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(平20.4.17、裁決事例集No.75 566頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、在外財産に対する相続税額の控除の規定を適用し、F国で課された相続税額の全額を控除して行った相続税の申告について、原処分庁が、F国で課された相続税額のうちF国に所在する相続財産に対応する部分を超える部分の税額については控除できないとして相続税の更正処分を行ったのに対し、請求人が、同処分は不当であるとしてその一部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成15年3月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したG(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)に別表1の「申告」欄のとおり記載して法定申告期限(平成16年9月21日)までにH税務署長に提出した。
ロ H税務署長は、これに対し、平成19年4月27日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
 なお、平成19年2月27日、請求人からH税務署長にJ税理士を納税管理人とする旨の届出書の提出があったことから、本件更正処分及び本件賦課決定処分に係る通知書は、同年4月27日、J税理士に対し、交付送達された。
ハ 請求人は、平成19年6月25日、これらの処分を不服としてH税務署長に異議申立てをした。請求人は、住所を、平成18年1月30日、P市p町○丁目○番(以下「請求人P市住所地」という。)からF国f市に移し、さらに、平成19年5月28日、肩書地へ移したので、原処分庁は、H税務署長からK税務署長となった。そして、異議審理庁は、同年9月20日付で、いずれの処分に対する異議申立てに対しても棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、平成19年10月18日、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして審査請求をした。
ホ なお、本審査請求は、請求人の法定代理人であった親権者母Lによってなされたが、平成○年○月○日、請求人が成年に達したことにより、法定代理関係が消滅した。

(3) 関係法令等の要旨

 別紙1のとおり。

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(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人の本件相続開始日における住所は、請求人P市住所地である。
ロ F国のM裁判所が発行した2003年(平成15年)11月21日付相続証書には、請求人は本件被相続人の唯一の相続人である旨記載されている。
ハ 請求人が本件相続の開始があったことを知った日は、平成15年11月21日である。
ニ 本件申告書の第8表には、外国相続税として、要旨別表2のとおりの記載がある。
ホ 請求人は、本件相続開始日及び本件申告書の第8表に記載されたF国の相続税(以下「本件F国相続税」という。)の納期限(以下「本件F国相続税確定日」という。)において、N銀行○○支店に預金口座を有している。
 また、同行が公表した本件F国相続税確定日におけるユーロの対顧客直物電信売相場は、1ユーロ当たり○○○円である。
ヘ 請求人が本件相続により取得した財産(以下「本件相続財産」という。)は、F国及びF国以外の数か国に所在しているが、F国の相続税は、相続開始日において被相続人の住所がF国内にあった場合には、いわゆる全世界課税を採用しており、本件相続開始日において、本件被相続人がF国に住所を有していたことから、本件相続財産のすべてが本件F国相続税の課税の対象となっている。
ト 本件相続財産の価額並びに請求人が本件相続により負担すべき債務及び葬式費用の金額は、別表3のとおりである。
チ 本件F国相続税について
(イ) 請求人は、2004年(平成16年)9月15日、本件F国相続税の申告書を、F国の課税当局に提出した。
(ロ) 本件F国相続税の申告の内容は、要旨次のとおりである。
A F国において課税対象となる相続財産及びその価額は、別表4の「F国相続税申告額」欄の財産の内訳のとおりであり、その総額は、○○○○ユーロ(以下「本件F国相続税財産価額」という。)である。
 本件F国相続税財産価額のうち、平成15年改正前相続税法第10条の規定により財産の所在の判定をした結果、F国に所在すると判定された財産(以下「本件F国所在財産」という。)の価額は、別表4の「左のうち本件F国所在財産の価額又は同財産に直接関連する債務の金額」欄の財産の金額○○○○ユーロである。
B 本件F国相続税において相続財産から控除される債務及び各種費用(葬式費用など)並びにそれらの金額は、別表4の「F国相続税申告額」欄の債務及び各種費用の内訳のとおりであり、その総額は、○○○○ユーロ(以下「本件F国相続税債務等価額」という。)である。
 本件F国相続税債務等価額のうち、本件F国所在財産に直接関連すると認められる債務の金額は、別表4の「左のうち本件F国所在財産の価額又は同財産に直接関連する債務の金額」欄の債務の金額○○○○ユーロである。
C 本件F国相続税における純資産価額(本件F国相続税財産価額から本件F国相続税債務等価額を控除した後の金額)は、○○○○ユーロである。
 本件F国所在財産の価額から同財産に直接関連すると認められる債務の金額を控除した後の金額は、3,747,629ユーロである。
リ H税務署長は、本件相続財産の価額及び相続財産から控除される債務等の金額を邦貨換算する際の為替レートの誤り並びに本件税額控除規定の対象となる金額の誤り等を理由に本件更正処分を行っている。
 その際、F国で課せられた相続税額のうち本件税額控除規定の対象となる金額については、本件F国相続税の税額の邦貨換算額○○○○円に上記チの(ロ)のCの3,747,629ユーロが上記チの(ロ)のCの本件F国相続税における純資産価額○○○○ユーロに占める割合を乗じて算出している。

