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(平19.10.10、裁決事例集No.74 414頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人らが、相続により取得した貸付金債権は、回収不能であり、当該貸付金債権の相続開始日における評価額は零円であるとして相続税の課税価格に算入しないで申告したところ、原処分庁が、当該貸付金債権は相続開始日においては回収不能ではなかったとし、相続税の更正処分等を行ったのに対し、審査請求人らが、当該貸付金債権の評価は、評価基本通達に定める評価方法で評価することは妥当ではなく、評価額は零円とすべきであるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 審査請求人E(以下「請求人E」という。)、同F(以下「請求人F」といい、これら両名を併せて「請求人ら」という。)及びGは、平成16年3月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したH(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、原処分庁に対し、別表1の「申告」欄のとおり記載した相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)を法定申告期限までに共同で提出した(以下、この申告を「本件申告」という。)。
ロ 次いで、請求人ら及びGは、平成17年4月8日、別表1の「修正申告」欄のとおり記載した相続税の修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)を原処分庁に共同で提出した。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成18年7月31日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりの各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。
ニ 請求人らは、平成18年9月27日、これらの処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月25日付でいずれも棄却の異議決定をした。
ホ 請求人らは、平成19年1月23日、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、審査請求をした。
 なお、請求人らは、請求人Eを総代として選任し、平成19年1月25日、当審判所にその旨を届け出た。

(3) 関係法令等の要旨

 別紙1のとおり。

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(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人らと原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。
イ 本件被相続人は、本件相続開始日において、J社に対する貸付金177,000,000円を有していた(以下、この貸付金177,000,000円を「本件貸付金」という。)。
 本件貸付金に係る金銭消費貸借契約書は存在せず、その貸付時期、返済期限、返済方法及び利息の取決めなどは明らかでない。
ロ K地方法務局所属の公証人Lが作成した本件被相続人を遺言者とする平成15年11月28日付「平成15年第○○号遺言公正証書」には、本件被相続人は、本件被相続人の相続財産のうち、本件被相続人の長男G及び長女請求人Eに相続させる財産以外の財産を本件被相続人の妻請求人Fに相続させる旨の記載があり、当該公正証書に、本件貸付金をG又は請求人Eに相続させる旨の記載がないことから、本件貸付金は請求人Fが相続した。
ハ 請求人らが本件申告書に添付して原処分庁へ提出した「J社に対する貸付金について」と題する書面には、本件貸付金の取得経緯として、当初は、M社に貸し付けていたが、同社が平成10年1月○日、合併により吸収されたことに伴い、J社に引き継がれたものである旨記載がある。
ニ 請求人らは、本件貸付金について、評価基本通達による評価額は零円であるとして、本件申告及び本件修正申告において相続税の課税価格に含めないで申告した。
ホ 原処分庁は、本件貸付金が本件修正申告において申告漏れとなっていたとして、本件各更正処分を行った。
ヘ J社は、本店をP市p町○○番地(以下「本店所在地」という。)に置く法人であり、平成元年10月○日、不動産の所有及び賃貸並びに飲食店の経営等を目的として設立された。
ト 本件被相続人は、J社の設立時から平成13年10月19日までの間、同社の代表取締役の職にあったが、同日辞任し、請求人Fが同日、同社の代表取締役に就任した。
チ J社は、本店所在地に所在する本件被相続人所有の土地上に、地上9階地下2階建ての建物(以下「Nビル」という。)を所有し、不動産賃貸業を営んでいた。
リ J社の事業年度は10月1日から翌年9月30日まで(以下、平成10年10月1日から平成11年9月30日までの事業年度を「平成11年9月期」といい、これ以降の事業年度についても以下同様に「平成12年9月期」、「平成13年9月期」、「平成14年9月期」、「平成15年9月期」、「平成16年9月期」及び「平成17年9月期」という。)であり、本件相続開始日を含む同社の事業年度は平成16年9月期である。
ヌ J社の決算書によれば、平成11年9月期から平成17年9月期までの各期末日現在の資産及び負債の状況並びに当該各期の営業収入等の状況は、それぞれ別表2及び別表3のとおりである。
ル J社の平成11年9月期から平成16年9月期までの各期の決算書には、本件被相続人に対するNビルの敷地の支払賃借料として、平成11年9月期から平成14年9月期までは年額98,400,000円、平成15年9月期は年額91,200,000円及び平成16年9月期は年額71,300,000円が計上されている。
 なお、本件申告書に記載されているJ社からの未収地代は、1,200,000円であり、請求人らが本件申告書に添付して原処分庁へ提出した未収入金の明細に関する書面には、この未収地代は、平成16年3月分(平成16年3月1日から同月15日まで)である旨の記載がある。
ヲ J社は、設立直後の平成2年から平成4年にかけて、S銀行、T銀行及びU銀行から、次表のとおり、ビル建築資金の借入れをしており、その合計金額は、4,100,000,000円である。

