(平成24年9月13日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)が行った被相続人の相続税の申告において、被相続人にはHに対する貸付金債権が存在し、当該貸付金債権の評価額は、貸付金債権の元本額と遅延損害金との合計額をもって評価額とすべきであり、また、借地人からの預り保証金債務について評価額に誤りがあるとして、相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったことに対し、請求人が、当該貸付金債権は存在しないか、存在したとしても回収が不可能又は著しく困難であるからその評価額は零円であり、また、原処分庁の主張する預り保証金債務の評価額には誤りがあるとして、原処分の一部の取消しを求めた事案であり、争点は次の2点である。

  1. 争点1 貸付金債権の存否及びその評価額はいくらか。
  2. 争点2 預り保証金債務の評価額はいくらか。

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求(平成23年9月28日請求)に至る経緯は、別表1のとおりである(異議決定書謄本は、平成23年8月31日に送逹された。)。
 なお、以下、別表1に記載の平成23年4月1日付の更正処分を「本件更正処分」といい、同記載の同日付の「過少申告加算税の額」欄に係る過少申告加算税の賦課決定処分を「本件賦課決定処分」という。

(3) 関係法令等

 別紙2のとおりである。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成19年10月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したJ(以下「被相続人」といい、被相続人に係る相続を「本件相続」という。)の子であり、本件相続に係る共同相続人は、請求人、被相続人の配偶者であるK、被相続人の子であるL及びM(以下、請求人、K及びLと併せて「相続人ら」という。)の4人である。
 なお、被相続人の父であるNは、平成10年8月○日に死亡し、その共同相続人は、被相続人、被相続人の妹であるP及びNの養子である請求人の3人で、その法定相続分はそれぞれ3分の1である。Nの遺産分割を巡っては、共同相続人間で争いがあり、当該遺産の全てはいまだに未分割である。
ロ 相続人らは、平成20年8月11日、共同して本件相続に係る相続税の申告書(以下「本件当初申告書」という。)を原処分庁に提出した。
 なお、本件当初申告書には、「N相続 定期預金及び預かり保証金の内訳」と題する書面(以下「本件内訳1」という。)及び「債務金額」と題する書面(以下「本件内訳2」という。)が添付されており、その記載内容は別表2及び別表3のとおり、預り保証金について、債権者たるQ銀行、S社及びT社ごとの預り保証金の額等が記載されている。

トップに戻る

2 主張

(1) 争点1 貸付金債権の存否及びその評価額はいくらか。

原処分庁 請求人
1 被相続人とHは、平成13年、平成15年及び平成16年に、金銭消費貸借契約等に係る公正証書を作成しており、被相続人は、Hに対して催告書を送付していることから、被相続人を債権者、Hを債務者とする金銭消費貸借契約が存在し、貸付金債権が本件相続開始日に存在していたものである。
 貸付金債権の金額については、被相続人がHに対して平成17年2月7日に催告書を送付して以降、書面による催告を行っていないこと、Hは、原処分庁の調査担当者に対して、被相続人から約100,000,000円を借り入れていること及び当該催告書記載の金額は多分間違いがないと思う旨の申述をしていることから、当該催告書に記載された117,900,000円が本件相続開始日における貸付金債権の元本であり、また、遅延損害金についても、被相続人に帰属する財産であると認められる。
 したがって、貸付金債権の本件相続開始日における金額は、元本117,900,000円であって、その遅延損害金は2,979,726円である。
1 請求人は、本件相続開始日において、貸付金債権が存在したか否か及びその金額がいくらかについて知らない。
 原処分庁が認定を行った貸付金債権の有無及び金額については、被相続人のHに対する催告書記載の金額の合計額であり、個別の確約書、預り書、受領書、借用書の原本の存在を確認したものではない。また、債務者であるというHが原処分庁の調査担当者に多分間違いがないと思う旨の申述をしていることから本件相続開始日における貸付金債権の元本を認定しているが、そのような安易な認定は不当である。
2 Hについては、本件相続開始日から、本件相続に係る相続税の法定申告期限までの期間において、自己破産の申請をした及び破産宣告を受けた事実は認められず、評価通達205に定める破産の宣告等の事実はないことから、評価通達204に基づく貸付金債権の評価額は額面金額と同額である。 2 評価通達205は、元本の価額に算入しない金額について、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」と定めており、原処分庁が主張するように、自己破産の申請をした及び破産宣告を受けた事実が認められない場合には直ちに元本金額が確定するというものではない。
 仮に、貸付金債権が存在するとしても、被相続人の催告に対してHが返済をしなかったのは、返済原資が存在しなかったというような事情があったためであるとも考えられるところ、Hの資産関係等を調査すれば当該貸付金債権について回収が困難な金額を評価することは可能であるにも関わらず、原処分庁はこれを行わず、評価通達に則った適正な評価を行っていない。

