(平成26年2月19日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人F(以下「請求人F」という。)及び同H(以下「請求人H」といい、請求人Fと併せて「請求人ら」という。)が被相続人から承継した滞納国税を徴収するため、相続によって取得した不動産の共有持分をそれぞれ差し押さえたのに対し、請求人らが、相続に関しては限定承認を行い、相続債権者等に対し所定の期間内に請求の申出をすべき旨を公告しているところ、差押処分に係る国税債権は、同期間内に請求の申出がなされていないため、除斥された債権である、また、仮に除斥された債権ではないとしても、当該不動産の共有持分は民法第932条《弁済のための相続財産の換価》ただし書に基づく価額弁済により請求人Fが固有財産として取得しており、同差押処分は対象財産の帰属を誤ってされたものであるなどとし、同差押処分は違法又は不当な処分であるとして、同処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯及び基礎事実

イ 原処分庁は、請求人Fの夫であり、請求人Hの父であるJ(以下「本件被相続人」という。)の生前、同人が平成14年分の所得税の確定申告分及び平成15年分の所得税の予定納税第2期分を納期限までに完納しなかったため、平成14年分の所得税の確定申告分については平成15年5月14日に、また、平成15年分の所得税の予定納税第2期分については平成15年12月24日に、国税通則法(以下「通則法」という。)第37条《督促》第1項の規定に基づき督促状をそれぞれ発し、その納付を督促した。

ロ 本件被相続人は、平成23年6月○日に死亡し、請求人らが相続した(以下この相続を「本件相続」という。)。

ハ 請求人らは、本件相続に関し、K家庭裁判所(以下「K家裁」という。)に対してそれぞれ限定承認の申述を行い、K家裁は、平成23年8月○日付でその申述受理の審判を行った。また、請求人Fは、同日付で相続財産管理人(以下「本件相続財産管理人」という。)として選任された。

ニ 本件相続財産管理人は、平成23年8月○日付官報において、全ての相続債権者及び受遺者に対し、限定承認をしたこと及び公告掲載の翌日から2か月以内に請求の申出をすべきこと、同期間内に請求の申出がない場合は弁済から除斥する旨の公告をした。

ホ 原処分庁は、平成24年10月18日付で、請求人らに対して、通則法第5条《相続による国税の納付義務の承継》第2項の規定により本件被相続人の滞納国税の承継分を各2分の1とする「相続による納税義務承継通知書」を送付し、請求人らに係る別表1及び別表2の各滞納国税(以下「本件各滞納国税」という。)の納付の催告を行った。

ヘ 原処分庁は、請求人らが納付すべき本件各滞納国税を徴収するため、平成24年10月25日付で、請求人らが本件相続によって取得した別表3の不動産の共有持分権(以下「本件各不動産」という。)について、別表1の請求人Fの滞納国税に係る差押処分及び別表2の請求人Hの滞納国税に係る差押処分(以下「本件各差押処分」という。)をし、同月26日付で、同月25日差押えを登記原因とする請求人らの持分差押登記がいずれも経由された。

ト 請求人らは、本件各差押処分に不服があるとして平成24年12月17日にそれぞれ異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成25年2月8日付でいずれも棄却する旨の異議決定をした。

チ 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成25年3月7日にそれぞれ審査請求をした。なお、請求人Hは同年5月11日付、請求人Fは同年6月15日付で同人を総代として選任し、その旨を当審判所に届け出た。

