(平成26年4月18日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人A、同D、同E及び同F(以下、この4名を併せて「請求人ら」という。)が相続税の申告において相続財産中の貸家等の評価に当たり、その全部が貸し付けられていることを前提に減価したところ、原処分庁が、当該家屋等のうち集合住宅の一部に相続開始日において空室があったなどとして減価を一部認めず更正処分等をしたのに対し、請求人らが、当該家屋等は継続的に賃貸の用に供しているものであり、たまたま相続開始日に一時的に空室があったとしても、その部分の減価を認めないことは違法であるなどとしてその一部の取消しを求めた事案であり、争点は、貸家及びその敷地の評価である。

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求(平成25年4月23日請求)に至る経緯は、別表1のとおりである。
 なお、請求人らは、審査請求人Aを総代として選任し、審査請求の日にその旨を当審判所に届け出た。

(3) 関係法令等

 別紙2のとおりである。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人らと原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人らは、いずれも平成21年8月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したG(以下、同人の死亡により開始した相続を「本件相続」という。)の子である。本件相続の共同相続人は、請求人ら4名である。
ロ 別表2に記載の家屋(以下「本件各家屋」という。また、本件各家屋のうち、集合住宅であるものを「本件各集合住宅」といい、戸建住宅であるものを「本件各戸建住宅」という。)並びに本件各家屋の敷地の用に供されている別表3に記載の土地、借地権及び使用借権(以下「本件各土地等」という。)は、本件相続に係る相続財産の一部である。
ハ 本件各集合住宅は、いずれも、建物の構成部分である隔壁、扉、階層(天井及び床)等によって他の部分と完全に遮断されており、独立した出入口を有するなど、独立して賃貸その他の用に供することができる各独立部分によって構成されている。各家屋の各独立部分の数及び各独立部分の床面積の合計は、別表2の「各独立部分の総数」欄に記載のとおりである。
 また、本件各集合住宅の各独立部分のうち、別表2の「本件相続開始日に空室であった独立部分」欄に記載の各独立部分(以下「本件各独立部分」といい、各独立部分の床面積は、同欄に記載のとおりである。)は、本件相続開始日において現に賃貸されていなかった。

2 主張

 別紙3のとおりである。

3 判断

(1) 法令等解釈

イ 相続税法第22条は、相続財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価によるべき旨規定しているが、ここでいう時価とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解される。
 もっとも、相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、また、財産の客観的交換価値は、必ずしも一義的に確定されるものではない。そこで、課税実務上は、相続財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、そこに定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされている。これは、相続財産の客観的な交換価値を個別に評価する方法を採ると、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることが避け難く、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあるばかりか、納税者の法的安定性及び予見可能性を損ね、また、納税者間の公平を害する可能性があるため、国税庁長官が、財産の評価方法に共通する原則や財産の種類及び評価単位ごとの評価方法などに関する一般的基準を評価通達に定め、相続財産の評価を画一的に行うとともに、これを公開し、納税者の申告及び納税の利便に供したものである。
 このような評価通達の趣旨等からすれば、相続により取得した財産の評価は、評価通達が定める評価方式によった場合にはかえって実質的な租税負担の公平を害することが明らかな場合を除き、課税の公平の観点から、評価通達の定める評価方式に基づいて行うことが相当であると解される。
ロ ところで、評価通達26、28及び93は、貸家建付地、貸家建付借地権(以下、貸家建付地と併せて「貸家建付地等」という。)及び貸家の価額について、別紙2の関係法令等の6、8及び9記載の算式のとおり、それぞれ当該宅地の自用地としての価額(同通達26)や借地権等(同通達28)の価額、家屋(同通達93)の価額から、これらの価額に国税局長が定める「借家権割合」等を乗じたものを差し引く方法で一定の減価補正をする旨を定めている。これは、建物が借家権の目的となっている場合には、賃貸人は一定の正当事由がない限り、建物賃貸借契約の更新拒絶や解約申入れができない(借地借家法第28条《建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件》)ため、借家権を消滅させるために立退料等の支払をしなければならないこと、また、家屋の借家人は、家屋に対する権利を有するほか、その敷地についても、家屋の賃借権に基づいて、家屋の利用の範囲内で、ある程度の支配権を有しているものと認められ、逆にその範囲において地主は、利用についての受忍義務を負うこととなること、したがって、借家権が付いたままで貸家及びその敷地を譲渡する場合にも、譲受人は、建物及びその敷地の利用が制約されることになるため、貸家及び貸家建付地等の経済的価値がそうでない建物及び敷地等に比較して低下することを考慮したものと解される。
 また、貸家の中には、課税時期において、1棟の建物を複数の者に対して住宅や店舗等として貸し付けているものがある。評価通達26、28及び93は、このような貸家及び貸家建付地等の評価額につき上記減価補正をする場合に、借家権割合に賃貸割合(当該家屋の各独立部分の床面積の合計に対する課税時期において賃貸されている各独立部分の床面積の合計の割合)を乗じたものを差し引くこととしている。
 すなわち、「借家権の目的となっている家屋」とは現実に貸し付けられている家屋をいうものと解されること、相続財産の価額は「相続開始時の」時価によるべきことから、一棟の家屋について、それがもっぱら賃貸用として建築されたものであっても、相続開始時点において現実に賃貸されていない独立部分が存在する場合は、当該独立部分の客観的交換価値は、それが借家権の目的となったことによる経済的価値の減少の効果を受けないのであるから、これがないものとして評価すべきであり、当該貸家の敷地すなわち貸家建付地等の評価についても、当該独立部分には借家権の負担がないものとして評価すべきであると考えているのである。
 なお、この場合における「独立部分」とは、家屋の構成部分である隔壁、扉、階層(天井及び床)等によって他の部分と完全に遮断されている部分で、独立した出入口(外部に接する出入口を有しない部分であっても、共同で使用すべき廊下、階段、エレベーター等の共用部分のみを通って外部と出入りすることができる構造となっているものは、これに当たる。)を有するなど独立して賃貸その他の用に供することができるものをいう。
 ところで、評価通達26の(注)2は、賃貸割合の算出に当たり、賃貸されている各独立部分には、継続的に賃貸されていた各独立部分で、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められるものを含むこととして差し支えない旨定めている。これは、継続的に複数の者の賃貸の用に供されている建物等において、相続開始時にたまたま一時的に空室が存したような場合、原則どおり賃貸割合を算出することが、不動産の取引実態等に照らして必ずしも実情に即したものといえないことがあるものとして、これに配慮したものと解される。
 国税庁は、国税についてのよくある質問に対して、ホームページ上で情報提供を行っている「タックスアンサー」(以下「国税庁タックスアンサー」という。)No.4614「貸家建付地の評価」として、継続的に賃貸されていたアパート等の各独立部分で、例えば、まる1各独立部分が課税時期前に継続的に賃貸されてきたものであること、まる2賃借人の退去後速やかに新たな賃借人の募集が行われ、空室の期間中、他の用途に供されていないこと、まる3空室の期間が、課税時期前後の例えば1か月程度であるなど、一時的な期間であること、まる4課税時期後の賃貸が一時的なものではないことなどの事実関係から、課税時期において一時的に空室となっていたにすぎないと認められるものについては、課税時期においても賃貸されていたものとして取り扱って差し支えないとしているが、これは、上記評価通達に係る運用を記載したものと解される。