(2) 争点2 預り保証金債務の評価額はいくらか。

原処分庁 請求人
 賃貸人を被相続人、賃借人を、それぞれ、Q銀行、S社、T社とする各借地契約において受領した預り保証金は、いずれも無利息であること、弁済期が当初契約から60年後であること、使途を限定されたものでないことから、預り保証金に係る債務を承継した相続人は、通常の利率による同額の債務を承継した場合に比して、その通常支払うべき利息を支払わないことによる経済的利益を弁済期が到来するまでの期間享受するものと認められる。
 相続税法第22条は、相続により取得した財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況によると規定しており、その利率や弁済期等の現況によって控除すべき金額を個別的に評価すべきであり、常に額面等の債務の金額と一致するものではないと解されている。
 そうすると、預り保証金は、留保される毎年の経済的利益の現在価値の総額だけその消極的価値を減じていることとなり、経済的利益は、本件相続開始日における基準年利率に基づき計算することになる。
1 預り保証金の額を債務控除に当たって減額するという原処分庁の主張は、最高裁昭和49年9月20日判決(以下「49年判例」という。)を適用したものと考えられるが、そもそも、弁済期未到来の低利の債務について、通常金利と約定利息との差額に相当する経済的利益が弁済期まで毎年生じるという49年判例の理論は正当ではない。
 また、49年判例は、所得税の課税回避行為事案ともいえる特殊な事案であって、本件ではそのような事情がないから、49年判例を適用することはできず、預り保証金については、全額債務控除できる。現実に、請求人が被相続人の父であるNから相続したQ銀行に係る保証金に対応する金額については、銀行の定期預金として単利で運用しており、受取利息に対する所得税及び住民税の課税が行われており、税引後の受取利息のほか何ら経済的利益を受けていない。
 なお、T社に対する貸地は、既に当該貸地及び預り保証金債務を承継したLによって、平成23年3月31日に売却され、原処分の時点において、Lの預り保証金債務227,363,666円は消滅しているため、以後経済的利益が発生する余地はないのであり、原処分のように架空の経済的利益が発生すると仮定して評価減した債務控除により相続税の課税を行うことは、租税法律主義の範囲を超えた不当かつ違法な課税となる。
2 預託された保証金の全額を定期預金などの安全性の高い金融資産として預金し、当事者のやむを得ない事情により借地契約が解除された場合のために保全している場合に、債務としての保証金を現在価値で評価することは、金融資産としての評価額と債務の評価額との差額である中間利息が相続財産として課税対象となることを示し、保証金全額の返還請求を受けた場合には、中間利息に係る相続税相当額だけ返還不能となる。
 金融資産から生ずる毎年の収益に対して所得税及び住民税を負担しているのに、相続税でも課税対象となることについて、納税者の理解は得られない。
3 仮に弁済期未到来の債務の現在価値の評価を行うにしても、運用益は、それに対する所得税及び住民税の金額だけ減少するから、所得税及び住民税負担分を差し引いたネットの運用率を適用しなければならない。
 そして、49年判例や原処分は、経済的利益の算定に当たって、複利でリスクを考慮しなくてよい運用商品・運用方法が存在するかのような前提で計算を行っているが、49年判例の時代とは異なり、証券会社や金融機関が破綻する現在において、金融機関等ではない個人において確実に、複利でリスクの存在しない運用商品・運用方法が存在するとは考えられない。そのような検証をしなければ、現実離れした架空の経済的利益に対する課税が行われることになる。
 なお、調査担当者が本件の調査時に請求人に対して、相続開始時以前10年間の長期国債(10年)の応募者利回りと長期プライムレートの平均値等を示すことなく、単純に平成19年基準年利率に応ずる複利現価率を適用して計算した結果のみを納税者有利である旨示して処分を行ったことは、信義則に反する不当なものである。