(3) 関係法令

 別紙2のとおりである。

(4) 争点

争点1 本件各差押処分は、民法第935条により除斥された債権に基づく違法又は不当な処分であるか否か。

争点2 本件各差押処分は、民法第932条ただし書の規定に従い、本件相続によって得た本件各不動産の価額弁済がなされた後に行われた違法又は不当な処分であるか否か。

争点3 本件各差押処分は、本件各滞納国税に係る請求人らの法定相続分全額を請求債権とした違法又は不当な処分であるか否か。

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2 主張

別紙3のとおりである。

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3 判断

(1) 争点1 本件各差押処分は、民法第935条により除斥された債権に基づく違法又は不当な処分であるか否か。

イ 法令解釈

(イ) 国税債権と民法第935条について
 国税債権は、徴収法により優先徴収権を認められた公法上の債権ではあるが、他の法規上、その優先順序や権利行使の方式ないし期間等について特則が設けられている場合には、当然これによる制約に服すべきものである。そこで、限定承認がされた相続財産に対し、国税債権の徴収のために滞納処分をする場合の優先順序や権利行使の方式ないし期間等についても、限定承認後の相続財産の清算手続について定めた民法第935条等の規定の解釈によってこれを決するべきである。

(ロ) 民法第935条の除斥と国税債権について

A 限定承認は、相続人が相続によって得た積極財産の範囲内でのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済することを留保して相続を承認する制度である(民法第922条)。限定承認があると、相続財産をもって相続債権者及び受遺者に弁済するため、一種の清算手続が行われることとなる。その一環として、限定承認をした相続人は、知れている相続債権者及び受遺者に対してその申出の催告をするとともに、官報に掲載する方法で全ての相続債権者及び受遺者に対して限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告すべきこととされている(民法第927条)。限定承認者は、かかる手続により、清算の対象となる相続債権者及び受遺者の氏名と相続債務の数額を正確に認識把握した上で、同期間の満了後に、相続財産をもってその期間内に申し出た債権者その他知れている債権者に、配当弁済を行うのである(民法第929条)。
 期間内に申出をしなかった相続債権者及び受遺者であって限定承認者に知れなかった者は、かかる清算から除斥され、民法第935条本文により、上記配当弁済後、残余財産があった場合に、その残余財産についてのみ権利行使ができることとなる。

B もっとも、民法第935条ただし書は、特別担保を有する者は、そのような制限に服しない旨規定する。これは、特別担保を有する者は、当該担保物権の効力として、目的物が換価された場合一般債権者に先立って債務者の財産から弁済を受けることができる、いわゆる優先弁済権を有するところ、かかる優先弁済権は、上記清算手続においても当然に認められるのであって、およそ除斥の対象にならないことを注意的に定めたものであると解される。

C ところで、民法第935条ただし書の「特別担保を有する者」とは、その文言からして、私法上の被担保債権の債権者をいうものと解され、国税債権のような公法上の債権について規定の対象としていないことは明らかである。
 しかし、国税債権は、法律上当然に発生し、登記・登録等の公示を必要とせず、納税者の総財産を対象とするが、各個の財産に対して、原則として全ての債権に優先して徴収されるものである(徴収法第8条)。私法上の特別担保の被担保債権であっても、国税債権が劣後するのは、留置権の被担保債権及び国税の法定納期限等以前に設定され若しくは成立した質権、抵当権又は先取特権の被担保債権といった徴収法第15条《法定納期限等以前に設定された質権の優先》以下に特に規定するものに限られるのである。民法第935条ただし書が、同条本文の定める除斥の制度について、上記のように一般の債権等に対する清算手続の迅速な処理を目的とするものであって、特別の担保物権が有する優先弁済機能までも否定する趣旨ではないことを注意的に規定したものであることを考慮すれば、このような強い優先徴収権を有する国税債権についても、民法第935条ただし書の「特別担保」に準ずるものとして解するのが相当である。
 なお、国税債権についてはそもそも公示が不要であり、また、実質的にもその存在の可能性が予想され、その成立及び内容は法規によって定まるのであるから、公示の方法がないことをもって、上記のように解する妨げとはならないというべきである。

ロ 認定事実

 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。

(イ) 上記1の(2)のニのとおり、本件相続財産管理人は、債権申出期間を定めて限定承認公告をしたが、原処分庁は、当該期間内に、相続債権者としての請求の申出を行わなかった。

