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(平21.3.24、裁決事例集No.77 232頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が外国人研修生等に対し支払った手当等について、原処分庁が、当該研修生等には外国人研修制度等の趣旨に沿った研修等がされていないから、租税条約に規定する租税の免除の適用はなく、当該手当等は請求人の業務に従事する対価と認められ、非居住者の国内源泉所得に該当するなどとして、源泉徴収に係る所得税の納税告知処分等を行ったのに対し、請求人が、当該研修生等は現に中華人民共和国政府及び日本国政府が認めた研修生等であり、実際に研修等も行われているから、租税条約により所得税が免除されるなどとして、同処分等の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 平成20年3月31日付でされた平成18年6月から平成20年1月までの期間(以下「本件期間」という。)の各月分の源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)の各納税告知処分について、審査請求(平成20年8月5日請求)に至る経緯及び内容は、別表1のとおりである。
 なお、以下、平成20年3月31日付でされた本件期間の各月分の源泉所得税の各納税告知処分(平成18年6月から平成19年11月まで及び平成20年1月の各月分については、同年7月4日付で減額された後のもの)及び平成18年7月から平成19年5月までの各月分の源泉所得税に係る重加算税の各賦課決定処分(平成18年7月から平成18年10月まで及び平成18年12月から平成19年3月まで並びに平成19年5月の各月分については、平成20年7月4日付で減額された後のもの)を、それぞれ「本件各納税告知処分」及び「本件各賦課決定処分」という。

(3) 関係法令等

イ 所得税法関係
(イ) 所得税法第2条《定義》第1項第3号は、「居住者」とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう旨規定し、同項第5号は、「非居住者」とは、居住者以外の個人をいう旨規定している。
 また、所得税法施行令第14条《国内に住所を有する者と推定する場合》第1項第1号は、国内に居住することとなった個人が、国内において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合には、その者は、国内に住所を有する者と推定する旨規定している。
(ロ) 所得税法第28条《給与所得》第1項は、「給与所得」とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下「給与等」という。)に係る所得をいう旨規定している。
(ハ) 所得税法第36条《収入金額》第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする旨規定している。
(ニ) 所得税法第161条《国内源泉所得》第8号のイは、俸給、給料、賃金、歳費、賞与又はこれらの性質を有する給与その他人的役務の提供に対する報酬のうち、国内において行う勤務その他の人的役務の提供に基因する給与、報酬が国内源泉所得に当たる旨規定している。
(ホ) 所得税法第183条《源泉徴収義務》第1項は、居住者に対し国内において同法第28条第1項に規定する給与等の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない旨規定している。
(ヘ) 所得税法第212条《源泉徴収義務》第1項は、非居住者に対し国内において同法第161条第1号の2から第12号までに掲げる国内源泉所得の支払をする者は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない旨規定している。
ロ 所得税基本通達関係
(イ) 所得税基本通達(以下「基本通達」という。)36−45《使用人に貸与した住宅等に係る通常の賃貸料の額の計算》は、使用者が使用人に対して貸与した住宅等(当該使用人の居住の用に供する家屋又はその敷地の用に供する土地若しくは土地の上に存する権利をいう。)に係る通常の賃貸料の額は、基本通達36−41に掲げる算式により計算した金額とする旨定めている。
(ロ) 基本通達36−41《小規模住宅等に係る通常の賃貸料の額の計算》は、使用者が貸与した住宅等のうち、その貸与した家屋の床面積が132平方メートル以下であるものに係る通常の賃貸料の額は、次に掲げる算式により計算した金額とする旨定めている。
(計算式) その年度の家屋の固定資産税の課税標準額×0.2%+12円×(当該家屋の総床面積(平方メートル)÷3.3(平方メートル))+その年度の敷地の固定資産税の課税標準額×0.22%
(ハ) 基本通達36−42《通常の賃貸料の額の計算に関する細目》の(1)は、基本通達36−41により通常の賃貸料の額を計算するに当たり、その貸与した家屋が一棟の建物の一部である場合又はその貸与した敷地が一筆の土地の一部である場合のように、固定資産税の課税標準額がその貸与した家屋又は敷地以外の部分を含めて決定されている場合には、当該課税標準額及び当該建物の全部の床面積を基として求めた通常の賃貸料の額をその建物又は土地の状況に応じて合理的にあん分するなどにより、その貸与した家屋又は敷地に対応する通常の賃貸料の額を計算する旨定めている。

