(平成24年1月24日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、農業等を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、肉用牛の売却による農業所得の課税の特例を適用して所得税の確定申告をしたところ、原処分庁が、当該売却の一部は農業協同組合等に委託して行う売却に当たらないから、当該特例の適用はできないなどとして所得税の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、当該売却は農業協同組合等に委託して行ったものであるなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 請求人は、平成23年2月17日に、平成15年分、平成16年分、平成17年分、平成18年分、平成19年分及び平成21年分(以下、これらを併せて「各年分」という。)の所得税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分の取消しを求めて審査請求をした。
 この審査請求に至る経緯は、別表1記載のとおりである。

(3) 関係法令

 別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、各年分の所得税につき、a市農業協同組合(以下「a市農協」という。)、c村農業協同組合(平成15年3月○日合併により現a市農協。以下「c村農協」という。)及びd農業協同組合(以下「d農協」という。)が関与した肉用牛の取引(以下、これらの取引をそれぞれ「a市農協取引」、「c村農協取引」及び「d農協取引」という。)等について、措置法第25条第1項第2号に規定する肉用牛の売却による農業所得の課税の特例(以下「本件特例」という。)を適用して確定申告をした。確定申告における農業協同組合ごとの本件特例を適用した販売金額は、別表2の「申告額」欄記載のとおりである。
ロ 請求人は、原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)の調査(以下「本件調査」という。)に基づき、農業機械等及び肉用牛の売却代金の一部が売上げに計上されていなかったなどとして、平成22年11月12日に、各年分及び平成20年分の所得税の修正申告書を提出した。
ハ 原処分庁は、まる1a市農協取引については、措置法第25条第1項第2号に規定する農業協同組合又は農業協同組合連合会のうち政令で定めるものに委託して行う売却(以下「農協等に委託して行う売却」という。)に該当しないこと、まる2d農協取引については、農協等に委託して行う売却には該当しないこと、及び、d農協が発行した売却証明書が措置法第25条第4項に規定する記載要件を満たしていないこと、また、まる3c村農協取引については、確定申告書に売却証明書の一部(以下「本件c村売却証明書」という。)が添付されていないことを理由に、本件特例を適用すべき販売金額を別表2「原処分」欄記載のとおりとする本件各更正処分を行った。

(5) 争点

イ a市農協取引は、農協等に委託して行う売却に該当するか否か。
ロ d農協取引について
(イ) 農協等に委託して行う売却に該当するか否か。
(ロ) 売却証明書は、記載要件を満たしているか否か。
ハ 平成15年分の確定申告書に、本件c村売却証明書が添付されていたか否か。
ニ 平成15年分、平成16年分、平成17年分及び平成18年分の所得税の確定申告が過少申告となったことについて、請求人に通則法第70条第5項に規定する偽りその他不正の行為があるか否か。