(ロ) 本件各滞納国税の平成24年10月25日現在における滞納税額は、別表1及び別表2の滞納税額欄のとおりである。

ハ 判断

(イ) 限定承認がされた相続財産を国税債権の引当てとする場合、国税債権に自力執行権があるとはいっても、その権利行使の方式や期間、優先順位等については、民法第935条等の規定の解釈によって決するべきであることは、上記イの(イ)で述べたとおりである。
 ところで、限定承認をした相続人は、限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならないこととされているが(民法第927条)、期間内に申出をしなかった相続債権者等で限定承認者に知れなかった者は、弁済から除斥され、民法第935条本文により、申出をした相続債権者等に対する配当弁済の後、残余財産があった場合にのみ権利行使ができることとなる。
 もっとも、民法第935条ただし書は、相続財産について特別担保を有する者は、所定の期間内に申出をしなかったとしても、かかる除斥の効果を受けない旨規定しているところ、国税債権は、上記イのとおり、民法第935条ただし書の特別担保に準ずるものである。そうすると、上記ロのとおり、原処分庁が当該債権申出期間内に、本件各滞納国税について相続債権者として請求の申出を行わなかったとしても、同条本文の適用を受けることはない。
 以上のとおりであり、本件各滞納国税は民法第935条により除斥されたものとはいえず、これを理由として本件各差押処分を、違法又は不当ということはできない。

(ロ) 請求人らは、債権申出期間内に請求の申出がなされていない国税債権は、限定承認に係る清算に関する弁済から除斥されているから、このような国税債権に基づいてなされた本件各差押処分は違法又は不当である旨主張する。
 しかしながら、上記(イ)のとおり、本件各滞納国税は、弁済から除斥された債権ということにはならないので、請求人らの主張には理由がない。

(2) 争点2 本件各差押処分は、民法第932条ただし書の規定に従い、本件相続によって得た本件各不動産の価額弁済がなされた後に行われた違法又は不当な処分であるか否か。

イ 法令解釈

(イ) 民法第932条ただし書の規定について
 相続財産について限定承認をした者は、所定の公告期間後、知れている相続債権者等に対し弁済をすることとなるが(民法第929条ないし第931条)、その際、民法第932条本文により、相続財産の換価は原則として競売によることとされている。
 もっとも、民法第932条ただし書は、限定承認をした者は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済してその競売を止めることができる旨規定している。これは、限定承認をした相続人が、被相続人との間の身分関係等の特殊事情により、相続財産に対して思い入れを持ち、相続財産の全部又は一部を競売に付すことなく、自己が保有したいと考えることがある一方で、相続債権者又は受遺者にとっては、相続財産の客観的価値による弁済さえ確保されるのであれば、これを相続人らに帰属させても何ら差し支えないことから、競売による換価手続をしないで、鑑定人の評価した当該財産の価額を限定承認者が固有財産から支払うことによって当該財産を取得する権利を認めた趣旨であると解される。

(ロ) 滞納処分による差押えに民法第177条の適用があるかなどについて
 民法第177条は、不動産に関する物権の得喪及び変更について、不動産登記法その他の法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない旨規定している。
 ところで、国税滞納処分において、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として強制執行の方法によりその満足を得ようとするものである。滞納者の財産を差し押さえた国の地位は、あたかも民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱いを受ける理由となるものではない。そうすると、滞納処分による差押えの関係においても、民法第177条の適用があるものと解するのが相当である(最高裁昭和31年4月24日第三小法廷判決・民集10巻4号417頁)。
 したがって、相続財産である不動産について、限定承認者が民法第932条ただし書の規定により価額弁済をして取得した後に当該不動産に対して滞納処分による差押えがなされた場合、当該価額弁済者(以下「価額弁済者」という。) は、特段の事情がない限り、同法第177条により、差押処分をした国に対し、登記なくして自らが当該不動産を取得したことを対抗することができないものと解するのが相当である。

