者が、納付すべき国税の法定納期限の1年前の日以後に、その財産について無償譲渡等の処分を行ったため、本来の納税者の財産に対して滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合に、これらの処分により権利を取得し、又は義務を免れた第三者に対して、当該国税の納付義務を補充的に負わせることによって、国税の徴収確保を図ろうとする制度であると解される。
 そして、このような第二次納税義務の制度の趣旨にかんがみれば、無償譲渡等の処分とは、広く第三者に利益を与える行為をいい、第三者に利益を与える行為である限り、その態様に制限はないと解するのが相当である。
ロ また、保険契約者が保険金の受取人を第三者とするいわゆる他人のための生命保険契約は、保険事故が発生したときに、保険金受取人として指定された当該第三者に利益を与える目的で締結されるものであり、保険料の払込みは、保険会社に対して生命保険契約に基づく義務を履行するものではあるが、保険事故が発生したときに当該第三者に利益を与える目的を達成するために、自己の積極財産を減少させる行為であるといえる。
 そうすると、保険金受取人は、保険事故が発生した場合には、保険契約者の行った保険料の払込みという積極財産を減少させる行為によって、無償で保険金支払請求権を取得し、利益を受けたということができる。
 そして、保険金の支払請求権は、保険事故の発生により、保険金受取人が原始取得するものであり、保険金は滞納者である保険契約者からではなく保険会社から支払われるものであるから、滞納者である保険契約者が保険金受取人に対して直接財産処分行為をしたとはいえないが、徴収法第39条の条文からすれば、滞納者の財産処分行為と保険金受取人の受けた利益との間に基因関係が認められれば足り、滞納者が保険金受取人に対して直接財産処分行為を行っていることまで要するものではないと解するのが相当である。
ハ もっとも、徴収法第39条が、国税債権の確保のための詐害行為取消権の行使による逸出財産の取戻しを行うのと同様の効果を得ようとするものであること、同条にいう「無償譲渡等の処分」が、第三者に異常な利益を与える積極財産の減少行為をいうものと解され、本件のような被保険者が死亡した場合にその遺族に保険金が支払われる生命保険契約が、被保険者の死亡後における遺族の生活を保障するために締結されるものであり、保険料の払込みが当該契約に基づく債務の履行にすぎないことからすれば、保険契約者の職業や地位、資力、遺族の人数・年齢、国税の納付・徴収と保険料の払込みとの関係等を総合的に考慮して、当該保険料の払込みと保険事故発生後の保険金の支払が保険金受取人に異常な利益を与えるものであるといえない限り、保険料の払込みが徴収法第39条の「無償譲渡等の処分」に当たらないと解するのが相当である。

(2) 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の各事実が認められる。

イ 本件滞納者が原処分庁に提出した平成16年分、平成17年分及び平成18年分の所得税青色申告決算書によれば、各年分の事業所得に係る収入金額及び所得金額は別表4記載のとおりである。
ロ 本件滞納者の生年月日は○年○月○日であり、死亡時の年齢は○歳であった。
ハ 本件滞納者が本件生命保険契約に加入した時点における本件滞納者の家族構成は、本件滞納者、請求人、子であるB及び子であるCであった。
ニ 国税の滞納が発生した平成11年2月26日以後の本件滞納者の総滞納税額の異動状況は、別表5記載のとおりである。なお、平成16年11月24日から平成17年10月26日までの収納済額は、原処分庁が本件滞納者の社会保険診療報酬債権を差し押さえた上で取り立てた額である。
ホ 平成10年12月22日以後、本件滞納者と請求人が原処分庁担当職員に滞納国税の納付相談をした際の記録の要旨は別表6記載のとおりである。

