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(平21.10.8、裁決事例集No.78 275頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、公共事業に伴い国土交通省に譲渡した土地に係る譲渡所得等について、原処分庁が、所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、当該土地の譲渡は、公共事業施行者との間での課税されない旨の約束の下、買取り契約等に応じたものであるから、当該土地の譲渡所得等には課税すべきでないなどとして、当該各処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成16年分の所得税について、確定申告書を提出しなかったところ、原処分庁は、平成20年7月8日付で、別表1の「決定処分等」欄のとおりの決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と併せて「本件決定処分等」という。)をした。
ロ 請求人は、上記イの各処分を不服として、平成20年8月20日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月18日付で棄却の異議決定をし、その決定書謄本を請求人に対し同月20日に送達した。
ハ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成20年12月19日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

 別紙のとおりである。

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(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人、請求人の姉G及び請求人の弟H(以下「弟H」という。)の3名は、父であるJ(昭和54年10月○日死亡)から、P市p町100番1の山林○○○○平方メートルを相続により取得した(共有持分各3分の1)。
ロ 請求人は、平成16年3月に、国土交通省R国道事務所長(以下「本件公共事業施行者」という。)に対し、上記イの土地から分筆された別表2の順号1の土地のうち請求人の持分(3分の1)を、一般国道○○号改築工事事業の事業用地として譲渡した(以下、この譲渡を「本件譲渡」といい、譲渡した資産を「本件譲渡資産」という。)。
 また、本件公共事業施行者は、上記イの土地から分筆された別表2の順号2及び3の土地のうち請求人の持分(3分の1)に、トンネルの所有及び管理を目的とする区分地上権を設定した(以下、この設定を「本件設定」、設定した資産を「本件設定資産」といい、本件譲渡資産と併せて「本件資産」という。)。
ハ 本件公共事業施行者は、請求人に対し、本件譲渡に係る土地代金(以下「本件土地代金」という。)、立竹木補償金及び移転雑費補償金並びに本件設定に係る補償金(以下「本件補償金」という。)を、別表3のとおり支払った。
ニ 原処分庁は、本件土地代金に係る分離長期譲渡所得及び本件補償金に係る不動産所得の金額を、別表4及び5のとおり計算して、本件決定処分等をした。

(5) 争点

 本件土地代金及び本件補償金に課税した原処分は違法か。

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2 主張

(1) 請求人

 次の理由により、本件土地代金及び本件補償金には課税すべきではないから、本件決定処分等を取り消すべきである。
イ 請求人は、本件公共事業施行者との間で、本件土地代金及び本件補償金には、課税されない旨の約束の下、買取り契約等に応じたものである。
 請求人は、本件公共事業施行者から、本件土地代金について、50,000,000円までは非課税であるとの説明を受け、契約日は課税されないように本件公共事業施行者が入れるという約束で、契約日が空欄になっている契約書によって契約した。
 本件公共事業施行者からは、買取り申出日から6か月以内に契約しなければ課税されるとの説明はなかった。
ロ 原処分庁は、本件公共事業施行者が作成した日付のない「補償額明細書」の送達日が平成15年5月31日であり、この日を「買取り申出日」として、税法上の非課税の起算日とし、これより6か月以内に契約が成立しないと、この法律が適用されず、課税されるという。
 しかし、日付のない補償額明細書は有効か、同明細書を根拠に6か月の起算日とすることは違法ではないかなどの疑問がある。
ハ さらに、請求人は、本件土地代金等として約9,000,000円が振り込まれた際、原処分庁に電話をかけ、本件公共事業施行者から、50,000,000円までは非課税であると聞いたが申告は必要かと相談したところ、申告は必要ない旨の説明を受けたことから、これに基づいて申告をしなかったものである。

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(2) 原処分庁

イ 申告納税制度の下における所得税の申告は、納税者自身の判断と責任により行わなければならないことからすると、本件公共事業施行者との間での本件譲渡資産に係る買取り等の交渉が、課税されないとの約束でなされたとしても、そのことが措置法第33条の4第1項に規定する特別控除の特例(以下「本件特例」という。)を適用するための要件ではないため、本件譲渡資産に係る譲渡所得の金額の計算において本件特例の適用はできない。
ロ 本件公共事業施行者は、平成15年5月29日に、本件資産について買取り等をしたい旨記載した書面(以下「本件買取り申出書面」という。)と併せ、本件資産の買取り等を行う場合における各補償金額を記載した明細書(以下「本件補償額明細書」という。)を請求人あてにゆうパックにて送付しており、これらについては、同月31日に請求人が受け取ったとする「お届け通知」があり、請求人は、平成16年3月29日に本件公共事業施行者との間で本件資産に係る契約を締結している。
 本件特例を適用する場合、本件譲渡資産について最初に買取りの申出のあった日から6か月を経過した日までに本件譲渡資産を譲渡しなければならないところ、請求人は最初に買取りの申出のあった日である平成15年5月31日から6か月を経過した日までに本件譲渡資産を譲渡していないので、本件特例を適用することはできない。
ハ 請求人が本件譲渡及び本件設定に係る課税関係について相談した記録はなく、仮に相談していたとしても、どの程度の事実を伝えたか不明であり、本件特例の適否を判断するための前提条件である事実関係について説明が無ければ、その答えであるアドバイスも異なることとなる。
 たとえ、請求人が相談において本件に係る事実のすべてを伝え、担当職員が申告不要と説明したとしても、そのことが本件特例を適用するための要件ではないため、本件譲渡資産に係る譲渡所得の金額の計算において本件特例の適用はできない。