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2 主張

(1) 争点イについて

イ 原処分庁
 請求人は、売却しようとする肉用牛について、個体識別番号、畜種、月数、現体重、測定日、生年月日、導入時体重、牛の状態、病歴、評価及び販売金額等を記載したa市農業協同組合e牧場分と題する名簿(以下「売出表」という。)及びこれに関する請求人の経営する牧場への案内状を自ら作成し、これらをa市農協取引に係る取引先に直接又は同農協を経由して送付した上で、一部同農協の担当者の立会いはあるものの、売出表を基にこれらの取引先との販売価格の交渉を主体的に行っていたことが認められる。
 そうすると、a市農協取引は、a市農協を形式的に介在させてはいるものの、その実質は、請求人と取引先との相対売買であると認められることから、a市農協取引は農協等に委託して行う売却には該当しない。
ロ 請求人
 委託販売とは、委託者が一定の商品の販売を受託者に依頼し、販売額に対して一定の手数料を支払う販売方法であって、受託者に販売を委託した商品の所有権が委託者にあるものは一般に委託販売に当たると解されるところ、a市農協取引が次のとおりであることからすると、a市農協取引は農協等に委託して行う売却に該当する。
(イ) 請求人は、a市農協から、肉用牛の価格相場について毎月連絡を受ける。
(ロ) 請求人は、a市農協に委託して売却しようとする肉用牛について、価格相場に準拠した売出表の原案を作成し、a市農協に提出する。
(ハ) a市農協の担当者は、売出表の原案について、その価格が全国的な指標価格の価格相場からみて適正であることを確認し、価格を決定した後に、売出表を郵送等の方法で取引先に送付する。この売出表については、a市農協が確認の上問題なしと判断したものであることから、a市農業協同組合e牧場分との表題が付されている。
(ニ) 肉用牛の売買は原則として、売出表に記載された価格によって行われ、取引先が、請求人の元に肉用牛を引き取りに来るなどして肉用牛が引き渡される。
 なお、売れ残った肉用牛及び売出表の作成時に発見されなかった肉用牛の瑕疵(傷又は歩行障害等)がある場合については、一般的な商慣習に従った値引きを行っているが、このことは、当該取引開始時にa市農協の担当者から提案されたものであり、その値引き方法は現在においても踏襲されている。
(ホ) 肉用牛については、法定のトレーサビリティー制度に基づき全ての個体に個体識別番号が付されているところ、上記個体識別番号によって、各肉用牛の品種、雌雄の別、生年月日、出生地、飼育履歴等の情報が把握できるようになっており、個体識別番号を把握することにより、各肉用牛が措置法第25条第1項の要件を満たすかどうかを明確に判定することが可能である。
(ヘ) 肉用牛の売買代金は、a市農協が取引先に請求書を発行し、取引先がa市農協に対し代金を支払う。売買代金の支払を受けたa市農協は、自らの委託販売手数料等を差し引いて、その余を請求人に対し支払う。
(ト) a市農協取引は、原処分庁が本件特例の適用を認めているc村農協取引と同一の取引形態である。

(2) 争点ロについて

イ 原処分庁
 次のとおり、d農協取引は、本件特例の適用要件を満たしていない。
(イ) 農協等に委託して行う売却に該当するか否か。
 請求人は売却先の確保や売却価格等の取引の重要事項の決定等について主体的に行ったものであると認められることから、d農協取引は農協等に委託して行う売却には該当しない。
(ロ) 売却証明書は、記載要件を満たしているか否か。
 d農協の発行した売却証明書には肉用牛の売却の委託をした個人の名前等の記載がないことから、当該売却証明書は措置法第25条第4項に規定する記載要件を満たしていない。
ロ 請求人
 次のとおり、d農協取引は、本件特例の適用要件を満たしている。
(イ) 農協等に委託して行う売却に該当するか否か。
 委託販売とは上記(1)ロのとおりであるところ、d農協取引が次のとおりであることからすると、d農協取引は、農協等に委託して行う売却に該当する。
A 主な手続の流れについては、a市農協取引とおおむね同一であるが、請求人がd農協に委託して売却しているのはホルスタインのみである。ホルスタインは基本的に体重に比例して価格が定まるため、売出表のような名簿は作成されていない。
B d農協で委託販売されるホルスタインの価格は、取引当初から現在に至るまで、一律、1s当たりの全国的な指標価格の取引相場にd農協が認めたところの30円を加えた価格に、当該取引に係る牛の重量を乗じた金額である。取引先は、肉用牛を購入する際に、個別の牛を指定することはなく、数量のみを指定し、家畜運搬業者を通じて、又は直接同農協に発注する。取引の対象である肉用牛は家畜運搬業者によって取引先の元に運ばれ、引渡しがなされる。
C 肉用牛に瑕疵がある場合には、若干の値引きが行われることがあるが、それは引渡しの後に、取引先がd農協の職員に瑕疵の内容及び値引き希望額を知らせ、若しくは取引先が家畜運搬業者を通じて同農協に瑕疵の内容及び値引き希望額を知らせ、同農協が妥当と判断した場合に請求人に連絡することによって行っている。
(ロ) 売却証明書は、記載要件を満たしているか否か。
 法文上、農協等が売却証明書に請求人の名前を記載すべきとする定めは見当たらない。そうすると、売却証明書が措置法第25条第1項で規定する「委託して行う売却」の委託者に交付され、その者の申告で本件特例を受けるために用いられる限り、売却証明書発行時に売却を委託した個人の名前が記載されていないことは、法令の要件具備の点で何ら問題がないというべきであって、そのことによって本件特例の要件を満たしていないということはできないというべきである。