借入先 借入年月日 金額
S銀行 平成2年6月27日 550,000,000円
T銀行 平成2年6月28日 1,000,000,000円
U銀行 同上 590,000,000円
S銀行 平成3年11月15日 460,000,000円
U銀行 同上 480,000,000円
S銀行 平成4年5月15日 490,000,000円
U銀行 同上 530,000,000円
合計   4,100,000,000円

ワ J社は、本件相続開始日において、U銀行、S銀行及びT銀行(これら3行を併せて、以下「本件各銀行」という。)から、別表4の「本件相続開始日現在の残高」欄の各借入金(以下「本件各銀行借入金」という。)を有していたが、本件各銀行借入金は、平成18年3月27日までに完済されている。
カ J社が、平成18年3月15日付で、請求人Fとの間において締結したNビルの売買契約(以下「本件売買契約」という。)に係る売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)には、要旨次の記載がある。
(イ) J社は、請求人Fに、平成18年3月15日、Nビルを売り渡した(第1条)。
(ロ) Nビルの売買代金は1,195,000,000円とする(第2条)。
(ハ) 請求人Fは、J社に対し、平成18年3月27日限り、売買代金の1,195,000,000円を一括して支払う(第3条)。
(ニ) Nビルの所有権は、平成18年3月27日限り、J社から請求人Fへ移転する(第4条)。
(ホ) J社は、平成18年4月1日限り、Nビルを請求人Fへ引き渡す(第4条)。
ヨ Nビルの所有権の移転登記は、J社から請求人Fへの売買を登記原因として、平成18年3月27日付でなされている。
タ J社に係る商業登記簿の閉鎖事項全部証明書には、同社は、平成18年4月○日に解散し、同年8月○日清算結了した旨の記載がある。

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2 主張

 当事者双方の主張は、別紙2のとおりである。

3 判断

 請求人らは、当該貸付金債権の評価は、評価基本通達に定める評価方法で評価することは妥当ではなく、評価額は零円とすべきであると主張するので、審理したところ、次のとおりである。

