(平成24年5月10日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が国外で勤務する請求人の取締役に対して支払った役員報酬について、原処分庁が、当該取締役は、国外において請求人の使用人として常時勤務を行っていたとは認められず、当該役員報酬は、当該取締役が請求人の役員として国外において行った勤務に基因して支払われた国内源泉所得に該当するとして源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分等をしたのに対し、請求人が、当該取締役は、国外において請求人の使用人として常時勤務を行っていたのであるから、当該役員報酬は国内源泉所得に該当しないとして原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成22年12月24日付で、別表1のとおり、源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)の各納税告知処分(以下「本件各告知処分」という。)及び不納付加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。
ロ 請求人は、これらの処分を不服として、平成23年2月14日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年4月14日付で棄却の異議決定をし、同月18日、異議決定書謄本を請求人に送達した。
ハ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成23年5月17日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

イ 所得税法第161条《国内源泉所得》第8号イは、俸給、給料、賃金、歳費、賞与又はこれらの性質を有する給与その他人的役務の提供に対する報酬のうち、国内において行う勤務その他の人的役務の提供(内国法人の役員として国外において行う勤務その他の政令で定める人的役務の提供を含む。)に基因するものは、国内源泉所得に該当する旨規定している。
ロ 所得税法施行令第285条《国内に源泉がある給与、報酬又は年金の範囲》第1項第1号は、所得税法第161条第8号イに規定する政令で定める人的役務の提供は、内国法人の役員としての勤務で国外において行うもの(当該役員としての勤務を行う者が同時にその内国法人の使用人として常時勤務を行う場合の当該役員としての勤務を除く。)とする旨規定している。
ハ 所得税基本通達(昭和45年7月1日付直審(所)30国税庁長官通達。以下同じ。)161−29《内国法人の使用人として常時勤務を行う場合の意義》は、所得税法施行令第285条第1項第1号かっこ内に規定する「内国法人の使用人として常時勤務を行なう場合」とは、内国法人の役員が内国法人の海外にある支店の長として常時その支店に勤務するような場合をいい、例えば、非居住者である内国法人の役員が、その内国法人の非常勤役員として海外において情報の提供、商取引の側面的援助等を行っているにすぎない場合は、これに該当しないことに留意する旨定めている。
ニ 所得税基本通達161−30《内国法人の役員が国外にあるその法人の子会社に常時勤務する場合》は、内国法人の役員が国外にあるその法人の子会社に常時勤務する場合において、まる1その子会社の設置が現地の特殊事情に基づくものであって、その子会社の実態が内国法人の支店、出張所と異ならないものであること、まる2その役員の子会社における勤務が内国法人の命令に基づくものであって、その内国法人の使用人としての勤務であると認められることの要件のいずれをも備えているときは、その者の勤務は、所得税法施行令第285条第1項第1号かっこ内に規定する内国法人の役員としての勤務に該当する旨定めている。
ホ 所得税法第212条《源泉徴収義務》第1項は、非居住者に対し国内において同法第161条第1号の2から第12号までに掲げる国内源泉所得の支払をする者は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない旨規定し、また、同法第212条第2項は、同条第1項に規定する国内源泉所得の支払が国外において行われる場合において、その支払をする者が国内に住所若しくは居所を有し、又は国内に事務所、事業所その他これらに準ずるものを有するときは、その者が当該国内源泉所得を国内において支払うものとみなして、同項の規定を適用し、この場合において、同項中翌月10日までとあるのは、翌月末日までとする旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人の取締役であるL(以下「L取締役」という。)は、平成21年6月に請求人の常勤取締役に就任したが、取締役就任前は請求人の使用人(海外営業本部副本部長)として勤務し、平成19年7月に台湾からシンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)に住所を移してシンガポールを拠点として請求人の職務を行っており、平成21年及び平成22年(以下、これらの年を併せて「本件各年」という。)において日本国内に住所を有しておらず、本件各年においては所得税法第2条《定義》第1項第5号に規定する非居住者であった。
 また、L取締役は、平成19年7月1日以後、請求人の執行役員であったが、平成21年6月22日の取締役会において執行役員に再任用(常務執行役員に昇任)され、同年7月1日以後の常務執行役員としての執行職務は、取締役による兼務として、請求人の○○営業事業担当、海外営業本部長、○○事業本部長及びマーケティング部長(以下、海外営業本部長、○○事業本部長及びマーケティング部長としての職制を「海外営業本部長等」という。)とされるとともに、請求人の子会社のM社プレジデント&チーフ・エグゼクティブ・オフィサー(以下「M社社長」という。)とされた。なお、常務執行役員に昇任する前のL取締役の執行職務は、○○営業本部長、M社プレジデント及びN社チェアマンであった。
ロ 請求人の役員は、平成21年7月時点において、代表取締役3名及び取締役9名であり、取締役9名のうち常勤の取締役は4名で、そのうち3名が営業本部長などの請求人の使用人としての職制上の地位を有する者であった。
 そして、代表取締役3名のうち2名は専務執行役員で代表取締役による兼務であり、常勤取締役4名のうち、2名は専務執行役員で取締役による兼務、L取締役を含む2名は常務執行役員で取締役による兼務であった。
ハ 請求人は、L取締役に対する役員報酬として別表2の「まる1本件役員報酬及び役員賞与(本件役員報酬等)」の「支払額計」欄記載の金額(以下「本件役員報酬等」という。)を支給することを決定し、本件役員報酬等を同表の「まる2国内口座振込額」及び「まる3海外現地支給額」の各「支払日」欄記載の日にL取締役の個人名義の預金口座への振込みにより支払った。
 なお、本件役員報酬等のうち、別表2の「まる3海外現地支給額」の「支払額」欄記載の各月○○○○円についてはシンガポールで支払われ(以下、シンガポールでの支給分を「本件海外現地支給額」という。)、同表の「まる2国内口座振込額」の「支払額」欄記載の各月の金額は、国内で支払われた。
ニ 請求人は、役員が業務上国外に駐在する場合に必要な処遇等を定めることを目的に役員海外駐在規程を定めており、同規程の第9条(税金)は、「海外勤務地における個人所得税ならびにこれに付帯する税金は、その一部ないし全額を会社負担とする。」と定めていた。
ホ 請求人は、本件役員報酬等は国内源泉所得に当たらないとして所得税の源泉徴収をしていなかった。
ヘ 原処分庁は、本件役員報酬等は国内源泉所得に該当し、その全額が国内において支払われたものであるとして本件各告知処分及び本件各賦課決定処分をした。