(3) 争点ハについて

イ 原処分庁
 請求人は、本件c村売却証明書を原処分庁に対して提出していない。
ロ 請求人
 請求人は、農業協同組合等が発行した全ての売却証明書を会計事務所の担当者に手渡しており、かつ、会計事務所においても次のとおり厳格な管理の下で売却証明書に係る一覧表を作成し、当該一覧表と共に全ての売却証明書を原処分庁へ提出している。
 当該申告状況からみた場合、売却証明書に関する代理人の事務処理の過程及び手続の正確性からも、その一部のみが添付されていなかったということは考え難い。また、本件特例の規定の性質及び租税行政庁における課税執行状況の観点からみた場合、厳格な申告及び証明書類の添付が求められる本件特例について、請求人に対して除斥期間内に売却証明書の添付漏れが原処分庁から指摘されていなかった事実などを考慮すると、売却証明書は適法に添付されていた蓋然性が非常に高いと考えるのが自然でありかつ合理的である。
 したがって、本件c村売却証明書についても原処分庁に提出している。
(イ) 会計事務所の担当者は、請求人から売却証明書を受け取った後、会計事務所において中身を確認し、会計事務所のマチのある大きな封筒に入れて保管していた。このとき、封筒には請求人の売却証明書のみを入れて保管していた。
(ロ) 当該担当者は売却証明書を一枚ずつ確認しながらエクセルで入力して、確定申告書の添付書類を作成するが、このときは他の書類が混在しないよう机の上には、売却証明書以外の書類は置かずに作業を行った。
(ハ) 当該担当者は、入力が終わると売却証明書を封筒に戻し、請求人の書類を保管する棚にて保管したが、このときには机の上には何も残っていなかった。
(ニ) 会計事務所では、確定申告書を提出する場合には、売却証明書を別の封筒に入れて提出するが、当該担当者は、そのときには、売却証明書の全てを別の封筒に入れ、それまで入れていた封筒は中が空であることを確認して捨てた。
(ホ) 会計事務所では、申告書の発送は総務担当職員が行っているが、総務担当職員は請求人の売却証明書が封筒の中に入っていることを確認し、売却証明書を入れた封筒を提出用の申告書と一緒に輪ゴムで留めて税務署に提出した。

(4) 争点ニについて

イ 原処分庁
 請求人は、各年分について、農業機械及び肉用牛等の売上金額が入金されている複数の預金口座及び現金売上げに係る領収書控えの存在を請求人の関与税理士であるJ税理士(以下「本件関与税理士」という。)に隠蔽し、同税理士に内容虚偽の帳簿書類を作成させる方法により売上げの除外を行っていた行為が認められ、当該行為は、真実の所得の一部を隠蔽する確定的意図を有して行われたものと認めるのが相当であり、当該行為は、通則法第70条第5項に規定する偽りその他不正の行為に該当する。
ロ 請求人
 請求人が振込入金された代金につき過少申告となっていたのは、振込口座の変更による事務処理混乱等から旧口座に入金されていたことに気が付かなかったことに起因するものであり、また、現金売上げについては、経理担当者である妻が多忙であったことにより、会計仕訳帳への記載が漏れたことに起因するものであるから、請求人の行為は所得の隠匿行為とは無関係に生じた誤記、誤算又は不注意や思い違い等に基づく過少申告によるものであり、通則法第70条第5項に規定する偽りその他不正の行為に該当しない。
 また、振込決済が行われていた銀行口座については長期間分これが保存され、かつ税務調査においては速やかに提出されていた事実、現金決済分については領収書が保存され、かつこれに係る金員が銀行に入金されていた事実などからすれば、これについて過少申告となっていた部分については、真実の所得の一部を隠蔽する確定的意図を有して行われたものとは到底いえない。