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3 判断

(1) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件公共事業施行者は、平成15年5月29日、請求人に対し、本件買取り申出書面及び本件補償額明細書をゆうパックにて送付し、請求人は、同月31日にこれを受け取った。
 本件買取り申出書面及び本件補償額明細書の要旨は次のとおりである。
(イ) 本件買取り申出書面
A J名義土地(P市p町100番1)の用地買収については、平成11年度以来、弟Hと交渉を行ってきた。
B 買収しないトンネル部分については、区分地上権の設定を行うことを提示した。
C 同封した本件補償額明細書は、兄弟3名全員の総額であり、以前弟Hに提示した補償金額に、区分地上権の設定に伴う補償金も含めた金額と立木の不足分を加えて提示してある。
D 今回提示した補償額により、収用によるのではなく任意での契約をお願いしたい。
(ロ) 本件補償額明細書
A 土地代金の金額並びにその算出の基となる1平方メートル当たりの単価及び買収総面積(別表6の順号1
B 土地の権利制限補償金(区分地上権)の金額並びにその算出の基となる1平方メートル当たりの単価及び設定総面積(別表6の順号2
C 立竹木移転料の金額(別表6の順号3
D 移転雑費の金額(別表6の順号4
E AからDまでのそれぞれの金額の合計(別表6の順号5
ロ 請求人は、平成16年3月29日、本件公共事業施行者との間で、本件譲渡に係る売買契約(以下「本件売買契約」という。)及び本件設定に係る契約(以下「本件設定契約」という。)を締結した。
ハ 本件設定契約時における本件設定資産の価額(時価)は、本件譲渡資産の買取り単価である1平方メートル当たり○○○○円に別表2の順号2及び3の土地の地積の合計○○○○平方メートルを乗じて計算した38,402,182円に、請求人の共有持分である3分の1を乗じて算出された12,800,727円であった。
ニ 本件公共事業施行者は、平成16年5月19日、「公共事業用資産の買取り等の証明書」及び本件資産の買取り等の申出年月日を平成15年5月31日とする「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」を、請求人に対して郵送した。
 なお、本件公共事業施行者は、上記各証明書(税務署提出用)を、S税務署長あて提出した。

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(2) 本件土地代金及び本件補償金について、本件特例が適用されるか。