(1) 認定事実

 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ J社は、本件相続開始日以後、平成18年4月○日に解散するまで、不動産賃貸業を継続し、事業収入を得ていた。
ロ J社及び請求人らが、本件各銀行に共同で提出した平成17年2月10日付の「ご依頼書」と題する書面(以下「本件依頼書」という。)には、要旨次の記載がある。
(イ) J社の本件各銀行借入金の弁済方法については、次の方法を考えている。
A 本件各銀行借入金の連帯保証人である請求人らが、本件被相続人から相続により取得した財産(有価証券)を譲渡し、当該譲渡に係る代金により、保証債務の一部を履行する。
B J社は解散し、その清算会社が、同社所有のNビルを請求人Fに譲渡する。
C 請求人Fは、上記Bの譲渡に係る譲渡代金相当額を、本件各銀行から借り入れし、清算会社に支払う。
D 清算会社は、当該譲渡に係る代金によって、上記Aの保証債務の履行後に残っている本件各銀行借入金を完済する。
(ロ) 請求人Fは、本件被相続人から相続した本件貸付金を放棄する。
(ハ) J社が解散する必要性について
A J社が本件各銀行借入金を返済する方法としては、同社が請求人らから上記(イ)のAの譲渡に係る代金を借り入れ、それにより一部返済する方法も考えられるが、この方法によれば、当該譲渡に係る所得に対して課税され、その結果、本件各銀行借入金の返済額が減少することとなる。これに対し、上記(イ)の方法を採り、J社に対する請求人らの求償権行使が不可能であると証明されれば、当該課税の問題が生じない。J社に対する求償権の行使が不能であるといえるためには、会社が破産又は解散などして、法的に回収不能の状況にあることが必要になるから、J社については、清算会社にすることが良いと考えている。
B 将来、請求人Fに係る相続が開始した際には、請求人FがNビルを所有するとともに債務(借入金)を負担している方が、当該相続に係る相続税を節税することができ、債務の弁済が容易になる。
C Nビルの所有権が請求人Fに移転すれば、Nビルを所有し不動産賃貸業を営むために設立されたJ社を存続させる意味がなくなる。
ハ 本件貸付金について、本件相続開始日において、別紙1の4の(1)ないし(3)に該当する金額はない。
ニ J社と請求人らの間で交わされた平成18年8月30日付の「債務免除にかかる合意書」と題する書面において、本件貸付金については、請求人Fがその全額を免除する旨の合意がなされている。
ホ J社、請求人F、請求人E及び請求人らの代理人であるV弁護士の間で作成された平成17年9月13日付の「債務弁済に関する合意書」と題する書面には、本件被相続人のS銀行に対する債務32,200,000円を返済するため、平成17年9月14日、J社が請求人F及び請求人Eに対して32,200,000円を貸し付ける旨の記載がある。

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(2) 関係者の申述

イ 本件各銀行の担当行員は、原処分庁の調査担当職員に対し、いずれも、要旨次のとおり申述している。
(イ) 本件各銀行借入金について、J社がその返済を滞らせたということは行内書類に記録されていない。
(ロ) 本件各銀行からJ社に対して本件各銀行借入金の臨時弁済を求めた事実はない。
(ハ) 本件各銀行から本件各銀行借入金の連帯保証人である本件被相続人の相続人に対して弁済を求めた事実はない。
(ニ) 本件各銀行借入金の完済は、本件依頼書に基づきなされたものである。
(ホ) J社の貸付先格付ランクは「正常先」又は「正常先」よりは下の「要注意先」であるが、担保も充実しており、返済が滞った事実もないことから、「破たん懸念先」、「破たん先」とは認められず、本件相続開始日現在においても、他の正常な貸付先法人と同じ取扱いをしている。
ロ J社のW元監査役は、平成18年4月26日、原処分庁の調査担当職員に対し、要旨次のとおり申述している。
(イ) 私は、平成15年か平成16年にJ社の監査役を辞め、現在は無職である。
(ロ) 本件被相続人と私の関係は、社長と経理という関係である。本件被相続人の父であるX(以下「亡X」という。)が亡くなった時の相続税申告書の基礎資料を作成したことがある。
(ハ) M社は、亡Xが設立した会社で、Q市に工場があり、○○○を製造していた。
(ニ) M社には本件被相続人からの借入金177,000,000円があったが、その貸付時期及び内訳については、全く分からない。
(ホ) 亡Xに係る相続税の申告書に当該貸付金が計上されているので、本件被相続人が当該貸付金を相続したのかもしれない。
(ヘ) J社は、借入金でビルを建築し、家賃収入から借入金を返済していた。家賃収入で借入金返済資金は十分賄えた。本件被相続人の個人での持ち出しはない。
(ト) Nビルにテナントが入らなくて困ったようなことはなかった。出入りは順調だった。
(チ) J社は、帳簿上は赤字であるが、お金の流れからいえば回っていたので、赤字とはいえない。
(リ) 返済も順調だったので、借入金を本件被相続人個人にシフトするような話は聞いたことがない。
(ヌ) 銀行から督促や臨時弁済を求められたことは、一切なかった。敷金は、運転資金に使っていたが、借入金の返済に充てたことはない。