(4) 基礎事実

イ 請求人の概要等
 請求人は、昭和59年7月○日に設立され、P市p町○−○に本店を置く、生鮮魚及び水産加工品等の販売などを目的とする株式会社であり、請求人の本件期間における代表取締役には、Gが就任していた。
ロ 外国人研修制度及び技能実習制度
 外国人研修制度と技能実習制度は、本邦において技術、技能又は知識を修得し、開発途上国等の人材育成に貢献することを目的とした一連の制度である(「研修生及び技能実習生の入国・在留管理に関する指針(法務省入国管理局)」(以下「研修等指針」という。))。
(イ) 外国人研修制度
 外国人が研修制度により日本に入国、在留するためには、「研修」の在留資格を取得することが必要とされており(出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)第2条の2《在留資格及び在留期間》、同法別表第一の四及び研修等指針)、「研修」の在留資格については、1在留資格認定証明書の交付を申請しようとする者は、研修の内容、必要性、実施場所、期間及び待遇を明らかにする研修計画書を提出しなければならないこと(出入国管理及び難民認定法施行規則第6条の2《在留資格認定証明書》第2項及び同規則別表第三)、2「研修」の在留資格で行うことができる活動は、本邦の公私の機関により受け入れられて行う技術、技能又は知識の修得をする活動であること(入管法第2条の2及び同法別表第一の四)、3申請を行った者が修得しようとする技術、技能又は知識が同一の作業の反復のみによって修得できるものではないこと(出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令(以下「基準省令」という。)の表の上欄「研修」の項の下欄の1)、4申請を行った者が本邦において受けようとする研修の中に実務研修が含まれている場合は、当該実務研修を受ける時間が、本邦において研修を受ける時間全体の3分の2以下であること(基準省令の表の上欄「研修」の項の下欄の7)、5残業、休日出勤などの所定時間外作業はできないこと(研修等指針)とされている。
 なお、以下、「研修」の在留資格をもって技術、技能又は知識の修得のための活動を行う者を「外国人研修生」という。
(ロ) 技能実習制度
 技能実習制度は、上記(イ)の研修を受けた者が一定の水準に達したこと等を要件として、雇用関係の下で技術、技能又は知識を修得するなどができる制度であり、1対象者は、「研修」の在留資格をもって本邦に在留し、当該在留資格に応じた活動に従事している外国人であること(「技能実習制度に係る出入国管理上の取扱いに関する指針(平成5年4月5日付法務省告示第141号)」(以下「技能実習指針」という。)の第1の1の(1))、2対象となる技術、技能等は、公的に評価できるものであって、その公的評価制度については、H機構に設置する技能評価の連絡調整に関する会議において審議の上、同機構が具体的に認定し、公表するものであること(技能実習制度推進事業運営基本方針(平成5年4月5日付厚生労働大臣公示)2の3)、3実習希望者は、入管法第20条《在留資格の変更》第2項の規定により同法別表第一の五「特定活動」の在留資格への変更の申請を行うこと(技能実習指針の第2)、4「特定活動」の在留資格で行うことができる活動は、法務大臣が個々の外国人について、特に指定する活動であること(入管法第2条の2及び同法別表第一の五)とされている。
 なお、以下、「特定活動」の在留資格をもって雇用関係の下で実践的な技術、技能又は知識の修得のための活動を行う者を「技能実習生」といい、外国人研修制度と技能実習制度を併せて「本件研修制度」という。
ハ 請求人が受け入れた研修生
(イ) 請求人は、平成18年1月30日、外国人研修制度における研修生の第一次受入機関であるJ社との間で、請求人が第二次受入機関として、中華人民共和国の国籍を有するK及びL(以下、この両名を「本件研修生」という。)を研修生として受け入れる旨の研修委託契約を締結した。