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3 判断

(1) 争点イについて

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の各事実が認められる。
(イ) a市農協は、毎月、請求人に対して、全国的に肉用牛の売却価格の指標となっているK家畜市場の相場を記載した書面をFAXで送る。
(ロ) 請求人は、a市農協から提供された相場に基づいて、個々の子牛の血統や個体の状態等を見て価格を決定する。
(ハ) 請求人は、子牛の個体識別番号、生年月日、体重、血統及び販売価格等を記載した売出表を作成し、これを買い手である肥育農家等に送付する。
(ニ) 肥育農家等は、売出表等に基づいて購入する子牛を決定し、請求人に取引の注文を行う。
(ホ) 請求人は、a市農協の職員が立ち会うことなく取引先に子牛を引き渡し、その後、請求書及び出荷明細書兼売却証明発行申請書と題する書類を作成し、a市農協に提出する。
 なお、上記請求書は、宛先がa市農協となっており、取引先ごとに作成され、品名、数量、取引金額、消費税額、取引日及び取引先名が記載されている。また、出荷明細書兼売却証明発行申請書には、「出荷者(申請者)」欄にe牧場と記載され、「販売先」、「出荷日」及び「販売日」の各記載欄があり、更にその下に「個体識別No. 基金NO.(耳票)」、「生年月日」、「導入年月日」、「品種」、「性別」、「体重」、「単価」、「金額」及び「備考」の各項目が表形式で記載されている。
(ヘ) a市農協は上記(ホ)の請求書を基に肥育農家等に代金を請求し、代金の入金があると手数料を差し引いて請求人に売却代金を支払う。
 なお、a市農協は、出荷明細書兼売却証明発行申請書が送付されるまで、販売された子牛の個体識別番号、生年月日、体重及び販売価格等を把握していない。
ロ 判断
(イ) 以上の事実によれば、a市農協が関わった業務は、上記イ(イ)及び(ヘ)のとおり請求人に対する毎月の相場の連絡及び取引終了後の請求人の売却代金回収業務だけであり、上記イ(ロ)から(ニ)までのとおり当該売却取引の主要部分である子牛購入の申込みの勧誘及び申込みに対する承諾など売買契約の成立過程における業務にはa市農協は関与していなかったと認められる。
 したがって、a市農協が請求人から委託を受けたのは毎月の相場の連絡と売却代金の回収業務のみであるから、a市農協取引は、農協等に委託して行う売却には該当しない。
(ロ) 請求人は、a市農協取引は、原処分庁が本件特例の適用を認めているc村農協取引と同一の取引形態であるから、a市農協取引も農協等に委託して行う売却に該当する旨主張するが、a市農協取引の状況は上記イのとおりであり、請求人とc村農協との取引形態等は上記判断に影響を及ぼすものではないから、この点に関する請求人の主張は採用できない。
 また、請求人は、子牛の価格決定はa市農協が行っていた旨、及び、請求人が作成する売出表が原案にすぎず、a市農協が売出表の価格を確認した上で取引先に送付していた旨を主張し、当審判所にL及びMの署名押印がされた平成23年8月3日付の各陳述書を提出する。しかしながら、Lは、陳述書において上記イの認定事実に沿う取引が行われたことを前提として、a市農協取引が委託販売の要件を満たすものであるという同人の見解を述べているにすぎず、価格の決定や売出表の送付をa市農協が行っていた旨は述べていない。また、Mの陳述書は、Lの陳述書に記載されたとおりの取引が行われた旨が記載されているにすぎない。そうすると、これらの陳述書は請求人の主張する事実を認めるに足りる証拠とはいえず、かえって上記イの各事実が認められるのであるから、この点に関する請求人の主張は採用できない。