 請求人は、本件土地代金及び本件補償金について、本件公共事業施行者から50,000,000円までは非課税であるとの説明を受けた旨主張する。
 これは、本件特例が適用される旨の主張であると解されるので、検討したところ、次のとおりである。
イ 本件土地代金及び本件補償金の所得区分等について
(イ) 本件特例の対象となる所得は、譲渡所得又は山林所得に限られるところ、本件土地代金は、本件譲渡資産の対価であるから、譲渡所得(分離長期譲渡所得)に当たる。
(ロ) 一方、本件補償金は、上記1の(4)のロのとおり、構築物(トンネル)の所有を目的とする区分地上権の設定によるものであるから、所得税法第26条第1項、同法第33条第1項及び所得税法施行令第79条第1項(別紙の2ないし4)により、本件設定の対価として支払を受けた金額が、本件設定資産の価額の4分の1に相当する金額を超える場合には譲渡所得となり、超えない場合には不動産所得となる。
 これを本件補償金についてみると、本件設定契約時における本件設定資産の価額(時価)は、上記(1)のハのとおり、12,800,727円であるのに対し、本件補償金の金額は、別表3の順号4のとおり2,672,680円であり、本件設定資産の価額の4分の1(3,200,182円)を超えないから、本件補償金は、不動産所得となる。
 よって、本件補償金について、本件特例は適用されない。
ロ 本件土地代金に係る譲渡所得に対する本件特例の適用について
(イ) 法令解釈
 措置法第33条の4第3項第1号は、別紙の7のとおり、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあった日から6か月を経過した日までに当該資産が譲渡されなかった場合には、本件特例は適用されない旨規定しているが、これは、公共事業施行者の申出に応じて資産の早期譲渡に協力した者に対してのみ、その補償金等に対する所得税について特別の優遇措置を講じることにより、公共事業の円滑な施行を図ることとした趣旨であり、ここにいう「買取り等の申出のあった日」とは、原則として、公共事業施行者が、資産の所有者に対し、1買取り資産を特定し、2その対価を明示して、3その買取り等の意思表示をした日をいうものと解するのが相当である。
(ロ) 当てはめ
 これを本件についてみるに、上記(1)のイのとおり、本件公共事業施行者は、請求人に対し、本件買取り申出書面及び本件補償額明細書において、1買取り資産を特定し(上記(1)のイの(イ)のA及び同(ロ)のA)、2その対価を明示して(同(イ)のC及び同(ロ)のA)、3その買取り等の意思表示をし(同(イ)のA及びD)、請求人は、平成15年5月31日にこれを受け取ったことが認められるから、本件譲渡資産について買取り等の申出のあった日は、平成15年5月31日であると認められる。
 そして、請求人が本件売買契約を締結したのは、上記(1)のロのとおり、平成16年3月29日である。
 そうすると、請求人は、本件譲渡資産を、最初に買取り等の申出のあった日から6か月を経過した日までに譲渡していないから、本件土地代金に係る譲渡所得の金額の計算上、本件特例を適用することはできない。
(ハ) なお、請求人は、上記2の(1)のロのとおり、本件補償額明細書に日付がないことを疑問視するが、法令上、買取りの申出方法について、日付の記載のある書面によらなければならない旨の規定はないから、この点は、結論に影響しない。
ハ その他
 個人の有する資産を収用等により譲渡した場合の課税の特例には、本件特例のほか、措置法第33条第1項に規定する代替資産の特例(別紙の5)があるところ、請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によっても、請求人が同特例の適用を受けられる期間内に代替資産を取得した事実は認められないから、本件土地代金について同特例も適用されない。

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(3) 請求人の主張について

イ 請求人は、本件公共事業施行者との間で本件土地代金及び本件補償金は課税されない旨の約束の下、買取り契約等に応じたものであるから、課税すべきではないと主張する。
 しかしながら、本件土地代金及び本件補償金に課税がなされるか否かは、所得税法及び措置法等法令の規定によって決まるものであり、契約当事者の合意によって決まるものではないから、仮に、本件公共事業施行者が本件土地代金及び本件補償金について課税されないと約束したとしても、課税関係には何ら影響しない。
 したがって、請求人の主張には理由がない。
ロ また、請求人は、原処分庁に電話で相談した際、確定申告の必要がない旨の説明を受けたことから申告をしなかったものであり、それにもかかわらずなされた本件決定処分等は取り消すべきである旨主張する。
 しかしながら、税務相談は、行政サービスとして申告納税を支援するために、納税者から提供された情報の範囲内で、税務職員が税法の解釈、運用又は納税手続等について知識を供与するものであるから、税務相談を担当する税務職員には、納税者の提示した資料及び情報の範囲を超えて事実関係を探索すべき義務はないと解すべきである。
 この点、請求人の当審判所に対する答述によれば、請求人は、原処分庁の相談を担当した職員に対し、国の事業に伴う土地の売買で約9,000,000円の代金が入ったこと及び本件公共事業施行者から50,000,000円まで課税されないと言われたことのみを伝えて申告の要否を尋ねており、当該土地の買取り等の申出のあった日及び契約年月日は伝えなかったことが認められる。
 これに対し、相談を担当した職員が、請求人にどのように回答したかは、証拠上必ずしも明らかでないが、仮に、申告の必要がない旨回答していたとしても、請求人の提供した情報を基にすればやむを得ないところであり、そのことをもって、本件決定処分等を取り消すべきであるとの請求人の主張には理由がない。
ハ なお、請求人は、本件公共事業施行者がS税務署に出向き、請求人との間での本件土地代金及び本件補償金は課税されないとする約束があるので、「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」の日付を訂正、撤回したい旨頼みに行ったにもかかわらず、S税務署の担当者が取り合ってくれなかったことについて納得がいかないとも主張するが、上記(1)のニの「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」に記載された買取り等の申出年月日に誤りはないから、請求人の主張には理由がない。

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(4) 本件決定処分について

 以上のとおり、本件土地代金に係る譲渡所得及び本件補償金に係る不動産所得については、いずれも本件特例の適用はなく、請求人の譲渡所得及び不動産所得の金額は、本件決定処分における金額と同額であるから、本件決定処分は適法である。

(5) 本件賦課決定処分について

 上記(4)のとおり、本件決定処分は適法であり、また、期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由があるとも認められないので、同条第1項の規定に基づいてされた本件賦課決定処分は適法である。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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