(ロ) ○○入国管理局長は、平成18年4月24日付で、在留資格「研修」、在留期間を1年とする入管法第7条の2《在留資格認定証明書》の規定に基づく在留資格認定証明書を本件研修生に交付した。
(ハ) 本件研修生は、平成18年6月2日、「研修」の在留資格(在留期限は同日から1年)により日本に入国し、同月5日から、J社において、日本語の研修を受けるなどし、同年6月21日から、請求人において、業務に従事した。
(ニ) 本件研修生は、平成19年5月14日、入管法第20条の規定に基づき、入国管理局長に対し、在留資格を「研修」から「特定活動」に変更するための在留資格変更許可申請を行い、同年6月4日、当該申請は許可された。
 なお、本件研修生が当該在留資格の下で日本において行うことができる活動は、請求人において、平成18年6月2日から平成19年6月2日までの間「研修」の在留資格の下で修得した技術、技能又は知識(以下「技術等」という。)に習熟するため、請求人との雇用契約に基づき、当該技術等に係る請求人の業務に従事する活動であると指定された。
 また、上記在留資格の変更に伴い、本件研修生は、技能実習生となった。
 なお、以下、本件期間のうち、本件研修生が「研修」の在留資格で滞在した期間を「本件研修期間」といい、「特定活動」の在留資格で滞在した期間を「本件技能実習期間」という。
ニ 本件研修生に対する給与等
(イ) 請求人は、本件研修生に対し、本件研修期間において、研修手当などとして支払った額(以下「本件各研修手当」という。)は、別表2の「4支払額計」欄の各金額であり、本件技能実習期間において、給与として支払った額(以下「本件各給与」という。)は、別表3の「4支払額計」欄の各金額であった。
(ロ) 請求人は、本件研修期間において、本件研修生の宿泊施設としてP市q町○−○及び同所○−○の各土地上のアパートの1室(以下「本件宿泊施設」という。)を借り上げ、本件研修生に対し、無償で貸与した。
(ハ) 本件研修生は、平成19年6月28日、請求人から受領する給与について、所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府と中華人民共和国政府との間の協定(以下「日中租税条約」という。)の規定に基づき、所得税の免除を受けるため「租税条約に関する届出書」を、請求人を経由して原処分庁に提出した。
 なお、本件技能実習期間において、本件研修生は、所得税法第194条《給与所得者の扶養控除等申告書》に規定する給与所得者の扶養控除等申告書を、請求人に提出しなかった。
ホ 原処分における源泉所得税額の算定
 原処分庁が、平成20年3月31日付で行った本件期間の各月分の源泉所得税の各納税告知処分において、源泉所得税額の算定の基礎とした内容は、次のとおりである。
(イ) 請求人が本件研修生に支払った本件各研修手当及び本件宿泊施設を無償で貸与したことによる通常支払うべき使用料に相当する額の経済的利益(以下「本件経済的利益」という。)は、非居住者の国内源泉所得(人的役務の提供の対価)に該当する。
 なお、原処分庁は、本件研修生一人当たりの本件経済的利益の額を、月額1,455円と算定した。
(ロ) 請求人が本件研修生に支払った本件各給与は、給与所得に該当する。
 なお、以下、本件各研修手当、本件経済的利益及び本件各給与を併せて「本件手当等」という。
(ハ) 原処分庁は、本件各研修手当及び本件各給与は、源泉所得税額を差し引いた後の手取額(以下「税引手取額」という。)であるから、当該金額を源泉所得税込みの金額に逆算した額が源泉徴収の対象となる支払額であるとし、当該支払額に基づいて源泉所得税額を算出した(税引手取額を源泉所得税込みの金額に逆算し、当該逆算した金額を源泉徴収の対象となる支払額とする計算方法を「グロスアップ計算」という。以下同じ。)。

(5) 争点

争点1 原処分に係る調査手続に違法があるか否か。

争点2 本件手当等について、日中租税条約に規定する租税の免除の適用があるか否か。

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2 主張

(1) 争点1(原処分に係る調査手続に違法があるか否か。)