(5) 争点

  1. イ 争点1 L取締役が国外において行う勤務は、所得税法施行令第285条第1項第1号に規定する使用人として常時勤務を行う場合に該当せず、本件役員報酬等は、国内源泉所得に該当するか否か。
  2. ロ 争点2 本件海外現地支給額は国内払いに該当し、源泉所得税の法定納期限は、当該源泉所得税の徴収月の翌月10日か否か。

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2 主張

(1) 争点1(L取締役が国外において行う勤務は、所得税法施行令第285条第1項第1号に規定する使用人として常時勤務を行う場合に該当せず、本件役員報酬等は、国内源泉所得に該当するか否か。)について

原処分庁 請求人
 L取締役は、次のとおり、請求人の使用人として常時勤務していたものとは認められないから、本件役員報酬等は、国内源泉所得に該当する。
イ 使用人として常時勤務を行う場合に該当するか否かは、あくまでも当該取締役である者の勤務実態を踏まえて判断すべきである。
ロ 所得税基本通達161−30は、所得税法施行令第285条第1項第1号かっこ書きの極めて限定的な取扱いを定めたものであるから、内国法人の役員が国外の子会社等の役員として常時勤務する場合は、それが内国法人の命令に基づくものであっても、同通達に定める他の要件を満たさない限り、使用人として常時勤務を行う場合には該当しない。このことは、内国法人の役員が、同時に当該内国法人の執行役員という職制上の地位を有する場合も、当該内国法人の役員である以上は同様である。
 そして、L取締役はM社社長として職務を行っていると認められるところ、M社の設置は、所得税基本通達161−30に定める現地の特殊事情に基づくものではないから、L取締役のM社社長としての勤務は、請求人の使用人としての勤務とは認められない。
ハ L取締役の国外における勤務について、請求人の使用人としての勤務を全て否定するものではないが、L取締役は、M社社長として勤務していると認められるから、少なくとも請求人の使用人として常時勤務を行う場合に該当するとは認められない。
ニ 本件役員報酬等は、請求人の取締役としてのL取締役の勤務に基因して支給されるものであるが、同時に、L取締役は、海外営業本部長等及びM社社長を兼務しており、M社社長として勤務していると認められるから、本件役員報酬等は、M社社長の勤務も含めた報酬であると認めるのが相当である。
ホ L取締役が取締役に就任した後、同人に対する報酬は、取締役就任前にM社が負担していた報酬も含め請求人が全額負担していることやその支給額も倍増していることからすれば、L取締役は、請求人の取締役の権限と責任で国外において勤務していると認められる。
ヘ L取締役は、社員就業規則の適用がなく、請求人による労務管理が行われていた事実はない。
ト L取締役の職務には、○○地域における業務の統括・管理、海外営業本部の経営方針策定等が含まれており、これらの職務は、請求人の役員としての職務であると認められることから、L取締役は、請求人の役員として国外において勤務していると認められる。
 L取締役は、次の理由により、シンガポールにおいて請求人の使用人として常時勤務していたものであるから、本件役員報酬等は、国内源泉所得に該当しない。
イ L取締役は、社長通達により、執行役員(使用人)の職務である海外営業本部長等とM社社長としての勤務を国外において行っており、これらの勤務は、いずれも使用人としての勤務であって役員としての勤務ではない。なお、仮にM社社長としての固有の勤務があったとしても、その勤務ウェイトは、L取締役の勤務の圧倒的部分が海外営業本部長等としての勤務であることからすると小さい。
ロ L取締役は、海外営業本部長等としての職制上の地位を有して国外に勤務しているのであるから、所得税基本通達161−30の定めは、本件において関係がない。
ハ L取締役は、取締役に就任する前からM社社長に就任しているのであるから、M社社長としての勤務を請求人の役員としての勤務と認定することは合理性がない。
ニ 本件役員報酬等は、L取締役の取締役としての報酬であり、M社社長としての勤務に基因するものではなく、また、請求人の取締役の報酬が執行役員(使用人)としての職位に応じて定められていることからすると、取締役としての勤務のみならず、使用人としての勤務にも基因している。
ホ L取締役の報酬は、取締役就任後増加しているが、これは、取締役という重い責任に見合う報酬を設定したにほかならず、このことをもって、L取締役が国外において使用人として常時勤務していることを否定し得るものではない。
ヘ L取締役には社員就業規則の適用がないが、国外において使用人として常時勤務しているか否かの判断に当たって、社員就業規則の適用の有無は要件ではない。なお、請求人は、L取締役のスケジュール管理等の労務管理を行っている。
ト L取締役の海外営業本部長等の職務には、海外営業本部の経営方針策定等が含まれているが、これは、取締役を兼務しない執行役員(使用人)が務める他の事業本部長の職務内容と照らしても同程度の内容であるから、当該経営方針策定等の職務は、役員としての職務とはいえない。

