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(平18.9.5、裁決事例集No.72 184頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)に対してされた、平成15年分及び平成16年分の所得税の各更正処分(以下、これらを「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分について、違法又は不当を理由としてその一部の取消しが求められた事案であり、争点は次の3点である。
争点1 後記受入非特定上場株式等を譲渡した場合に、その譲渡所得の計算上控除される取得価額を後記みなし取得価額ではなく、実際の取得価額とすることができるか否か。
争点2 本件各更正処分は、信義則に反するか否か。
争点3 国税通則法(以下「通則法」という。)第65条《過少申告加算税》第4項に規定する「正当な理由」があるか否か。

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求(平成18年3月17日請求)に至る経緯及び内容は、別表1のとおりである。

(3) 関係法令等

 別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人と原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実を認めることができる。
イ 請求人は、平成14年12月12日にA証券株式会社(以下「A証券」という。)B支店に「特定口座申込書(特定口座開設届出書兼特定口座源泉徴収選択届出書)」(以下「本件届出書」という。)と題する書面を提出し、同支店は、同届出書に基づき特定口座(以下「本件特定口座」という。)を開設し、請求人が同支店に保管委託していたすべての株式を同口座に移管した。
 なお、請求人は、本件届出書により所得税の源泉徴収を選択しない旨を届けている。
ロ A証券が、原処分庁に提出した平成15年12月31日付「平成15年分特定口座年間取引報告書」及び平成16年12月31日付「平成16年分特定口座年間取引報告書」(以下、これらを併せて「本件報告書」という。)の主な内容は、別表2及び別表3のとおりである。
ハ 請求人は、平成15年分及び平成16年分の所得税の確定申告書に本件報告書を添付せず、株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書及び金銭出納帳に基づき作成した株式の売買の内訳を記載した明細書(以下「本件明細書」という。)を添付した。

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2 主張

(1) 争点1 受入非特定上場株式等を譲渡した場合に、その譲渡所得の計算上控除される取得価額をみなし取得価額ではなく、実際の取得価額とすることができるか否か。

原処分庁 請求人
 請求人は、A証券B支店において本件特定口座を開設し、平成15年及び平成16年中に同口座内保管の上場株式等を譲渡しているから、当該譲渡に係る所得は、特定口座内保管上場株式等以外の株式等及び他の特定口座内保管上場株式等の譲渡による所得と区分して計算することとなる。
 そうすると、請求人の特定口座内保管上場株式等の譲渡等に係る取得価額のうち、受入非特定上場株式等の取得価額については、平成14年改正令附則第14条第7項第3号の規定に基づき、みなし取得価額となる。
 また、請求人が主張する事情は主観的なものにすぎず、当該事情をもって取得価額の取扱いに関する法令の適用等が左右されるものではない。
 本件特定口座内に保管された株式の譲渡所得の計算上、みなし取得価額を取得価額としているものについて、実際の取得価額を認めるべきである。
 それが認められないとすれば、請求人は当該譲渡により、損をしているのに税金を払わなければならず酷である。

(2) 争点2 本件各更正処分は、信義則に反するか否か。

請求人 原処分庁
 平成15年分及び平成16年分の所得税の確定申告は、以下のとおり、いずれも請求人がC税務署での事前の相談結果を基に、同署の職員の指導のとおりに確定申告書を作成し、申告したものであるから、これらと異なる本件各更正処分は、信義則に反する違法なものである。  信義則の適用は、次の理由で認められない。
イ 請求人は、特定口座の株式の取得価額について、A証券B支店の担当者から、請求人が記載している金銭出納帳の金額では取得価額として認められないため、税務署で判断してもらうようにと言われた。
 そこで、C税務署へ電話で相談したところ、同署の職員は、金銭出納帳で買値が分かるのであれば、それで認められる旨回答した。
 請求人は、同日、念のために金銭出納帳を持ってC税務署へ確認に行ったところ、同署の職員は、請求人の金銭出納帳を確認し、この内容であれば取得価額と認められる旨回答し、さらに、請求人がこの金銭出納帳の買値で申告しても良いか質問したところ、認められる旨回答した。
ロ 請求人は、平成15年分及び平成16年分の確定申告の際、金銭出納帳及び娘にパソコンで作成してもらった本件明細書を持参し、C税務署の職員の指導を受けて申告した。
 請求人は、C税務署の職員に、本件明細書を貸しなさいと言われたため、本件明細書を渡し、同職員に確定申告書を作成してもらったもので、住所・氏名以外はすべて同署の職員が記入した。
イ 請求人が、C税務署において、株式の取得価額の取扱いについて相談を行ったかどうかは定かではない。
ロ 仮に、株式の取得価額の取扱いに関する相談が行われたとしても、請求人は、1C税務署の職員に対して特定口座により株式の取引をしている旨を告げていないこと、2平成15年分及び平成16年分の確定申告の手続時に本件報告書を持参していないこと、3平成15年分及び平成16年分の確定申告書にそれぞれ本件明細書を添付していることからすると、請求人は、C税務署の職員に対し、特定口座に保管の委託をした上場株式を譲渡したことを説明していなかったものと認められる。
 そうすると、C税務署の職員が、1特定口座において取得価額が既に計算されているか否か、2その取得価額が、請求人の主張する金銭出納帳に記載した金額ではなく、いわゆるみなし取得価額等によることとされているものがあるか否かについて確認するにしても、請求人は、確認の前提となる事項である、相談している株式の譲渡が特定口座に保管の委託をした上場株式の譲渡であることを説明したとはいえない。
 したがって、請求人がC税務署の職員に対して行ったとする株式の取得価額の取扱いに関する相談は、取扱いの内容を確認する上で必要な事項である、株式の取引内容について十分な説明がされていない。