(3) これを本件についてみると、次のとおりである。

イ 上記(2)ニのとおり、本件滞納者は、平成11年2月26日以後、納付すべき国税を滞納し、自主納付及び原処分庁による本件滞納者の社会保険診療報酬債権の差押えと取立てにより、平成17年11月2日に、いったん滞納はなくなったものの、平成18年3月15日には再び国税を滞納するようになり、納付状況をみると、滞納が発生した平成11年2月以後平成16年6月までの65か月間の納付回数は14回にとどまり、納付総額は○○○○円で、月平均納付額は約○○○○円となること、本件各滞納国税のうち法定納期限が最も古い国税の法定納期限の1年前の日である平成16年7月11日以後本件滞納者が死亡するまでの○か月間の納付回数は6回にとどまり、納付総額は、○○○○円で、月平均納付額は約○○○○円となることが認められる。
ロ また、上記(2)ホのとおり、本件滞納者は、原処分庁担当職員に対し、平成10年12月以後毎月20万円から30万円程度しか自主納付できないと数回申し立て、平成15年11月20日には借入れ及び返済状況として別表6記載のとおり申し立てていることが認められる。
ハ 一方、上記1(4)イのとおり、本件滞納者は、毎月計○○○○円の保険料を継続的に払い込んでおり、上記(2)ハのとおり、本件滞納者が本件各生命保険契約に加入した時点における本件滞納者の家族構成は、本件滞納者、請求人、子であるB及び子であるCであったが、Bは死亡しており、本件滞納者の死亡時においてCは既に成人していた。そして、上記1(4)ハのとおり、本件滞納者の死亡により、請求人は本件各生命保険契約に基づき、D生命から平成○年○月○日に総額○○○○円の死亡保険金を受領した。
ニ 以上のとおり、本件滞納者は、滞納国税のほか多額の債務を抱えていた状況の下で、本件各滞納国税のうち法定納期限が最も古い国税の法定納期限の1年前の日である平成16年7月11日以後本件滞納者が死亡するまでの○か月間の納付回数は6回にとどまり、月平均納付額も約○○○○円にとどまる一方で、毎月計○○○○円の保険料を継続的に払い込んだこと、本件滞納者の死亡により本件各生命保険契約に基づいて請求人が受領した死亡保険金の総額が○○○○円であって、遺族は請求人と成人していた子であるCであることからすれば、本件滞納者が請求人とともに○○業を営み、相当の収入を得ていたこと、また、一般的には遺族を受取人とする生命保険契約が、被保険者の死亡後における遺族の生活を保障するために締結されるものであり、本件においても、本件滞納者の死亡後における配偶者、子であるB及び子であるCの生活を保障するものとして締結されたものであると考えられることを考慮しても、本件各生命保険契約に基づいて本件滞納者がした保険料の払込みは、請求人に異常な利益を与えるための積極財産の減少行為として、徴収法第39条の無償譲渡等の処分に当たるといわざるを得ない。
ホ そうすると、請求人は、本件滞納者が本件各生命保険契約に基づいてした保険料の払込みという無償譲渡等の処分により、本件滞納者の積極財産の減少額である払込保険料と同額の利益を受けたものと認められる。
 なお、徴収法第39条が適用できる無償譲渡等の処分は、国税の法定納期限の1年前の日以後に行われたものに限られるから、本件において無償譲渡等の処分に該当するのは、本件各滞納国税の法定納期限の1年前の日以後に行われた保険料の払込みに限られることになる。
ヘ ところで、原処分庁は、平成16年7月11日以後、D生命の本件滞納者に対する保険料相当額の貸付けによって払込みがされた保険料も併せて無償譲渡等の処分によって受けた利益の額を算出しているところ、当該貸付けによって払い込まれた保険料に本件滞納者の財産処分行為を認めることはできないため、その部分については、無償譲渡等の処分があったということはできず、無償譲渡等の処分によって受けた利益の額を算定するに当たっては、当該貸付けによって払い込まれた保険料を含めることはできない。そうすると、本件滞納者がした無償譲渡等の処分により請求人が受けた利益の額は、別表1の番号1の滞納国税については○○○○円、同2の滞納国税については○○○○円、同3の滞納国税については○○○○円、同4の滞納国税については○○○○円となるから、本件告知処分のうち、当該各金額を超える部分は取り消すべきである。

(4) この点に関して、請求人は、徴収法第39条が規定する無償譲渡等の処分により利益を受けた者が特殊関係者である場合の第二次納税義務の範囲について定めた徴収法基本通達第39条関係16が、無償譲渡等の処分によって受けた利益が金銭以外のものであるときは無償譲渡等の処分がされた時の現況によるそのものの額を第二次納税義務の範囲とする旨を定めていることをもって、本件滞納者が保険料を払い込んだ時には利益が生じていないから、請求人の受けた利益はない旨主張するが、同通達は、受益者が滞納者の親族その他の特殊関係者である場合、第二次納税義務の範囲は、利益が現に存する限度ではなく、無償譲渡等の処分により受けた利益の限度とされていることから、無償譲渡等の処分によって滞納者から受益者に直接財産が移転したような場合、すなわち、受益が無償譲渡等の処分の時に生じる場合には、その時点における無償譲渡等の処分により受益者が取得した財産の価額が第二次納税義務の範囲となる旨を定めたものと解されるのであり、徴収法第39条が、滞納者の行った無償譲渡等の処分によって利益を受けた特殊関係者に対して受けた利益の限度で第二次納税義務を負わせることにより、逸出財産を取り戻して国税債権の確保を図るのと同様の効果を得ようとするものであることからすれば、条件が成就することによって滞納者の財産処分行為に基因する受益が生じる場合には、無償譲渡等の処分が行われた時点で受益が生じていなければならないと解するのは相当でなく、受益が生じた時点における現況により、第二次納税義務の範囲を判定するのが相当である。これを他人のためにする生命保険契約についてみると、保険契約者は、保険事故の発生を条件として、保険金受取人に対して利益を与える目的で保険料の払込みという財産処分行為を行うのであるから、上記(1)の法令解釈に照らして同条を適用することができる場合には、その条件が成就したときの現況により利益の有無及びその範囲を判定するのが相当である。
 したがって、請求人の主張は採用できない。

(5) 以上のとおり、本件告知処分は上記(3)ヘのとおり、その一部を取り消すべきである。
 また、原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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