トップに戻る

3 判断

(1) 争点1 貸付金債権の存否及びその評価額はいくらか。

イ 法令等解釈
(イ) 相続税法第22条は、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定しているが、この時価とは、当該財産の取得の日において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち当該財産の客観的な交換価値をいうものと解するのが相当である。
 もっとも、相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、当該財産の客観的な交換価値を適正に把握することは容易でないことから、課税実務上、国税庁長官は、財産の評価の一般的基準である各種財産の時価の評価に関する原則及びその具体的評価方法等を定めた評価通達を発遣し、課税当局は、そこに定められた画一的な評価方法によって財産を評価することとしている。
 これは、単に、課税当局の事務負担の軽減、課税事務処理の迅速性、徴税費用の節減のみを目的とするものではなく、これをもって課税当局の取扱いを統一するとともに、納税者間で財産の評価が異なることは課税の公平の観点からみて好ましくないことから、特別の事情がある場合を除き、あらかじめ評価通達に定められた評価方法により画一的に評価することをもって、課税の適正・公平の確保を図るものである。
 このような課税実務に照らせば、評価通達に定める基準が、時価評価の方式としてその合理性を肯定することができるものである限り、相続税法の予定する時価に合致するものというべきであるから、相続により取得した財産の評価は、評価通達によって定められた評価方式によらないことが正当として是認されるような特別な事情がある場合を除き、課税の公平の観点から、評価通達の定める評価方式に基づいて行うことが相当であると解される。
(ロ) 評価通達204は、貸付金債権等の評価は、貸付金債権等の元本の価額と利息の価額との合計額により評価する旨定めている。
 また、評価通達205は、貸付金債権等の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において「次に掲げる金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」においては、それらの金額は元本の価額に算入しない旨定めている。
 この場合の「次に掲げる金額」とは、別紙2の5のとおり、債務者について手形交換所の取引停止処分等に該当する事実があったときの貸付金債権等の金額並びに再生計画認可の決定、整理計画の決定及び再生計画の決定等により切り捨てられる債権の金額等が掲げられている。そうすると、「次に掲げる金額に該当するとき」とは、いずれも、債務者の資産状況及び営業状況等が破綻していることが客観的に明白であって、その債務者に対して有する貸付金債権等の金額の回収の見込みのないことが客観的に確実であるといい得るときであると解するのが相当である。
 また、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、貸付金債権等の評価方法として、評価通達204及び205の定めが、上記のとおり、原則として元本の価額と利息の合計額とし、例外として債務者について手形交換所の取引停止処分等に該当するような客観的に明白な事由が存する場合に限り、その債務者に対して有する貸付金債権等の金額を元本の価額に算入しない取扱いをしていること及び同通達205において、「次に掲げる金額に該当するとき」、すなわち、債務者について手形交換所の取引停止処分等に該当する事実があったときの貸付金債権等の金額並びに再生計画認可の決定、整理計画の決定及び再生計画の決定等により切り捨てられる債権の金額等に該当するときと並列的に定められていることからすると、上記の「次に掲げる金額に該当するとき」と同視できる程度に債務者の資産状況及び営業状況等が破綻していることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるといい得るときをいうものと解するのが相当である。
 そして、「同視できる程度」とは、債務者が個人である場合には、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務を弁済するための資金を調達することができないだけでなく、近い将来においても調達することができる見込みがない場合をいうものと解される。
ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 公正証書
 被相続人とHは、平成15年9月8日付で、Hは、被相続人に対して、平成10年3月から平成15年8月9日までの間の多数回にわたる金銭消費貸借の平成15年8月10日現在の残債務として175,000,000円の債務を負うことを承認する等を内容とする公正証書(以下「平成15年公正証書」という。)を作成した。
(ロ) 平成17年2月7日送付の催告書