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(3) 関係法令等の解釈

イ 相続税法第22条に規定する時価
 財産の価額について、相続税法第22条は、別紙1の1のとおり規定しているところ、ここでいう「時価」とは、その財産の取得の時において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値をいうものと解されている。
 なお、この点については、請求人ら及び原処分庁のいずれもが同様の主張をしている。
ロ 相続税法第22条と評価基本通達との関係
(イ) 相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、また、財産の客観的な交換価値は、必ずしも一義的に確定されるものではないところ、これを個別に評価する方法を採ると、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、納税者の法的安定性及び予見可能性を損ね、納税者間の公平を害する可能性があることなどから、課税実務上、国税庁長官は、財産の評価方法に共通する原則や財産の種類及び評価単位ごとの評価方法などを評価基本通達に定め、相続財産の評価を画一的に行うとともに、これを公開し、納税者の申告及び納税の利便に供している。
 そして、評価基本通達は、法形式上は国税庁内部における行政規則(行政命令)にとどまるものの、租税公平主義との関係でいえば、納税者に対して申告内容を確定する指針を与えるとともに、課税庁における課税事務を統一するという積極的な意義を有することは否定し難いから、上記の観点からみて「時価」の評価として合理的な内容のものである限り、評価基本通達に基づき評価した結果を「時価」と判断して差し支えないと解すべきであり、その限りで国民に対し事実上の法規範として機能する場合もあると解されている。
(ロ) したがって、このような評価基本通達の趣旨に照らすと、評価基本通達に定められた評価方式が合理的なものである限り、これをすべての納税者に適用することが、租税負担の実質的な公平の実現に適するところでもあり、特定の納税者あるいは特定の相続財産についてのみ評価基本通達に定める評価方法以外の方法によってその評価を行うことは、納税者間の実質的な負担の公平を欠くことになり、ひいては、相続税法第22条の解釈適用上要請される評価の客観性を損なうおそれがあるものとなるから、評価基本通達に定められた評価方法を画一的あるいは形式的に適用することによって、実質的な租税負担の公平を著しく害し、相続税法あるいは評価基本通達自体の趣旨に反するような結果を招くというような特別な事情が認められない限り、課税上は評価基本通達に定められた評価方法によって画一的に評価することが相当であるというべきである。
ハ 評価基本通達に定める貸付金債権等の評価
 評価基本通達204は、貸付金債権等の価額は、貸付金債権等の元本の価額と課税時期現在の既経過利息との合計額により評価する旨定め、貸付金債権等の元本の価額は、その返済されるべき金額である旨定めている。
 また、同通達205は、貸付金債権等の価額の評価を行う場合において、債権金額の全部又は一部が、課税時期において「次に掲げる金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」においては、それらの金額を元本の価額に算入しない旨定めている。
 この場合の「次に掲げる金額」としては、別紙1の4の(1)ないし(3)のとおり、債務者について手形交換所の取引停止処分等に該当する事実があったときの貸付金債権等の金額並びに再生計画認可の決定、整理計画の決定及び更生計画の決定等により切り捨てられる債権の金額等が掲げられている。そうすると、「次に掲げる金額に該当するとき」とは、いずれも、債務者の資産状況及び営業状況等からみて事業経営が破たんしていることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるといい得るときであると解される。
 また、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、上記の「次に掲げる金額に該当するとき」に準じる状況をいい、これと同視できる程度に債務者の資産状況及び営業状況等からみて事業経営が破たんしていることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるといい得るときであると解するのが相当である。
 このような評価基本通達204及び205に定める評価方法は、上記イの相続税法第22条に定める「時価」の解釈に沿ったものであり、当審判所においても相当であると認められる。