(2) 争点ロについて

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の各事実が認められる。
(イ) d農協取引に係る取引先は、N社のみであった。
(ロ) 請求人は、肉用牛を引き渡した後、d農協に請求書(以下「本件d請求書」という。)及び出荷明細書兼売却証明発行申請書と題する書類(以下「本件d出荷明細書」という。)を提出していた。
 なお、本件d請求書は、宛先がd農協となっており、取引日、品名、数量、取引金額、消費税額、手数料及び請求人に対する振込額等が記載されている。また、本件d出荷明細書は、a市農協取引と同様の様式である。
ロ 関係者の申述等の内容
(イ) d農協生産課主任であるQは、平成22年10月19日に本件調査担当職員に対し、要旨次のとおり申述した(以下、申述した内容を「Q申述」という。)。
A 平成15年頃、当時の組合長が請求人を知っていたことから、請求人からホルスタインの子牛を導入するようになった。
B 現在、請求人から子牛を購入しているのはN社のみである。
C 取引する牛が決まると請求人から本件d出荷明細書がFAXで送付されるので、これを基にN社に請求すると、d農協の口座に振込みがされる。
D 牛の運搬は、d農協から家畜運搬業者のR社へ依頼する。
(ロ) 請求人は、当審判所に対し平成23年7月8日付のQの記名押印がされた陳述書を提出したが、その記載内容は要旨次のとおりである(以下「Q陳述書」という。)。
A 請求人との取引価格は、1s当たりの取引相場に30円を加えたものと決まっている。
B N社からの注文は、同社からd農協に対して直接されるか、又は、R社を介してd農協に対して行われ、その後、d農協が請求人に対し注文内容を伝える。
C 取引対象である肉用牛に瑕疵がある場合、d農協を介して請求人と値引交渉が行われる。
D 肉用牛の引渡しが完了すると、d農協は請求人に対し、本件d出荷明細書を送付するよう指示し、その後、d農協はN社に対し請求書を交付する。その後、d農協は委託販売の手数料を差引き、残額を請求人の口座に振り込む。
E 請求人との取引は、本件特例の要件を満たしていると認識している。
(ハ) Qは、平成23年9月7日に、当審判所に対し要旨次のとおり答述した(以下、答述した内容を「Q答述」という。)。
A 請求人の肉用牛取引は、請求人とN社及びR社の三者で取引日程の調整が行われ、取引はおおむね月に1度、牛をトラック1台に積める頭数だけ売買するというのが通例となっているため、d農協は注文のやり取りは行っていない。また、都合がつけば肉用牛の搬入に立ち会う。
B R社は、トラックに積んだ牛を取引先に搬入する。したがって、牛が搬入されるまで何頭の牛が取引されるのかはd農協では分からない。
C 搬入された肉用牛に問題がある場合、d農協が請求人と値引交渉を行うが、金銭が絡むことなので、同農協が独断で値引きを行ったことはない。
D 牛の搬入が終わると組合の立会いの有無に関わらず、請求人から本件d請求書が送付されてくるので、それに基づきN社に請求書を発行する。d農協で作成している書類は、当該請求書だけである。
E d農協では、本件d請求書に記載されている以外の取引明細については、請求人から本件d出荷明細書が提出されるまで分からない。
F d農協では、請求人が本件d出荷明細書を送付してきた場合に、肉用牛売却証明書の発行をしているが、本件d出荷明細書については請求人から提出されない場合があるほか、後日まとめて提出される場合もある。したがって、N社に請求書を送付する段階では、本件d請求書に記載された内容以外には分からない場合がある。
(ニ) 請求人の取引先であるN社代表取締役Pは、平成22年10月19日に本件調査担当職員に対し、要旨次のとおり申述した(以下、申述した内容を「P申述」という。)。
A 十数年前までは家畜市場で子牛を購入していたが、安定して数量を確保することが難しくなり、d農協の紹介で請求人と取引をすることになった。
B 請求人から毎月20〜25頭の子牛を導入している。月齢8か月、体重300sを目安に運搬業者のR社に依頼し、R社が請求人へ申込みをする。
C 取引価格は肉用牛の体重に単価を乗じた価格であるが、取引相場の単価は請求人の従業員であるTから連絡がある。子牛が到着して価格に見合わない場合、R社に連絡し、R社と請求人との間で価格の交渉をする。