 被相続人は、Hに対し、平成17年2月7日、催告書と題する書面(以下「本件催告書」という。)を送付した。
 本件催告書は、要旨、被相続人が、H及びHの使者であるVに対し、h市d町○−○の土地の隣接土地購入費用の名目で、平成15年1月25日付から平成16年7月30日付までの合計17回(回数ごとに項目として表記したもの)に渡って金銭を寄託及び貸与したのでその支払を求めるというものである。そして、本件催告書には、寄託及び貸与した各回(各項目)ごとに、まる1「確約書」や「預り書」等の記載があり、まる2寄託金か貸与金かの区別及び金額の記載がされており、更に、返済期限、「『H氏に手渡す為』V氏へ」、「追記 目的が達成されない時は、即時返済します」等の記載がされている。
 本件催告書に記載されている合計17回の寄託金及び貸与金の金額の合計額は、117,900,000円である。
(ハ) 本件催告書に対するHの返信
 Hは、被相続人に対し、本件催告書に対する返信として、平成17年2月22日付で、次の内容が記載された回答書と題する書面を送付した。
A 貴殿より受領した金員はh市d町の土地購入費用ではなく、当方の借入金である。
B 本件催告書記載の1項目より17項目の借入金は二重三重にも重なり記載されているが、借入金は全て貴殿と当方で締結した金銭消費貸借契約(公正証書)に含まれていることと思う。
C 貴殿との貸借については今後話し合い、正当な借入金を確定し円満に解決したく思っている。
(ニ) 銀行口座における出金
 被相続人が利用していた銀行口座においては、本件催告書記載の日付の一部と合致する出金の履歴がある。
(ホ) Hの収入等
A Hが原処分庁所属の調査担当者に対して手交した名刺等からすると、Hの職業は、釣り堀業となっており、また、Hは、当審判所に対し、総合土木建設業で5,000,000円くらいの所得がある旨の答述をしているが、平成18年分、平成19年分及び平成20年分の市民税は課されていない。
B h市の固定資産税《土地・家屋》課税一覧によれば、Hは、平成18年度にはh市内に宅地(固定資産税評価額3,306,660円)を有していたが、登記簿謄本によると、当該宅地は、平成18年11月22日に、譲渡担保が設定され、その後、第三者に所有権が移転している。
C 当審判所においてHの住所地であるh市内における金融機関等に対して、Hの取引状況等の調査を実施したところ、被相続人に対する借入金の返済が可能と認められる程度のH名義での預金残高は把握できなかった。
ハ 関係者の答述等
(イ) Hの平成22年8月23日の原処分庁に対する申述要旨
A 私は被相続人からお金を借りるようになり、Q銀行の私の口座に被相続人から振り込んでもらったこともあるし、現金で借りた分もある。途中で元金の返済や利息の支払をしたりしているが、借入れの残高が100,000,000円ほどになった。
 平成15年公正証書は正しいものであり、175,000,000円の借入れのうち、返済した残りが100,000,000円ほどある。
 平成17年4月の時点で100,000,000円ほど借りていて、それがそのまま今も残っているということである。
B 本件催告書には、土地購入費用と被相続人が書いているが、土地のことには一切関係なく、私が被相続人から借り入れたものである。
 本件催告書に書いてあるように、主にVさんに被相続人のところに行ってもらってお金を借りていた。なので、ここに書いてある日付や金額は多分間違いないと思う。
(ロ) Hの平成24年5月11日の当審判所に対する答述要旨
A 被相続人からの借金は約100,000,000円程度残っている。ただ、本件催告書については、二重三重に重なっており、細かくは分からないが、大体90,000,000円から100,000,000円程度の借金が残っているという記憶である。したがって、合計の借入額が本件催告書の合計の117,000,000円であるかと言われると必ずしもそうではないと思う。もっとも、本件催告書記載の日付や金額が、大きく事実と異なっているわけではないと思う。
B 本件催告書記載の各借入れは、無担保である。結局、現在に至るまで返済していない。お金があって隠しているというわけでもなく、返せないから返さないということである。
ニ 判断
 原処分庁は、貸付金債権について、本件催告書に記載の金額の合計額(117,000,000円)が貸付金債権の元本として存在し、その評価額は、当該貸付金債権の元本と遅延損害金(2,979,726円)の合計額である旨を主張するので、まず、貸付金債権が存在するか否かについて判断した後、貸付金債権の評価額について検討することとする。
(イ) 貸付金債権の存否
A まず、本件催告書は、上記ロの(ロ)のとおり、被相続人が、平成15年1月25日付から平成16年7月30日付まで合計17回に渡って寄託及び貸与した117,900,000円について、Hに支払を求める旨の内容のものであるところ、同書には、「確約書」や「預り書」などの金銭を寄託又は貸与していたことの証拠書類と想定される書面の表題などが貸付日ごとに具体的に記載されており、また、上記ロの(ニ)のとおり、被相続人が利用していた銀行口座と照合すると、本件催告書記載の日付の一部と合致する日に出金の履歴が認められることに加え、上記ロの(イ)のとおり、本件催告書記載の寄託又は貸与の期間と一部重なる期間を対象とする金銭消費貸借の残債務に係る平成15年公正証書が存在することからすると、本件催告書の内容には、一応の信用性が認められる。