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(4) 本件貸付金の評価方法に関する請求人らの主張について

 請求人らは、「徴税権という国家権力の行使により国民の財産権を侵害しないようにするためには、財産を評価する基準は相続税法第22条によるべきであり、課税庁の事務処理上のマニュアルにすぎない評価基本通達によるべきではない」旨、また、「貸付金債権は、その前提事実が区々に分かれているから、個別に評価されるべきである」旨主張する。
 しかしながら、納税者間の実質的な負担の公平を保つため、評価基本通達に定める評価方法を画一的あるいは形式的に適用することが、相続税法第22条の趣旨に合うものであることは、上記(3)のロのとおりであり、評価基本通達に定める貸付金債権の評価方法が、相続税法第22条に規定する「時価」の解釈に照らして相当であることは、上記(3)のハのとおりであるから、この点に関する請求人らの主張には理由がない。

(5) 本件貸付金の評価額等について

イ 本件貸付金の回収可能性
 上記(4)のとおり、本件貸付金については、評価基本通達の定めに基づいて評価するのが相当であるところ、相続財産の評価における貸付金債権の評価方法は、上記(3)のハのとおり、評価基本通達204及び205に定められている。そして、上記(1)のハのとおり、本件貸付金について別紙1の4の(1)ないし(3)に掲げる金額に該当する事実はないことから、課税時期(本件相続開始日)において、本件貸付金が、同通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するか否かについて判断すると、次のとおりである。
(イ) J社の平成11年9月期から平成16年9月期までの各事業年度末の資産及び負債の状況は、各期の決算書によると別表2のとおりであり、平成14年9月期、平成16年9月期以外は債務超過にはなっていない。
 また、一般的に、借入金額が多額であっても返済条件に従った返済が行われている限り、債権者がそれ以上の返済を求めることはなく、事業経営を継続することは可能であるから、単に債務超過であることをもって、J社の事業経営が破たんしていることが客観的に明白であるということはできない。
 さらに、別表4並びに上記(2)のイの本件各銀行の担当行員の申述及び上記(2)のロのW元監査役の申述のとおり、本件各銀行借入金については、本件相続開始日現在において返済期限は到来しておらず、かつ、過去において、その返済が滞ったことはなく、本件各銀行から臨時弁済を求められた事実もないこと、及び上記(1)のホのとおり、「債務弁済に関する合意書」において、債務者であるJ社が債権者である本件被相続人のS銀行に対する債務を弁済するため、請求人らに資金を貸し付ける旨の合意がなされているが、仮にJ社の事業経営が破たん状況にあったとした場合、このような合意をすることは極めて不自然であることからすると、J社の事業経営が破たんしていることが客観的に明白であるとまで認めることはできない。
(ロ) J社の平成11年9月期から平成16年9月期までの各事業年度の収入等の状況は、各期の決算書によると別表3のとおりであり、平成14年9月期以降の各貸室料収入は年々減少しているものの、一般的に売上高が減少し営業状況が赤字であったとしても、直ちに事業経営が破たんするわけではなく、このような状況でも事業を継続している企業は多数存在するから、貸室料収入が減少していることをもって、J社の事業経営が破たんしていることが客観的に明白であるとまでいうことはできない。加えて、上記1の(4)のルのとおり、J社は、同社の元代表取締役である本件被相続人に対するNビルの敷地の賃借料を遅滞することなく支払っていたことが認められる。J社にとってみれば、第三者である各銀行に対する債務の支払が困難な状況にあるとすれば、まず同社にとって特別な関係にある本件被相続人に対する債務の不履行が生ずるのが一般的であることからみても、J社の事業経営が破たんしていることが客観的に明白であったということはできない。