D 代金は、以前はa市農協に振込みをしていたが、売却証明書の関係で、現在はd農協に振り込んでいる。
(ホ) 請求人は、平成23年6月28日付のPの署名押印がされた要旨次のとおりの陳述書を当審判所に提出した(以下「P陳述書」という。)。
A 請求人との取引は、R社を介してd農協に対して注文を行っている。
B 取引価格については、1s当たりの相場価格に30円を加算した金額と決まっている。
C 値引き交渉を請求人と直接行うことはない。
D 購入代金は、d農協から請求書が届くので、d農協に代金を振り込む。請求人に直接代金の支払を行ったことはない。
ハ 判断
(イ) 上記ロ(イ)から(ホ)までの関係者の申述等の内容をみると、上記ロ(イ)、(ハ)及び(ニ)の各申述等と、同(ロ)及び(ホ)の各陳述書とでは、取引の注文におけるd農協の関与の状況に食い違いが見られる。上記ロのとおり、Q申述及びP申述は原処分が行われる前に関係者が本件調査担当職員の質問に答えたものであるのに対し、Q陳述書及びP陳述書は、審査請求が行われた後に請求人を通して提出されたものであることからすると、Q申述及びP申述よりもQ陳述書及びP陳述書の方が信用性が高いとはいい難いものがある。さらに、上記ロ(イ)から(ハ)までによれば、Q答述は、Q陳述書が提出された後で当審判所に直接回答したものであって、Q陳述書の内容を否定してQ申述に沿う内容に変更したといえることからすると、Q陳述書よりもQ申述及びQ答述の方が信用性が高いということができる。加えて、上記ロ(イ)、(ハ)及び(ニ)によれば、信用性の高いQ申述及びQ答述とP申述との間には、その申述等の内容に整合性があると認められる。以上を総合するとQ申述、Q答述及びP申述の信用性が高いというべきであって、Q陳述書及びP陳述書は、この点に関してにわかに信用することはできない。
(ロ) そうすると、Q申述、Q答述及びP申述並びに上記イの各認定事実によれば、d農協取引の状況及び同取引における請求人及びd農協の行った業務は次のとおりであると認められる。
A d農協取引に係る取引先はN社のみであり、請求人とN社は、個別にどの牛を売買するということではなく、おおむね月に1回、請求人の所有する子牛のうち、月齢8か月、体重300sを目安としてトラック1台に積める20〜25頭程度を請求人からN社に売却することを前提として行われた。
B 毎回の取引は、N社からR社を通して請求人に連絡を行い、請求人とN社及びR社の三者で日程調整を行い子牛の搬入が行われた。d農協は搬入日の連絡を受け、都合がつけば立ち会った。
C 取引価格は、原則として1s当たりの相場に30円を加算した金額であり、請求人の従業員がN社に連絡をした。搬入した子牛に問題があると、d農協が請求人と値引交渉を行ったが、同農協の独断で価格を決定することはなかった。
D 請求人は、子牛の搬入を終えるとd農協に本件d請求書及び本件d出荷明細書を送付する。請求人は、本件d出荷明細書を同農協に送付しなかったり、相当の期間の分をまとめて送付したこともあった。
E d農協は、本件d請求書によりN社に売却代金を請求し、N社から入金があると、手数料を差し引いて請求人に売却代金を支払った。
(ハ) 以上の事実によれば、上記(ロ)Eのとおり、d農協が関わった主たる業務は、子牛を搬入した後の、請求人の売却代金回収業務であったと認められ、上記(ロ)B及びCのとおり、子牛の搬入の際に必ず立ち会うものではなく、同農協が行う値引交渉も、請求人と同農協との間でなされるのであるから、請求人からの委託を受けて同農協が価格決定に関与しているとはいい難い。以上に上記(ロ)A及びBの事実を併せて考えると、当該売買取引の主要部分である申込みの承諾など売買契約の成立過程に係る業務にはd農協は関与していなかったと認められる。
 したがって、d農協が請求人から委託を受けたのは売却代金の回収業務のみであるから、d農協取引は農協等に委託して行う売却には該当しない。
(ニ) 売却証明書の記載要件について
 上記(ハ)のとおり、d農協取引は農協等に委託して行う売却には該当しないのであるから、売却証明書の記載要件について判断するまでもなく、d農協取引は本件特例の適用要件を満たしていない。