原処分庁 請求人
 原処分に係る調査(以下「原処分調査」という。)の担当者は、原処分調査において、請求人に対し、本件研修制度の趣旨に沿った研修等の実態がないから、日中租税条約は適用されない旨の説明を行っており、調査手続に違法はない。  原処分庁は、日中租税条約による租税の免除の適用がないとして、本件研修生に対し所得税を課税しているが、納税告知処分に当たって、原処分調査の担当者は、本件研修生に対し、処分内容を説明する必要があるにもかかわらず、これを行っていないから、調査手続に違法がある。
 また、原処分庁は、本件研修生に対する源泉所得税をグロスアップ計算により算出しているが、その方法により算出する根拠が存しないにもかかわらず、その方法によったことは、調査手続に違法がある。
 なお、その後、原処分庁は、グロスアップ計算によらない方法により源泉所得税額を算出して変更の処分を行ったが、原処分の違法は治癒されない。

(2) 争点2(本件手当等について、日中租税条約に規定する租税の免除の適用があるか否か。)

原処分庁 請求人
イ 請求人は、次のとおり、本件研修制度に従った研修又は技能実習を行っておらず、本件研修生を請求人の業務に従事させ、その対価として本件手当等を支払っているのであるから、本件手当等は研修又は技能実習のために受け取る給付又は所得であるということはできず、ひいては日中租税条約第21条に規定する生計、教育又は訓練のために受け取る給付又は所得には該当しない。
 したがって、同条に規定する所得税の免除の適用はない。
イ 本件研修生は、現に「研修」又は「特定活動」の在留資格を有しており、中華人民共和国政府及び日本国政府が認めた研修生又は実習生であり、また、次のとおり、本件研修制度に沿った活動を行っているから、本件手当等は、日中租税条約第21条に規定する生計、教育又は訓練のために受け取る給付又は所得に該当する。
 したがって、同条に規定する所得税の免除の適用がある。
(イ) 外国人研修制度では、事前に申請した研修計画に基づく研修を行わなければならないところ、本件研修生は、申請した塩蔵品製造等の水産加工に係る研修を行っておらず、所定時間外作業も行っている。
 また、外国人研修生が行う作業・業務は、同一の作業の単純反復の繰り返しではないものとされているところ、請求人の事業である魚介類販売業における作業は、同一の作業の単純反復を繰り返すものである。
(イ) 本件研修生は、水産加工における包丁の技術の修得、日本語などの研修を実際に行っている。
(ロ) 技能実習制度では、技能実習に従事する技能実習生の職種・作業は、習得技能の評価の対象である職種・作業に限定されているところ、請求人の事業である魚介類販売業は、当該対象職種・作業に該当しない。 (ロ) 請求人の職種・作業は、H機構の職員が巡回指導の際に確認しているから、本件研修制度の対象となる職種・作業と認められたものである。
ロ なお、本件各研修手当について、非居住者の国内源泉所得と認定したことについては、次のとおり誤りはない。 ロ 仮に、日中租税条約に規定する所得税の免除の適用がないとしても、原処分庁が本件各研修手当について、非居住者の国内源泉所得と認定したことは、次のとおり誤りである。
(イ) 本件研修生の1年以上の在留が確定するのは、技能実習を受けることが確定した時点であって、非居住者と認定した期間においては、技能実習を受けることが確定しておらず、1年以上の在留が確定しているとはいえないから、本件研修生は居住者ではない。 (イ) 本件研修生は、日本での1年以上の在留資格を有し、実際に原処分時には1年以上在留しているのであるから、居住者である。
(ロ) 本件各研修手当は、請求人の業務に従事した対価と認められるから、本件研修手当が実費弁償的な金額を超えるものかどうかは国内源泉所得に当たるかどうかの判断要素にはならない。 (ロ) 本件各研修手当は、生活費等の研修に必要な範囲の実費弁償的な金額であるから、国内源泉所得には当たらない。

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3 判断

(1) 争点1(原処分に係る調査手続に違法があるか否か。)