B 次に、Hは、まる1上記ロの(ハ)のとおり、被相続人に対して、本件催告書に記載された17項目の借入金は二重三重にも重なり記載されているが、借入金は全て被相続人とHで締結した金銭消費貸借契約(公正証書)に含まれていると思う旨の回答書を返信し、まる2上記ハの(イ)のとおり、原処分庁に対して、平成15年公正証書は正しいものであり、175,000,000円の借入れのうち、返済した残りが100,000,000円ほどある旨及び本件催告書に記載された日付や金額は多分間違いないと思う旨の申述をし、まる3上記ハの(ロ)のAのとおり、当審判所に対しても、本件催告書に記載された借入金は二重三重に重なっており、合計の借入金が117,000,000円であるかと言われると必ずしもそうではないと思うが、本件催告書に記載された日付や金額が大きく事実と異なるわけではないと思う旨及び被相続人からの借入金は大体90,000,000円から100,000,000円程度残っているという記憶である旨の答述をしており、本件催告書の記載内容及び被相続人からの借入金の残高額についてのこれらのHの申述等は大筋において一致している。
C 以上のことからすると、被相続人は、Hに対して、平成17年2月7日時点で、多くて本件催告書に記載された金額(117,900,000円)程度の貸付債権を有しており、本件相続開始日においても、少なくとも合計100,000,000円程度の貸付金債権を有していたものと認めるのが相当である。
(ロ) 貸付金債権の評価額
 評価通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」には、上記イの(ロ)で説示したとおり、債務者が個人である場合には、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務を弁済するための資金を調達することができないだけでなく、近い将来においても調達することができる見込みがない場合も含まれると解されるところ、上記(イ)の貸付金債権の債務者であるHが、この場合に該当するか否かについて、以下検討する。
A まず、Hの資産状況等についてみると、上記ロの(ホ)のAのとおり、平成18年分ないし平成20年分の市民税の課税実績はなく、同Bのとおり、本件相続開始日において少なくともh市内に不動産を有していなかったことが認められ、また、同Cのとおり、当審判所の調査の結果によってもH名義で返済原資となるような預金を保有していた事実は認められない。
 このような資産状況等であるにも関わらず、Hは、上記(イ)のCのとおり、少なくとも合計100,000,000円程度の被相続人からの借入金を有していたというのであるから、Hは著しい債務超過の状態にあったと判断するのが相当である。
B 次に、Hが被相続人からの借入金を返済するための資金調達が可能か否かをみると、上記Aのとおり、本件相続開始日を挟んで3年分連続して市民税の課税実績がないことからすると、収入面からの返済原資は期待できないということができ、また、少なくともその住所地であるh市内に不動産を所有しておらず、他に返済原資に当てることのできる不動産を所有している様子もうかがわれず、返済原資となるような預貯金の存在も確認できない。そうすると、Hはその収入及び資産からみて被相続人からの少なくとも100,000,000円程度も残っている借入金を返済するための資金を調達することは極めて困難であるということができる。
C さらに、本件の全証拠によっても、本件催告書を受け取った平成17年2月以降、Hは被相続人に対して借入金の一部でも返済した事実は認められず、また、被相続人もHに対して貸付金の返済を受けるための何らかの手続(強制執行手続)を採った事実が認められないことからすると、Hに弁済能力がないことを被相続人も認識していた様子がうかがわれる。
D 加えて、当審判所に提出された全証拠によっても、Hの具体的資力、返済能力等を裏付ける証拠は認められず、上記ハの(ロ)のBのHの当審判所に対する答述を踏まえ、当審判所において実施した調査によっても、Hの具体的資力、返済能力を認めるに足りる証拠は見いだせない。
E 以上のことからすると、Hは、本件相続開始日においては、上記のとおり著しい債務超過の状態にあって、現に被相続人に対する債務を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができる見込みがないというべきであるから、上記イの法令解釈に照らせば、被相続人のHに対する貸付金債権については、評価通達205に定める「回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するいうべきである。
 そうすると、被相続人のHに対する貸付金債権の評価額は零円となるのであるから、原処分庁の上記主張は採用することができない。