(3) 争点ハについて

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の各事実が認められる。
(イ) H税務署における平成15年分の確定申告書及び同添付書類等(以下「確定申告書等」という。)の収受から保管までの事務処理は次のとおりである。
A 文書の収受は、総務課で行い、確定申告書等はクリップ等でひとまとめにした上で一件ごとにクリアケースに入れた後、蓋つきコンテナで保管され、コンテナごと個人課税部門に引き渡される。
B 個人課税部門においては、クリアケースごと確定申告書等を50件の束にした上で、束ごとにビニール袋に入れて、蓋つきのコンテナで保管する。その後、添付書類等を確定申告書から分離するが、申告書から分離された売却証明書は、○○○○コンテナに保管する。確定申告書の処理が終了した後、売却証明書は、保存専用の段ボール箱に入れて、税務署内の簿書庫に2年間、その後は税務署外の保管倉庫(以下「署外倉庫」という。)で保管される。
C 調査等のため、署外倉庫で保管する書類の確認が必要な場合には、署外倉庫から箱単位で取り寄せを行い、箱は、鍵をかけた袋に入った状態で税務署に届けられ、使用するとき以外は、鍵をかけた状態で税務署内の簿書庫で保管し、確認を了した後は速やかに署外倉庫に返却される。
(ロ) 本件調査担当職員は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
 本件調査において、平成22年5月頃、上記(イ)Cの手続に従い署外倉庫から平成15年分の売却証明書の入った箱を取り寄せたところ、請求人が提出した売却証明書は、「e牧場における免税所得計算書類」との表題が付され、請求人の住所・氏名、会計事務所の住所及び名称等が記載された用紙が貼られた無地の黄色のマチ及びとじ紐のある封筒(以下「本件封筒」という。)に入れられ、紐で封がされた状態で保存がされていた。その後、本件封筒の封を外し内容物の確認をしたところ、封筒の中には、請求人が提出した売却証明書及び明細書が封入されていたが、本件c村売却証明書は封入されていなかった。
(ハ) 平成23年10月31日のH税務署における売却証明書の保管等については次のとおりである。
A 署外倉庫から取り寄せた平成15年分の売却証明書の保存専用段ボール箱は、施錠のできる緑色の袋に入られ、施錠された状態で保管されていた。
B 平成15年分の売却証明書は、保存専用の段ボール箱の中に納税者ごとに区分して入れられており、請求人の提出した売却証明書は、本件封筒に入れられ、紐で封がされた状態で保存がされていたが、当該封筒の中には本件c村売却証明書は入っていなかった。
(ニ) 請求人の平成15年分の確定申告書が提出されてから、本件調査までの間に、請求人に対する所得税及び消費税等の調査は行われていない。
(ホ) 本件関与税理士は、当審判所に対し、確定申告書の提出を行う同税理士の総務担当職員は売却証明書の枚数を数えて提出することまではしていない旨答述した。
ロ 判断
(イ) 上記イ(ロ)及び(ハ)の事実からすれば、請求人が提出した売却証明書は、平成22年5月頃、本件調査担当職員が署外倉庫から取り寄せた時点で本件封筒に紐で封がされた状態で保管されており、その中に本件c村売却証明書が含まれていなかったことが認められる。そして、上記イ(イ)のとおりの売却証明書の保管の状況からすれば、上記イ(ニ)のとおり平成15年分の確定申告書の提出から平成22年5月頃に本件調査担当職員が本件封筒を開封するまでの間に請求人の調査が行われていないことを併せて考えると、平成15年分の確定申告書の提出から平成22年5月頃に本件調査担当職員が本件封筒を開封するまでの間に本件封筒内の売却証明書が紛失する機会がないということができる。そうすると、平成15年分の確定申告書の提出以後、本件封筒内の売却証明書が紛失することなく、平成22年5月頃に本件調査担当職員が確認した際に本件c村売却証明書が本件封筒内になかったというのであるから、平成15年分の確定申告書が提出された段階で本件c村売却証明書が添付されていなかったと認めるのが相当である。
(ロ) 請求人は、売却証明書を厳重に管理し、その全てを原処分庁に提出した旨主張するが、上記イ(ホ)のとおり、本件関与税理士は、当審判所に対し、確定申告書の提出を行う同税理士の職員は売却証明書の枚数を数えて提出することまではしていない旨答述しており、上記(イ)に照らすと、請求人の主張は採用できない。