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2 主張

(1) 請求人

 次の理由により、F国で課された相続税額のうち本件F国所在財産に対応する部分を超える部分の税額についても、本件相続に係る相続税額の計算上、税額控除の対象とすべきであるから、原処分の一部の取消しを求める。
イ 本件税額控除規定を適用すると本件更正処分のような取扱いとなることは理解するが、その結果として、F国で課された相続税額のうちF国以外の国に所在する相続財産に対応する部分の税額について控除を認めないこととなり、日本とF国で二重課税が生じ、相続人にとって税率70%超(請求人の主張のまま)の税負担となっている。
 日本とアメリカ合衆国との間のように遺産、相続及び贈与に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための二国間の条約がある場合には、当該二国以外の国に所在する相続財産についても二重課税の回避が行われるのに対し、租税条約がない日本とF国の場合には、日本及びF国両国以外の国に所在する相続財産について二重課税が残ってしまう。現行の相続税の課税制度は、租税条約の不存在から生じた結果である二重課税の受忍を請求人に強いるもので、公正、妥当なものではない。
ロ 経済協力開発機構(OECD)がモデル相続税条約で示しているように、二重課税の回避は、国際社会の共通の目的の一つとなっており、このことからすれば、日本とF国の間に相続税についての租税条約がないとしても、相続税額の計算上、何らかの調整がなされるべきである。

(2) 原処分庁

 次の理由により、F国で課された相続税額のうち本件F国所在財産に対応する部分を超える部分の税額については、本件相続に係る相続税額の計算上、税額控除の対象とすることはできず、原処分は適法であるから、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件税額控除規定が、別紙1の7のとおり、外国相続税について、「当該国外財産についてその地の法令により外国相続税が課せられたときは」と規定していることからすると、本件税額控除規定は、相続により財産を取得した者が国外財産について当該国外財産の所在地国の法令により相続税が課された際、日本と当該国外財産の所在地国との間の相続税の二重課税を調整するためのものであると解される。
 そして、これを踏まえれば、本件税額控除規定の「その課せられた税額に相当する金額」とは、法文上は別紙2の算式1により算出するものと解される。
 一方、相続税法基本通達20の2-2《「当該財産の価額」等の意義》は、本件税額控除規定のただし書に規定する「当該国外財産の価額」とは、本件税額控除規定に規定する相続により取得した国外財産の価額の合計額から当該国外財産に係る債務の金額を控除した金額をいい、「課税価格計算の基礎に算入された部分」とは、平成15年改正後相続税法第13条《債務控除》の規定による控除(以下「債務控除」という。)をした後の金額をいうものとする旨定めている。
 そして、この定めの趣旨は、相続税の課税価格とは、相続により財産を取得した場合、「相続により取得した財産の価額の合計額」をいうところ、当該課税価格に算入すべき価額は、債務控除をした後の金額によるとされていることから、本件税額控除規定に規定する「当該国外財産の価額」及び「課税価格計算の基礎に算入された部分」についても、これにひょうそくを合わせ、それぞれ債務控除をした後の金額をいう旨明らかにしたものである。
 したがって、これを踏まえれば、別紙2の算式1は、同算式2のとおり解するのが相当である。
 よって、別紙2の算式2に基づいて計算された、F国で課された相続税額のうち本件F国所在財産に対応する部分を超える部分の税額については、本件税額控除規定の適用はない。
ロ 日本とF国との間には、本件税額控除規定以外に両国で課された相続税について、二重課税を調整する条約の規定は存在しない。