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ) 原処分調査の担当者は、平成20年3月18日、請求人の事務所において、G、主として請求人の経理関係の仕事をしている専務取締役M及び元関与税理士Nに対し、本件研修生は本件研修制度に基づいた研修等の実態がないから、本件研修生に日中租税条約の規定を適用し租税を免除することはできない旨説明した。
(ロ) 原処分庁は、原処分調査において、請求人が、本件研修生からさかのぼって源泉所得税を徴収することはできない旨申述したことから、上記1の(4)のホの(ハ)のとおり、本件手当等に係る源泉所得税額を、グロスアップ計算により算出して、本件期間の各月分の源泉所得税の各納税告知処分を行った。
 なお、その後、原処分庁は、請求人と本件研修生の間には、本件各研修手当及び本件各給与を税引手取額とする旨の契約などは存していないから、原処分においてグロスアップ計算により税額を算出したことは誤りであり、本件各研修手当及び本件各給与の各金額が源泉徴収の対象となる支払額であるとして、当該各支払額により源泉所得税額を算出して、平成20年7月4日付で、本件期間の各月分(平成19年12月分を除く。)の源泉所得税の各納税告知処分を変更(減額)した。
ロ 判断
(イ) 請求人は、納税告知処分に当たって、原処分庁は、本件研修生に対し、処分内容を説明する必要があり、その説明をせずに行った本件各納税告知処分は調査手続に違法がある旨主張する。
 ところで、源泉徴収制度とは、源泉徴収義務者たる支払者が、給与等を納税義務者たる受給者に支払う際に所得税相当額を徴収し、法定納期限までにこれを国に納付する制度であり(所得税法第183条、同法第212条ほか)、税務署長は、支払者が上記の法定納期限までに納付しなかった源泉所得税を徴収しようとするときは、納税の告知をしなければならないところ(国税通則法(以下「通則法」という。)第36条《納税の告知》)、源泉徴収制度の下においては、源泉所得税の納税に関し、国と法律関係を有するのは支払者のみで、受給者との間には直接の法律関係は生じないものと解されている。
 そうすると、原処分庁が、納税告知処分を行うに当たり受給者である本件研修生に対し、源泉徴収義務の存否について説明する義務はなく、原処分において、本件研修生に対し処分の内容を説明しなかったことをもって、手続の違法があるとはいえないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ロ) 請求人は、原処分庁は本件研修生に対する源泉所得税額をグロスアップ計算により算出しているが、その方法により算出する根拠が存しないにもかかわらず、その方法によったことは、調査手続に違法があり、その後、原処分庁は、グロスアップ計算によらない方法により源泉所得税額を算出して変更の処分を行ったが、原処分の違法は治癒されない旨主張する。
 しかしながら、調査手続に何らかの瑕疵があったとしても、それに基づく処分が当然に違法になるものではなく、全く調査を欠く場合か、公序良俗に反するような方法で調査の基礎資料を収集するなど、調査が存在しないと同視できるほどの重大な瑕疵がある場合に限って、初めて手続上の瑕疵が処分の取消事由となり得ると解されているところ、本件においては、上記イの(ロ)のとおり、原処分庁は、本件各納税告知処分における源泉所得税の対象となる支払額の認定を誤っていたものの、この支払額の認定を誤っていたことは、全く調査を欠く場合のような調査が存在しないと同視できるほどの重大な瑕疵に当たるとはいえず、処分の取消事由とはならないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2) 争点2(本件手当等について、日中租税条約に規定する租税の免除の適用があるか否か。)