ロ 認定事実

 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。

(イ) 本件被相続人が所有し、同人名義で登記されていた本件各不動産(土地及び建物について、それぞれ持分72分の23)のうち、各持分144分の23については請求人Fに、各持分144分の23については請求人Hに、それぞれ平成23年6月○日相続を登記原因として持分権が移転した旨の平成24年5月15日付持分移転登記がいずれも経由されている。

(ロ) 本件相続財産管理人は、平成24年6月7日、K家裁に対して、本件価額弁済を行うために、本件各不動産の価額を評価する鑑定人の選任の申立てを行った。

(ハ) 上記(ロ)の申立てに対し、K家裁は、平成24年6月14日、鑑定人としてL不動産鑑定士を選任し、同人は、同年7月6日、本件各不動産の鑑定評価額を900,000円と決定した。その後、本件相続財産管理人は、同年9月11日、限定承認者である請求人Fから当該鑑定評価額 900,000円と同額の金員を本件価額弁済として受領し、同日付でM銀行本店営業部のJ相続財産管理人F名義の普通預金口座へ同額の金員を入金した。

ハ 判断

(イ) 本件への当てはめ

A 上記1の(2)のホ及びヘのとおり、原処分庁は、本件被相続人が生前滞納した国税について、請求人らが2分の1ずつ承継したとして、これを徴収するため、平成24年10月25日、請求人らが本件相続により取得した本件各不動産について、本件各差押処分をした。
 しかるに、本件各不動産について、上記ロの(ロ)及び(ハ)のとおり、平成24年9月に、相続財産について限定承認をした請求人Fが、民法第932条ただし書による価額弁済をしたことが認められる。
 このことを理由として、請求人らは、本件各差押処分の時点で、相続財産に帰属していたのは上記価額弁済による弁済金であって、本件各不動産は相続財産に帰属していなかった旨主張している。

B しかし、上記イの(ロ)で述べたとおり、民法第177条は、不動産に関する物権の得喪及び変更について、登記をしなければ、第三者に対抗することができない旨規定しているが、これは、滞納処分による差押えの関係においても適用があるものと解するのが相当である。したがって、請求人Fは、本件各差押処分をした国に対し、登記を経なければ、本件各不動産を固有財産として取得したことを対抗できないものと解される。
 ところが、本件価額弁済に関し、持分権移転登記はされておらず、先に、本件各差押処分に係る差押登記が具備されている。