(ハ) 請求人らは、「J社は、財政的に破たんしていたため解散した」旨主張する。しかしながら、J社が解散するに至ったのは、上記(1)のロの(ハ)のとおり、請求人らの有価証券の譲渡に係る譲渡所得の課税において、J社に対する請求人らの求償権が行使不能である状況を作り出す必要があること、また、将来請求人Fが死亡した場合の相続税において、個人で債務を有していることが課税上有利であるという判断をしたためであると認められ、J社が本件相続開始日において、事業経営が破たん状態にあったことによるということはできない。したがって、この点に関する請求人らの主張には、理由がない。
(ニ) 請求人らは、1本件各銀行からの借入金は、いわゆるバルーン方式によるものであり、J社が一定の経常利益を計上していることは当然であるから、経常利益を計上していることをもってJ社の事業経営が破たん状況になかった根拠とはならない、2賃料収入から諸経費を控除した経常利益により返済可能な金額を約定返済額としているのであるから、J社が元本を返済できたこと及び返済が滞ったことがないことも当然である、3年商3億円程度の会社が24億6,100万円の借入債務を負担していること自体が異常で、客観的にみて破たん状況にあるとみなされる旨主張する。
 しかしながら、上記1及び2の主張のとおり、バルーン方式による返済方式は、J社が、借入金の返済により財政的に破たんを来さないために採られた方策であると認められるものの、飽くまでも事業としての継続可能性を前提としたものと考えられ、当初の予定どおり返済が実行されてきたことは、J社の事業経営が破たんしていないことの証左であると考えられる。また、上記(2)のイの(ホ)のとおり、本件各銀行の担当行員は、「銀行によるJ社の貸付先格付ランクは「正常先」又は「正常先」よりは下の「要注意先」であるが、担保も充実しており、返済が滞った事実もないことから、「破たん懸念先」、「破たん先」とは認められず、本件相続開始日現在においても、他の正常な貸付先法人と同じ取扱いをしている」旨申述しており、最終返済期限に一括返済できない可能性は皆無ではないものの、T銀行及びU銀行が最終返済期限において金銭消費貸借契約を更新するなど、改めて資金調達できる可能性は十分考えられるところである。
 さらに、上記3の主張については、J社のような、銀行等からの借入金により不動産を取得し、賃貸料収入を得ている法人は、債務超過の状態でスタートして営業を行っているのが通常である。しかし、上記(イ)のとおり、たとえ、借入金額が多額であっても返済条件に従った返済が行われている限り、債権者がそれ以上の返済を求めることはなく、事業経営を継続することは可能であるから、借入金額が多額であることのみをもって直ちにJ社の事業経営が破たんしており、本件貸付金の回収の見込みがないことが客観的に確実であるとまではいえない。現にJ社は、上記1の(4)のヲのとおり、設立当初には41億円もの借入れをしていたのであるから、単に借入金が多額であることをもって、客観的にみて破たん状況にあったとはいえないことは明らかである。
 そして、別表4のとおり、本件各銀行借入金については、本件相続開始日現在において返済期限は到来しておらず、かつ、上記(2)のイ及びロの申述のとおり、過去において、その返済が滞ったことはなく、本件各銀行から臨時弁済を求められた事実もないのであるから、これらの点に関する請求人らの主張には、いずれも理由がない。
(ホ) さらに、請求人らは、J社は、請求人Fに対し、Nビルを売却し、その売却代金及びその他の資産である預金をもって本件各銀行に対する債務の一部を返済し、不足分については、保証人である請求人らが個人資産をもって保証債務の履行として返済したものであるから、Nビルの売買契約を締結した平成18年3月15日現在、J社が、本件貸付金について返済する原資を所有していなかったことは客観的に明らかである旨主張するとともに、本件相続開始日において、J社が所有していた資産の内容はおおむね同一であったから、本件相続開始日においても、本件貸付金を返済する原資を所有しておらず、本件貸付金は、回収不能債権であることが明らかであるから零円と評価される旨主張する。
 しかしながら、J社は、本件相続開始日においては、Nビルを所有しており、本件貸付金について当初約定どおり返済する原資を所有していたのであり、平成18年3月15日現在とは事情が異なることは明らかであるから、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