(3) 争点3 通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があるか否か。

請求人 原処分庁
 請求人は、C税務署の職員の指導に基づき申告したのであるから、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」に該当する。  税の申告は、申告納税制度の下では、納税者が自己の判断とその責任において行うものである。
 また、請求人が、C税務署で株式の取得価額の取扱いについて相談を行ったかどうかは定かではない。仮に、請求人が相談を行っていたとしても、C税務署の職員に対し、売却した株式の取引の内容を十分に説明したものとは認められない。したがって、当該事情は、通則法第65条第4項に規定する正当な理由に該当しない。

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3 判断

(1) 争点1 受入非特定上場株式等を譲渡した場合に、その譲渡所得の計算上控除される取得価額をみなし取得価額ではなく、実際の取得価額とすることができるか否か。

イ 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる(なお、認定に用いた資料は、文末括弧内に記載したものである。以下同じ。)。
(イ) 上記1の(4)のロのうち、請求人が、D証券株式会社で買い付け、A証券B支店に現物を持ち込んだもののうち、平成15年に譲渡されたものは別表4、平成16年に譲渡されたものは別表5のとおりである(以下、これらを併せて「本件株式」という。)。
 なお、請求人が、本件株式をA証券B支店へ持ち込んだ日は、それぞれ表中の「保護預かり日」欄に記載の日である(請求人の答述、同支店の株式預かり日に関する調査報告書)。
(ロ) A証券は、社員には、「○○○○」と題する小冊子(平成14年9月2日発行、以下「本件小冊子」という。)及び「○○○○のご案内」と題する資料等に基づき顧客に対して特定口座の勧誘を行うよう指導しており、B支店の社員も、これらにより同支店の顧客に対して特定口座の概要等を説明していた(同社○○本社○○部○○課長に対する調査報告書、同社○○部○○課長の電話聴取書、平成14年ないし平成15年当時の同社B支店における請求人の営業担当者の答述)。
なお、本件小冊子には、特定口座の概要、開設、取得価額の取扱い及び特定口座年間取引報告書等に関する事項が記載されており、特定口座での取得価額の取扱いに関する部分には、受入非特定上場株式等はみなし取得価額となる旨、特定口座年間取引報告書に関する部分には、同報告書を確定申告書に添付する必要がある旨が記載されている。
(ハ) A証券は、請求人に対し、平成16年3月に「特定口座における取得価格確認のご案内」と題する書類において、平成13年9月30日までに同社に持ち込まれた株式等で取得価額が不明なものについてはみなし取得価額が適用されている旨を記載し、同社においてみなし取得価額で登録されている株式の銘柄及びみなし取得価額の明細を添付した上で、みなし取得価額と実際の取得価額とを比較して、実際の取得価額の方が高い場合には、平成16年末日を期限に「タンス株券組入れ」制度により、株式等の取得価額の訂正が可能であるとして、取得価額を再点検するよう依頼する旨を通知している(上記書類)。
(ニ) A証券は、請求人から本件株式の取得価額の訂正についての申出を受けていない(平成15年10月ないし平成17年9月当時の同社B支店における請求人の営業担当者の答述)。
ロ 上記1の(4)のイ及びロ並びに上記イの(イ)によると、本件株式は、請求人がD証券株式会社からA証券B支店に現物を持ち込み、保管委託されていたものが、本件特定口座の開設とともに同口座に移管されたものであるから、上記1の(3)のニ及びホの規定により受入非特定上場株式等に該当し、本件株式の譲渡所得の計算上控除される取得価額は、みなし取得価額となる。
ハ 請求人は、実際の取得価額が認められないとすれば、当該譲渡により損をしているのに税金を払わなければならず酷であるとして、みなし取得価額が適用されている上場株式について、実際の取得価額により所得計算をすべきである旨主張する。
しかしながら、上記1の(4)のイのとおり、請求人は、自ら特定口座により株式等の譲渡所得を計算することを選択しているところ、上記イの(ロ)によれば、A証券及び同社B支店は、本件特定口座の開設時に請求人に対し、本件小冊子等により受入非特定上場株式等の取得価額がみなし取得価額となるということを説明しており、請求人は、これらにより、譲渡所得の計算上、本件株式の取得価額がみなし取得価額の適用を受けることを十分に知り得る状況にあったものと認められる。
 また、上記イの(ハ)及び(ニ)によると、A証券は、従来特定口座に入れることができないとされていたいわゆるタンス株(居住者等が自宅などで自ら保管している上場株式等)を特定口座に受け入れることが可能になったこと等を受けて、請求人が本件特定口座に預け入れた株式でその取得価額がみなし取得価額とされているものの銘柄や登録されているみなし取得価額を示した上で、実際の取得価額への見直しが可能であるとして再点検をするよう通知していたにもかかわらず、請求人は、取得価額の見直しの申出を行っていないことが認められる。
 これらの事情に照らせば、本件株式の譲渡所得の計算上の取得価額として、実際の取得価額が認められないからといって、酷であるとは認められないから、請求人の上記主張は採用できない。