(2) 争点2 預り保証金債務の評価額はいくらか。

イ 法令等解釈
(イ) 相続税は、財産の無償取得によって生じた財産的価値の増加に対して課される租税であるから、その課税価格の算出に当たっては、取得財産と控除すべき債務の双方について、それぞれの現に有する経済的価値を客観的に評価した金額を基礎とすべきである。もっとも、債務については、その性質上客観的な交換価値となるものがないため、交換価値を意味する「時価」に代えて、その「現況」(相続税法第22条)により控除すべき金額を評価する旨が定められているものと解される。
 したがって、控除すべき債務が弁済すべき金額の確定している金銭債務の場合であっても、その額面金額が当然に当該債務の相続開始時における消極的経済価値を示すものとして課税価格算出の基礎となるものではなく、金銭債権についてその権利の具体的内容によって時価を評価するのと同様に、金銭債務についてもその利率や弁済期等の現況によって控除すべき金額を個別的に評価しなければならない。そして、弁済期が未到来の確定金銭債務に関して、その約定利率が通常の利率より低い場合には、相続人において通常の利率による利息と約定利率による利息との差額に相当する経済的利益を弁済期が到来するまで毎年留保し得ることとなるから、当該債務は、上記のようにして留保される毎年の経済的利益の現在価値の総額だけその消極的経済価値を減じているものというべきである。
 そうすると、このような債務を評価するには、債務者に留保される毎年の経済的利益について、通常の利率によって弁済期までの中間利息を控除して得られたその現在価値を額面金額から差し引いた金額をもって、相続開始時において控除すべき債務の額と解するのが相当である。
 したがって、預り保証金債務の金額を相続開始時における「現況」によって評価するには、債務の額面金額に通常の利率を基に算出した複利現価率を乗ずる方法で行うべきこととなり、具体的には、次の方法で算出すべきである。
 相続債務の「現況」=債務の額面金額×複利現価率
 複利現価率=1÷(1+r)のX乗
 r=通常の利率
 X=残存期間年数
(ロ) そして、評価通達4−4は、同通達第2章以下に定める財産の評価において適用する年利率は、別に定めるものを除き、日本証券業協会において売買参考統計値が公表される利付国債に係る複利利回りを基に計算した年利率(基準年利率)によることとし、その基準年利率は、短期(3年未満)、中期(3年以上7年未満)及び長期(7年以上)に区分し、各月ごとに定めることとしている。
 ところで、評価通達の改正経緯を見るに、基準年利率は、平成16年以前は、長期国債の応募者利回りと長期プライムレートを参考とすることとし、最近10年間のこれらの平均値を基本として定められていたが、この方法により基準年利率を定めた場合には、金利(利率)が下落傾向にあるときは過去の高い利率が加味されるため高い数値となり、課税時期の利率とかい離が生じることがあり、また、期間の長短に関わらず一律に定めるよりも、期間の長短に応じたリスクをも考慮してある程度の期間別に定めるのが適切であると考えられ、更に、理論的には、各期の将来収入を予測し、それらを現在価値に割り戻した金額の累計額により評価する財産については「割引債の複利ベースの最終利回り」(スポットレート)を、一定期間の年平均収入を推定して評価する財産については「複利年金現価率の基となる利回り」を用いることが合理的と考えられる。そうであるところ、割引国債が1、3、5年といった数種類しか発行、流通していないことから、毎期の利率を得ることが難しく、また、これをベースとして複利年金現価率の基となる利回りを計算することも困難であること、複利年金現価率の基となる利回りとスポットレートとの差が僅少であることから、経験的に両者の間にあることが認められる公表データである「利付国債の複利ベースの最終利回り」(パーレート)を基に算定するのが相当であるとして、平成16年以降は、上記のような方法によって基準年利率を定めることとされたことが認められる。
 このような改正経緯からして、当審判所としては、上記(イ)の預り保証金債務の相続開始時における現況を算出するための「通常の利率」として、基準年利率を用いることが合理的であると認められ、このような複利を前提にして算出された基準年利率を用いる以上は、複利によって計算すべきである。
ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) Q銀行との土地賃貸借契約に係る預り保証金について
A N、被相続人及び請求人とQ銀行との間において、昭和53年9月1日、a市e町○−○外の土地について、N、被相続人及び請求人を賃貸人、Q銀行を賃借人とする土地賃貸借契約を締結した。
 なお、当該契約の期間は、本件内訳1によれば、昭和53年9月1日から60年間とされたものである。
 また、Q銀行は、賃貸人3名に保証金120,000,000円(以下「Q銀行保証金」という。)を預託した。
B N、被相続人及び請求人とQ銀行との間において、昭和59年10月19日、上記Aの土地賃貸借契約について、目的物たる土地の一部の変更を行い、これに伴って請求人は当該契約の当事者ではなくなった。
 なお、このとき、Q銀行保証金については、N及び被相続人が、賃貸土地の返還を受けるのと同時に連帯して返戻すること及び無利息であることが確認された。
(ロ) S社との土地賃貸借契約に係る預り保証金について
A N、被相続人及び請求人とS社との間において、昭和58年12月10日、a市e町○−○外の土地について、N、被相続人及び請求人を賃貸人、S社を賃借人とする土地賃貸借契約(以下「本件S社借地契約」という。)を締結した。
 なお、本件S社借地契約の期間は、昭和58年12月10日から60年間とされた。
B S社は、本件S社借地契約において、賃貸人3名に対し、保証金220,000,000円(以下「本件S社保証金」という。)を預託した。
 なお、本件S社保証金については無利息とし、契約の終了時等に返還することとされた。
(ハ) T社との土地賃貸借契約に係る預り保証金について
A 被相続人、N及びWとT社との間において、平成元年10月26日、a市f町○−○外の土地について、被相続人、N及びWを賃貸人、T社を賃借人とする土地賃貸借契約(以下「本件T社借地契約」という。)を締結した。
 なお、本件T社借地契約の期間は、平成元年10月26日から60年間とされた。
B T社は、本件T社借地契約において、賃貸人3名に対し、保証金350,000,000円(以下「本件T社保証金」という。)を預託した。
 なお、本件T社保証金については無利息とし、契約の終了時等に返還することとされた。
(ニ) T社との駐車場賃貸借契約に係る預り保証金について
A 被相続人は、T社との間において、平成17年6月1日、a市f町○−○の土地について、被相続人を賃貸人、T社を賃借人とする駐車場賃貸借契約(以下「本件T社駐車場契約」という。)を締結した。
 なお、本件T社駐車場契約の期間は、平成17年6月1日から10年間とされた。
B T社は、本件T社駐車場契約において、賃貸人である被相続人に対し、敷金5,400,000円(以下「本件T社駐車場保証金」という。)を預託した。
 なお、本件T社駐車場保証金については無利息とし、契約の終了後に返還することとされた。
(ホ) 株式会社Y社との事業用定期借地権設定契約に係る預り保証金について
A 被相続人は、Y社との間において、平成17年4月14日、「事業用借地権設定契約のための覚書」と題する文書を作成し、もって、a市g町○−○外の土地について、被相続人を賃貸人、Y社を賃借人とする事業用借地権設定契約(以下「本件Y社借地契約」という。)を締結した。
 なお、本件Y社借地契約の期間は、平成17年9月1日頃から20年間とされた。
B Y社は、本件Y社借地契約において、賃貸人である被相続人に対し、敷金17,000,000円(以下「本件Y社保証金」といい、「本件S社保証金」、「本件T社保証金」及び「本件T社駐車場保証金」と併せて「本件各預り保証金」という。)を預託した。
 なお、本件Y社保証金については無利息とし、契約の終了後に返還することとされた。
ハ 判断
(イ) 請求人は、弁済期未到来の低利の債務について、通常金利と約定利息との差額に相当する経済的利益が弁済期まで毎年生じるとはいえない等るる主張する。