(4) 争点ニについて

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の各事実が認められる。
(イ) 本件関与税理士は、請求人が記載した会計仕訳帳に基づき請求人の各年分の青色決算書及び確定申告書を作成し、提出していた。
(ロ) 請求人は、本件調査において提示した領収書(以下「本件領収書」という。)に記載された現金売上げを会計仕訳帳に全く記載していなかった。なお、会計仕訳帳に記載されていなかった現金売上げの件数及び金額は別表3記載のとおりである。
(ハ) 請求人は、S銀行本店の請求人名義の預金口座(以下「本件口座」という。)に振込入金された別表4記載の売上げについて、同表の「収入計上の有無」欄に「有」と記載した各入金のみを会計仕訳帳に記載し、同欄に「無」と記載した各入金を会計仕訳帳へ記載しなかった。また、会計仕訳帳に記載されていた平成17年分の4件の入金については、現金売上げとして記載されていた。
(ニ) 請求人は、本件口座に係る通帳を本件関与税理士に提示していない。
(ホ) 請求人は、平成16年から平成21年までの間、本件口座を別表4記載の振込入金の他、取引先に対する立替金の回収並びに電気料金・水道光熱費等の公共料金、クレジットカード、授業料及びその他の家事費等の振替等に利用していた。
ロ 判断
 これを本件についてみると、上記イ(ロ)のとおり、平成15年分、平成16年分、平成18年分、平成19年分、平成20年分及び平成21年分において、請求人は本件領収書に記載された83件、15,000,000円以上の現金売上げの全てを7年間にわたって会計仕訳帳に記載していなかったものであり、本件領収書に記載された現金売上げの全部が会計仕訳帳に記載されていないことや、その件数、金額及び期間の長さに照らすと、多忙であったことによる記載漏れとは考えられず、本件領収書の現金売上げを意図的に会計仕訳帳に記載していなかったと認めるのが相当である。
 また、本件口座への振込入金については、上記イ(ハ)のとおり、別表4記載の平成16年分の振込入金については、売上げに係る入金件数29件中17件もの収入金額を会計仕訳帳に記載していなかったこと、平成17年分の振込入金については、売上げに係る入金6件のうち2件が会計仕訳帳に記載されず、同年分の振込入金のうち最も多額の入金が記載されていないほか、記載された4件については入金科目を現金入金として会計仕訳帳に記載していること、平成18年分については、売上げに係る入金3件全てが会計仕訳帳に記載されていないこと、上記イ(ニ)のとおり本件口座に係る通帳を本件関与税理士に提示していなかったこと、上記イ(ホ)のとおり本件口座は請求人が日常的に使用している預金口座であること等からすると、請求人は、本件口座に入金されていたことに気付かなかったり、単に会計仕訳帳への記載や本件関与税理士への通帳の提示を失念したなどと認めることはできず、意図的に本件口座への振込入金に係る売上げを会計仕訳帳に記載せず、本件関与税理士に本件口座の通帳を提示しなかったと認めるのが相当であり、請求人のこれらの行為は通則法第70条第5項に規定する偽りその他不正の行為に該当するというべきである。
 したがって、平成15年分から平成18年分の所得税の確定申告が過少となったことについて請求人には偽りその他不正の行為があったと認められる。

(5) その他

 以上のとおり、原処分はいずれの争点についてもこれを取り消すべき理由はない。
 また、原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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