(2) 争点2(本件海外現地支給額は国内払いに該当し、源泉所得税の法定納期限は、当該源泉所得税の徴収月の翌月10日か否か。)について

原処分庁 請求人
 請求人は、本件役員報酬等の支払額の計算、支出の決定、支払資金の用意、金員の交付等の一連の業務を国内事業所において行っており、本件海外現地支給額をM社を通じて支払うこととしているが、M社は、請求人の国内事業所からの指示に基づき給与支払事務の一部分を代行しているにすぎないから、本件海外現地支給額の支払は、国内において行われたと認められる。
 したがって、本件海外現地支給額に係る源泉所得税の法定納期限は、当該源泉所得税の徴収月の翌月10日であるから、本件各告知処分は適法である。
 請求人は、本件役員報酬等についてその月額並びに国内及びシンガポールにおける支給額を決定しており、本件海外現地支給額については、その3か月分に係る支払資金を事前にM社に送金し、M社に委託して同社から現地通貨によりL取締役のシンガポールに所在する銀行の預金口座に振込支給している。
 したがって、本件海外現地支給額は、国外(シンガポール)において支払ったものであるから、本件海外現地支給額に係る源泉所得税の法定納期限は、当該源泉所得税の徴収月の翌月末日であり、本件各告知処分の一部は取り消されるべきである。

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3 判断

(1) 争点1(L取締役が国外において行う勤務は、所得税法施行令第285条第1項第1号に規定する使用人として常時勤務を行う場合に該当せず、本件役員報酬等は、国内源泉所得に該当するか否か。)について