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(2) 争点2 本件各更正処分は、信義則に反するか否か。

イ 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、当該処分を違法なものとして取り消すべき場合があるとしても、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、同法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免除し、納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情がある場合に、初めて信義則の法理の適用の是非を考えるべきものと解される。
 そして、この特別の事情の有無の判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したが、後に同表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったかどうか、納税者が税務官庁の同表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかなどについて考慮する必要があると解される。
ロ これを本件についてみるのに、請求人が主張する信義則の違反は、本件各更正処分がC税務署における株式の譲渡損失に関する納税相談で示された同署の職員の指導内容と異なることを理由とするものである。
 しかしながら、本来、申告納税制度の下では、確定申告は、納税者が自己の判断とその責任において行うものであり、納税相談は、確定申告しなければならない納税者の便宜のため、行政サービスの一環として、納税者において、納税申告する際の参考とするために、税務職員が、各自の有する知識を前提として、一応の判断を示すにすぎないものであって、税務官庁の公的見解とはいえないと解するのが相当である。
 そうすると、納税相談による税務職員の見解をもって、公的見解があったとはいえないから、請求人の上記主張は、この点において既に理由がない。
ハ したがって、本件各更正処分は、信義則に反するとは認められない。

(3) 争点3 通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があるか否か。

イ 原処分関係資料によれば、請求人は、平成16年2月4日及び同月6日並びに平成17年2月2日に株の譲渡損についての相談でC税務署を訪れていることが認められる(平成16年2月4日及び同月6日の受付票、平成17年2月2日の納談整理票)。
ロ 通則法第65条第1項に規定される過少申告加算税は、過少申告による納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対して課されるものであり、これによって、当初から適法に申告、納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。
 そうすると、同条第4項に規定する「正当な理由があると認められる」場合とは、当該過少申告が真にやむを得ない理由によるもので、かつ、過少申告加算税の賦課が不当若しくは酷になる場合であると解するのが相当であり、納税相談等において、納税者から十分な資料の提出があったにもかかわらず、税務職員が誤った指導を行い、納税者がその指導に従ったことにより過少申告となった場合で、かつ、納税者がその指導を信じたことについてやむを得ない事情があると認められる場合には、これに当たると解される。
ハ 請求人は、平成15年及び平成16年分の所得税の確定申告については、いずれもC税務署での事前の納税相談及び確定申告時の納税相談を基に、同署の職員の指導のとおりに確定申告書を作成し、申告した旨主張し、それに沿う答述をする。そして、上記イによれば、少なくとも、請求人が平成15年分及び平成16年分の所得税の確定申告時にC税務署を訪れ、株式の譲渡損について相談していることが認められる。
 しかしながら、請求人は、一方において、事前相談の際に特定口座での上場株式等の取引を行っていることを告げずに相談した、確定申告時の納税相談の際に本件報告書を持参しなかったなどと答述しており、これによれば、請求人は、当該納税相談において、職員が請求人の質問に対して正確な回答を示す上で前提となる事実、すなわち、請求人が特定口座で上場株式の取引を行っていることを職員に伝えておらず、また、それを示す資料も提出していないことになる。
 そうすると、仮に、請求人の主張するとおりの内容の納税相談が行われていたとしても、当該納税相談は、事前相談時及び確定申告時のいずれの際も請求人から十分な情報の提供や資料の提出がない状況で行われたというべきであるから、飽くまでも一般的な指導、助言にとどまるものであり、税務職員による誤指導があったとは認められない。
ニ したがって、本件は、通則法第65条第4項に規定する正当な理由がある場合に該当しない。

(4) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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