C もっとも、本件価額弁済の公示に当たり、どのような登記手続を経るかに関し、以下の問題が存するところではある。
 すなわち、本件各不動産は、別表3のとおり1筆の土地及びその上に建つ建物の共有持分権(土地、建物それぞれについて、持分72分の23)であり、これについて請求人らが共同相続し、しかる後に、請求人Fが、請求人らの各持分を併せて民法第932条ただし書の価額弁済をしたものである。
 ところで、限定承認をされた相続財産について、共同相続人のうちの1名が民法第932条ただし書に基づいて価額弁済をし、これを取得した場合、登記実務上は、共同相続の登記をした上で、価額弁済をした相続人以外の共同相続人の持分につき「民法第932条ただし書の価額弁済」を登記原因として、価額弁済をした相続人への持分移転の登記がされることとなる(昭和58年6月6日民3第3316号民事局第3課長回答)。
 これを本件についてみると、上記ロの(イ)のとおり、平成24年5月15日付で、平成23年6月○日相続を原因として本件各不動産に係る共有持分権が、請求人Fに各144分の23、請求人Hに各144分の23の割合で各移転した旨の持分移転登記がされている。
 本件各不動産のうち請求人H持分については、上記にいう、価額弁済者以外の共同相続人の持分であり、本件価額弁済による権利移転を公示するためには、請求人Hから価額弁済者である請求人Fへ民法第932条ただし書の価額弁済を登記原因とした持分移転登記手続をすることが可能である。
 しかし、本件各不動産のうち本件被相続人から請求人Fが相続した持分(以下「請求人F持分」という。) については、相続人本人が価額弁済をしたこととなるところ、このような場合、上記登記実務によれば、相続を登記原因として本件被相続人から請求人Fへの持分移転登記がされたままとされ、例えば、民法第932条ただし書の価額弁済を登記原因として請求人Fから請求人Fへの持分移転登記がされることはない。すなわち、請求人F持分については、限定承認後の相続債務の引当てとなるべき相続財産から、本件価額弁済により、請求人Fの固有財産に切り替わったことを公示する手段がないこととなる。
 しかしながら、請求人Fは、少なくとも、請求人H持分について請求人Hから請求人Fへの持分移転登記手続をすることにより、本件価額弁済がなされたことを公示することができる。
 つまり、請求人Fが請求人H持分に関する持分移転登記を経由することにより、全体としてみれば、価額弁済者である請求人Fは、本件各不動産を本件価額弁済により取得し、本件各不動産が相続財産から請求人Fの固有財産に切り替わったことを第三者からみて推測可能なように公示することができるのである。
 しかるに、請求人H持分についても、持分移転登記手続がされていない本件では、請求人Fが、第三者に対し、相続財産であった本件各不動産を請求人Fの固有財産として取得したことを対抗できないものとしても民法第177条の趣旨に反するとまではいうことはできない。

D そうすると、請求人Fは、国税債権の滞納処分として本件各不動産を差し押さえた国に対し、民法第177条に基づき、滞納国税の引当てとなるべき相続財産であった本件各不動産について、本件価額弁済により、請求人Fの固有財産として取得したことを対抗できない。

E 以上のとおりであるから、請求人らの、本件各不動産が、本件価額弁済により、相続財産から請求人Fの固有財産へ移転したという主張は採用できず、本件各不動産が相続財産であることを前提に行った本件各差押処分について、財産の帰属認定を誤った違法又は不当な処分であるということはできない。

(ロ) 請求人らの主張

A 請求人らは、民法第932条ただし書の規定の手続により、相続財産は、責任財産ではなくなり、その支払った価額が責任財産として取り扱われることとなるところ、上記ロの(ロ)及び(ハ)のとおり、平成24年9月11日に限定承認者である請求人Fが鑑定人の鑑定評価額と同額の900,000円を本件相続財産管理人に支払っており、この価額弁済により、本件各不動産は、相続債権の責任財産ではなくなっているので、法定の手続に従って、請求人Fが取得しており、既に相続債権者の債権の責任財産としての拘束から解放されている旨主張する。
 しかしながら、本件で、請求人Fが国税債権の滞納処分として本件各不動産を差し押さえた国に対し、本件価額弁済による本件各不動産の移転を対抗できないことは、上記(イ)のとおりであるから、本件各不動産は相続債権者の責任財産としての拘束から解放されているということはできず、これと相反する請求人らの主張には理由がない。

B 次に、請求人らは、滞納処分が進められた場合、請求人Fの支出した相続財産に関する費用(鑑定評価報酬、官報公告掲載料、内容証明郵便代金)は無駄な支出となり、不合理な結果といわざるを得ない旨主張する。
 しかしながら、上記費用は、要するに、本件各不動産を任意売却するための費用ということができるところ、民法第177条は、登記を具備していない者は、当該不動産の取得等に当たり支払った費用等のいかんを問わず、同取得等を第三者に対抗できないものとしているのであって、請求人らが主張するような支出が結果的に生じたとしても、そのことが原処分の違法又は不当を理由付けるものとまではいえず、請求人らの主張には理由がない。