イ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
(イ) 請求人の取締役の役職別の報酬額は、請求人の○○委員会の決議を経て取締役会において決定しており、L取締役の役員報酬額は、常勤の取締役としての区分に基づいて決められていた。
(ロ) L取締役は、請求人の国内及び国外における業務に従事しており、L取締役の本件各年の各月の国内及び国外における滞在日数は別表3のとおりであり、国内滞在時における業務は、請求人の取締役会や経営執行会議への出席などであった。
(ハ) 請求人は、M社の設立(平成3年3月○日設立)当時、シンガポールにおいて、外国法人が支店等を設置することを禁止している法律は存在しなかったが、同国の税制上の優遇措置を享受するために、支店ではなく子会社を設置したことにより、現在までシンガポール国内に請求人の支店又は出張所(以下「支店等」という。)を設けていない。
(ニ) 請求人は、日本以外においては○○地域を業務の管轄地としており、○○地域における業務は、請求人の海外営業本部が担当しているところ、当該海外営業本部は、請求人の組織体系上、請求人の社長の直下の組織であり、平成20年4月1日に、中国・香港の営業事業を統括する中国営業本部と中国・香港以外の○○地域の営業事業を統括する○○営業本部の2つに改組されたが、平成21年7月1日に、中国営業本部と○○営業本部が、それぞれ中国事業本部と○○事業本部に名称変更されるとともに、これらの各事業本部を統括する上位組織としての海外営業本部が再度設置された。
(ホ) 本件各年における請求人の海外営業本部の基本的役割の一つは、請求人の事業拡大と継続的な成長を実現するため、海外営業本部の担当である○○事業本部と中国事業本部における経営方針や計画策定をリーディングし、事業戦略の策定・実行を行い、組織目標を達成することであった。
(ヘ) 本件各年における請求人の海外営業本部の職務分掌内容は、まる1○○事業本部及び中国事業本部における請求人の営業活動の統括・管理、まる2海外営業本部の経営方針を策定及び単年度・中長期事業計画を作成し、各機能、各販売会社の組織目標達成をリーディングすること、まる3○○事業本部及び中国事業本部における請求人コーポレートガバナンス体制を強化し、円滑な事業運営を実施すること、まる4事業活動の維持・発展の観点から、中長期の視点での次世代ビジネスリーダーの人材発掘及び育成を行うことであり、海外営業本部長は、これらの職務遂行について責任を負うものであった。
(ト) M社は、日本を除く請求人のテリトリーの地域統括本部として、○○地域を統括し、同地域における中間卸機能、地域営業本部機能、子会社等の経営統括機能、サプライチェーン機能、ソフトウェア開発機能等を果たすことを目的に、請求人の100%出資により、シンガポールにおいて設立された法人である。
(チ) 請求人の海外営業本部とM社との間における組織、人員等の関係は、次のとおりであった。
A 海外営業本部は、狭義の意味では本部組織のみを指し、広義の意味ではその本部組織に、M社及び○○地域の請求人のグループ法人○社並びにその子会社及び関連会社(以下、これらを併せて「統括対象会社」という。)を含んでいた。
B 海外営業本部は、経営管理上の観点から、必ずしも法人格によらず機能で集約した組織であり、○○地域及び統括対象会社を統括・管理するという機能が含まれていた。
C 海外営業本部の本部組織に所属する職員数は○名(平成22年6月時点)であり、a県の本社に勤務する1名を除く○名は、統括対象会社に勤務していた。
D 統括対象会社の職員総数は、○名を超えていた。
(リ) 請求人は、執行役員のうち取締役を兼務する者を除く執行役員との間において雇用契約を結んでおり、L取締役についても同様、同人が取締役に就任する前は雇用契約を結んでいたが、取締役就任以後雇用契約は結んでいなかった。
(ヌ) L取締役の取締役就任前の執行役員としての月俸は○○○○円であった。
ロ 法令解釈等
(イ) 所得税法施行令第285条第1項第1号は、給与、人的役務の提供に係る報酬等について、内国法人の役員としての勤務で国外において行う勤務に基因するもののうち、当該役員としての勤務を行う者が同時にその内国法人の使用人として常時勤務を行う場合の当該役員としての勤務に基因するものを除き、国内源泉所得とする旨規定している。