イ 法令解釈
 日中租税条約第21条は、専ら教育若しくは訓練を受けるため又は特別の技術的経験を習得するため一方の締約国内に滞在する学生、事業修習者又は研修員(以下「事業修習者等」という。)であって、現に他方の締約国の居住者であるもの又はその滞在の直前に他方の締約国の居住者であったものがその生計、教育又は訓練のために受け取る給付又は所得については、当該一方の締約国の租税を免除する旨規定しているところ、上記1の(4)のロの外国人研修制度及び技能実習制度からすれば、事業修習者等は、在留資格をもって日本に滞在している者であり、許可された在留資格に応じたそれぞれの活動を行うことができるのであるから、技術等の修得をする活動を行う「研修」などの資格をもった者はその在留資格の基準に適合する活動を行わなければならず、たとえ、在留を許可され滞在している者であっても、在留資格の基準に適合しないような活動を行っている者にあっては、日中租税条約第21条に規定する事業修習者等には該当しないと解される。
 したがって、「研修」の資格で在留する外国人にあっては、1研修計画書に記載された研修を行っていない場合、2修得しようとする技術等が同一の作業の反復のみによって修得できるものである場合、3実務研修を受ける時間が、本邦において研修を受ける時間全体の3分の2を超えている場合、4残業、休日出勤などの所定時間外作業を行っている場合には「研修」の在留資格の基準に適合せず、また、技能実習のため「特定活動」の資格で在留する外国人にあっては、1「研修」の在留資格をもって本邦に在留し、当該在留資格に応じた活動に従事していなかった場合、2修得しようとする技術等(職種・作業)がH機構が認定したものではない場合には、「特定活動」の在留資格の基準に適合しないので、いずれも日中租税条約第21条に規定する事業修習者等には該当しないと解される。
ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件研修生が修得しようとした技術等
A 本件研修生の「研修」の在留資格認定証明書の交付申請に当たって、J社及び請求人が作成し、○○入国管理局に提出した「招へい理由書」、「研修実施(実務)予定表」(要旨は別表4のとおり)、「研修実施(非実務)予定表」(要旨は別表5のとおり)などの書類によれば、本件研修期間において、本件研修生が修得しようとした技術等は、水産加工に関する技術等である。
 また、J社が作成した「研修生名簿」によれば、本件研修生の研修業種は非加熱性水産加工食品製造業、研修職種は塩蔵品製造であった。
B 本件研修生の技能実習への移行の申請に当たって、J社が作成し、H機構の理事長に提出した「技能実習移行希望申請書」などの書類及び本件研修生の「特定活動」への在留資格の変更申請に当たって○○入国管理局に提出されたJ社及び請求人が作成した「技能実習計画書」(要旨は別表6のとおり)などの書類によれば、本件技能実習期間において、本件研修生が修得しようとした技術等は、非加熱性水産加工食品製造業における塩蔵品製造に関する技術等である。
C 本件研修期間及び本件技能実習期間の従事状況
 Mの原処分調査の担当者への申述及び当審判所への答述によれば、本件研修期間及び本件技能実習期間における、本件研修生の従事状況は、次のとおりであった。
(A) 本件研修生は、平成18年6月5日からJ社で日本語などの非実務研修を受けたが、同月7日から同月17日までの期間(同月11日及び14日を除く9日間)については、J社で日本語などの非実務研修(午前9時から午後6時まで)を受ける前のおおむね午前4時から同8時まで、請求人と同業の魚介類販売業者において、1鮮魚を水洗いする、2鮮魚のうろこをとる、3小イワシの頭をおとす、4アナゴを割くなどの作業を行った。
(B) 平成18年6月21日以降の本件研修期間において、本件研修生は、全従事時間の約90%は、請求人の作業場で、主にアナゴを割く、その他ハマチ、タイなどの魚を2枚におろす、イカ、タコに塩をかけてもみ洗いするなどの作業を行い、全従事時間の約10%は、請求人の事務室で、電卓を使用して仕切書などの計算を行う、日本語、魚の種類を教わるなどした。
 なお、請求人は、食品の製造に関する事業は行っておらず、本件研修生は、上記作業以外の加工に関する作業は行わなかった。