(2) 認定事実

 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 別表2のとおり、H住宅(後)は、2室の独立部分(○号室及び△号室)を有する集合住宅であり、いずれも、本件相続開始日において賃貸されていなかった。また、H住宅(前)は、戸建住宅(×号室)であり、本件相続開始日において現に賃貸されていた。
 なお、原処分においては、H住宅(前)が○号室であり、本件相続開始日において賃貸されておらず、H住宅(後)が△号室及び×号室であり、本件相続開始日において△号室のみが賃貸されていないとして各家屋及び土地を評価している。
ロ H住宅(前)を除く本件各戸建住宅(J住宅及びK)は、本件相続開始日において現に賃貸されていなかった。
ハ 本件相続開始日前後の本件各独立部分の賃貸の状況は、別表4のとおりである。

(3) 判断

イ 賃貸されていなかった期間が一時的といえるか否かの判断基準について
 上記(1)のイのとおり、相続税法第22条にいう時価とは、相続により財産を取得した日において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち、相続開始時における当該財産の客観的な交換価値をいうものと解されることからすれば、同ロのとおり、評価通達26に定める賃貸割合の算出上、各独立部分を有する家屋の全部又は一部が貸し付けられているかどうかについては、課税時期(相続開始日)における現況に基づいて判断するのが原則である。
 その上で、評価通達26の(注)2が、継続的に賃貸の用に供されている各独立部分を有する家屋について、課税時期においてたまたま一時的に空室が生じている場合もあることを考慮し、例外として、賃貸割合の算出に当たり、賃貸されている各独立部分には、継続的に賃貸されていた各独立部分で、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められるものを含むこととして差し支えない旨定めているのであるから、賃貸されていなかった期間が一時的といえるかどうかについては、上記(1)のロのとおり国税庁タックスアンサーが示しているように、例えば「空室の期間が、課税時期前後の例えば1か月程度であるなど、一時的な期間であること」などの事実関係から、各独立部分の一部が課税時期において一時的に空室となっていたにすぎないと認められるものをいうと解するのが相当である。
ロ 本件各独立部分が「一時的に賃貸されていなかったと認められるもの」に該当するか否かについて
 まず、本件各家屋のうち、戸建住宅について検討するに、H住宅(前)を除く本件各戸建住宅については、上記(2)のロのとおり、本件相続開始日において現に賃貸されておらず、借家権による制約が全くなかったのであるから、当該家屋及び敷地については、本件相続開始日において一時的に賃貸されていなかったと認められるものに該当するか否かにかかわらず、その全部について貸家及び貸家建付地等としての減価を考慮する必要はなく、自用のものとして評価するのが相当である。なお、上記(2)のイのとおり、H住宅(前)は、本件相続開始日において現に賃貸されていたのであるから、当該家屋及び敷地は、その全部について貸家及び貸家建付地等として評価すべきである。
 次に、集合住宅について検討するに、上記1の(4)のハのとおり、本件各集合住宅は、いずれも、建物の構成部分である隔壁、扉、階層(天井及び床)等によって他の部分と完全に遮断されており、独立した出入口を有するなど、独立して賃貸その他の用に供することができる各独立部分によって構成されている。そして、本件各独立部分は、このうち、相続開始時点で空室であったものであるが、その賃貸状況は、請求人が平成25年7月8日に当審判所に提出した「賃借人整理一覧表」と題する書面によれば、上記(2)のハ(別表4)のとおりである。これによれば、本件相続開始日(平成21年8月○日)から数年間が経過した平成25年7月8日時点においてもいまだに賃貸されていない独立部分が複数存在するほか、本件相続開始日後に賃貸された独立部分についても、本件相続開始日前後の空室期間は、最も長いもので8年間、最短のものでも4か月を超える期間(L住宅○号室)に及んでいる。なお、請求人らが主張において特に指摘するM○号室についても、確かに、本件相続開始日の数日後である平成21年8月11日に賃貸借契約が締結されているものの、本件相続開始日時点で、既に7か月以上空室であったのであり、結局、その空室期間は約8か月に及んでいるのである。このような空室期間等の賃貸の状況に照らしてみれば、請求人らが主張する本件各家屋の維持管理の状況や賃借人の募集の状況等の諸事情を考慮したとしても、上記イのとおり、評価通達26の(注)2に定める賃貸割合の算出上、本件各独立部分が「一時的に賃貸されていなかったと認められるもの」に該当するものと認めることはできない。