 これは、給与、人的役務の提供に係る報酬等が国内源泉所得に該当するというためには、原則として、その基因となる勤務その他の人的役務の提供が国内において行われることが必要であるが、経営判断による企業経営という役員の職務については、役務提供地との関係が希薄なことなどを踏まえ、「内国法人の役員として国外において行なう勤務」を国内源泉所得の対象としているものの、内国法人の役員であっても国外において「内国法人の使用人として常時勤務を行なう場合」には、経営判断による企業経営といった職務内容とは異なる業務を国外において常時行っていることから、原則どおり、国内源泉所得に該当しないとした趣旨によるものと解される。
(ロ) そして、所得税基本通達161−29は、所得税法施行令第285条第1項第1号かっこ内に規定する「内国法人の使用人として常時勤務を行なう場合」の意義について、内国法人の役員が内国法人の海外にある支店の長として常時その支店に勤務するような場合をいう旨定めているところ、この取扱いは、上記(イ)の趣旨からみて、当審判所においても相当と認める。
(ハ) また、所得税基本通達161−30は、子会社の設置が現地の特殊事情に基づくものであり、実質的に内国法人の海外支店等と異ならない当該子会社において常時勤務する内国法人の役員の勤務が、その内国法人の使用人としての勤務であると認められるときは、その役員が内国法人から受ける報酬は、その法人の海外支店長等である役員が受ける報酬とのバランスを考慮し、これと同様、国内源泉所得に該当しないものとして取り扱うことを明らかにしたものであり、この取扱いは、当審判所においても相当と認める。
ハ 当てはめ
(イ) L取締役の国内勤務の報酬について
 L取締役は、上記イの(ロ)のとおり、本件各年において、各月のうち数日から半月ほど日本に帰国して請求人の取締役会や経営執行会議への出席など国内業務に従事しているところ、非居住者であるL取締役の国内において行う勤務に基因する報酬は、所得税法第161条第8号イに規定する国内源泉所得に該当することは明らかであるから、請求人は、本件役員報酬等のうち、別表3の各月の国内滞在日数に係る部分について、国内源泉所得として源泉所得税を徴収しなければならない。
(ロ) L取締役が国外において行う勤務及び当該勤務の報酬について
 L取締役は、請求人の取締役就任以後、内国法人の役員に該当するから、本件役員報酬等は、原則として、所得税法施行令第285条第1項第1号に規定する国内源泉所得に該当することとなる一方で、L取締役は、上記1の(4)のイのとおり、海外営業本部長等の職制上の地位を有していたのであるから、L取締役が国外において行う勤務が、同号かっこ内に規定する「内国法人の使用人として常時勤務を行なう場合」に係る報酬に該当する場合には、いわゆる国外源泉所得として取り扱うことになる。
 そこで、L取締役が国外において使用人として常時勤務を行う場合に該当するかどうかについて検討する必要があるが、検討に当たっては、会社の実態、当該役員の会社における実質上の地位、役割等の事情を勘案して判断することが相当であり、これを検討すると次のとおりである。
A 上記イの(ハ)のとおり、請求人は、シンガポールに支店等を設置していないこと、同(チ)のAからCまでのとおり、海外営業本部は、経営管理上の観点から必ずしも法人格によらず、機能で集約した組織であり、また、海外営業本部に所属する○名のうち請求人のa県の本社に勤務する1名を除く○名は、統括対象会社に勤務しており、海外営業本部の国外におけるスタッフは一人もいなかったと認められることから、L取締役が海外営業本部長等として常時勤務する支店等及び実態は国外にはなかったと認められ、所得税基本通達161−29に定める「内国法人の役員が内国法人の海外にある支店の長として常時その支店に勤務するような場合」に該当しない。
B 上記1の(4)のイのとおり、L取締役は、請求人の海外営業本部長等の職制上の地位を有するとともに、請求人の子会社であるM社の社長として勤務していたところ、M社社長としての勤務は、請求人の使用人として勤務することに当たらないことは明らかである。