(C) 本件技能実習期間においても、本件研修生の作業の内容は上記(B)と同様であった。
 なお、以下、本件研修生が、本件研修期間において行った上記作業等を「本件研修」といい、本件技能実習期間において行った上記作業を「本件実習」という。
(ロ) 本件研修生の従事時間等
A 本件研修生のタイムカードによれば、本件研修生は、平成18年6月21日以降の本件研修期間において、請求人の所定の勤務時間(日曜日、祝日及び市場が休みとなる第2、第4水曜日などの日を除く日の午前2時から午前10時まで)に請求人の業務に従事していたほか、残業、休日出勤など所定の勤務時間外にも請求人の業務に従事することがあった。
B 請求人は、上記の所定の勤務時間外の従事に伴い、本件研修生の各月の従事した時間数が一定時間(おおむね月160時間)を超えた場合、その超えた時間数に1時間当たりの単価を乗じて算出した残業手当(所定時間外賃金)を本件研修生に対し支払っていた。
ハ 判断
(イ) 日中租税条約に規定する租税の免除の適用の有無
A 本件研修
 本件研修は、上記ロの(イ)のCのとおりであり、1請求人は、水産加工品梱包方法など研修計画書に記載された研修(別表4及び別表5参照)を行っていないこと、2本件研修生の行った作業は、アナゴを割く技術など同一の作業の反復のみによって修得できるものであったこと、3実務研修を受ける時間が約90%であり、本邦において研修を受ける時間全体の3分の2を超えていること、また、上記ロの(ロ)のとおり、4残業、休日出勤などの所定時間外作業を行っていることなどからすれば、本件研修は「研修」の在留資格の基準に適合するような活動とはいえない。
B 本件実習
 上記Aのとおり、1本件研修生は「研修」の在留資格をもって本邦に在留し、当該在留資格に応じた活動に従事していなかったこと、2本件研修生の行った作業は、H機構が認定した非加熱性水産加工食品製造業における塩蔵品製造の技術等ではないことからすれば、本件実習は「特定活動」の在留資格の基準に適合するような活動とはいえない。
C 以上のことからすれば、本件研修生は、本件研修期間及び本件技能実習期間において、「研修」及び「特定活動」の在留資格の基準に適合するような活動をいずれも行っておらず、日中租税条約第21条に規定する事業修習者等には該当しないので、本件各研修手当及び本件各給与について、日中租税条約に規定する租税の免除の適用はない。
D なお、請求人は、水産加工における包丁の技術の修得、日本語などの研修を行っており、研修及び実習に係る職種・作業についてはH機構の職員が巡回指導の際に確認し問題がないと認めている旨主張するが、請求人が本件研修生に対し包丁の技術を修得させ、日本語などの研修を行っていたとしてもそれだけでは事業修習者等に当たらないことは上述のとおりである上、H機構の職員が巡回指導の際に業種・作業を確認したか否かは本件研修生が事業修習者等に該当するか否かの判断を左右する要素ではないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ロ) 予備的主張について
A 非居住者に該当するか否か
 居住者及び非居住者について、所得税法では、上記1の(3)のイの(イ)のとおり規定しているところ、入国時(平成18年6月2日)における本件研修生の在留期限は1年であり、国内に1年以上居住することが確定していないから、本件研修生は居住者に該当せず、非居住者に該当する。
 そして、本件研修生が居住者と認められるに至ったのは、日本に居住して1年が経過した平成19年6月2日であり、その間に在留期限の変更があったなど日本に1年以上居住することが確定した事実も認められないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
B 本件各研修手当について
 請求人は、上記2の(2)の請求人主張欄のロの(ロ)のとおり主張するが、上記(イ)のAのとおり、本件研修生は、「研修」の在留資格の基準に適合するような活動を行っておらず、本件各研修手当は、研修活動を行うために必要な手当ということはできないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(3) 本件経済的利益について