(3) 争点3 本件各差押処分は、本件各滞納国税に係る請求人らの法定相続分全額を請求債権とした違法又は不当な処分であるか否か。

イ 請求人らは、本件各差押処分は、本件各滞納国税が本件被相続人の相続債務全体の1パーセントにも満たない割合にもかかわらず、本件各滞納国税の法定相続分全額を請求債権としている点で徴収法第47条第1項に違反し、違法又は不当な差押えである旨主張しているが、本件各差押処分を行うに当たり、請求債権を本件被相続人の相続債務全体に占める本件各滞納国税の割合に減縮する必要がないことは、以下のとおり明らかである。
 法は、滞納者の国税につきその財産を差し押さえる際、当該滞納者に他の私法上の債務や滞納している国税、地方税があったとしても、当該滞納国税全額を請求債権として差し押さえることを前提とし、その余の国税等を徴収しようとする税務署長等との間では、徴収法第82条《交付要求の手続》により、強制執行等を行った一般の債権者との間では、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律等により、それぞれ調整を図っているのである。
 また、徴収法が、原則として全ての債権に優先して徴収されるものである(徴収法第8条)ことからも、差押処分を行うに当たって、請求債権を、滞納者の相続債務全体に占める滞納国税の割合に減縮する必要はないのであって、限定承認後の相続財産に対する差押えの場合であっても、これと異なる取扱いを行うべきとはいえない。
 請求人の主張する徴収法第47条第1項が、かかる減縮について規定するものでないことは、別紙2関係法令7記載のとおりであり、徴収法には、限定承認後の相続財産に対して差押えを行う際、請求債権が、請求人らが承継した相続債務全体に占める本件各滞納国税の割合に減縮されるという規定はない。また、その他の法令にもこのような規定はないのであって、請求人の主張するような取扱いをすべき理由はない。
 したがって、本件各滞納国税の法定相続分全額を請求債権としても違法又は不当な差押えであるということはできないので、請求人らの主張には理由がない。

ロ また、請求人らは、本件各差押処分に係る国税債権者は、民法第929条ただし書に規定する「優先権を有する債権者」に該当しないことから、本件各差押処分に係る国税債権は、弁済から除斥されないとしても配当弁済を受けるにとどまるというべきであるので、本件各滞納国税の法定相続分全額を請求債権とするのは違法又は不当な差押えである旨主張するが、国税債権は、原則として全ての債権に優先して徴収されるものであり(徴収法第8条)、民法第929条ただし書の趣旨からして、国税債権についてのみ、他の優先権を有する私法上の債権者と区別して一般債権者と同列に扱うべきともいえない。また、上記イのとおり、本件各滞納国税の法定相続分全額を請求債権としても本件各差押処分は違法又は不当な差押えではないので、請求人らの主張には理由がない。

ハ さらに、請求人らは、限定承認手続に関する規定中、国税債権に優先権を認める内容の規定も存在しないこと及び破産法第148条、同法第151条及び同法第152条のように債権の優先順位及び債務の弁済等配当に関する諸規定が存在しないことから、債権者平等の原則に従うべきであって、国税債権が優先権を有するとの見解は妥当ではない旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のイのとおり、国税債権は、原則として全ての債権に優先して徴収されるものであり(徴収法第8条)、かかる優先徴収権は、限定承認後の清算手続においても、失われるものではないことは、民法第929条ただし書が、配当弁済について優先権を有する債権者の権利を害することができない旨注意的に規定している趣旨からも明らかである。そうすると、限定承認に関する民法の規定に、破産法における財団債権の定め(破産法第148条第1項第3号、同法第151条及び同法第152条)のように、租税等の請求権等を他の債権に先立って弁済すべき旨を改めて定めた規定が存在しなかったとしても、国税債権が一般債権と同様に債権者平等の原則に服することはない。したがって、この点に関する請求人らの主張にも理由がない。

(4) その他

 以上のとおり、本件の各争点については、いずれも原処分を違法又は不当とすべき点はなく、原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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