 一方、所得税基本通達161−30は、内国法人の役員が国外にあるその法人の子会社に常時勤務する場合において、所定の要件に該当する場合は、所得税法施行令第285条第1項第1号かっこ内に規定する「内国法人の使用人として常時勤務を行なう場合」に該当する旨定めており、これは、上記ロの(ハ)のとおり、種々の制約があってやむなく子会社を設置したような場合の取扱いを示したものであるところ、上記イの(ハ)のとおり、シンガポールにおいては、M社の設立当時、外国法人が支店等を設置することを禁止する法律は存在せず、また、請求人が支店ではなくM社を設置した理由は、税制上の優遇措置を享受するために子会社を設置することとしたものであったことからすれば、同通達161−30に定める「その子会社の設置が現地の特殊事情に基づくもの」であったとは認められないから、同通達161−30に定める要件にも該当せず、L取締役のM社社長としての勤務は、請求人の使用人として勤務する場合に当たらないというべきである。
C 上記イの(ニ)のとおり、請求人は、日本以外においては○○地域を業務の管轄としていたところ、同(ニ)及び上記1の(4)のイのとおり、L取締役は、平成21年7月の常勤取締役就任前は、○○地域のうち中国・香港以外の○○地域の営業事業を統括していた○○営業本部長(改組前)であったが、常勤取締役就任後は、海外営業本部長等の職制上の地位を有する常勤取締役として○○地域全体を統括することとなったこと、○○地域の営業業務が特定されている役員は、L取締役以外に存しないこと、上記イの(チ)のB及びDのとおり、海外営業本部には、○○地域及び統括対象会社を統括・管理する機能が含まれており、その統括・管理対象となる統括対象会社の職員総数は○名を超えていたことからすると、常勤取締役就任後のL取締役の業務の範囲及び職責は、常勤取締役就任前に比べ、相当拡大したと認められる。
D L取締役は、海外営業本部長等としての職制上の地位を有しているところ、上記イの(ニ)から(ヘ)までのとおり、海外営業本部が社長の直下の組織であるという組織上の位置づけ及び海外営業本部の役割、職務分掌内容からすると、海外営業本部は、○○地域における営業業務の中枢機能の役割を果たすための部署であったと認められ、その長であるL取締役は、海外営業本部長等の職制上の地位を有するものの、その立場は、上記Cとも併せて考えると、単なる使用人としての職責を大きく超えており、実質的には、請求人の企業経営に関わる重要な立場であったと認めるのが相当であり、これは、常勤取締役就任後のL取締役の本件役員報酬等の月額が、上記イの(ヌ)の常勤取締役就任前の請求人の執行役員であったときの月俸○○○○円の2倍を超える額となっていることからも推認できる。
E 上記1の(4)のロのとおり、請求人の執行役員制度においては、使用人たり得ない代表取締役の2名が専務執行役員となっていること、上記イの(リ)のとおり、請求人は、請求人の執行役員のうち取締役を兼務する者との間において雇用契約を締結していないことからすると、執行役員であることが自ずと使用人であるとは認めることはできない。
F 以上のことから、L取締役の国外における勤務は、国外における請求人の実態、L取締役の請求人における実質上の地位、役割、職務の内容等を併せて考えると、経営判断による企業経営といった職務に関するものであり、請求人の使用人としてではなく、役員としての勤務であったと認めるのが相当であるから、所得税法施行令第285条第1項第1号かっこ内に規定する請求人の使用人として常時勤務する場合に該当しないというべきである。
G そうすると、L取締役に対して支給した本件役員報酬等のうち、L取締役の国外勤務に係る金額は、本件海外現地支給額を含め、国内源泉所得に該当する。
(ハ) 請求人の主張について
 請求人は、上記2の(1)の「請求人」欄のとおり主張するところ、請求人の主張は、要するに、L取締役は、海外営業本部長等の職制上の地位を有して国外において勤務をしており、使用人として常時勤務しているというものであると認められる。
 しかしながら、L取締役は、海外営業本部長等としての職制上の地位を有するものの、上記(ロ)のとおり、L取締役の国外における勤務は、国外における請求人の実態、L取締役の請求人における実質上の地位、役割、職務の内容等を併せて考えると、経営判断による企業経営といった職務に関するものであり、請求人の使用人としてではなく、役員としての勤務であったと認めるのが相当であるから、請求人の主張には理由がない。
 なお、請求人は、上記2の(1)の「請求人」欄以外に、L取締役が使用人として常時勤務を行う場合に該当するときは、取締役会等に出席するために国内において勤務する場合を含め、本件役員報酬等の全額がいわゆる国外源泉所得になるとも主張するが、国内において行う勤務に基因する給与が国内源泉所得に該当することは、上記(イ)のとおりであるから、請求人の主張は採用できない。