(ヘ) 上記(イ)ないし(ホ)から総合的に判断すると、本件相続開始日において、J社の資産状況及び営業状況等からみて事業経営が破たんしていることが客観的に明白であって、本件貸付金の回収の見込みのないことが客観的に確実であるとはいえないから、本件貸付金については、評価基本通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当すると認めることはできない。
ロ 本件貸付金の評価額
(イ) 本件貸付金については、上記イのとおり、本件相続開始日において、別紙1の4の(1)ないし(3)に定める金額に該当する事実及び評価基本通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる」事実はないことから、本件貸付金の評価上、同通達205の適用はない。
 そして、別紙1の3のとおり、同通達204においては、貸付金債権等の評価について、貸付金債権等の元本の価額(その返済されるべき金額)と利息の価額との合計額によって評価する旨定めているところ、これを本件についてみると、上記1の(4)のイのとおり、本件貸付金については利息の取決めは明らかでないから、元本額である177,000,000円が本件貸付金の評価額となる。
(ロ) なお、請求人らは、仮に本件貸付金の全額が回収不能でなかったとしても、本件貸付金は、利息と返済期限の定めのないものであり、金融債務完済後に返済する合意があるので、その評価額は、DCFの手法により評価した2,938,244円とすべきである旨主張する。ところで、民法第412条《履行期と履行遅滞》第3項は、「債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う」旨規定している。本件貸付金については、上記1の(4)のイのとおり、返済期限や利息の定めは明らかでないが、請求人らの主張どおり、本件貸付金が返済期限の定めのないものであったとすると、法的には、債権者である本件被相続人は、J社に対し、いつでも貸付金元本額の返済あるいは相当な利息の支払を請求できたことになる。そして、請求人らが主張するような本件貸付金を金融債務完済後に返済するという本件被相続人とJ社との間の合意の存在を示す証拠もない。結局、本件被相続人が、J社に対する債務の履行等を請求しなかったのは、債権者である本件被相続人のJ社に対する好意に基づくものというべきである。上記(3)のイのとおり、相続税法第22条に規定する時価とは、客観的な交換価値をいうものとされており、そのような債権者の主観的な意思により財産の評価額が左右されるのは相当ではない。したがって、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
ハ まとめ
 以上によれば、本件貸付金については、評価基本通達に定められた評価方法を画一的あるいは形式的に適用することによって、実質的な租税負担の公平を著しく害し、相続税法あるいは評価基本通達自体の趣旨に反するような結果を招くというような特別な事情は認められず、評価基本通達に基づいて評価することが相当であると認められ、また、評価基本通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる」事実もないことから、上記ロの(イ)のとおり、元本金額により評価するのが相当であり、その評価額は177,000,000円となる。

(6) 本件各更正処分について

 以上により、請求人らの本件相続税の課税価格及び納付すべき税額を算出すると、それぞれ別表1の「更正処分等」欄の金額と同額となるから、本件各更正処分はいずれも適法である。

(7) 本件各賦課決定処分について

 本件各更正処分は、上記(6)のとおり適法であるところ、請求人らには、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件各更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないので、同条第1項及び第2項の規定に基づき過少申告加算税が賦課されることとなり、請求人らの過少申告加算税の額を計算すると、それぞれ別表1の「更正処分等」欄の「過少申告加算税の額」欄の金額と同額となるから、本件各賦課決定処分はいずれも適法である。

(8) その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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