 請求人らは、アパート等の供給過剰等の社会情勢に鑑み、上記のような空室期間や、その後の入居の有無の考慮は柔軟に行うべきであるなどと主張する。しかし、貸家及び貸家建付地等について減価を認める趣旨や、集合住宅等の空室については減価の対象としない趣旨が上記(1)のロのとおりであるにすぎないことを考えれば、請求人らの主張するような本来の利用目的が賃貸用建物であるにもかかわらずその空室に入居者が見つかりにくい状況があるとするなら、現に賃借人がいて賃料による収益を得られていることは減価を否定する要因となることこそあれ、減価要因とはならない場合も考えられるのであって、課税時期において一時的に賃貸されていなかったことの意味を広く解する理由とはならないというべきであり、そのことを理由に空室について柔軟に減価を認めるべきであるということはできない。
 したがって、請求人らの上記主張を採用することはできない。
ハ 本件各家屋及び本件各土地等の評価について
(イ) Nの敷地の自用地としての価額について
 請求人らは、Nの敷地について原処分庁が評価した価額が、その固定資産税評価額と比較して高すぎることを理由に、同敷地の自用地としての価額は、固定資産税評価額を基に算定した金額(69,XXX,XXX円)とすべきである旨主張する。
 請求人らの主張する上記の方法は、評価通達11以下で定められた宅地の評価方式によらない方法であるから、この方法を用いて同敷地を評価するには、上記(1)のイで説示したとおり「特別な事情」が必要である。しかしながら、請求人らの主張する上記の理由は、課税の公平の観点からみて「特別な事情」に当たるとはいえないし、当審判所の調査の結果によっても、本件において「特別な事情」があったとは認められない。
 したがって、Nの敷地の自用地としての価額の評価は、評価通達11以下で定められた宅地の評価方式によるのが相当であるから、請求人らの上記主張を採用することはできない。
 なお、Nの敷地の自用地としての価額を評価通達11以下で定められた宅地の評価方式によって評価すると、別表5のとおり、93,866,616円となる。
(ロ) 評価通達89の定めにより評価した本件各家屋の価額並びに本件各土地等(使用借権を除く。)の自用地としての価額及び評価通達27の定めにより評価した借地権の価額については、別表6の「自用地としての価額、借地権の価額又は家屋の価額」欄に記載のとおりであり、当該価額については、上記(イ)のNの敷地の自用地としての価額を除き、請求人らと原処分庁の間に争いはなく、当審判所の調査によっても相当と認められる。
 そうすると、上記ロのとおり、H住宅(前)及びその敷地については、その全部を貸家及び貸家建付地として評価すべきであり、J住宅及びK並びにその敷地については、その全部を自用のものとして評価すべきであり、本件各集合住宅及びその敷地については、本件各独立部分の床面積を課税時期(本件相続開始日)において賃貸されている各独立部分の床面積に含めずに算出した賃貸割合を乗じて貸家及び貸家建付地等として評価することとなるから、本件相続に係る相続税の課税価格に算入すべき本件各家屋及び本件各土地等の評価額は、別表6の審判所認定額のとおりとなる。

(4) 原処分について

 以上の検討の結果、請求人らの本件相続に係る相続税の納付すべき税額は、別表7のとおりとなり、本件の各更正処分における納付すべき税額は、いずれもその範囲内であるから、各更正処分は適法である。
 また、過少申告加算税の各賦課決定処分については、各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があると認められるものがある場合に該当しないから、各賦課決定処分は適法である。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所の調査の結果によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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