(2) 争点2(本件海外現地支給額は国内払いに該当し、源泉所得税の法定納期限は、当該源泉所得税の徴収月の翌月10日か否か。)について

イ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
(イ) 本件海外現地支給額は、M社を通じて現地通貨により、L取締役の海外現地預金口座(P銀行d支店。口座番号○○○○。以下「現地口座」という。)に振り込むこととされ、請求人は、L取締役に対する本件海外現地支給額の支払をM社に依頼し、現地支給額の3か月分(○○○○円)をその支払の最初の月に、M社の預金口座に日本円で電信送金した。
(ロ) M社は、上記(イ)の請求人からの依頼に基づき、各月の支給日(別表2の「まる3海外現地支給額」の「支払日」欄の年月日)に、現地口座に現地通貨で振込送金した。
 なお、M社が請求人から送金を受けた日本円と現地口座への現地通貨による振込時の為替レートの差額は、M社が負担した。
ロ 法令解釈等
(イ) 所得税法第212条第1項は、非居住者に対し国内において国内源泉所得の支払をする者は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない旨規定する一方で、同条第2項は、これらの国内源泉所得の支払が国外において行われる場合に、その支払をする者が国内に事務所を有するときは、その者が国内において支払うものとみなして所得税を徴収して国に納付しなければならない旨規定しているが、この場合の法定納期限は、実際に国内でその支払が行われた場合と異なり、支払日、支払金額等の確認に若干の時間を要することとなることも考慮し、その徴収の日の属する月の翌月末日までとされている。
(ロ) そして、上記(イ)の「支払」には、現実に金銭を交付する行為の他、債務者の預金口座から債権者の預金口座に振り替えるなどその支払債務が消滅する一切の行為が含まれると解される。
ハ 当てはめ
(イ) 本件海外現地支給額の支払をする者について
 本件海外現地支給額の支払については、上記イの(ロ)のとおり、M社が現地通貨により現地口座に振り込んでいることからすれば、現地口座への直接の振込送金を行っている者はM社であるが、M社は、請求人から事前に3か月分の支払資金の送金を受け、請求人の依頼に基づき円貨を現地通貨に替えて、現地口座に振込送金しているにすぎないから、本件海外現地支給額の支払をする者には該当しないと認められるところ、上記1の(4)のハ及び上記イの(イ)のとおり、請求人は、L取締役に対する役員報酬の額及びその支給方法(支払事務所とその支払の場合における支給額)を決定し、本件海外現地支給額の支払資金を用意しているから、L取締役に対する報酬を支払うべき者、すなわち当該報酬の支払債務を負担する者は請求人であると認められ、請求人は、本件海外現地支給額について、支払をする者に該当する。
(ロ) 本件海外現地支給額の法定納期限について
 上記(イ)のとおり、請求人は、本件海外現地支給額の支払の際に、源泉所得税を徴収しなければならないが、上記イの(イ)のとおり、請求人は、国内においてM社の口座にL取締役の3か月分の本件海外現地支給額を電信送金しているところ、上記ロの(ロ)のとおり、支払には、支払債務が消滅する一切の行為が含まれると解されるから、請求人が3か月分の本件海外現地支給額をM社の口座に電信送金しただけでは、請求人のL取締役に対する本件海外現地支給額の支払債務が消滅したとはいえず、L取締役に対する本件海外現地支給額の支払の依頼を受けたM社が各月において現地口座に振込送金した時、具体的には、別表2の「まる3海外現地支給額」の「支払日」欄の年月日が支払の際に該当し、当該年月日において、請求人が本件海外現地支給額を支払ったと認めるのが相当である。
 そうすると、本件海外現地支給額は、M社の所在するシンガポールにおいて支払われていたのであるから、これは、国外において支払われた場合に該当するので、本件海外現地支給額に係る源泉所得税の法定納期限は、その支払った日の属する月の翌月末日となる。
(ハ) 原処分庁の主張について
 原処分庁は、上記2の(2)の「原処分庁」欄のとおり主張する。
 しかしながら、上記(ロ)のとおり、本件海外現地支給額に係る源泉所得税の法定納期限は、その支払った日の属する月の翌月末日となるのであるから、原処分庁の主張には理由がない。