イ 所得税法第36条第1項は、上記1の(3)のイの(ハ)のとおり規定しているところ、本件研修期間において、上記1の(4)のニの(ロ)のとおり、請求人は、本件研修生が請求人の業務に従事するため本件宿泊施設を無償で貸与し、本件経済的利益を本件研修生に供与したと認められるから、本件経済的利益の額は、同法第161条第8号のイに規定する国内源泉所得に該当する。
 なお、上記(2)のハの(イ)のCのとおり、本件研修期間において、本件研修生は在留資格の基準に適合する活動を行っていないと認められるから、本件経済的利益の額について、日中租税条約第21条に規定する租税の免除の適用はない。
ロ 上記1の(3)のロのとおり、基本通達では、使用者が使用人に対して貸与した住宅等に係る通常の賃貸料の額の計算を定めており、当審判所においても、その定めは相当であると認められるところ、本件経済的利益の額について、基本通達に基づいて本件宿泊施設に係る通常の賃料の額を計算したところ、本件研修生1人当たりの月額の通常賃料は、別表7のとおり、1,743円となる。

(4) 本件各納税告知処分

 上記(2)のハの(イ)のA及び上記(3)のイのとおり、本件研修生は、「研修」の在留資格の基準に適合する活動を行っておらず、請求人の業務に従事していると認められるから、本件各研修手当及び本件経済的利益は、所得税法第161条第8号のイに規定する国内源泉所得に該当し、また、本件各給与は、本件研修生に支払われた給与であるから同法第28条に規定する給与所得に該当するところ、本件手当等について源泉所得税額を算出すると、次のとおりである。
イ 本件各研修手当及び本件経済的利益の額に係る源泉所得税額
 本件各研修手当及び本件経済的利益の額(通常の賃料の額)について、所得税法第213条《徴収税額》第1項第1号の規定に基づき源泉所得税額を算出すると、納付すべき源泉所得税額は、別表8の「納付すべき税額」欄の額となる。
ロ 本件各給与に係る源泉所得税額
 本件各給与について、本件研修生は、上記1の(4)のニの(ハ)のとおり、給与所得者の扶養控除等申告書を請求人に提出していないから、所得税法第185条《賞与以外の給与等に係る徴収税額》第1項第2号のイの規定に基づき、同法別表第二の月額表の乙欄を適用して源泉所得税額を算出すると、納付すべき源泉所得税額は、別表9の「納付すべき税額」欄の額となる。
ハ 上記イ及びロのことからすると、本件各研修手当及び本件経済的利益に係る各月分の源泉所得税額は、本件各納税告知処分のその額をいずれも上回り、また、本件各給与に係る各月分の源泉所得税額は本件各納税告知処分のその額といずれも同額であるから、本件各納税告知処分はいずれも適法である。

(5) 本件各賦課決定処分

イ 認定事実
 外国人研修制度においては、第二次受入機関は、研修日誌を作成することとされており、請求人及びJ社は、本件研修生に係る研修日誌(以下「本件研修日誌」という。)を、平成18年6月5日から平成19年5月6日までの期間について作成していた。
 そして、Mの原処分調査の担当者への申述及び当審判所に対する答述によれば、本件研修日誌は、請求人がJ社の担当者と相談し、外国人研修制度の基準に適合するように、研修時間は8時から17時までとし、研修内容も、設備・器工具の取扱い、水産加工品の梱包、出荷など別表4及び別表5の研修計画に沿って記載したものであり、実際の従事時間及び作業内容(上記(2)のロの(イ)のCの(A)及び(B))と異なるものであったが、Mは、本件研修日誌に事実と異なる内容が記載されていることを認識した上、「研修指導員」及び「研修責任者印」欄に社長印である「G」の印を押印した。
ロ 判断
(イ) 通則法第68条《重加算税》第3項は、同法第67条《不納付加算税》第1項の規定に該当する場合において、納税者が事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づきその国税をその法定納期限までに納付しなかったときは、税務署長は、当該納税者から、不納付加算税の額の計算の基礎となるべき税額に係る不納付加算税に代え、重加算税を徴収する旨規定している。
 そして、ここでいう「事実を仮装した」とは、存在しない事実を存在したかのように装って事実をわい曲したことをいうものと解するのが相当である。
(ロ) これを本件についてみると、上記イのとおり、請求人は、本件研修生について、在留資格の基準に適合するように虚偽の内容が記載された本件研修日誌の作成を行うなどして、あたかも本件研修生が「研修」の在留資格の基準に適合する技術等の修得を行う外国人研修生であるかのように装い、もって本件研修生が、日中租税条約に規定する租税が免除される事業修習者等であるとして、本件手当等に対する源泉徴収を行っていなかったものと認められる。
 そうすると、このことは、請求人が存在しない事実を存在したかのように装って事実をわい曲したものであるということができ、請求人の当該行為は、通則法第68条第3項にいう、事実の全部を仮装したことに該当するから、同項の規定に基づいてされた本件各賦課決定処分はいずれも適法である。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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