 しかしながら、相続財産の課税価格の算定の基礎となる債務の金額は、相続開始時における当該債務の経済的価値を客観的に評価した金額であり、当該経済的価値は、当該債務の利率や弁済期等によって客観的に定めるべきものであるところ、上記イで説示したとおり、弁済期が未到来の金銭債務については、通常の利率による利息と約定利率による利息との差額に相当する経済的利益を弁済期が到来するまで毎年留保することになるから、当該債務は、このように留保される毎年の経済的利益の現在価値の総額だけその消極的経済価値を減じているものというべきである。したがって、請求人の主張はいずれも採用することができない。
 なお、請求人は、運用益は、それに対する所得税及び住民税の金額だけ減少するから、弁済期未到来の債務の現在価値の評価を行うに当たっては、所得税及び住民税負担分を差し引いたネットの運用率を適用しなければならない旨主張するが、相続開始時における債務の経済的価値の評価に当たり、その算定過程である通常の利率による利息と約定利率による利息との差額に相当する経済的利益(債務者に留保される利益)の評価において当該利益に係る債務者の租税負担を考慮すべきではないから、請求人の上記主張は、採用することができない。
(ロ) そして、上記イの法令解釈からすれば、本件各預り保証金は、いずれも、その額面金額が当然に当該債務の本件相続開始時における消極的経済価値を示すものとして課税価格算出の基礎となるものではなく、通常の利率によって弁済期までの中間利息を控除して現在価値を算出すべきであり、通常の利率には基準年利率を適用するのが合理的であるところ、本件各預り保証金の現在価値(本件相続開始日現在)は、別表4のとおり、算出すべきである。
 なお、残存期間年数については、本件相続開始時点で明らかである土地の賃貸借契約の期間どおりにするのが合理的である。
(ハ) 請求人は、T社に対する貸地は平成23年3月31日に当該土地及び保証金債務を承継したLによって売却され、原処分の時点において、保証金債務は消滅しており、以後経済的利益が発生する余地はなく、架空の経済的利益が発生すると仮定して評価減した債務控除により相続税の課税を行うことはできない旨を主張する。
 しかしながら、相続税における財産の評価は相続開始時点で行うべきものであり、本件のような保証金債務についてもその例外と解すべきではないから、本件相続開始後に請求人の主張するような事情があったものとしても、そのことを相続開始時点での財産評価において考慮することはできないというべきであり、請求人の上記主張は採用することができない。
ニ 小括
 以上のとおり、本件各預り保証金は、別表4のとおり、本件相続開始時点での現在価値を算出して債務控除すべきであり、この点における請求人の主張は、いずれも独自の見解によって原処分の違法ないし不当をいうものであって、採用することができない。

(3) 本件更正処分について

 被相続人のHに対する貸付金債権の評価額は零円であり、これにより請求人の相続税の納付すべき税額を計算すると、別紙1の3の「裁決後の額B」のとおり○○○○円となる。
 以上の結果、請求人の相続税の納付すべき税額は本件更正処分の金額を下回ることから、本件更正処分は、その一部を別紙1「取消額計算書」のとおり取り消すべきである。

(4) 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は、上記(3)のとおり、その一部を取り消すべきところ、取消後の本件更正処分に係る上記(3)の納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちに本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があると認められるものはない。
 そうすると、国税通則法第65条第1項の規定に基づき請求人の過少申告加算税の額を計算すると、別紙1の3「裁決後の額B」のとおり○○○○円となり、この金額は本件賦課決定処分の金額を下回るから、本件賦課決定処分は、その一部を別紙1「取消額計算書」のとおり、取り消すべきである。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る

トップに戻る