(3) 本件役員報酬等につき徴収すべき所得税の額について

 上記(1)のハの(イ)及び(ロ)のとおり、L取締役に対して支給した本件役員報酬等は、その全額が国内源泉所得に該当するところ、上記(2)のハの(イ)のとおり、請求人は、本件海外現地支給額の支払をする者に該当するから、本件海外現地支給額を含め、本件役員報酬等の額について、所得税を徴収し、国に納付しなければならない。
 なお、上記1の(4)のニのとおり、役員海外駐在規程第9条によれば、海外勤務地における個人の所得税は、請求人負担とする旨定められているところ、本件役員報酬等は、源泉徴収されずにその全額が支給されており、本件役員報酬等の額を税引き後の手取額としたものと認められるから、本件各告知処分は、いわゆるグロスアップ計算により算出した額を源泉所得税の額とすべきである。
 以上により納付すべき源泉所得税の額を計算すると、別表4及び別表5の「国内口座振込額に係る源泉所得税の額の審判所認定額」及び「本件海外現地支給額に係る源泉所得税の額の審判所認定額」欄記載のとおりとなる。

(4) 本件各告知処分について

 原処分庁は、本件海外現地支給額について、法定納期限をその支払った日の属する月の翌月末日として納税告知処分をしていないが、この点について判断するまでもなく、本件役員報酬等のうち本件海外現地支給額を除く国内口座振込額について、いわゆるグロスアップ計算により算定した納付すべき源泉所得税の額は、別表4のとおり、本件各告知処分において、本件海外現地支給額を含んだ本件役員報酬等の額を基礎として算定された納付すべき源泉所得税の額を上回るから、本件各告知処分はいずれも取り消すべき違法はない。

(5) 本件各賦課決定処分について

 上記(4)のとおり、本件各告知処分は適法であり、また、本件の各告知に係る所得税を法定納期限までに納付しなかったことについて、国税通則法第67条《不納付加算税》第1項ただし書に規定する正当な理由があると認められる場合に該当しないので、本件各賦課決定処分はいずれも適法である。

(6) 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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