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3 判断

(1) 本件更正処分について

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件相続財産を分類すると、要旨次のとおりである。
A F国に所在する不動産(自用及び賃貸用)
B R国に所在する不動産(賃貸用)
C S国に所在する不動産(自用)
D F国の銀行に預けている預金及び有価証券
E T国の銀行に預けている預金及び有価証券
(ロ) 請求人は、S国において、S国に所在する財産及び債務についてS国の登録税(外国相続税に該当する。)の申告を行っている。
(ハ) 請求人は、R国において、R国に所在する財産の一部についてR国の所得税(死亡時譲渡所得課税制度に基づく所得税であり、外国相続税には該当しない。)の申告を行っている。
(ニ) F国はT国との間で遺産税相続税条約を締結しており、同条約において、不動産、恒久的施設に関する事業用資産等以外の資産については、相続開始の時に被相続人の居住していた締約国において課税対象とする旨規定していることから、本件においては、上記(イ)のEの財産については、F国においてのみ課税対象とされる。
ロ 本件税額控除規定について
 本件税額控除規定の趣旨は、無制限納税義務者が相続により国外財産を取得した場合、国外財産についてその国外財産の所在地国の法令により外国相続税が課税されたときには、その国外財産について、日本とその所在地国の両国において二重に相続税が課税されることとなることから、その所在地国の法令により課税された外国相続税の額を、当該無制限納税義務者の相続税額から控除することにより、国際間の二重課税の調整を図ることにあると解される。
 そして、この二重課税の調整がどこまで及ぶかについては、本件税額控除規定が「当該国外財産についてその地の法令により相続税に相当する税が課せられたときは」と規定していることからすると、この規定は、財産の所在地国の法令により外国相続税が課税されたときの二重課税の調整をその対象とするものであって、財産の所在地国以外の国の法令により外国相続税が課税されたときの二重課税の調整についてまでその対象とするものではないと解される。
 また、この国際間の二重課税の調整は、国がその主権の一部をなす課税権の行使について一方的に譲歩する、いわば恩恵的措置であり、その対象範囲をどのように定めるのかも立法政策に属するものであることから、法令の規定を超えて無条件に認められる性格のものではないと解される。
ハ 本件への当てはめ
 本件においては、上記1の(4)のヘのとおり、本件相続財産のすべてが本件F国相続税の課税の対象となっているところ、上記ロに述べた本件税額控除規定の解釈からすると、日本の相続税額の計算上、F国で課された相続税額のすべてが税額控除の対象とされるものではなく、F国で課された相続税額のうち本件F国所在財産に対応する部分についてのみ、税額控除の対象とされるものと解するのが相当である。
 また、本件税額控除規定以外に、相続税の二重課税を調整するための法令の規定はなく、さらに、日本とF国との間には、二重課税を回避するための相続税に関する租税条約の規定もない。
 したがって、F国で課された相続税額のうち本件F国所在財産に対応する部分を超える部分の税額については、本件相続に係る相続税額の計算上、税額控除の対象とすることはできない。
 そして、外国相続税の額に、その外国相続税の算出の基とされた金額のうちに当該外国相続税を課した国に所在する財産の価額から同財産に直接関連する債務の金額を控除した金額の占める割合を乗じて計算することについては、本件税額控除規定による税額控除前の相続税額が、相続により取得した財産の価額から債務控除の金額を控除した正味の財産価格を課税価格として算出されたものであることから合理的であり、したがって、「その課せられた税額に相当する金額」を原処分庁が主張する別紙2の算式2により計算することは、当審判所においても相当と認められる。
ニ 請求人の主張について
 請求人は、二国間(日本とF国)で二重課税が生じていること及び二重課税の回避は、国際社会の共通の目的になっていることから、何らかの調整がなされるべきである旨主張する。
 しかしながら、本件税額控除規定に規定する外国税額控除の制度及び租税条約は、国際的な二重課税を調整し、経済活動に対する租税の中立性を確保するための制度又は二国間の取決めであるものの、わが国における外国税額控除の制度は、飽くまでもそのような立法政策を実現するために制定された法令やわが国が他国との間で締結する条約によって初めて認められる制度であり、法令又は条約上の実体及び手続の各要件を充足する場合に限り認められるものである。
 そして、本件においては、国内法である本件税額控除規定の趣旨に照らしF国で課された相続税額のうち本件F国所在財産に対応する部分を超える部分の税額について、税額控除の対象とすることができないことについては、上記ハに述べたとおりである。また、日本とF国との間で相続税に関する租税条約が締結されていない以上、F国で課された相続税額のうちF国に所在する財産に対応する部分を超える部分の税額については、租税条約によって控除する余地もないといわざるを得ない。わが国とF国との間においてこのような相続税に関する租税条約が締結されていないことは立法政策上の判断によるものというべきであるから、そうした相続税に関する租税条約が存在しない結果、二重課税の状態が残ったとしても、我が国の相続税法の趣旨ないし目的に反する状態にあるともいえないので、二重課税の状態が残ったことをもって本件更正処分を不当ということはできない。
 また、請求人の主張は、相続税法等の法令の規定自体の改正又は相続税に関する租税条約の整備を求めるものと解されるが、その判断は、当審判所の権限外のことであるから、審理の限りではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は理由がない。
ホ 以上のとおり、請求人の主張には理由がなく、当審判所においてF国で課せられた相続税額のうち本件税額控除規定の対象となる金額を計算すると○○○○円となり、請求人の本件相続に係る相続税の納付すべき税額を計算すると○○○○円となる。この金額は、本件更正処分の金額と同額であるから、本件更正処分は適法である。

(2) 本件賦課決定処分について

 上記(1)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法(平成18年法律第10号による改正前のもの)第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づきされた本件賦課決定処分は適法である。

(3) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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